紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり

文字の大きさ
11 / 55
第2章 望まない繋がり

第11話 方便

しおりを挟む

 暁明シャオメイと共に潜った門扉の先は広大な園林にわが広がっていた。
 
 見上げるほどに巨大な太湖石たいこせきが夏空を突き、新緑が競うように枝葉を繁らせている。鉄錆色のあずまやが鎮座する池は、蓮の葉でびっしりと覆われ、葉の隙間から窮屈そうに錦鯉が泳いでいるのが見える。庭の奥、木々の隙間からひっそりと白壁の舎殿がこちらを覗く。当然人気はなく、房室へやの入口は全て閉ざされ、雨戸が引かれていた。

 曄琳イェリンはほうと見渡す。

「すごく……趣深い仕上がりになっていますね」
「ここも閉めて一年が経ちますからね」
 
 しみじみと零す暁明の横で、曄琳は足に纏わりつく下草を踏みしめる。かろうじて園林の体裁は保っているが、あちこちで草木が自然に還ろうとしているのを感じる。雑草の生命力は凄い。
 曄琳は暁明の横顔を盗み見る。この蒸し暑い中で汗一つ流していないのだ。彼よりも軽装の曄琳が袖で汗を拭っているというのに、おかしな話である。

(水袋でも背中に仕込んでるんじゃ?)

 そんな失礼なことを考えていた曄琳の視線に気づいたのか、暁明の目がこちらを向く。

「何か?」
「い、いえ」
「あなたのことは、ここへ来る前にざっと調べました。貧民街から宮妓に引き抜かれたそうで。子女上がりの宮妓とは威勢のよさが違いますね」

 威勢なんて良いように言葉を使われているが、ようは雑な女と言われてるのだ。曄琳は手拭いくらい持ってくればよかったと、顔を拭いかけていた手をおろす。
 
「私は引き抜きじゃなく、人攫いに連れてこられただけなので」
「ああ、人攫い。噂には聞いていましたが、まだそんなやり方で人員補充しているんですか」

 やはり彼も、例に漏れず良家のご子息様だ。 
 呆れたように首を振る暁明を横目に、曄琳はひとりごちる。
 名家出身の官人連中は、意外と下っ端の事情など知らないものだ。

 暁明の実家ソン家も昌州チャンヂョウでみなが知る名家だ。武官を多く排出する家であり、代々宋家当主が左羽林軍さうりんぐん大将軍を拝命していると聞く。文官の暁明が宋家から出てきたことが不思議である。宋家は武の家なのだ。
 そんな宋家の異端児・暁明は、曄琳の顔を控えめに覗き込んできた。
 
「その眼帯は?」

 暁明の下調べをもってしても曄琳の素性は深く探れなかったらしい。母と子二人で長年隠れ続けていた隠遁いんとん力は伊達ではない。
 
「えと……左目は失明して見た目が酷くて、見るに堪えないので隠しています」

 笑って誤魔化すと、何を勘違いさせたのか暁明の顔が歪む。
 
「貧民街からこちらへは一人で?」
「も、もちろんそうですね。両親も既に他界しているので、一人なのはあまり気になりません」

 両親は前皇帝陛下と逃亡した櫻花インファ妃なのだが。
  
 決して間違ったことは言っていない。が、語弊があるのも確かだ。彼の中では天涯孤独で憐れな隻眼の女像が完成してしまったようで、途端表情が暗くなった。曄琳は慌てて言い繕う。
 
「人生色々、山あり谷ありですからね。私は私の見た目を受け入れてますし、どうぞお気になさらず」

 これ以上踏み込んでくるなと暗に一線を引いたつもりだった。しかし、暁明はそれを無視して踏み込んでくる。

「受け入れている?」
「え? ええ、まあ、苦労も多いですけど。親が生んでくれた身体ですから、私は好きですよ」
「好きと言い切れるとは、お強いですね」
 
 彼はもっと他人に興味を持たぬ人間だと勝手に思っていたこともあり、想像以上の反応を引き出してしまったことで曄琳は戸惑った。
 
(何か引っかかることでも…………ああ、足か)

 曄琳が暁明の足に視線を落とす。一瞬のことであったが、暁明はそれに気づいたようで、薄く笑う。

「黙っていていただけると嬉しいのですが」
「そのつもりですけど……何か事情が?」
「家との折り合いが悪く、あまり吹聴してほしくないんですよ」

 詳細は分からないが聞いてはいけないことだったか。
 曄琳は無言でうなずくと、暁明より一歩前を歩いて先を行く。
 こみいった話をするほど、人とのしがらみは増える。いずれ脱走する身である以上、不要な馴れ合いは避けたい。
 
