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1.ランタンと炎
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これは遠い国、石畳が特徴的な大通りのある街でのこと。
その大通りからはずれた暗い路地に、夜をさまよう魂が一つ。その名はジャック。オバケのジャックだ。
ジャックは暗闇の中から明るい大通りをうらやましそうに見つめていた。行きかう人々は手をつなぎ、笑いあったり、ふざけあったりと、みな明るい表情をしている。その瞳には明日を生きる力強さがあった。
ジャックは無い身体を手で抱えるようにすくめる。最近、なぜだかひどく寒いのだ。寒くて寒くて、胸がズキズキと痛む。だから、こうして明るい通りをながめている。それでもやっぱり、夜は寒い。
そうやって震えていると、ポツポツと通りを歩く人の姿が減っていく。ついには気配さえ感じぬほど静かになった。夜がふけ、オバケの時間がやってきたのだ。
ジャックは路地から抜けだすと、大通りを歩く。静まり返った街の中、ぶらぶらと進んで、どこかの店のガラス窓に映った自分の姿を見ようと立ち止まった。
そこに人間らしい姿は見当たらず、宙を浮かぶランタンだけが怪しくふわふわと揺れていた。ジャックは何故だかこういったものに映らない。きっと直で見られたとしても、姿は見えないようになっているのだ。代わりに手に持ったランタンだけが、こうしてジャックの存在を示していた。不思議なものだ。
ジャックはガラスごしにカレンダーを見た。明日の夜はハロウィンだ。
そしたらきっと、明日はあの中に。とジャックは決意を固くした。
みんなが姿を隠すハロウィンならば、まぎれこんでも大丈夫だろうから。
◇◇◇
10月31日、午後8時。街はにぎわいを見せていた。
仮装した子供が通りを走り、大人も大人でハロウィンを楽しんでいるようだった。
いつもは見ない装飾がそこかしこに仕掛けられ、出店のたぐいも見受けられる。
そんな中、ジャックは人の流れにまぎれこんでいた。
そのままではランタンだけが人の目に映ってしまい、不思議がられてしまうだろうからと、彼は彼なりの仮装をしていた。
カボチャ頭に、身体をすっぽりと隠せる黒マント、白い手袋にランタンを持つ。今日この日だけは、誰も彼を疑わないだろう。
しかし、問題は残っている。ジャックは声を出せないし、マントの下を誰かに見られてはいけないのだ。
「きゃっ! ごめんなさい!」
カボチャで視界が悪かったせいか、少女が追われるように走ってきたせいか、不運にもジャックは少女とぶつかってしまう。
あっ、とジャックが驚くひまもなく、少女の身体がマントの内側へと吸い込まれていった。ドタッという音と少女の小さくうめく声がマントから外へともれ出る。
そこへ、警備隊らしき人間がやってきた。彼らはジャックのもとまで走ってくると、ジャックの身体を下から上までじっくりと観察した。
「きみ、ちょっといいかな? 私達は泥棒の少女を追ってきたんだが……」
警備隊がジャックに事情を説明しているさなか、マントの内側では、少女がぎゅっとその身を固くするのがジャックには分かった。
しかし、ジャックには何も言えない。オバケの彼には、言い訳をする口もないのだから。
「……」
本当のことを言えば、ジャックはすぐに逃げ出してしまいたかった。けれど、こうなってしまっては下手に動けない。最悪の場合、マントを脱がされて正体がばれてしまう。それはマズい。ジャックはこれ以上、騒ぎを大きくしたくなかった。
「どうして何も言わないんだ? もしかして、何か隠してしているのではないだろうね? ……ちょっと、服の下を確認してもいいかな?」
「……」
警備隊の手がジャックのマントへと伸びていく。ピンチに立たされたジャックはここから脱出しようと、オバケの力を使うことにした。
ピカッとランタンがまぶしく光を放つ。
「うっ! なんだ! 何をした!」
「きゃぁっ!!」
人々が目をつむったすきにジャックは少女ごと高く舞い上がる。そして、夜の闇にまぎれ、人通りの少ない街外れへと飛び去った。
夜空に青い線を残しながら、空飛ぶジャックは目についた丘へと降り立った。そこにあった、屋根も壁もないボロボロの廃墟の一角に少女を降ろすと、少女はポカンとした表情でつぶやく。
「うそ……いったい何が?」
少女は大事そうに本を抱え、口を開き、栗色の長い髪を揺らして呆けている。
ジャックは叫ばれる前にと、クルっと背を向け、そのまま立ち去ろうと少女から離れた。
「待って!」
予想とは少し違う少女の声にジャックは立ち止まる。ゆっくりと振り返って少女を見た。
