54 / 55
おまけ
姚人の業務日誌
こんにちは、姚人です。
大寒に入り、外は毎日のように雪に覆われるようになりました。冬の頃は、朝起きると外が真っ暗で嫌になります。
我々若い人間は起床したらまず官舎の掃き清めからせねばならないのですが、何分手がかじかんで辛いので、いつも仲間とともに温石の奪い合いになります。今日は私が勝ったので、朝から手がほかほかと温かく幸せでした。
朝餉は干し飯を蒸したものに、羊湯でした。寒い朝にぴったりでおかわりをしようとしましたが、先輩らが鍋を抱えて出ていってしまったので、私達下っ端は食べることが出来ませんでした。少し残念です。
始業はいつものように卯時です。やはり殿舎内の掃除からせねばならないので、いつも早めに着くようにしているのですが、我々よりも宋少監の方が早く出勤されていることが多く、本当にすごいなあといつも思っています。
官人の方々は点卯(点呼)までに出勤されていればいいのに、宋少監は書類の整理や片付けで早めに来られることが多いそうです。先日『清、慎、勤』の官人の鑑だと殿中監から褒められている姿を見て、私も嬉しくなりました。
今日に限って言えば、宋少監は点卯に合わせて出勤されていました。
ああそういえば、紅琳長公主さまと御婚儀を挙げられてから、ゆっくり出勤されることが少し増えたように思います。宋少監の住まいが、官舎から馨可宮という大きな宮に変わられたので、殿中省と距離が開いたことも関係あるのでしょうか。
それから……ゆっくりと出勤されるときに限って、いつもは香の匂いのしない宋少監から少し甘い香りがします。
ご自宅で気を休めてらっしゃるのかなと思い、「香を焚かれるようになったんですか?」と聞いたところ、宋少監は驚いたような顔でご自身の袖の匂いを嗅がれ、「ああ、これは残り香ですね」と笑っておられました。
「残り香ってどんな種類の香ですか?」と聞いたところ、顔を青くした他の仲間に物陰に引き込まれ、「馬に蹴られて死にたいのか」「野暮なことを聞くな阿呆」「馬鹿は黙っていろ」と叱られました。
どういった香なのか結局わからなかったので、また今度長公主さまに聞いてみたいと思います。
午前時は、省内に籠もって宋少監のお手伝いを、午後からは掖庭宮や主上のもとへのお使いにでかけました。
掖庭宮は相変わらず騒がしい場所で、私は少し苦手です。
最近は主上も頻繁に足を運んでいらっしゃって、今日の午後も少しお顔を拝見いたしました。園林で雪と遊んでいらっしゃって、胡徳妃さまと凌昭儀さまとご一緒でした。外廷でお見かけするときより主上はお元気そうで、主上にとって後宮は楽しい場所なのだなぁと思いました。
その後は外廷に戻り、皇太后宮にお使いへ行ってすぐ戻りました。あそこは本当に苦手です。怖い顔をした女官に凄まれるので、いつも長居しません。
戻りの道中、至春院の横を通ったところ、茗さんにお会いしました。先月内人に上がられたと聞いていたので、住まいも変わったようです。挨拶をした私を見るなり、「誰だっけ」と零すので自己紹介すると「そんなのも居たわね」とおっしゃっていました。……そんなに私は影が薄かったでしょうか。
「いくつ?」と聞かれたので「十七です」と返すと、また酷く驚いていました。曰く、紅琳長公主さまと同い年には見えないとのこと。茗さんは私の二つ上だそうです。「よくあたしのことを覚えていたわね」とおっしゃるので、「初めてお会いしたときに綺麗な方だなと思っていたので、よく覚えています」と返すと、怒ったような顔をされて背中を叩かれました。これは心外です。嘘を言ったわけではないんですが。
その後は殿舎に戻って、書庫の整理を行いました。埃をたくさん吸ってむせていたら、仲間が糖花をくれました。こんな高級菓子どうしたのか聞いたら、蔡掖庭令がこちらに訪問した際に土産でくれたとのこと。甘いものはあまり食べないらしく、もう必要ないのでとおっしゃっていたと聞きましたが、どういう意味か私にはわかりませんでした。
その日の夕餉は鶏粥でした。今度は先輩より先におかわりをすることができたので、お腹一杯に食べられて幸せです。
