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第三話 女相撲大会開催 アヤメちゃんも出場へ
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五月五日。こどもの日の今日は、千咲の出場する女相撲大会が開催される。この大会は、出場者(力士)はもちろん行司、呼出、審判に至るまで全て女の子。観客だけは男が多数を占めるという異様な光景が広がるちょっとユニークな相撲大会だ。県内各地から多数の参加者が集ってくるらしい。
「千咲ちゃん、ボク、今回も全身全霊スピリッツパワー全開で応援するからねーっ」
五郎次爺ちゃんは両手に扇子を持ち、さらにはなんとも恥さらしなド派手な応援衣装を身に纏ってやって来た。ちなみに今朝は捨ててやったがこのために機嫌は上々のまま。
アヤメは当然だが、俺も見に来たのは今回が初めて。今までずっと千咲から「負けるとこ見られるのは恥ずかしいからダメッ!」って言われ続けていたからな。五郎次爺ちゃんは聞く耳持たず。今年は高校生になって気分一新したのか、ぜひ見に来て欲しいとのことだった。
この女相撲大会は、毎年開催日が五月五日と決まっている。女の子の日は普通の日なのに、男の子の日が祝祭日になっているなんて男女差別だ、と主張していた女性有志陣が集い、その日に反逆して女の子だけの祭典が開かれることになったという。会場周辺には力士幟ならぬ端午の節句の象徴、鯉幟が多数掲げられていた。しかも真鯉と小鯉だけ、緋鯉も飾ってやれ。
「ワタシモデタイ!」
強い出場意欲を見せたアヤメ。
「もちろんOKよ。この大会は飛び入り参加も大歓迎なの。選手登録してくるね。四股名は、えーと、アヤメを漢字にした時のもう一方の読み方、しょうぶを使って……琴菖蒲、ことしょうぶね」
「カッコイイシコナデスネ。ワタシハトテモキニイリマシタ。チサキチャン、アリガトウ」
「喜んでもらえて嬉しいな」
これにより今大会の出場女力士総数は六十四名となった。八名毎A~H計八ブロックに分かれ、それぞれの頂点に勝ち残った者同士で再びその八人によるトーナメント戦(A対B、C対D、E対F、G対H)が行われる。出場者数が奇数の場合は籤引きで勝ち抜けというラッキーなことも起こり、少しは運にも左右されるようである。西方か東方かも、前大会優勝者が東方になれる特権がある以外は全て抽選で決められる。
アヤメはCブロック、二人の出場までしばし観戦しながら待つ。
【それではこれよりCブロック一回戦の取組を行います】
「さ、アヤメちゃん、ついに出番よ」
千咲はアヤメの肩をポンポンッと叩いた。
「リョウカイデス。ゼンリョクデタタカイマス!」
アヤメはすっくと立ち上がりこぶしを握りしめ、威風堂々土俵へと向かって行った。
【ひがあああああああしいいいいいいい、いなみいいいいいいいりゅううううううう、いなみいいいいいいいりゅううううううう。にいいいいいいいしいいいいいいい、ことしょうううううううぶううううううう、ことしょうううううううぶううううううう】
呼出から四股名を呼び上げられると、アヤメは土俵の上に上がり四股を踏んだ。所作を待ち時間中に千咲から教わっていたのだ。
【東方、稲美竜、加古郡稲美町出身、二十一歳、彼女にマワシを捕まえられてしまったらもう一巻の終わり、無類の強さを発揮します。もがけばもがくほど術中にハマる。それはまるで底なし沼に落っこちたよう。西方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳。このとってもかわいらしい女の子は今大会が初出場です。みなさん応援してあげてね】
続いてアナウンサーから四股名、出身地、年齢、そして簡単なコメントが告げられる。アヤメの出身地には突っ込みどころ満載だが、そこはスルーしていた。
