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第3章 華の競い合い
第34話 掛け違い
しおりを挟む車輪に轢かれて砂利が跳ね上がる。車体に当たって転がっていく砂利が、ひとつ、ふたつ、みっつ。
曄琳は干上がる喉につばを飲み込む。この音が彼に聞こえていないことを祈るばかりだ。
「…………秘密って、なんのことですか」
「それはあなたが一番分かっているのでは?」
「言わせて、少監はどうしたいんです」
「どうしたいんでしょうね」
「聞いているのは私です」
曄琳は奥歯を噛む。呼吸が浅いせいか、暑さのせいか、目の奥がチカチカする。
「仮に私が何かを隠しているとして……それを暴くために、少監はご自身の秘密を暴露したんですか?」
暁明の端麗な顔が一瞬歪み、すぐに笑顔に戻る。
「目聡いですね」
「なんで、そこまでして……」
思ったよりも声が震えていた。これでは己に秘密があると言っているようなものだ。曄琳は肺に空気を入れようと浅い呼吸を繰り返す。
「私は――」
何かを言いかけた暁明を遮り、曄琳ははっきりと断じる。
「お願いですから、これ以上は踏み込んで来ないでください」
秘密を引き換えにするような真似をされた。人の弱い部分を、そんなふうに扱うのか――曄琳には理解できなかったし、理解したくなかった。
手酷く裏切られたような気分だった。
暁明は思慮深い。それを知っているからこそ、彼の強引な態度が理解できなかった。
彼が何をそんなに急いているのかわからない。彼がなぜ、曄琳のことを知りたいと思ったのか、理由もわからない。
曄琳の態度に、暁明が息を詰めた。その顔はなぜか――傷ついているようにも見えた。
「…………そうですね、申し訳ありませんでした」
(なんでこの人がそんな顔をするの?)
曄琳は顔を背ける。どんな顔をしてこの人と向き合えばいいのか、わからなかった。
沈黙が落ちる。
このまま黙って宮中に帰ることになるだろうか。気まずさに潰されそうだ。そう思っていたとき。
「――曄琳」
男の方が先に動いた。控えめな呼びかけに、曄琳は目だけ暁明の方へ向ける。
「聞きたくないかもしれませんが……弁明をさせてください」
暁明の手が曄琳に重なる。
「宋家で私のことを慮って耳を塞いでくれたこと、感謝しています。これは嘘ではありません」
「……」
「私の触れてほしくない部分に、あなたは無理に立ち入ろうとはしなかった。先程の私の行為は、そんなあなたの優しさを踏みにじる行為だったと気づきました」
暁明は真摯に曄琳と向き合おうとしてくれている。言葉の端々から、確かにそう感じた。
曄琳は顔を彼の方へ向ける。
目の前の暁明は、見たことのない表情をしていた。
戸惑い、緊張――不安? いつもの流れるような言葉運びと違い、明らかに言葉を選んでいるのが見て取れる。
「謝らせてください。今のは、私が悪かった」
曄琳は唇を舐める。
そして声が震えないよう、腹に力をこめる。
「私は――」
彼が悪意でもって暴こうとしたのではないことは、十分理解した。だからこそなぜという疑問は晴れないが――今の曄琳にそこまで聞く勇気はなかった。互いに掛け違いを起こしているのだとしても、ここで聞けば何かが変わってしまう気がして――曄琳は見て見ぬふりを選択した。
「私の方こそ、その、ついきつい言い方をしてしまって、ごめんなさい。それと……私もお礼を」
重なる暁明の手は、曄琳より幾分か冷えている。
彼も緊張していたのだろうか。いやまさか。
礼とは、と首を傾げて続きを待つ暁明に、曄琳は続ける。
「今回、こうして貧民街に行くという私の我が儘を聞いてくださったことです。それに、私が何を見つけたのかとか、目的はなんだとか、何も聞かずについてきてくださって、本当に感謝しています」
曄琳は胸元に手を置く。楚蘭の笛子が手元に戻ってきたのは、全て彼のおかげだ。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると、一拍置いて暁明がふっと息を吐き出した。ここは笑うところではなかったはず。
「ああいえ、申し訳ありません。あなたのそういう真っ直ぐなところ、面白いですね」
「……馬鹿にしてます?」
「そんな」
暁明の双眸が、溶ける。
「好ましいといっているんですよ」
――この人のことが理解できない。
曄琳は身体を起こすと、幌の隙間を覗いた。王城の外郭と傾く夕日が見えた。もう少しで到着だ。
宮城に着き、暁明らと別れて教坊の門まで戻ってきた。と、なにやら中が騒がしかった。大慌て駆けてくる足音がして――それが茗だと気づいたときには、もう彼女が目の前まで来ていた。
「小曄ー! やっと帰ってきた!!」
「姐様、只今戻りました。何か――」
「何かじゃないよ! あのさ、碧鈴様が!」
碧鈴の名に身体が固まる。彼女に何かあったのか。
茗が困惑顔で曄琳の腕を掴む。
「碧鈴様が倒れたって!」
◇◇◇
無理に暴こうとしたのではない――しかし、結果としてそうなってしまった。
人のいい彼女のことだ、こちらが秘密を明かせば釣られて話すやもしれないという打算は、確かにあった。
怒って然るべき彼女が傷ついたような顔をしているのを見て、彼女の信頼を大きく損ねてしまったのだと気づいた。そして、彼女は思っていた以上に己を信用してくれていたのだと知る。
やり方を間違えた。彼女を傷つけた。
――これ以上、踏み込んで来ないで。
多少許されたと思っていた境界に、また溝ができた。
これまでのことや目のことを踏まえて、暁明の中で曄琳に立てた仮説はほぼ確信を持てるところまできていたのだが、想像していたよりもずっと、彼女は慎重だった。
抱えたもののせいか、母親にかけられた嫌疑のせいか、彼女は自身のことをほとんど話さない。いや、話せないのか。裏を返せば自身を曝け出せる相手がいないということだ。
抱えたものにいつか潰されてしまわないか。
ただそれだけが心配だった。
わざわざ暴き立てるような真似をして何をしたかったのかと問われて曖昧に濁したが、暁明の中では理由ははっきりと形をもって存在している。それを今の彼女に伝える必要はないので言う気はないのだが。
互いに起きた小さなズレには、見て見ぬふりをした。
彼女が――曄琳が、いつか暁明を選ぶときが来たら、その時には。全て曝け出して伝えようと思う。
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