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2.おや?父親の様子が何か変だ①

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 その日も自室と言えば聞こえが良いが、唯の物置で事務仕事をこなしていた。
 もう夜中だ、明け方までに終わるのだろうか。

 物置小屋の大半の場所を取っている机の上の書類は、まだかなりの量があった。

「アイリーンお嬢様入ります」
 特に入室の許可を求めた訳でも無く、執事のフレッドが部屋に入ってきた。

「どうかしましたか?」

 流石にこんな時間で急な仕事が増える訳もないので、
 急に訪ねてきた真意が分からない。

「旦那様が高熱を出して倒れました」
「お父様が?今から行きます」

 私はチラリと机の書類を見た。
 どう考えても今日中に処理できないだろう。
 幸いに優先順位をつけて、急ぎのものは終わっている。
 単純に今日できなかった仕事を明日に回すので、
 明日の仕事が増えるが致しかたない。

 フレッドに連れられて父親の部屋に入ると、
 父親がベッドの上でうなされていた。
 声をかけても返事も返ってこない。

「義母には?」
「先にお声をかけましたが、アイリーン様に任せると」

 ある意味予想通りの答えではあった。

「お母様が倒れた時の先生をお呼びして、
 あの先生ならこの時間でも来ていただけるかも」
「分かりました、直ぐにでも」

 そう言い残してフレッドは部屋から出ていった。
 父親の苦しそうな声だけが聞こえる部屋。
 私は一体何をしているのだろう。

 少なくとも普段仲の良い様に見える義母は何もしない。
 蔑ろにされている子供の私が特段何もせずとも世間体として問題無いはずだ。
 義母と義姉は文句を言ってくるだろうが、そんな事は通常運転だ。

 何だかんだ言っても血の繋がった最後の家族だから?
 人としてのモラル?

 自分が今何を思っているかさえ疲れてしまって分からない。
 考えるのをやめよう、なるようになるわ。

 その後夜間にも関わらずに先生が我が家に来て診察してくれた。
 高熱の原因は分からない、解熱剤は出すがこれ程の高熱で原因も分からない以上は、
 あまり効果がないかもしれない。
 このまま高熱が続くと後遺症が残るか、最悪死んでしまうかもしれないと診断された。

 診療してくれた先生は、明日?今日もまた来てくれると言って帰って行った。

「臨時で介護してくれる人を雇えるかしら」
「短期契約で原因不明の病人を介護をする人を探すのは難しいかと」
「家の使用人に特別報酬を出して介護して貰うのは?」
「旦那様は給金の支払いも渋く、日頃横柄な態度を取られてましたので」

「お義母様やお義姉が甲斐甲斐しく介護してくれるとは思えないけど、
 念の為に声をかけておいて、
 私が仕事しながら看病すると思うので机と椅子をこの部屋に運び込んでおいて」
「分かりました」

 本当に自分が困った時に周りからどう思われていたか分かると言うけど、
 普段から威張り散らしていた父親の価値はこんなものか。
 まあ、私が同じ状況になったら医者すら呼んで貰えないと思うから幾分マシか。

 それから三日に渡って父親の高熱が続いた。
 日頃の仕事に加えて看病までしている私の体力も限界に近い。
 もはやどちらが病人か一見しただけでは分からない状況だ。

 朝方になって、気を失う様に机に突っ伏して寝てしまった。
 目が覚めて横に寝ているはずの父親をみると、
 少し驚いた様に、だけど何故か優しげな目で私を見ていた。

「お父様、お目覚めになったんですね」
「ああ、君が看病してくれたのかい?」
「君?娘のアイリーンですよ」
「ああ、そうだったね」
「フレッドにお医者様に来てもらえる様に伝えます」
「ああ、お願いするよ」

 何だろう、確かに父親だけど、言葉の一つ一つが優しく聞こえる。

「熱も下がってますし、心音も安定してますので問題ないでしょう。
 ですが病気の原因が分かっていませんので、二、三日は無理せずに療養して下さい」

 朝早くにも関わらずに駆けつけて下さったお医者様はそう告げて帰って行った。

 さて、これで平気でしょう、溜まってしまった仕事を片付けないと。
 父親にそう言って退室しよう。

 机は後で私の部屋に戻して貰うとして、
 今日の所は応接室で仕事をするしかない。
 応接室だと一々義母と義姉が絡んで来るので、
 邪魔で仕方がないが今日一日だけ我慢するしかない。

「流石に少し腹が空いたな、昼食には少し早いが準備をして貰えるか?
 私とアイリーンの二人分をカートで運んでくれ」
「旦那様の分はございますが、アイリーンお嬢様の分は」
「は?いやそうか、そうだったな。
 では、メインディッシュなどの一品物は、私とアイリーンで半分ずつに分けて、
 パンやスープなどは多めにあるだろう?
 果物と菓子があればそれも頼む」

「果物とデザートは旦那様は普段お召なされないので、
 奥様とフローラお嬢様の分しかございません」
「ではそれを。
 当主代理と将来の当主が遠慮する必要ないからな。
 まあだが面倒くさいので医者に甘い物を食べるように言われて、
 私が指示したと言っておいてくれ」

 あれ?今目の前で何が起こっているの?
 ちょっと理解できない。
 看病した私に一時的に優しくしてくれているのだろうけど、
 今後の義母や義姉の報復を考えると遠慮させて欲しい。

「お父様、お心遣いありがとうございます。
 ですが、仕事も溜まっていますので、
 お父様お一人で召し上がって下さい」

 私の言葉に父親は、物凄く可哀想な子を見るような表情をした。
 ええ、自慢じゃありませんが可哀想な子ですよ。
 だけど昨日今日の付け焼き刃では無く、年季の入った可哀想な子です。

 最も雨露をしのげて、私専用の残飯を独占出来るだけ、マシだと思う。
 領民の親無しの子供はもっと酷いみたいなのでかなり好条件の可哀想な子だ。

「仕事の割り振りは、食後にでも見直そう。
 フレッド、夕食からはアイリーンも家族と同じ食事を......
 いや違うな、私とアイリーンは胃腸が弱くなっているので、
 くどくない味付けで柔らかく煮込むか細かく刻んだ肉を。
 スープは栄養価の高い物、野菜は任せる、
 それと果物かデザートはアイリーンの分だけ頼む」
「......かしこまりました」

 普段表情筋が死んでいる執事のフレッドが困惑した表情を見せるなんて珍しい。
 かくゆう私に至っては考える事を放棄した。

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