明日も早いので、早くこれを書き上げて宋少監のもとへ届けたいと思います。
「姚人、これは――」
書き上げるのが遅くなり、提出にと足を運んだ馨可宮では、既に髪を下ろした暁明と曄琳が並んでおり。
得意満面で日誌を差し出す姚人を目の前に、暁明は内容に目を通し始め、そしてすぐに額を覆ってしまった。暁明の様子を見て、曄琳も肩口から覗き込むようにして読み始めるが――その二人の距離が随分と近いことに、姚人はにっこりする。大事な人達の幸せそうな姿は姚人も嬉しいのである。
二人の反応を窺っていた姚人だったが、しばらくすると、曄琳も口を覆って俯いてしまう。
「あれ? どこか変でした?」
暁明が疲れ切った目で日誌を返してきたので、姚人は小首を傾げた。
「姚人。これは業務日誌ではなく、あなたの日記です。明日までに書き直して再提出なさい」
「ふ、ふふっ……駄目だ笑っちゃう……っ」
「そんなぁ、頁いっぱいに書きましたのに!」
「そんな、ではありません。あなたの日常がとても楽しいことはわかりましたから、次は業務内容に絞って書きなさい」
肩を震わせる曄琳と呆れ顔の暁明に見送られ、姚人は首を傾げながら馨可宮を後にしたのだった。
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」
帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。
混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。
ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。
これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
幸せのテーブル〜限界集落でクールな社長に溺愛されて楽しく暮しています〜
ろあ
キャラ文芸
職場に馴染めなかった二十三歳の蒔菜。
上司たちに嫌味を言われるようになり、心が疲れてしまい、退職を決意する。
退職後、心を癒やすために地図で適当に選んだところに旅行へ出掛けるが、なんとそこは限界集落だった。
そこで財布をなくしたことに気づき、帰る手段がなくなってしまう。
絶望した蒔菜の前に現れたのは、クールな社長の聖だった。
聖は蒔菜を助けて、晩御飯に手料理を振る舞う。
その料理は、何を食べても美味しくないと鬱々していた蒔菜にとって心が温まるものだった。
それがきっかけでふたりは仲良くなり、恋人へ……。
命の恩人である聖の力になるために、蒔菜は彼の会社で働き、共に暮らすことになる。
親には反対されたが、限界集落で楽しく暮らしてみせると心の中で誓った。
しかし、限界集落に住む村長の娘は、都会から引っ越してきた蒔菜を認めなかった。
引っ越せとしつこく言ってくる。
村長に嫌われてしまったら限界集落から追い出される、と聞いた蒔菜はある作戦を実行するが……――
溺愛してくる聖と居候のバンドマンに支えられて、食事を通して、変わっていく。
蒔菜は限界集落で幸せを掴むことができるのか……!?
翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る
雪城 冴
キャラ文芸
◯第9回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞
「権力に縛られずに歌いたい」
そう願う翠蓮には、自分でも知らない秘密があった。
それは、かつて王家が封じた禁忌の力――
◇
不吉を呼ぶ“特殊な眼”のせいで村を追放された少女・翠蓮(スイレン)。
生きるため、宮廷直属の音楽団の選抜試験に挑むことになる。
だが宮廷でもその眼は忌み嫌われ、早速いじめと妨害の標的に。
そんな翠蓮を救ったのは、
危険な気配をまとう皇子と、天女のように美しいもう一人の皇子だった。
しかしその出会いをきっかけに、
彼女は皇位争いと後宮の陰謀に巻き込まれていく。
歌声が運命を動かすとき、
少女は宮廷の闇と、身分違いの恋に立ち向かう。