「ことしょうぶううう 好きじゃ好きじゃ、大好きじゃあああああああ、アイラブユウウウウウウウーッ!」
最前列砂被り席にいる五郎次爺ちゃんあんな大声で、恥ずかしいから止めろ。ていうか近くの他の男性観客らも釣られて叫び回りやがるし、俺達三人以外の現代人にはまだまだ慣れてないアヤメちゃん、ますます緊張しちゃうじゃないか。
俺と千咲は真ん中くらいの席で静かに見物。
数回仕切りを繰り返し、いよいよ制限時間いっぱいとなった。相手力士、稲美竜はコメントを聞く限りかなり手強そうだ。
「千咲ちゃん、アヤメちゃん大丈夫かな?」
俺は少し心配している。
「アヤメちゃんの目には炎がメラメラ灯ってるわ。あの様子ならきっと勝てるよ」
【待ったなし、手を下ろして下さいね。はっけよい、のこった!】
行司から軍配返されたその刹那、
「トリャアアアアアアア!」
アヤメは相手にマワシを取らせる隙を与えず突っ張りを目にも止まらぬ速さで断続的に繰り出した。稲美竜勢いに負けてあっさり尻餅をつく。
これにて勝負あり、心配は杞憂。相手は何も出来ずアヤメの圧勝であった。
【ことしょうううぶううううう】
アヤメはきちんと右手で手刀を切って行司から勝ち名乗りを受け、五郎次爺ちゃんに目もくれず俺と千咲の座っている場所へと戻って来た。
【ただいまの決まり手は突き倒し、突き倒して琴菖蒲の勝ち】
アナウンサーから決まり手が発表された。
「アヤメちゃん、とっても強いね。俺なんかと大違いだ」
「ワタシ、イママデノトリクミミテ、ミヨウミマネデツッパリヲダシタラカッテシマイマシタ」
「アヤメちゃん絶対相撲の才能あるわね。その調子で次も頑張れ!」
千咲はFブロック。つまりアヤメとは決勝まで勝ち進まない限り対戦が組まれない。
アヤメはなんとその後も勝ち続け、Cブロックの頂点に立つことが出来た。準々決勝進出が決まったのだ。これはひょっとしたら――。
【続きましてFブロックの取組を行います】
いよいよ千咲の出番もやって来た。
【東方、千咲風、明石市出身、十五歳。去年は大会始まって以来の最年少優勝なるかと思われたのですが惜しくも準優勝、しかし中学生ながらたいへん健闘していました。高校生になっての初出場。今大会優勝候補の一人です。西方、家島錦、姫路市出身、三十四歳。普段は海女さんをやっています】
仕切りの際『ちさきかぜえええええ!』と、会場中から大きな声援が巻き起こる。千咲は大人気力士なのだ。
【時間です。待ったなし、手を下ろしてはっけよい、のこった!】
相手力士・家島錦は千咲より二十センチ近くは背が高かったが全く諸共せず。家島錦が張り手を繰り出して来た腕をサッと掴んで両手に抱え、引っ張り込み捻り倒した。
【ただいまの決まり手はとったり、とったりで千咲風の勝ち】
初戦は余裕で勝ち、その後もアヤメと同じく続々勝ち進め千咲も準々決勝戦進出。
《準々決勝》 アヤメ、豪快な波離間投げで勝利。千咲も合掌捻りというこれまた豪快な決まり手であっさり勝った。両者《準決勝》へと進む。
【東方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳。西方、出石富士、豊岡市出身、五十五歳、この春、東大院博士課程を出たけれど、実家に戻って仕事もせず深夜アニメばかり見ている今はいわゆるインテリニート状態にある一人息子を養うために、お蕎麦屋さんで頑張るたくましいかーちゃんです。もうお年ですが今回も賞金狙って出場を決めたそうですよ】
体格差かなりでかい。背丈だけでなく横幅も。千咲・家島錦戦以上だ。まともにぶつかって勝つには無理があるだろう。アヤメはどう攻めるか。
【時間です。待ったなし。手を下ろして。はっけよい、のこった!】
アヤメが立ち合い一瞬、わずか一秒半。
【ただいまの決まり手は蹴手繰り、蹴手繰りで琴菖蒲の勝ち】
