残響迷夢―惨劇の母体たち―

星坂 蓮夜

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更なる災厄

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「あかり!!」

 駆け寄った彰巳の隣にもう1人。

「恐らく点滴の中に眠剤も入っとる。起こさん方がええ……この惨状は、彼女に見せん方がええ」

 燎悟が駆け寄り、あかりの身体に触れる。

「大丈夫や。衰弱はしとるけど彼女は生きとる」
「良かった……」

 安堵して座り込む彰巳。
 園村奈津美が死んで、手足が消えた時点で《参列者》は消えていた。
 しかし、壱弥は鋭く居間を見据えたまま。
 結丹も右手を拳銃の形に維持していた。

 燎悟があかりを診る傍ら、無残な奈津美だった残骸を愛しそうに抱き締める颯志。

「颯志、やっぱりお前は知っていたんだな」

 壱弥の呟きに、颯志は奈津美だったモノを抱き締めたまま顔を上げる。

「何のこと?」
「園村奈津美の発狂。彼女が暁市連続失踪事件の主犯であること。彼女が河野あかりを拉致監禁していること。園村奈津美が磯谷真里亜の起こした《ドグラマグラ》に触れたこと。磯谷真里亜発狂の経緯。それから……」
「彰巳くんのことや、彰巳くんの能力のことかな?知ってたよ。奈津美ちゃんや真里亜ちゃん、あかりちゃんが美容室に来た時、シャンプーの時に、お湯を介して見たもん」

 場違いな微笑みを浮かべながら、颯志は言う。

「……てめぇ」

 燎悟にあかりを任せた彰巳が颯志を睨み、唸る。

「……てめぇが、黒幕か?」

 地を這うような彰巳の唸り声に、颯志は溜息を吐いた。

「俺は見ていただけだよ。でも加害者かと問われるならその通り。傍観は加害を良しと認めることでもある。俺は奈津美ちゃんが事件を起こすのを止めずに傍観していた。つまり奈津美ちゃんの拉致監禁や殺人を俺は容認したことになる。良しとしたことになる。だから俺も加害者」
「ごちゃごちゃ煩せぇ!!」

 彰巳が颯志の頬を殴る。
 奈津美の残骸を抱えたまま、横に倒れ込む颯志。
 だが、その表情には笑みを浮かべたままだった。

「でも、どうしたら奈津美ちゃんを助けられたの? 誰かに相談したら助けられた? 彰巳くん、君は救われたの? あかりちゃんと出会って、君は救われた?」

 彰巳は言葉に詰まって唇を噛む。
 颯志は微笑みを浮かべたまま。

「救われてないよね? 海外出張であかりちゃんと離れて疑心暗鬼になるくらいだもん。あかりちゃんに君は救えない。誰にも君は救えない。君にも君は救えない。俺たちはそういう存在なんだよ」

 颯志がゆっくりと起き上がる。
 奈津美の残骸の、血と肉片と脂に塗れながら、場違いな笑顔で。

「《胎児》を抱えていなくても、ただ親ガチャに外れた毒親育ちや虐待サバイバーでも同じ。この世界の人間はケアなんてしてくれない。関わることすら面倒だと思ってる。内心では、内に抱える地雷でさっさと自滅してくれって思ってるんじゃないかな? この世界では、生まれてきたことさえ自己責任だもん。奈津美ちゃんも、俺も、自ら親を選んで生まれてきたのだから、どんな目にあっても自己責任なんだって。狂ってるのは俺たち? 違うでしょ? 狂っているのはこの世界でしょ?」

 颯志は奈津美の残骸をゆっくりと床に置く。
 まるで愛しい姫君をベッドに寝かせるように、丁寧に、優しく。
 そしてゆっくりと立ち上がる。

「この世界こそが地獄。信じれば裏切られる。希望を抱けば絶望に突き落とされる。愛と憎悪は紙一重。こんな世界なんて初めから存在しなければ、俺たちはもがき苦しむこともなかったのに」

 颯志の身体が溶けてゆく。
 粘液のようにドロドロに溶けてゆく。
 やがて颯志だったモノは、透明の粘液の塊になった。
 不定形の、透明な粘液が奈津美の残骸を包む。
 すると、奈津美の残骸までもが、粘液の中に溶けて消えた。

[これからは、ずっと一緒だよ。奈津美ちゃん……みんなも]

 奈津美の遺体を溶かし尽くした粘液は激しく波打ち……。

「彰巳!! 燎悟!!」

 壱弥が叫ぶのとほぼ同時に、颯志だった透明の塊は、彰巳と燎悟、あかりに向けて粘液の先を刃に変え、襲いかかった。

「くそっ!! 《愛しき同胞よ、我を抱擁せよ》」

 燎悟とあかりの影に溶けた彰巳が障壁のように影を床から天井へと引き延ばす。
 影の障壁に、刃が深々と突き刺さる。

[あかりを助けてくれ!! 頼む!!]

 裸体の彰巳が障壁を支えるように影から現れ、歪む声で燎悟に訴える。
 
「わかった!!」

 燎悟はあかりを抱き上げ、点滴ごと壱弥たちの元へと走る。

[無駄なのに。みんな溶けて一緒になるのに]

 影の障壁に突き刺さった刃が粘液状になり、影をも溶かし始める。

[彰巳くん。影ごと君を溶かしてあげるよ。そうしたら、ずっと一緒。もう誰も疑ったりしなくていいんだよ。闇の中でひとりで膝を抱えることもない。ずっと一緒。俺がずっと一緒だから]

 彰巳の障壁が溶けてゆく。

「《我が痛みを弾丸に、獲物を喰らえ》」

 結丹が粘液の塊に銃弾を放つ。
 だが、銃弾は粘液に突き刺さるとジュッと音を立てて溶けた。

「《喰らえ》!!」

 2発目の銃弾も、溶ける。

「ぐ……」

 度重なる激痛に、結丹が膝をつく。

「壱兄ぃ」

 あかりを玄関に寝かせて戻った燎悟が壱弥に何かを訴えた。
 頷く壱弥。


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