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第1章 出会いは突然に
第7話 呼び出し
しおりを挟む(目的がわからないのだけど。絶対に言うなと釘を刺すためか、私を宮中から抹消するため……?)
逃げきれるとは思っていなかったが、こんなに早く呼び出されるとは思っていなかった。
曄琳はキリキリと痛む腹を帯の上から擦る。
女装宦官改め、女装官人・宋暁明が内教坊を訪問した翌日。
曄琳を殿中省に出頭させよと通達が来た。日を改めると言っていたのは、どこのどいつだ。公権力を使うのは卑怯すぎる。命令ならばさすがに曄琳も従わざるを得なくなる。
渋々曄琳が屋敷の外に出ると、今度は少年宦官が待ち構えていた。二段構えである。わざわざ内教坊へ人を寄越して、曄琳が道中逃げぬよう監視までつける徹底ぶりに、包囲網がじりじりと狭まっていくのを感じた。
「こちらです。すぐ着きますよ」
姚人と名乗った少年宦官は、曄琳を暁明のもとに連れて行く訳を知らぬ様子であった。使いっ走りの宦官が暁明の内情など知る由もないのだろう。
先立って歩く姚人は、いくつもの宮門を潜り抜け、皇城へと曄琳を誘う。門を潜るたびに女官より男の往来が増えていき、官服に身を包んだ役人らが包帯宮妓と少年宦官という珍妙な組み合わせを不審そうに一瞥していく。
例に漏れず、しばらくすると姚人も物珍しそうに曄琳の顔を覗き込んできた。
「あのぉ、それはお怪我なんですか?」
「違います。初対面でいきなり失礼ではありませんか」
「あっ、女性に不躾でしたね!? すみません!」
曄琳がじろりと睨むと、眼帯をまじまじと見ていた姚人がぱっと身を引いた。曄琳と同い年くらいに見える彼は、人の良さそうな笑みを浮かべる。どんぐり眼がくるりと動いた。
「宋少監が女官を連れてこいというのは初めてで、どんな方か気になってしまいまして。どういう繋がりなんですか?」
「私も宋少監とは面識がないので、なぜ呼ばれたのか分かりません。あと、私は女官ではなく宮妓です」
「ありゃ、そうなんですか!? すみません、私は学がなくて」
学がないのではなく、見る機会がなく知らないだけじゃなかろうか。曄琳は気まずそうな姚人を見やる。
後宮を出入りする掖庭局に身を置く宦官ならばいざ知らず、皇城で働く宦官は内廷から出てこない宮妓なぞ、ほとんど見る機会もないだろう。
にしてもお喋りな人間だ。姚人の興味津々といった視線に、曄琳は居心地が悪くなる。
「宮妓さんなら、なおさら珍しいや。呼び出しもお仕事関係でしょうね」
「どうなんでしょう」
曄琳のつれない反応にも姚人はめげない。あれやこれやと話題を振ってくるので曄琳も折れて話に乗ることにした。とりあえず確認しておきたいことを聞いておく。
「少監は……男性ですよね?」
「え? もちろんですよ! あ! お綺麗だから女性にも見えちゃいますよね?」
宦官かどうかを確認したつもりだったのだが。皇城の官吏であり得ないとは思ったが、一応だ。
曄琳は生温い笑みでやり過ごした。
「主上の即位式で外国の使節団から女性と間違われて怒ってらっしゃったことあるんですよ!」
「へえ。他にもどんな方なのか聞いても?」
「仕事ができて完全無欠! 完璧なお方です!!」
「……そういうのではなく性格的な話を聞きたいのですが」
姚人の目の輝きからして、暁明は姚人の理想の上司なのだろう。でも、今聞きたいのはそれじゃない。
「そうですねぇ、普段はお優しいですけど、怒るとちょっと怖い方ですかね……あっ、怖がらせるつもりはなくて! 普段はお優しいですからね!? 大丈夫です! 怒らせると人を殺せそうなくらい冷たい顔をされますが! 宮妓さんは、怒らせるようなことはしていないですもんね!? 初対面って言っていましたよね!?」
曄琳の顔色がどんどん悪くなっていくのに気づいた姚人がすかさず訂正してくるが、言葉を重ねるほどに聞きたくない情報が増えていく。
(今日が私の命日……せっかく脱走の道筋が見えてきたところだったのに……)
そもそも、高官連中と顔を合わせて、もし素性がバレるようなことがあったら一巻の終わりなのだ。
(母様は生まれたての私のことを直接見た人間はほとんどいないって言ってたけど)
どこまで紅い目のことが知れ渡っているのかわからない。もしかしたらもう十七年も前のことなので、今の宮廷にいる人間は知らないかもしれない。それを期待するしかない。
普段信じていない神や仏に縋りたくなる。
曄琳が心の中で念仏を唱えていると、先を歩いていた姚人が立ち止まった。
「着きました! すぐ取次いたしますね!」
そんなに急がなくても大丈夫と言いたいが、姚人は足軽に建物の中に消えていき、すぐ戻ってきた。
「奥の房室へどうぞ! 既に少監もお待ちです」
内教坊とは造りからして、違う質素な官庁の院子を抜け、奥まった房室へ連れて行かれた。行きたくなさすぎて足取りが重い曄琳を、姚人がにこりと笑って室内へと押し込む。振り返る間もなく、軋む音を立てて扉が閉められた。
書架で埋め尽くされたそこは、居室というより書庫に近かった。
公権力を振りかざして曄琳を呼び出してきた男は、曄琳と目が合うと涼しげな双眸を弓なりに細めた。
「突然呼び立てて申し訳ありません。埃っぽい場所ですが、どうぞ適当に掛けてください」
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