そう来たか、あっさり勝利。決勝戦進出。これであとは千咲が勝てば。
出石富士もいろいろと大変なんだろうな。観客らが憐憫の目で見ていたよ。俺も共感している。最高学府出ていても人生いろいろなんだな。俺はあんな風には絶対ならねえぞ。
「ああん、ダメだ私、次絶対勝てないよ」
「千咲ちゃん珍しいね。そんなに自信無くしちゃうなんて」
「だって次の相手、去年決勝で撞木反りかけられて負けた相手だもの。怖いのよ」
「ワタシ、オウエンスルヨ。ガンバレ! チサキチャン」
「アヤメちゃん、ありがとう。きっと無理だろうけど私、精一杯頑張ってくるよ」
千咲はぎこちない足どりで土俵へと向かう。
【東方、月見山賊、神戸市須磨区出身、三十九歳。優勝回数十六回を誇る超実力派。昨年の優勝者です。今回八連覇なるか。西方、千咲風、明石市出身、十五歳。昨年決勝の雪辱なるか】
千咲の話によれば、月見山賊は元女子プロレスラーとのこと。それでこんなに優勝していたのか。これは千咲が自信無くす気も分かる。
六度目の仕切りで、制限時間いっぱいとなった。
【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】
次の瞬間、
【まだまだまだ!】
行司から注意された。立ち合い不成立、千咲の手がちゃんと仕切り線についていなかった。相当緊張してるなこれは。リラックスして頑張れ千咲ちゃん。
【待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!】
二度目の立ち合い、今度は上手く立った。だが千咲、月見山賊に一瞬のうちにマワシを掴まれ、一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。千咲非常に苦しい表情。
容赦なく体を預けてくる月見山賊、だがその時、
「とりゃあああああああああああああああああああああああああーっ!」
と、千咲が大きな叫び声をあげた。そして、
【ただいまの決まり手はうっちゃり、うっちゃりで千咲風の勝ち。去年の屈辱を晴らしましたーっ。やったね!】
千咲は土俵際ギリギリの所、捨て身の投げ技を打ち、奇跡的に勝つことが出来た。そして本当に決勝戦で千咲とアヤメとの一騎打ちとなったのだ。
嬉しそうに観客席へと戻って来る千咲。
「すごいよ千咲ちゃん。あんな怪物みたいなのに勝てるなんて」
「オメデトウ、チサキチャン。コレデワタシトタイセンデキルヨ」
「こっ、これはかつて双葉山が得意とした技じゃよ。今度ボクにもこの技かけてね」
「そこまで私を追い詰められたらね。アヤメちゃん、私、例え年下でも手加減しないよ。本気でいくからね。前大会は準優勝で悔しい思いしてたからね」
「ワタシモ、ホンキダシマスヨ!」
闘争心むき出しの両者。これは楽しみな取組になりそうだ。
《決勝戦つまりは優勝決定戦》。法螺貝の合図で取組が始まる。
【東方、千咲風、明石市出身、十五歳。西方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳】
仕切りの際は激しい睨み合いが続いていた。女同士の争いってすげえ怖えな。
制限時間いっぱい、最後の塩。千咲は山のようにがっちり掴み、高々と舞い上げた。アヤメもそれに負けるものかと豪快に撒き散らす。だがその勢いは千咲の方が勝っていた。
【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】
軍配返され、すぐに両者激しい張り手の打ち合いが始まった。パチンパチンと激しい音が聞こえてくる。凄まじい突きの攻防が繰り広げられているのだ。
やがて、がっぷり四つに組み合う体勢に変わった。乾坤一擲互いに力比べ。
「とりゃあっ!」
