紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり

文字の大きさ
8 / 55
第1章 出会いは突然に

第8話 雲片糕の壺

しおりを挟む



 都雅な所作で示されたいす卓子つくえを挟んで二脚。既に茶が並んでいる。そして、卓の上に置かれた、見慣れた眼帯。どう見ても、曄琳イェリンが落としたものだ。ああ詰みだ。曄琳は天に祈りを捧げる。
 
 恐る恐る手前の榻に腰掛けると、暁明シャオメイももう片方の榻へ腰掛けた。文官にしては所作に隙がない。袴褶こしゅうの上からでも細くしっかりと筋肉のついている脚だとわかる。
 暁明は絹糸のような黒髪を揺らし、興味深そうな、こちらを窺うような顔をする。
 
「なぜそんなに緊張しているんです。呼ばれた理由がおわかりですか?」
「よ、夜の後宮に立ち入ったことが咎められたのかと……」

 曄琳は眼帯を見ながらぼそぼそと話す。口封じのためではなんて口が裂けても言えない。
 しらを切ろうと適当に理由を見繕う。が、暁明は艶やかに笑う。
   
司闈しいが頼んで後宮に入れたと聞きました。あなたに非はないと思いますが」

 なら、なぜ呼んだ。やはり抹消か。
 曄琳は口を閉ざした。
 司闈伝いで曄琳の所属が教坊だと知ったということもわかってしまった。

「これはあなたの眼帯でしょう。どうぞ」
「ありがとうございます……」

 暁明の手から曄琳のもとへ眼帯が渡る。
 おかえり、眼帯。こんな形で再会したくはなかった。
   
「そう固くならず。よければ菓子もどうぞ。口に合うかはわかりませんが」

 暁明が脇の棚から盆を取り出す。
 盆の上には、蓋がされた小振りの陶製の壺が三つ並んでいる。真っ赤な牡丹が描かれた上等な白磁の壺だ。
 暁明の置き方が思いの外粗雑で、音を立てて曄琳の前に置かれた。

(口に合うかわからないと言いながら、絶対に高価な菓子に決まってる)

 ちらと暁明の表情を確認すると、どうぞと言わんばかりに微笑まれた。貼り付いたような笑顔が癪に触る。
 
 曄琳は最後の晩餐だと思うことにし、壺に手を伸ばした。 
 置かれた際に両脇の壺は軽い音がしたので、空っぽか、たいして入っていないと踏み、真ん中の壺の蓋を取る。
 すると、中から雲片糕ユンピェンガオが出てきた。庶民では絶対に手に入らない高級干菓子ひがしだ。
 曄琳は薄い一切れをひょいと摘むと、口の中に放り込んだ。唾液と混じってほろりと溶ける糖の甘さに口が緩む。

(雲片糕なんて初めて食べた)

 ちょうどいい温さの茶杯を両手で持って飲んでいると、暁明がおもむろに口を開く。

「ところで、例の司闈長からあなたはなんでも聞き分ける耳を持っていると聞きましたが、本当ですか?」
「誇張しすぎです。私にそんな突出した能力はありません」
 
 曄琳は茶杯を置く。
 司闈長の発言が虚言のように言い切るのは申し訳ないが、耳の話も知られると面倒そうな予感がするのだ。
 適当にはぐらかすと、暁明の柳眉がわずかに跳ねた。

「本当に?」
「本当です」

 もう一つくらい菓子を食べておこうと食い意地が勝った曄琳が壺にそろりと手を伸ばすが、曄琳の手より早く、暁明が雲片糕の壺に蓋をした。

「あ」
「では、菓子の壺が当てられたのも偶然ということでしょうか」

 菓子を取り上げられたことと、暁明に言われたことの二つが頭の中でぶつかり、弾ける。

(……しくじった)
 
 一拍置いて、曄琳はゆっくりと顔を上げた。壺の牡丹の如く、煌びやかな笑みを浮かべた暁明と視線がかち合った。勝ちを確信したその顔に、曄琳も取り繕うことをやめて、盛大に顔をしかめた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

男装官吏と花散る後宮 仮面の貴人と妃の秘密

春日あざみ
キャラ文芸
旧題:男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜 2026年3月書籍発売! <第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

もっと早く、伝えていれば

嶌田あき
キャラ文芸
 記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。  同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。  憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。  そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。 「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。  1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。

処理中です...