 この話は終いだという曄琳の雰囲気を察して、暁明もそれ以上話をすることはなかった。
 
 さくらの木の下を通り、二人は舎殿へと入った。中は真っ暗であったが、雨戸を開けていくと徐々に室内の様子がわかるようになった。
 曄琳は室内を見渡す。
 貴妃の遺品の大半は、今曄琳達がいる房室にまとめられているようだった。床に敷かれた布にところ狭しと並べられている。大型の家具は生前のまま各室内に残されているらしかった。
 曄琳は空っぽの飾り棚や書架に目を向ける。
 ここにある物達は全て、女主人が亡くなると同時に時を止めたのだ。埃が薄い膜のように積もっているのがなんともうら寂しい。
 暁明が埃に顔をしかめながら曄琳を振り返る。
 
「ここは客庁おおせつまです。妃が主に過ごしていた房室は三つ。女官らの控えの間や納戸を含むと、安礼宮あんれいきゅうに居室は十あります」
「さすが貴妃、広い住まいですね」
「安妃が主に過ごしていたのは客庁横の房と、その奥の卧室しんしつです。私物が多いのもその二箇所でした」

 曄琳は隅に置かれた遺品類のそばに膝をついた。
 香炉に筆、文鎮。女性らしい持ち物がずらりと並ぶが、どれも遺書を隠せるような大きさではない。 

「他に遺品は?」
「卧室に少しありますね」

 暁明の視線の先をたどり、曄琳は奥へ向かう。
 ひょいと頭だけ出して確認した卧室は、他よりも一層簡素な内装をしていた。奥に豪奢な牀榻しんだいが鎮座している以外は、手前に卓と棚がある程度のがらんとした空間だ。

 私物らしきものは大型の壷くらいか。
 頭を引っ込めようとした曄琳だったが、牀榻横の棚に置かれた琵琶に目が留まった。

「あ、琵琶があるじゃないですか」

 楽器である琵琶を他の遺品のように床に置くのは気が引けたのかもしれない。曄琳が室内に入ると、遅れて暁明もついてきた。

「安妃は琵琶を演奏されていたんですか?」 
「ええ、とてもお上手でしたよ。生前はよく主上にご指導なさっていました」
「へえ、楽人だったんですね」

 赤ん坊と美しい妃が寄り添うようにして、同じ琵琶に手を掛けている。琵琶の音に喜ぶ子に貴妃も喜んで弦を弾く――そんな姿が想像できてしまう。
 母と仲が良かったらしいというのも納得だ。母も後宮では毎日音楽に勤しんでいたと言っていたから。

(安妃が遺された人達に何か伝えたいことがあったなら、見つけてあげたい)

 母と繋がる人である安妃に、曄琳は少なからず親近感を抱き始めていた。乗りかかった船だ。ここまできたらさっと見つけて、さっと退散しようとひとり頷く曄琳であった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

男装官吏と花散る後宮 仮面の貴人と妃の秘密

春日あざみ
キャラ文芸
旧題:男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜 2026年3月書籍発売! <第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

もっと早く、伝えていれば

嶌田あき
キャラ文芸
 記憶から生まれ、1ヶ月で消える運命のあやかし・憶。鎌倉の古い喫茶店「波音堂」で目覚めた彼が最初に出会ったのは、17歳の高校生・夏希だった。  同じ17歳なのに、夏希には18歳の誕生日が来る。憶には来ない。  憶は、大切な人を失った人々を「記憶の渚」へ導き、故人の記憶と対話する手伝いをしている。言えなかった恋の告白、12年越しのさよなら、認知症の夫への思い――4つの「弔い」を通じて、憶は生きること、死ぬこと、記憶することの意味を知っていく。  そして最後、憶は自分の正体を知る。憶は、夏希の母の記憶から生まれたのだと。 「もっと早く、伝えていれば」と後悔する人々に寄り添いながら、憶自身も夏希との限られた時間の中で、大切な気持ちを伝えようとする。  1ヶ月後、憶は静かに光の粒子となって消えていく。でも憶の存在は、夏希の記憶の中で永遠に生き続ける――。

処理中です...