千咲が投げを打った。だが決まらず再びもとの状態へ。
「ヤアッ!」
そして今度はアヤメが投げる。こちらも決まらず。
今度は千咲、寄りに出た。土俵際俵の上まで追い詰められたアヤメ、だがそこから負けるものかと寄り返す。再び両者、土俵中央へ。意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
場内も激しい歓声が響く。
「琴菖蒲か千咲風か、うーむ、どちらも頑張れファイト、ファイト!」
五郎次爺ちゃん選べず。俺も、どちらにも勝って欲しいと思っている。
その時だった。アヤメがもう一度打った投げに千咲の足が泳いでしまった。つまり千咲がアヤメに対し背中を向けてしまった状態だ。そしてアヤメはすかさずそのチャンスを逃すまいと後ろからがっちり千咲の両マワシを捕まえた。千咲、こうなったらもうどうすることも出来ず、一応は“後ろもたれ”という決まり手技もあるのだが。
そしてアヤメは、自分より大きい千咲の体をふわり軽々と持ち上げたのだ。これはもう勝負あったな。
「エイヤッ!」
案の定そのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。千咲その場に座りこむ。
【ただいまの決まり手は送り吊り落とし、送り吊り落として琴菖蒲の勝ち。今大会の優勝者が決まりましたーっ!】
会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采。千咲は俺によくかける技で敗れてしまったのだ。悔しそうな表情。立ち上がり一礼して土俵から下りた。
【ことしょうううぶううううう】
今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がるアヤメ。その際「ことしょうぶううううう、好きだあああああ、うおおおおおおお!」「元祖萌えキャラ」「石槍で突かれたい」「縄文時代に帰らないでくれーっ、現代の方がずっと楽しいよ」などという男性応援陣からのありがた迷惑な声援が送られた。つーか縄文時代に帰ってもらわないと困るのだが。
「今年も準優勝かあ。でもアヤメちゃんもとい琴菖蒲、優勝おめでとう! あんなに強いとは思わなかった。また対戦しようね!」
「チサキチャン、トテモツヨカタ。ワタシモアブナカタヨ」
千咲とアヤメはお互い友情の握手を交わした。
沈みゆく夕日が二人を美しく照らす。
「ボク、とってもナイスな試合を見せてもらったよ。ボク、もういつ死んでもいいわい。アヤメちゃんは女相撲界の新しい風じゃ」
「すごいよアヤメちゃん、俺より小さい体で大きな相手力士をあっさり倒してくなんて、さすが現代っ子とは体のつくりが違うね」
「ホメテクレテアリガト、カジスケチャン、ゴロジジイチャン」
アヤメは屈託のない笑顔を浮かべていた。
全ての取組終了後、土俵上に演台が設けられた。
【表彰式に先立ちまして、『鯉のぼりの歌』合唱。皆様ご起立願います】
国歌じゃなくこれかよ。和楽器の伴奏が流れ、
『甍の波と雲の波~♪』
会場の皆、一斉に歌い出す。
これは『やねよりたかい~』の歌い出しで始まるよく知られている方のやつじゃなくて、大正二年に弘田龍太郎によって作曲された尋常小学唱歌の一つだ。
【ご唱和ありがとうございます。ご着席下さい。これより、賜杯拝戴。優勝、琴菖蒲、成績は六戦全勝。右は第六十三回播磨女相撲大会において成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。初出場にして初優勝。おめでとうございます!】
アヤメは頭に五月人形の兜を授けられ、表彰状、トロフィー、柏餅、ちまき、金一封などなど多数の豪華景品、そして祝福のキスを受け取った。
「アリガトウ。ワタシ、イマ、トテモウレシイ。サイコウノオモイデガデキマシタ」
