15 / 22
異形のカノン
しおりを挟む
少しでも気を抜くと嘔吐しそうな異臭。
結丹は吐き気を抑えるのに必死だった。
壱弥の指示で靴を履いたまま上がり、異臭の発生源である居間へと向かった。
壱弥が扉を開ける。
狂っている。
そうとしか表現出来ない光景だった。
居間の壁から、無数の青白い手足が伸びている。
骨格や関節を無視して、青白い手足は軟体動物の触腕や足のようにユラユラと蠢いていた。
いっそ、タコかイカのような足ならまだ精神衛生上良かった。
けれど、蠢くそれらは紛れもなく人間の手足で、注視すれば男性のものなのか、それとも女性のものなのか、判別できてしまった。
いや……それ以前に結丹は見てしまった。
男性のものと思しき腕のひとつに、片羽のアゲハ蝶の刺青が刻まれていることに。
その青白い冒涜的な腕は、間違いなく沼田晴臣の腕だった。
結丹は左手で口元を押さえ、蹲りながらもなんとか嘔吐感に耐える。
居間の中央には2人の女性がいた。
肩までの長さの黒髪の、ぐったりしていて生気のない女性が横たわっている。
点滴スタンドに引っ掛けられた液剤の入ったパックから伸びる細い管が、横たわった女性の腕へと続く。
そして、点滴を受ける女性の身体を、座り込んだもうひとりの女性が抱き締めていた。
「あかり!!」
彰巳が叫ぶと、座り込んだ女性がゆっくりと顔を上げる。
横たわる女性より短めの、少しふわりとした軽い印象の髪型の女性。
彼女が、ゆっくりと口を開ける。
「お……お前……お前が、ゆ、弓戸、弓戸……アキミ……」
座り込んだ女性の腕が伸びる。
点滴を受ける横たわった女性を抱きかかえ、包むように、伸びる。
ぐるり。
ぐるり。
まるで蛇のように伸びた腕が、横たわる女性を包み、覆い隠す。
「渡サナイ……オ前、オマエ、ニハ……あかりヲ、渡サナイ……絶対ニ!!」
異形の女性……園村奈津美が河野あかりを抱き締めたまま、叫ぶ。
すると、壁から伸びる手足が一斉にこちらを向いた。
「来るぞ!!」
壱弥が叫んだと同時に、手が結丹を掴もうとするかのように伸びた。
結丹は咄嗟に避けるが、床がスナック菓子のように軽々と、その手によって粉砕された。
「彰巳っ!!」
壱弥の声に結丹が振り向くと、壱弥が彰巳を引っ張ったらしいすぐ横の壁が、青白い足に蹴破られていた。
壱弥は舌打ちをすると立ち上がる。
「《参列者》の案内を頼む、もう1人の壱弥」
[任せて、もう1人の壱弥くん]
壱弥の手に白い花と、傍らに小学生くらいの少年が現れる。
「《此は虚構の葬儀場なり。故に虚構の参列者よ、今此処に集いたまえ》」
壱弥の若干くたびれたスーツが、喪服のようなブラックスーツへと変わる。
そして園村家の居間に、亡者たちが現れた。
殺害、自殺……明らかに普通の死に方ではなさそうな亡者たちが園村家の居間に集い、各々蠢く手足にしがみつく。
「邪魔ヲ! スルナ!!」
奈津美は吠えるように叫ぶが、亡者の数はどんどん増える。
その中に、明らかに異質な少女が居た。
死の痕跡のない、ショートカットの中学生くらいの制服の少女。
「磯谷真里亜ちゃん……か?」
少女は壱弥を振り返り、頷く。
[あのお姉さんと……が、ああなってしまった原因の一端は私だもん。だから《参列》したの。私が手足を引きつけるよ。壱弥さんは私に力を送って。それから、出来るだけ早めにお姉さんを楽にしてあげて]
そう告げると真里亜はしなやかな手足を伸ばして、バレリーナのように踊る。
途端に、青白い手が、足が、真里亜を標的に定めた。
手が踊る真里亜を掴み、粉砕する。
しかし、真里亜の肉片は人の形へと再生する。
今度は足が、真里亜を踏み潰す。
しかし、また肉片となった真里亜は再生し……踊る。
「ありがとう、真里亜ちゃん」
壱弥は荒い息を吐きながら、こちらを向く。
「俺は《参列者》のコントロールで精一杯だ。園村奈津美は既に異形化している。もう殺して楽にしてやるしかない……頼む」
