12 / 37
第2章 望まない繋がり
第12話 思い出の琵琶
しおりを挟む琵琶を調べようと早速曄琳は棚から降ろそうとするが、棚が高く手が届かなかった。曄琳は小柄だ。人より少々短い腕を恨む。
「くそ、届かない……」
なんとか取ろうとしていると、横から手が伸びてきた。影が落ちる。曄琳より頭ひとつ上背のある暁明が琵琶を持ち上げた。
「くそなんて言葉を使わない。はい、どうぞ」
呆れ顔の暁明が曄琳を見下ろす。
女官姿なのに声は男性。身長も高い。なのに、美女。
彼を見ていると視覚と聴覚が一致しなくて頭がおかしくなりそうだ。
曄琳は琵琶を受け取ると、そそくさと暁明から離れる。もとの彼と会話したことがあるせいで、違和感が拭えない。主上はこんな女装した側近で本当に人見知りが緩和されるのだろうか。
今はそんなことはどうでもいいか。
曄琳は手元の琵琶に視線を落とす。
「この琵琶も一通りは調べてるんですよね」
「ええ、私が見た限りでは遺書が隠されているようには思えず。見ていただいてもよろしいですか」
琵琶をまんべんなく観察する。
教坊でも馴染みのある重さが掌に掛かる。文字通り琵琶の実のような曲線を描く胴に、艶やかな暗褐色が美しい。
曄琳はコンコンと琵琶を指で叩いてみた。中に何か入っていそうな音はしない。
(素材は紫檀。琴頭の装飾は……麒麟か。素材は翡翠っぽいな)
琴頭は調弦する際に動かす琴軸の更に上、琵琶の頭部にあたる部分だ。そこに親指と人差し指で丸を作った程度の大きさの、円形の板を装飾品として嵌め込む。持ち主の趣味嗜好に合わせて意匠を凝らすので、個性が出る部分でもある。楽工房で職人が削り出しているところを、曄琳は何度か見かけたことがあった。貴妃は天翔ける麒麟を選んだようだ。
「どうですか?」
暁明が曄琳の表情を読み取ろうとじっと見てくる。
曄琳は琵琶を何箇所か弾いて確認するが、中から紙の音らしきものは聞こえなかった。
曄琳が首を横に振ると、暁明があからさまに落胆した。
「そうですか。妃の思い出の品なので、もしやと思ったのですが」
そこまで言われると、やはり琵琶に遺書があるのではと思えてくる。曄琳はもっと徹底的に調べようと袖を捲った。
暁明はそんな曄琳の様子に長くなると感じたのか、ふむと顎を撫でていた。
「二手に分かれた方が効率がいい。私は隣の房室を見てきますので、何かあったら声をかけてください」
「わかりました。何か見つけたら呼びます」
暁明の後ろ姿を見送る。
こちらを完全に信用しているわけではないだろうが、一人にさせるということは今の曄琳にどうこうする力がないと踏んでいるのだろう。または何かあっても対処できるだけの腕があるか。
(まあ、科挙を通ったなら、文官であっても一通りの武芸はできるものか)
しかし、だ。
やはりその足音はわずかに引きずっているように聞こえた。
(普通の人には多分何の違和感もなく聞こえるんだろうけど)
曄琳は息を吐き出すと、手元の琵琶を調べようと意識を集中した。
琵琶は四本の弦がある。調弦の基本は一弦から四弦までを六、三、二、六と合わせることが多い。曄琳が爪で一弦を弾くとやや低めの六音が鳴った。
(夏だし今は手入れもされてないから、湿気で弦が緩んだのか。それより――)
もう一度鳴らす。
(微妙に聞いたことのない雑音が交じっているように聞こえるんだけど、なんだろう? どこが原因?)
何度鳴らしても雑音は消えない。曄琳は琵琶を表に返し裏に返しと探ってみる。見た目は普通の琵琶だ。違和感の原因になりそうな場所をくまなく見てみるが、よくわからない。
「何か隙間が開いたような音というか、木の軋みというか…………あれ?」
曄琳は琵琶の横の継ぎ目を指で辿って、はたと気づいた。継ぎ目が微妙に合っていない。紙一枚にも満たない、ごく僅かな隙間だ。
琵琶の胴体は、表の面板と裏の背板を合わせて作られる。壊れるなどしない限りこの継ぎ目が開くことはないのだが、安妃の琵琶はこの部分が一部、本当に少しだけ浮いていた。
もう一度弦を弾いて納得した。
(なるほど、ここの隙間が鳴って音を立てていたのか)
目視しても絶妙にわかりにくい場所だ。継ぎ目は膠で接着しているはずで、だとするとこの暑さで緩んだのかもしれない。
(でも……うーん、そんなことある? 緩んだにしてもちょっと妙)
曄琳は琴頭の装飾を撫でる。
天翔ける麒麟――女性の琵琶につけるには厳しい意匠だ。
「麒麟。麒麟か……確か主上のお名前は確か――」
――旺 遊聖。
(ああ、麒麟ってそういうこと)
麒麟の鳴き声は音階と一致していると言われ、雄の鳴き声は遊聖という。麒麟は賢君の象徴、次代皇帝に名乗りを上げるであろう我が子に、名付けであやかろうとしたのかもしれない。楽人らしい発想だ。
そこに確信に満ちた何かが降りてきた。
固定観念に囚われていた。
そうだ、遺書は紙でなくてもいいのだ。
曄琳が呼ぶと、暁明が隣の部屋から顔を出した。
「宋少監、簪を貸してもらえますか?」
曄琳が手を差し出すと、暁明が不審そうに近づいてくる。目は曄琳の手元の琵琶に釘付けだ。
「何をするんですか」
「琵琶の解体です」
「解体……まさか」
暁明がすっ飛んでくる。
「遺書を見つけたんですか?」
「見つけたといいますか、推定といいますか」
煮え切らない曄琳に、暁明は結い上げた髪から簪を抜く手を止める。
「話を聞いてからにしましょう。もし違っていた場合、安妃と主上の思い出の品を潰してしまうことになりかねません」
曄琳もうなずくと、手元の琵琶をおろした。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~
佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。
それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。
しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。
不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。
陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。
契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。
これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる