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1.白骨令嬢アイリーン

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 父親のいる邸内の執務室の扉を三回ノックして、
 入室の許可を貰う為に名前を告げた。

「アイリーンです、只今戻りました」
「入れ」

 少し間をおいて部屋の中から無機質な返答が帰って返って来た為に、
 年季が入った扉を開けて執務室の中に入った。

 目の前の机に座っている父親は、
 一瞬チラリとこちらを見ただけで手元にある本に目を落とした。

「何か成果はあったか?」
「お義姉からお聞きになったのでは?」
「おおよそはな、だから簡潔に成果があったか、
 無かったのかの報告だけで良い」
「ありませんでした」

 元々期待も興味も無かったであろう父親からため息が溢れた。
 出荷待ちの家畜の買い手が見つからなかった位の気分なのだろう。
 実の娘の幸せなど一切考えていないのが分かってしまう。

 父親は知らないのだろうか?
 私が同年代の令息令嬢たちから白骨令嬢と揶揄されていることを。
 今日のお茶会でも遠慮も無く侮蔑の言葉を浴びた。
 本来侯爵家の令嬢である私に、子爵家の令嬢からも悪く言われても文句さえ言えない。
 味方など誰もいないどころか、率先して私を悪く言っているのが義姉だった。

 真っ白でやつれた骨の様な身体。
 窪んで目の下に濃いくまが出来ている顔立ち。
 美しかった銀髪は艶を無くしボサボサで白髪の様だ。

 更に古く少し黄ばん白いドレスを毎回着ている。
 自分でもまるで骸骨だと思ってしまう。

 だが、これには事情があるのだった。
 別段病気にかかっているとか、ましてや呪いをかけられている訳ではない。
 単純に慢性的な疲労と睡眠不足が原因。
 ドレスに関しては、義母と義姉の単なる嫌がらせだ。

 そう、母親が死んで父が再婚した時からアイリーンの生活は一変した。

 自分を愛してくれた母親は、アイリーンが八歳の時に死んでしまった。
 元々母親は身体が弱かったのだが、その年に流行った風邪を拗らせてあまりにも呆気なく、
 この世を去ってしまった。

 母親が死去して一年も経たずに父親が再婚した。
 アイリーンより一歳上の連れ子をつれて。
 父親曰く学生時代親睦があった友人の妻でその人が無くなってしまい、
 お互いに似た境遇ゆえにいつしかお互いに愛し愛される仲になったらしい。

 胡散臭い話だ、元々父親の隠し妻だったのではないかと思っている。

 我が家リシュール侯爵家の正当な後継者は、母親であるエレノアだった。
 父親は分家筋の所謂入婿だ。

 才も無く容姿が平凡な父親が選ばれたのは、
 本家の力を弱めたい分家筋が王族と手を組んで強引に決まったらしい。
 父親は悪人では無かったが、男尊女卑と言うか、見栄をはる男だった。

 母親のエレノアは自分の身体が弱い事を心配して、
 万が一にでも自分が死んだ際の為に、
 弁護士などを通して爵位が奪われない様にしていた。
 私が死ぬか、若しくはありえないが、恋に落ちて他家に嫁がないかしない限りは、
 成人になったら正式に家督を継ぐことになる。

 それを知った義母はおおいに焦った。
 私がこの家を継いだら間違えなく自分達は追い出されるだろう。
 そこで母親のエレノアを慕っていた使用人を全て追い出し、
 補充の人間をあてがう事も無く、私に空いた穴を全部押し付けた。

 そればかりか、領内の運営も将来の為にという大義名分で私にやらせた。
 流石に小娘が侯爵領の運営を一人でできる訳もなく、
 祖父母の時代から仕えていた家令兼執事長のフレッドが補佐についた。

 フレッドは、侯爵家を守る事を第一として、年々私に割り当てる業務を増やして言った。
 私が十四際になった今や私が七割、フレッドが二割、父親が一割の仕事分担となっている。
 当然遊びたい盛りの私は何度も泣き叫んだが、体力が減るばかりで無駄だと悟った。

 食事に関しては、家族の余り物を使用人がまかない食として流用して残った残飯で過ごした。
 ドレスなどもお茶会で頭が可笑しい病弱な跡取りと周りに思わせる為と、
 費用削減を兼ねて古着を騙し騙しつかっている。

 侯爵家の資産は、義母達には自由に出来ないから、
 帳簿を誤魔化したり私をこき使って浮いた金で贅沢をしている。

 それらの集大成がみすぼらしい格好をした白骨令嬢を作り上げたのだった。
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