少女は何を言おうかと、あたふたと手や口をせわしなくしている。それからほどなくして、やっと言いたいことがまとまったのか、少女が口を開いた。
「その、ありがと。えっと、助けてくれて。わたしはパン。あなたのお名前は?」
「……」
ジャックは返答に困った。答えてあげたいのはやまやまだが、ジャックにはしゃべる口がない。身振り手振りでどうにかできる質問であればランタンでどうにかできたかもしれないのに。
どうしようかとジャックが迷っていると、少女は何かに気づいたようにハッとする。
「もしかして、しゃべれないの?」
「……」
「じゃあやっぱり、あなたってオバケ……?」
「……」
ジャックは合間合間にランタンを上下に揺らす。首を下げれば、うっかりと頭を落としてしまいそうだったから。
それを肯定だと受け取った少女は怖がる様子もなく、ジャックへと近づいていく。ジャックがまたも、どうしたものかと悩んでいると、少女は上目遣いでジャックを見上げた。
「わたし、ひとりぼっちなんだ。だから、もうちょっとだけ……ここにいて?」
「……」
ジャックの返答を示すランタンが、かすかに上下にゆれる。
少女はパッと笑顔を咲かせると、そばにあった崩れかけの壁を背に座りこむ。そうして、月の明りをたよりに、抱えていた本を開いて読み始めた。
ジャックは黙ってそのそばによると、じっと解放される時を待った。
一人ぼっちのつらさはジャックにも分かったから。それに、こうしていると少女から温かい何かを感じられて、不思議と寒さを忘れられそうだった。
それからしばらくして、クシュンっという少女のくしゃみが響いた。ジャックはそっとランタンを近づけ、少女の身を温めようとする。
少女はありがと、とジャックに短く感謝を告げると、ズズっと鼻をすすって空を見上げる。
いつしか空にかかった闇は晴れていて、段々と明るさを増していくのが分かる。
それに気づいた少女が残念そうに口を開いた。
「朝がきちゃった。わたし、もういかなきゃ」
少女の言葉を聞いたジャックはシュンとうなだれる。ランタンの炎は心なしか小さくなっていた。
「さびしい?」
その言葉はジャックの胸に深く響いた。
(さびしい……? そうか、さびしかったんだボクは……)
ジャックは胸のつかえが一つとれたような思いだった。最近感じていた寒さはきっと、さびしいということなのだろうと納得した。
地獄を門前払いされて以降、ずっとこの世をさまよい続けたジャックは忘れていたのだ。
人は寂しいとこんなにも苦しくなるんだと。
ランタンがゆっくりと小さく一度うなずく。
すると、少女はかじかんだ手をジャックに差しのべた。
「ねぇ、だったらわたしの友達になってよ」
ボッボッボッと炎が激しく燃える。その一瞬だけ青い光が大きく周囲を照らした。そして、ランタンはブンブンと勢いよく上下にうなずいてみせる。
少女は今日一番の笑顔で嬉しそうに笑った。
その笑顔を見てジャックは思う。
少女はジャックに大切なことを思い出させてくれた。だったら、ジャックはこの少女を守ろうと。
「じゃあ、……これからよろしく」
少女の声に、ランタンの炎が小さくゆらめく。また少しだけ明るさを増したそれはジャックの喜びを表していた。
その大通りからはずれた暗い路地に、夜をさまよう魂が一つ。その名はジャック。オバケのジャックだ。
ジャックは暗闇の中から明るい大通りをうらやましそうに見つめていた。行きかう人々は手をつなぎ、笑いあったり、ふざけあったりと、みな明るい表情をしている。その瞳には明日を生きる力強さがあった。
ジャックは無い身体を手で抱えるようにすくめる。最近、なぜだかひどく寒いのだ。寒くて寒くて、胸がズキズキと痛む。だから、こうして明るい通りをながめている。それでもやっぱり、夜は寒い。
そうやって震えていると、ポツポツと通りを歩く人の姿が減っていく。ついには気配さえ感じぬほど静かになった。夜がふけ、オバケの時間がやってきたのだ。
ジャックは路地から抜けだすと、大通りを歩く。静まり返った街の中、ぶらぶらと進んで、どこかの店のガラス窓に映った自分の姿を見ようと立ち止まった。
そこに人間らしい姿は見当たらず、宙を浮かぶランタンだけが怪しくふわふわと揺れていた。ジャックは何故だかこういったものに映らない。きっと直で見られたとしても、姿は見えないようになっているのだ。代わりに手に持ったランタンだけが、こうしてジャックの存在を示していた。不思議なものだ。
ジャックはガラスごしにカレンダーを見た。明日の夜はハロウィンだ。
そしたらきっと、明日はあの中に。とジャックは決意を固くした。
みんなが姿を隠すハロウィンならば、まぎれこんでも大丈夫だろうから。
◇◇◇
10月31日、午後8時。街はにぎわいを見せていた。
