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第1章 出会いは突然に
第8話 雲片糕の壺
しおりを挟む都雅な所作で示された榻は卓子を挟んで二脚。既に茶が並んでいる。そして、卓の上に置かれた、見慣れた眼帯。どう見ても、曄琳が落としたものだ。ああ詰みだ。曄琳は天に祈りを捧げる。
恐る恐る手前の榻に腰掛けると、暁明ももう片方の榻へ腰掛けた。文官にしては所作に隙がない。袴褶の上からでも細くしっかりと筋肉のついている脚だとわかる。
暁明は絹糸のような黒髪を揺らし、興味深そうな、こちらを窺うような顔をする。
「なぜそんなに緊張しているんです。呼ばれた理由がおわかりですか?」
「よ、夜の後宮に立ち入ったことが咎められたのかと……」
曄琳は眼帯を見ながらぼそぼそと話す。口封じのためではなんて口が裂けても言えない。
しらを切ろうと適当に理由を見繕う。が、暁明は艶やかに笑う。
「司闈が頼んで後宮に入れたと聞きました。あなたに非はないと思いますが」
なら、なぜ呼んだ。やはり抹消か。
曄琳は口を閉ざした。
司闈伝いで曄琳の所属が教坊だと知ったということもわかってしまった。
「これはあなたの眼帯でしょう。どうぞ」
「ありがとうございます……」
暁明の手から曄琳のもとへ眼帯が渡る。
おかえり、眼帯。こんな形で再会したくはなかった。
「そう固くならず。よければ菓子もどうぞ。口に合うかはわかりませんが」
暁明が脇の棚から盆を取り出す。
盆の上には、蓋がされた小振りの陶製の壺が三つ並んでいる。真っ赤な牡丹が描かれた上等な白磁の壺だ。
暁明の置き方が思いの外粗雑で、音を立てて曄琳の前に置かれた。
(口に合うかわからないと言いながら、絶対に高価な菓子に決まってる)
ちらと暁明の表情を確認すると、どうぞと言わんばかりに微笑まれた。貼り付いたような笑顔が癪に触る。
曄琳は最後の晩餐だと思うことにし、壺に手を伸ばした。
置かれた際に両脇の壺は軽い音がしたので、空っぽか、たいして入っていないと踏み、真ん中の壺の蓋を取る。
すると、中から雲片糕が出てきた。庶民では絶対に手に入らない高級干菓子だ。
曄琳は薄い一切れをひょいと摘むと、口の中に放り込んだ。唾液と混じってほろりと溶ける糖の甘さに口が緩む。
(雲片糕なんて初めて食べた)
ちょうどいい温さの茶杯を両手で持って飲んでいると、暁明がおもむろに口を開く。
「ところで、例の司闈長からあなたはなんでも聞き分ける耳を持っていると聞きましたが、本当ですか?」
「誇張しすぎです。私にそんな突出した能力はありません」
曄琳は茶杯を置く。
司闈長の発言が虚言のように言い切るのは申し訳ないが、耳の話も知られると面倒そうな予感がするのだ。
適当にはぐらかすと、暁明の柳眉がわずかに跳ねた。
「本当に?」
「本当です」
もう一つくらい菓子を食べておこうと食い意地が勝った曄琳が壺にそろりと手を伸ばすが、曄琳の手より早く、暁明が雲片糕の壺に蓋をした。
「あ」
「では、菓子の壺が当てられたのも偶然ということでしょうか」
菓子を取り上げられたことと、暁明に言われたことの二つが頭の中でぶつかり、弾ける。
(……しくじった)
一拍置いて、曄琳はゆっくりと顔を上げた。壺の牡丹の如く、煌びやかな笑みを浮かべた暁明と視線がかち合った。勝ちを確信したその顔に、曄琳も取り繕うことをやめて、盛大に顔をしかめた。
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