アヤメは優勝インタビューされた際、ちょっぴり嬉し涙を見せていた。
準優勝の千咲にも、表彰状と金一封が授与された。
これにて今年の播磨女相撲大会は華やかに幕を閉じる。
はてさて、優勝はおめでたいことなのだが今後アヤメをどうするか。もはや家族の一員のようになっていたがそろそろ元いた時代に帰してやらなければと思う。でも一体どうすりゃいい。特殊相対性理論的観点から考えても不可能じゃないかと思う。かといって……。
「千咲ちゃん、ボク、今回も全身全霊スピリッツパワー全開で応援するからねーっ」
五郎次爺ちゃんは両手に扇子を持ち、さらにはなんとも恥さらしなド派手な応援衣装を身に纏ってやって来た。ちなみに今朝は捨ててやったがこのために機嫌は上々のまま。
アヤメは当然だが、俺も見に来たのは今回が初めて。今までずっと千咲から「負けるとこ見られるのは恥ずかしいからダメッ!」って言われ続けていたからな。五郎次爺ちゃんは聞く耳持たず。今年は高校生になって気分一新したのか、ぜひ見に来て欲しいとのことだった。
この女相撲大会は、毎年開催日が五月五日と決まっている。女の子の日は普通の日なのに、男の子の日が祝祭日になっているなんて男女差別だ、と主張していた女性有志陣が集い、その日に反逆して女の子だけの祭典が開かれることになったという。会場周辺には力士幟ならぬ端午の節句の象徴、鯉幟が多数掲げられていた。しかも真鯉と小鯉だけ、緋鯉も飾ってやれ。
「ワタシモデタイ!」
強い出場意欲を見せたアヤメ。
「もちろんOKよ。この大会は飛び入り参加も大歓迎なの。選手登録してくるね。四股名は、えーと、アヤメを漢字にした時のもう一方の読み方、しょうぶを使って……琴菖蒲、ことしょうぶね」
「カッコイイシコナデスネ。ワタシハトテモキニイリマシタ。チサキチャン、アリガトウ」
「喜んでもらえて嬉しいな」
これにより今大会の出場女力士総数は六十四名となった。八名毎A~H計八ブロックに分かれ、それぞれの頂点に勝ち残った者同士で再びその八人によるトーナメント戦(A対B、C対D、E対F、G対H)が行われる。出場者数が奇数の場合は籤引きで勝ち抜けというラッキーなことも起こり、少しは運にも左右されるようである。西方か東方かも、前大会優勝者が東方になれる特権がある以外は全て抽選で決められる。
アヤメはCブロック、二人の出場までしばし観戦しながら待つ。
【それではこれよりCブロック一回戦の取組を行います】
「さ、アヤメちゃん、ついに出番よ」
千咲はアヤメの肩をポンポンッと叩いた。
「リョウカイデス。ゼンリョクデタタカイマス!」
アヤメはすっくと立ち上がりこぶしを握りしめ、威風堂々土俵へと向かって行った。
【ひがあああああああしいいいいいいい、いなみいいいいいいいりゅううううううう、いなみいいいいいいいりゅううううううう。にいいいいいいいしいいいいいいい、ことしょうううううううぶううううううう、ことしょうううううううぶううううううう】
呼出から四股名を呼び上げられると、アヤメは土俵の上に上がり四股を踏んだ。所作を待ち時間中に千咲から教わっていたのだ。
【東方、稲美竜、加古郡稲美町出身、二十一歳、彼女にマワシを捕まえられてしまったらもう一巻の終わり、無類の強さを発揮します。もがけばもがくほど術中にハマる。それはまるで底なし沼に落っこちたよう。西方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳。このとってもかわいらしい女の子は今大会が初出場です。みなさん応援してあげてね】
続いてアナウンサーから四股名、出身地、年齢、そして簡単なコメントが告げられる。アヤメの出身地には突っ込みどころ満載だが、そこはスルーしていた。
「ことしょうぶううう 好きじゃ好きじゃ、大好きじゃあああああああ、アイラブユウウウウウウウーッ!」