そう言うか言わないかのうちに、壱弥はゴホッという重い咳と共に吐血した。
白いシャツが血で赤く染まる。
「言われなくても……俺はあかりを取り戻す。《我は闇に融けし者。我は影に溶けし者。愛しき同胞よ、我を抱擁せよ》」
叫んだ彰巳の身体が足から融解してゆく……いや、自身の影に溶けてゆく。
影と一体化した彰巳は影から影へと移動し、園村奈津美の影へと移動する。
[お前を殺してでも、あかりを取り戻す]
影から裸体の彰巳が現れ、奈津美に襲いかかった……その時。
「所詮、オ前ハ、マダ、人間……」
あかりを包むように抱き締める奈津美の腕の先。
太い針のようになった5本の指先が、彰巳の肩を貫いた。
「うぐぅ……」
彰巳は影に溶け込む前の姿に戻り、肩に食い込む奈津美の指を外そうともがく。
だが、指先は更に深く食い込み、彰巳は苦痛に呻いた。
もう、迷っている暇はない。
結丹は右腕の包帯を解くとギプスシーネを外す。
剥き出しになった結丹の右腕は手首から先がなかった。
「《我が右腕よ。銃器となりて痛みを喰らえ》」
結丹がそう呟くと、手首より先のない右手の先がボコボコと盛り上がりながら形を変えてゆく。
肉を、骨を、神経を、粘土のようにぐちゃぐちゃに弄ばれる痛みに結丹は咆哮する。
やがて、結丹の右手には拳銃が現れる。
否、結丹の右手の先は完全に拳銃と癒着し、一体化していた。
「《我が痛みを弾丸に、獲物を喰らえ》」
銃声と共に放たれる弾丸。
同時に銃弾に貫かれる痛みに結丹は吠える。
結丹の右手の拳銃、その弾丸は結丹の痛みなのだ。
「あかりハ、渡サナイ! 渡サ……」
言い終わる前に、奈津美の頭部が弾けた。
「《喰らえ》《喰らえ》《喰らえぇええ!》」
胸部が、首が、奈津美の人の形を保っていた部分が弾ける。
奈津美は血と肉片と脂を撒き散らしながら、倒れた。
点滴を受け続ける、意識のないあかりの身体を包んでいた長い腕も、人間の女性のそれへと戻る。
同時に、壁から伸びていた無数の青白い手足も消滅した。
結丹は吐き気を抑えるのに必死だった。
壱弥の指示で靴を履いたまま上がり、異臭の発生源である居間へと向かった。
壱弥が扉を開ける。
狂っている。
そうとしか表現出来ない光景だった。
居間の壁から、無数の青白い手足が伸びている。
骨格や関節を無視して、青白い手足は軟体動物の触腕や足のようにユラユラと蠢いていた。
いっそ、タコかイカのような足ならまだ精神衛生上良かった。
けれど、蠢くそれらは紛れもなく人間の手足で、注視すれば男性のものなのか、それとも女性のものなのか、判別できてしまった。
いや……それ以前に結丹は見てしまった。
男性のものと思しき腕のひとつに、片羽のアゲハ蝶の刺青が刻まれていることに。
その青白い冒涜的な腕は、間違いなく沼田晴臣の腕だった。
結丹は左手で口元を押さえ、蹲りながらもなんとか嘔吐感に耐える。
居間の中央には2人の女性がいた。
肩までの長さの黒髪の、ぐったりしていて生気のない女性が横たわっている。
点滴スタンドに引っ掛けられた液剤の入ったパックから伸びる細い管が、横たわった女性の腕へと続く。
そして、点滴を受ける女性の身体を、座り込んだもうひとりの女性が抱き締めていた。
「あかり!!」
彰巳が叫ぶと、座り込んだ女性がゆっくりと顔を上げる。
横たわる女性より短めの、少しふわりとした軽い印象の髪型の女性。
彼女が、ゆっくりと口を開ける。
「お……お前……お前が、ゆ、弓戸、弓戸……アキミ……」
座り込んだ女性の腕が伸びる。
点滴を受ける横たわった女性を抱きかかえ、包むように、伸びる。
ぐるり。
ぐるり。
まるで蛇のように伸びた腕が、横たわる女性を包み、覆い隠す。
「渡サナイ……オ前、オマエ、ニハ……あかりヲ、渡サナイ……絶対ニ!!」
異形の女性……園村奈津美が河野あかりを抱き締めたまま、叫ぶ。
すると、壁から伸びる手足が一斉にこちらを向いた。
「来るぞ!!」
壱弥が叫んだと同時に、手が結丹を掴もうとするかのように伸びた。
