紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり

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おまけ

姚人の業務日誌

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 こんにちは、姚人ヤオレンです。

 大寒たいかんに入り、外は毎日のように雪に覆われるようになりました。冬の頃は、朝起きると外が真っ暗で嫌になります。
 我々若い人間は起床したらまず官舎の掃き清めからせねばならないのですが、何分なにぶん手がかじかんで辛いので、いつも仲間とともに温石おんじゃくの奪い合いになります。今日は私が勝ったので、朝から手がほかほかと温かく幸せでした。
 
 朝餉は干し飯を蒸したものに、羊湯ヤンタンでした。寒い朝にぴったりでおかわりをしようとしましたが、先輩らが鍋を抱えて出ていってしまったので、私達下っ端は食べることが出来ませんでした。少し残念です。

 始業はいつものように卯時うのときです。やはり殿舎内の掃除からせねばならないので、いつも早めに着くようにしているのですが、我々よりもソン少監の方が早く出勤されていることが多く、本当にすごいなあといつも思っています。
 
 官人の方々は点卯(点呼)までに出勤されていればいいのに、宋少監は書類の整理や片付けで早めに来られることが多いそうです。先日『清、慎、勤』の官人の鑑だと殿中監から褒められている姿を見て、私も嬉しくなりました。
 
 今日に限って言えば、宋少監は点卯に合わせて出勤されていました。
 ああそういえば、紅琳ホンリン長公主さまと御婚儀を挙げられてから、ゆっくり出勤されることが少し増えたように思います。宋少監の住まいが、官舎から馨可宮けいかきゅうという大きな宮に変わられたので、殿中省と距離が開いたことも関係あるのでしょうか。
 
 それから……ゆっくりと出勤されるときに限って、いつもは香の匂いのしない宋少監から少し甘い香りがします。
 ご自宅で気を休めてらっしゃるのかなと思い、「香を焚かれるようになったんですか?」と聞いたところ、宋少監は驚いたような顔でご自身の袖の匂いを嗅がれ、「ああ、これはのこですね」と笑っておられました。
 「残り香ってどんな種類の香ですか?」と聞いたところ、顔を青くした他の仲間に物陰に引き込まれ、「馬に蹴られて死にたいのか」「野暮なことを聞くな阿呆」「馬鹿は黙っていろ」と叱られました。
 どういった香なのか結局わからなかったので、また今度長公主さまに聞いてみたいと思います。

 午前時は、省内に籠もって宋少監のお手伝いを、午後からは掖庭宮や主上のもとへのお使いにでかけました。
 掖庭宮は相変わらず騒がしい場所で、私は少し苦手です。
 最近は主上も頻繁に足を運んでいらっしゃって、今日の午後も少しお顔を拝見いたしました。園林にわで雪と遊んでいらっしゃって、ファ徳妃さまとリン昭儀しょうぎさまとご一緒でした。外廷でお見かけするときより主上はお元気そうで、主上にとって後宮は楽しい場所なのだなぁと思いました。

 その後は外廷に戻り、皇太后宮にお使いへ行ってすぐ戻りました。あそこは本当に苦手です。怖い顔をした女官に凄まれるので、いつも長居しません。

 戻りの道中、至春院ししゅんいんの横を通ったところ、ミンさんにお会いしました。先月内人に上がられたと聞いていたので、住まいも変わったようです。挨拶をした私を見るなり、「誰だっけ」と零すので自己紹介すると「そんなのも居たわね」とおっしゃっていました。……そんなに私は影が薄かったでしょうか。
「いくつ?」と聞かれたので「十七です」と返すと、また酷く驚いていました。曰く、紅琳長公主さまと同い年には見えないとのこと。茗さんは私の二つ上だそうです。「よくあたしのことを覚えていたわね」とおっしゃるので、「初めてお会いしたときに綺麗な方だなと思っていたので、よく覚えています」と返すと、怒ったような顔をされて背中をはたかれました。これは心外です。嘘を言ったわけではないんですが。

 その後は殿舎に戻って、書庫の整理を行いました。埃をたくさん吸ってむせていたら、仲間が糖花タングォをくれました。こんな高級菓子どうしたのか聞いたら、ツァイ掖庭令がこちらに訪問した際に土産でくれたとのこと。甘いものはあまり食べないらしく、もう必要ないのでとおっしゃっていたと聞きましたが、どういう意味か私にはわかりませんでした。

 その日の夕餉は鶏粥でした。今度は先輩より先におかわりをすることができたので、お腹一杯に食べられて幸せです。
 明日も早いので、早くこれを書き上げて宋少監のもとへ届けたいと思います。

 
 



 

 
 
「姚人、これは――」

 書き上げるのが遅くなり、提出にと足を運んだ馨可宮では、既に髪を下ろした暁明と曄琳が並んでおり。
 得意満面で日誌を差し出す姚人を目の前に、暁明は内容に目を通し始め、そしてすぐに額を覆ってしまった。暁明の様子を見て、曄琳も肩口から覗き込むようにして読み始めるが――その二人の距離が随分と近いことに、姚人はにっこりする。大事な人達の幸せそうな姿は姚人も嬉しいのである。

 二人の反応を窺っていた姚人だったが、しばらくすると、曄琳も口を覆って俯いてしまう。

「あれ? どこか変でした?」
 
 暁明が疲れ切った目で日誌を返してきたので、姚人は小首を傾げた。

「姚人。これは業務日誌ではなく、あなたの日記です。明日までに書き直して再提出なさい」
「ふ、ふふっ……駄目だ笑っちゃう……っ」
「そんなぁ、ページいっぱいに書きましたのに!」
「そんな、ではありません。あなたの日常がとても楽しいことはわかりましたから、次は業務内容に絞って書きなさい」

 肩を震わせる曄琳と呆れ顔の暁明に見送られ、姚人は首を傾げながら馨可宮を後にしたのだった。
 

 
 
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