最前列砂被り席にいる五郎次爺ちゃんあんな大声で、恥ずかしいから止めろ。ていうか近くの他の男性観客らも釣られて叫び回りやがるし、俺達三人以外の現代人にはまだまだ慣れてないアヤメちゃん、ますます緊張しちゃうじゃないか。
俺と千咲は真ん中くらいの席で静かに見物。
数回仕切りを繰り返し、いよいよ制限時間いっぱいとなった。相手力士、稲美竜はコメントを聞く限りかなり手強そうだ。
「千咲ちゃん、アヤメちゃん大丈夫かな?」
俺は少し心配している。
「アヤメちゃんの目には炎がメラメラ灯ってるわ。あの様子ならきっと勝てるよ」
【待ったなし、手を下ろして下さいね。はっけよい、のこった!】
行司から軍配返されたその刹那、
「トリャアアアアアアア!」
アヤメは相手にマワシを取らせる隙を与えず突っ張りを目にも止まらぬ速さで断続的に繰り出した。稲美竜勢いに負けてあっさり尻餅をつく。
これにて勝負あり、心配は杞憂。相手は何も出来ずアヤメの圧勝であった。
【ことしょうううぶううううう】
アヤメはきちんと右手で手刀を切って行司から勝ち名乗りを受け、五郎次爺ちゃんに目もくれず俺と千咲の座っている場所へと戻って来た。
【ただいまの決まり手は突き倒し、突き倒して琴菖蒲の勝ち】
アナウンサーから決まり手が発表された。
「アヤメちゃん、とっても強いね。俺なんかと大違いだ」
「ワタシ、イママデノトリクミミテ、ミヨウミマネデツッパリヲダシタラカッテシマイマシタ」
「アヤメちゃん絶対相撲の才能あるわね。その調子で次も頑張れ!」
千咲はFブロック。つまりアヤメとは決勝まで勝ち進まない限り対戦が組まれない。
アヤメはなんとその後も勝ち続け、Cブロックの頂点に立つことが出来た。準々決勝進出が決まったのだ。これはひょっとしたら――。
【続きましてFブロックの取組を行います】
いよいよ千咲の出番もやって来た。
【東方、千咲風、明石市出身、十五歳。去年は大会始まって以来の最年少優勝なるかと思われたのですが惜しくも準優勝、しかし中学生ながらたいへん健闘していました。高校生になっての初出場。今大会優勝候補の一人です。西方、家島錦、姫路市出身、三十四歳。普段は海女さんをやっています】
仕切りの際『ちさきかぜえええええ!』と、会場中から大きな声援が巻き起こる。千咲は大人気力士なのだ。
【時間です。待ったなし、手を下ろしてはっけよい、のこった!】
相手力士・家島錦は千咲より二十センチ近くは背が高かったが全く諸共せず。家島錦が張り手を繰り出して来た腕をサッと掴んで両手に抱え、引っ張り込み捻り倒した。
【ただいまの決まり手はとったり、とったりで千咲風の勝ち】
初戦は余裕で勝ち、その後もアヤメと同じく続々勝ち進め千咲も準々決勝戦進出。
《準々決勝》 アヤメ、豪快な波離間投げで勝利。千咲も合掌捻りというこれまた豪快な決まり手であっさり勝った。両者《準決勝》へと進む。
【東方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳。西方、出石富士、豊岡市出身、五十五歳、この春、東大院博士課程を出たけれど、実家に戻って仕事もせず深夜アニメばかり見ている今はいわゆるインテリニート状態にある一人息子を養うために、お蕎麦屋さんで頑張るたくましいかーちゃんです。もうお年ですが今回も賞金狙って出場を決めたそうですよ】
体格差かなりでかい。背丈だけでなく横幅も。千咲・家島錦戦以上だ。まともにぶつかって勝つには無理があるだろう。アヤメはどう攻めるか。
【時間です。待ったなし。手を下ろして。はっけよい、のこった!】
アヤメが立ち合い一瞬、わずか一秒半。
【ただいまの決まり手は蹴手繰り、蹴手繰りで琴菖蒲の勝ち】
そう来たか、あっさり勝利。決勝戦進出。これであとは千咲が勝てば。