結丹は咄嗟に避けるが、床がスナック菓子のように軽々と、その手によって粉砕された。
「彰巳っ!!」
壱弥の声に結丹が振り向くと、壱弥が彰巳を引っ張ったらしいすぐ横の壁が、青白い足に蹴破られていた。
壱弥は舌打ちをすると立ち上がる。
「《参列者》の案内を頼む、もう1人の壱弥」
[任せて、もう1人の壱弥くん]
壱弥の手に白い花と、傍らに小学生くらいの少年が現れる。
「《此は虚構の葬儀場なり。故に虚構の参列者よ、今此処に集いたまえ》」
壱弥の若干くたびれたスーツが、喪服のようなブラックスーツへと変わる。
そして園村家の居間に、亡者たちが現れた。
殺害、自殺……明らかに普通の死に方ではなさそうな亡者たちが園村家の居間に集い、各々蠢く手足にしがみつく。
「邪魔ヲ! スルナ!!」
奈津美は吠えるように叫ぶが、亡者の数はどんどん増える。
その中に、明らかに異質な少女が居た。
死の痕跡のない、ショートカットの中学生くらいの制服の少女。
「磯谷真里亜ちゃん……か?」
少女は壱弥を振り返り、頷く。
[あのお姉さんと……が、ああなってしまった原因の一端は私だもん。だから《参列》したの。私が手足を引きつけるよ。壱弥さんは私に力を送って。それから、出来るだけ早めにお姉さんを楽にしてあげて]
そう告げると真里亜はしなやかな手足を伸ばして、バレリーナのように踊る。
途端に、青白い手が、足が、真里亜を標的に定めた。
手が踊る真里亜を掴み、粉砕する。
しかし、真里亜の肉片は人の形へと再生する。
今度は足が、真里亜を踏み潰す。
しかし、また肉片となった真里亜は再生し……踊る。
「ありがとう、真里亜ちゃん」
壱弥は荒い息を吐きながら、こちらを向く。
「俺は《参列者》のコントロールで精一杯だ。園村奈津美は既に異形化している。もう殺して楽にしてやるしかない……頼む」
そう言うか言わないかのうちに、壱弥はゴホッという重い咳と共に吐血した。
白いシャツが血で赤く染まる。
「言われなくても……俺はあかりを取り戻す。《我は闇に融けし者。我は影に溶けし者。愛しき同胞よ、我を抱擁せよ》」
叫んだ彰巳の身体が足から融解してゆく……いや、自身の影に溶けてゆく。
影と一体化した彰巳は影から影へと移動し、園村奈津美の影へと移動する。
[お前を殺してでも、あかりを取り戻す]
影から裸体の彰巳が現れ、奈津美に襲いかかった……その時。
「所詮、オ前ハ、マダ、人間……」
あかりを包むように抱き締める奈津美の腕の先。
太い針のようになった5本の指先が、彰巳の肩を貫いた。
「うぐぅ……」
彰巳は影に溶け込む前の姿に戻り、肩に食い込む奈津美の指を外そうともがく。
だが、指先は更に深く食い込み、彰巳は苦痛に呻いた。
もう、迷っている暇はない。
結丹は右腕の包帯を解くとギプスシーネを外す。
剥き出しになった結丹の右腕は手首から先がなかった。
「《我が右腕よ。銃器となりて痛みを喰らえ》」
結丹がそう呟くと、手首より先のない右手の先がボコボコと盛り上がりながら形を変えてゆく。
肉を、骨を、神経を、粘土のようにぐちゃぐちゃに弄ばれる痛みに結丹は咆哮する。
やがて、結丹の右手には拳銃が現れる。
否、結丹の右手の先は完全に拳銃と癒着し、一体化していた。
「《我が痛みを弾丸に、獲物を喰らえ》」
銃声と共に放たれる弾丸。
同時に銃弾に貫かれる痛みに結丹は吠える。
結丹の右手の拳銃、その弾丸は結丹の痛みなのだ。
「あかりハ、渡サナイ! 渡サ……」
言い終わる前に、奈津美の頭部が弾けた。
「《喰らえ》《喰らえ》《喰らえぇええ!》」
胸部が、首が、奈津美の人の形を保っていた部分が弾ける。
奈津美は血と肉片と脂を撒き散らしながら、倒れた。
点滴を受け続ける、意識のないあかりの身体を包んでいた長い腕も、人間の女性のそれへと戻る。
同時に、壁から伸びていた無数の青白い手足も消滅した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる