紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり

文字の大きさ
6 / 37
第1章 出会いは突然に

第6話 見目のいい文官

しおりを挟む



 その日は、朝から異様に騒がしかった。

「やだぁ、ソン様よ!」
「宋様がなんでここに来てるのかしら」
「今日も見目麗しいわぁ」
 
 どうやら、宋とかいう人間が内教坊に来ているらしい。曄琳は騒ぐ宮妓の輪に加わるかどうか悩み、人垣の一番後ろから覗くことにした。
 
 朝餉終わり、教坊での手習いが始まる前。一番慌ただしい時間に、ほとんどの宮妓が準備を放りだして外に出ていることが珍しい。よほどの人が来ているに違いない。
 
(み、見えない……)
 
 曄琳は小柄なため、背伸びをしなければ見えそうになかった。爪先立ちでぐいと顎を上げて、なんとか人垣から目だけ出す。

「突然の訪問失礼します。天長節のことで相談があり伺ったのですが、どなたか内人ないじんはおられますか」

 人垣の先には、物腰の柔らかい優男がいた。
 位が低くとも楽人には礼を尽くす、が義と言われているこの国らしく、高官にしては腰が低い。
 年は二十を過ぎたくらいか、涼しげな目鼻立ちが印象に残る美男子である。宮妓らより頭ひとつ抜けて高い長身に、裾の長い縫腋の盤領袍ばんりょうほうを着込み、いかにも文官といった雰囲気を醸している。艶やかな黒髪と日に焼けていない真っ白な肌が目に眩しい。

「宋様ぁ。直ちに連れてまいりますから、こちらでお待ちくださいまし」
「ありがとうございます」

 宋に対応する宮妓らは、滅多に聞かないような猫撫で声で話している。普段胡座をかいて堂々と尻を掻いている威勢はどこにいったのだろう。
 曄琳はちょいちょいと前の宮妓の背中をつつく。

「すみません。あの方はどなたですか」
「あら小曄シャオイェ、知らないの? 殿中少監でんちゅうしょうかん宋 暁明ソン シャオメイ様よ」
「殿中少監……?」
「主上の一番の側近よ。お若いのにすごいわよねぇ、なにより美形だし」

 あの若さで殿中少監とは非常に優秀なのだろう。
 高官で、しかも顔の出来もよろしいなら女達が放っておくわけがない。
 
 殿中省は皇帝の身の回りを管理する部署だ。そこの少監が、天長節の宴程度でわざわざ内教坊に足を運ぶことに驚く。仕事熱心なのか、他の用事のついでなのだろうか。
 内人が出てくるまでの間、曄琳は手持ち無沙汰に待っている暁明を観察する。すると、暁明が時折、あたりを見回していることに気づいた。取り囲む宮妓らひとりひとりの顔を、じっくりと眺めているのだ。

 ――まるで何かを探しているような。

「失礼、こちらに目に怪我をした宮妓はいますか」

 暁明が人垣の一番前にいた宮妓を捕まえる。喧騒の中だが、曄琳の耳はしっかり会話を拾う。
 声を掛けられた宮妓は暁明の微笑みに頬を染めた。

「このようなものをつけていたと思うのですが」

 暁明の手に何かが握られているのが見えたが、この位置からでは何かはわからない。
 曄琳はどきりと心臓が跳ねるのを感じた。
 見えないが、おそらく彼は眼帯を持っている。そんな気がする。

「いないなら構いません。また日を改めます」

 暁明が数歩歩いて宮妓から離れる。
 彼のその足音に少し特徴があることに気づいたとき、曄琳はさあっと血の気が引いた。
 
 少し、ほんの少しだけ、足を引きずっているように聞こえる――女装宦官と同じ足音。

(まさか……いや、まさか……!?)
 
 曄琳は暁明らに顔を見られないよう、しゃがみ込む。この声も聞き覚えがあった。
 そして、はたと後宮の入口で主上を抱えていた女官を思い出した。
 足音に違和感のあった、あの女官を。

 ――全てが繋がってしまった。
 
 暁明とやり取りする宮妓の声が耳に刺さる。

「目に怪我なら、沈曄琳がおります。半年前に入ったばかりの隻眼の擋弾家とうだんかですわ。今の時間なら、建物内にいると思いますわ」

 擋弾家は宮妓の位のひとつだ。
 宮妓の位は上から、皇帝の推挙で選抜された舞踏担当の内人、内人の補欠である宮人きゅうじん、器楽担当の擋弾家とうだんか、雑用係の雑婦女ぞうふじょと分けられる。曄琳は琴の腕のお陰で入ってすぐに雑婦女から擋弾家に昇格していた。
 
 曄琳は、お願いします存在を言わないでと地面にしゃがみ込みながら人垣から離れていく。
 
 見つかればどうなるかわからない。口封じされてもおかしくない。あんな痴態、誰にも晒したくないはずだ。

「曄琳ー? いたら返事なさい! 沈曄琳!!」

 己を探す声に、曄琳は慌てて立ち上がり、駆け足で建物内へと逃げ帰っていった。
 
 しばらく時間稼ぎくらいはできると思ったのだが……現実はそう甘くはなかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...