出石富士もいろいろと大変なんだろうな。観客らが憐憫の目で見ていたよ。俺も共感している。最高学府出ていても人生いろいろなんだな。俺はあんな風には絶対ならねえぞ。
「ああん、ダメだ私、次絶対勝てないよ」
「千咲ちゃん珍しいね。そんなに自信無くしちゃうなんて」
「だって次の相手、去年決勝で撞木反りかけられて負けた相手だもの。怖いのよ」
「ワタシ、オウエンスルヨ。ガンバレ! チサキチャン」
「アヤメちゃん、ありがとう。きっと無理だろうけど私、精一杯頑張ってくるよ」
千咲はぎこちない足どりで土俵へと向かう。
【東方、月見山賊、神戸市須磨区出身、三十九歳。優勝回数十六回を誇る超実力派。昨年の優勝者です。今回八連覇なるか。西方、千咲風、明石市出身、十五歳。昨年決勝の雪辱なるか】
千咲の話によれば、月見山賊は元女子プロレスラーとのこと。それでこんなに優勝していたのか。これは千咲が自信無くす気も分かる。
六度目の仕切りで、制限時間いっぱいとなった。
【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】
次の瞬間、
【まだまだまだ!】
行司から注意された。立ち合い不成立、千咲の手がちゃんと仕切り線についていなかった。相当緊張してるなこれは。リラックスして頑張れ千咲ちゃん。
【待ったなし、手をちゃんと下ろして。はっけよい、のこった!】
二度目の立ち合い、今度は上手く立った。だが千咲、月見山賊に一瞬のうちにマワシを掴まれ、一気に押し込まれる。そしてついに俵の上に足がかかってしまった。もうあとがない。千咲非常に苦しい表情。
容赦なく体を預けてくる月見山賊、だがその時、
「とりゃあああああああああああああああああああああああああーっ!」
と、千咲が大きな叫び声をあげた。そして、
【ただいまの決まり手はうっちゃり、うっちゃりで千咲風の勝ち。去年の屈辱を晴らしましたーっ。やったね!】
千咲は土俵際ギリギリの所、捨て身の投げ技を打ち、奇跡的に勝つことが出来た。そして本当に決勝戦で千咲とアヤメとの一騎打ちとなったのだ。
嬉しそうに観客席へと戻って来る千咲。
「すごいよ千咲ちゃん。あんな怪物みたいなのに勝てるなんて」
「オメデトウ、チサキチャン。コレデワタシトタイセンデキルヨ」
「こっ、これはかつて双葉山が得意とした技じゃよ。今度ボクにもこの技かけてね」
「そこまで私を追い詰められたらね。アヤメちゃん、私、例え年下でも手加減しないよ。本気でいくからね。前大会は準優勝で悔しい思いしてたからね」
「ワタシモ、ホンキダシマスヨ!」
闘争心むき出しの両者。これは楽しみな取組になりそうだ。
《決勝戦つまりは優勝決定戦》。法螺貝の合図で取組が始まる。
【東方、千咲風、明石市出身、十五歳。西方、琴菖蒲、縄文時代出身、推定十歳】
仕切りの際は激しい睨み合いが続いていた。女同士の争いってすげえ怖えな。
制限時間いっぱい、最後の塩。千咲は山のようにがっちり掴み、高々と舞い上げた。アヤメもそれに負けるものかと豪快に撒き散らす。だがその勢いは千咲の方が勝っていた。
【待ったなし、手を下ろして。はっけよい、のこった!】
軍配返され、すぐに両者激しい張り手の打ち合いが始まった。パチンパチンと激しい音が聞こえてくる。凄まじい突きの攻防が繰り広げられているのだ。
やがて、がっぷり四つに組み合う体勢に変わった。乾坤一擲互いに力比べ。
「とりゃあっ!」
千咲が投げを打った。だが決まらず再びもとの状態へ。
「ヤアッ!」
そして今度はアヤメが投げる。こちらも決まらず。
今度は千咲、寄りに出た。土俵際俵の上まで追い詰められたアヤメ、だがそこから負けるものかと寄り返す。再び両者、土俵中央へ。意地と意地のぶつかり合い。大相撲だ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
場内も激しい歓声が響く。
「琴菖蒲か千咲風か、うーむ、どちらも頑張れファイト、ファイト!」
五郎次爺ちゃん選べず。俺も、どちらにも勝って欲しいと思っている。
その時だった。アヤメがもう一度打った投げに千咲の足が泳いでしまった。つまり千咲がアヤメに対し背中を向けてしまった状態だ。そしてアヤメはすかさずそのチャンスを逃すまいと後ろからがっちり千咲の両マワシを捕まえた。千咲、こうなったらもうどうすることも出来ず、一応は“後ろもたれ”という決まり手技もあるのだが。
そしてアヤメは、自分より大きい千咲の体をふわり軽々と持ち上げたのだ。これはもう勝負あったな。
「エイヤッ!」
案の定そのまま杵を振り下ろすかのように豪快に叩き落とした。千咲その場に座りこむ。
【ただいまの決まり手は送り吊り落とし、送り吊り落として琴菖蒲の勝ち。今大会の優勝者が決まりましたーっ!】
会場中から割れんばかりの大きな拍手喝采。千咲は俺によくかける技で敗れてしまったのだ。悔しそうな表情。立ち上がり一礼して土俵から下りた。
【ことしょうううぶううううう】
今大会最後の勝ち名乗りを行司から受け、満面の笑みで花道を引き下がるアヤメ。その際「ことしょうぶううううう、好きだあああああ、うおおおおおおお!」「元祖萌えキャラ」「石槍で突かれたい」「縄文時代に帰らないでくれーっ、現代の方がずっと楽しいよ」などという男性応援陣からのありがた迷惑な声援が送られた。つーか縄文時代に帰ってもらわないと困るのだが。
「今年も準優勝かあ。でもアヤメちゃんもとい琴菖蒲、優勝おめでとう! あんなに強いとは思わなかった。また対戦しようね!」
「チサキチャン、トテモツヨカタ。ワタシモアブナカタヨ」
千咲とアヤメはお互い友情の握手を交わした。
沈みゆく夕日が二人を美しく照らす。
「ボク、とってもナイスな試合を見せてもらったよ。ボク、もういつ死んでもいいわい。アヤメちゃんは女相撲界の新しい風じゃ」
「すごいよアヤメちゃん、俺より小さい体で大きな相手力士をあっさり倒してくなんて、さすが現代っ子とは体のつくりが違うね」
「ホメテクレテアリガト、カジスケチャン、ゴロジジイチャン」
アヤメは屈託のない笑顔を浮かべていた。
全ての取組終了後、土俵上に演台が設けられた。
【表彰式に先立ちまして、『鯉のぼりの歌』合唱。皆様ご起立願います】
国歌じゃなくこれかよ。和楽器の伴奏が流れ、
『甍の波と雲の波~♪』
会場の皆、一斉に歌い出す。
これは『やねよりたかい~』の歌い出しで始まるよく知られている方のやつじゃなくて、大正二年に弘田龍太郎によって作曲された尋常小学唱歌の一つだ。
【ご唱和ありがとうございます。ご着席下さい。これより、賜杯拝戴。優勝、琴菖蒲、成績は六戦全勝。右は第六十三回播磨女相撲大会において成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。初出場にして初優勝。おめでとうございます!】
アヤメは頭に五月人形の兜を授けられ、表彰状、トロフィー、柏餅、ちまき、金一封などなど多数の豪華景品、そして祝福のキスを受け取った。
「アリガトウ。ワタシ、イマ、トテモウレシイ。サイコウノオモイデガデキマシタ」
アヤメは優勝インタビューされた際、ちょっぴり嬉し涙を見せていた。
準優勝の千咲にも、表彰状と金一封が授与された。
これにて今年の播磨女相撲大会は華やかに幕を閉じる。
はてさて、優勝はおめでたいことなのだが今後アヤメをどうするか。もはや家族の一員のようになっていたがそろそろ元いた時代に帰してやらなければと思う。でも一体どうすりゃいい。特殊相対性理論的観点から考えても不可能じゃないかと思う。かといって……。
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