仮装した子供が通りを走り、大人も大人でハロウィンを楽しんでいるようだった。
いつもは見ない装飾がそこかしこに仕掛けられ、出店のたぐいも見受けられる。
そんな中、ジャックは人の流れにまぎれこんでいた。
そのままではランタンだけが人の目に映ってしまい、不思議がられてしまうだろうからと、彼は彼なりの仮装をしていた。
カボチャ頭に、身体をすっぽりと隠せる黒マント、白い手袋にランタンを持つ。今日この日だけは、誰も彼を疑わないだろう。
しかし、問題は残っている。ジャックは声を出せないし、マントの下を誰かに見られてはいけないのだ。
「きゃっ! ごめんなさい!」
カボチャで視界が悪かったせいか、少女が追われるように走ってきたせいか、不運にもジャックは少女とぶつかってしまう。
あっ、とジャックが驚くひまもなく、少女の身体がマントの内側へと吸い込まれていった。ドタッという音と少女の小さくうめく声がマントから外へともれ出る。
そこへ、警備隊らしき人間がやってきた。彼らはジャックのもとまで走ってくると、ジャックの身体を下から上までじっくりと観察した。
「きみ、ちょっといいかな? 私達は泥棒の少女を追ってきたんだが……」
警備隊がジャックに事情を説明しているさなか、マントの内側では、少女がぎゅっとその身を固くするのがジャックには分かった。
しかし、ジャックには何も言えない。オバケの彼には、言い訳をする口もないのだから。
「……」
本当のことを言えば、ジャックはすぐに逃げ出してしまいたかった。けれど、こうなってしまっては下手に動けない。最悪の場合、マントを脱がされて正体がばれてしまう。それはマズい。ジャックはこれ以上、騒ぎを大きくしたくなかった。
「どうして何も言わないんだ? もしかして、何か隠してしているのではないだろうね? ……ちょっと、服の下を確認してもいいかな?」
「……」
警備隊の手がジャックのマントへと伸びていく。ピンチに立たされたジャックはここから脱出しようと、オバケの力を使うことにした。
ピカッとランタンがまぶしく光を放つ。
「うっ! なんだ! 何をした!」
「きゃぁっ!!」
人々が目をつむったすきにジャックは少女ごと高く舞い上がる。そして、夜の闇にまぎれ、人通りの少ない街外れへと飛び去った。
夜空に青い線を残しながら、空飛ぶジャックは目についた丘へと降り立った。そこにあった、屋根も壁もないボロボロの廃墟の一角に少女を降ろすと、少女はポカンとした表情でつぶやく。
「うそ……いったい何が?」
少女は大事そうに本を抱え、口を開き、栗色の長い髪を揺らして呆けている。
ジャックは叫ばれる前にと、クルっと背を向け、そのまま立ち去ろうと少女から離れた。
「待って!」
予想とは少し違う少女の声にジャックは立ち止まる。ゆっくりと振り返って少女を見た。
少女は何を言おうかと、あたふたと手や口をせわしなくしている。それからほどなくして、やっと言いたいことがまとまったのか、少女が口を開いた。
「その、ありがと。えっと、助けてくれて。わたしはパン。あなたのお名前は?」
「……」
ジャックは返答に困った。答えてあげたいのはやまやまだが、ジャックにはしゃべる口がない。身振り手振りでどうにかできる質問であればランタンでどうにかできたかもしれないのに。
どうしようかとジャックが迷っていると、少女は何かに気づいたようにハッとする。
「もしかして、しゃべれないの?」
「……」
「じゃあやっぱり、あなたってオバケ……?」
「……」
ジャックは合間合間にランタンを上下に揺らす。首を下げれば、うっかりと頭を落としてしまいそうだったから。
それを肯定だと受け取った少女は怖がる様子もなく、ジャックへと近づいていく。ジャックがまたも、どうしたものかと悩んでいると、少女は上目遣いでジャックを見上げた。
「わたし、ひとりぼっちなんだ。だから、もうちょっとだけ……ここにいて?」
「……」
ジャックの返答を示すランタンが、かすかに上下にゆれる。
少女はパッと笑顔を咲かせると、そばにあった崩れかけの壁を背に座りこむ。そうして、月の明りをたよりに、抱えていた本を開いて読み始めた。
ジャックは黙ってそのそばによると、じっと解放される時を待った。
一人ぼっちのつらさはジャックにも分かったから。それに、こうしていると少女から温かい何かを感じられて、不思議と寒さを忘れられそうだった。
それからしばらくして、クシュンっという少女のくしゃみが響いた。ジャックはそっとランタンを近づけ、少女の身を温めようとする。
少女はありがと、とジャックに短く感謝を告げると、ズズっと鼻をすすって空を見上げる。
いつしか空にかかった闇は晴れていて、段々と明るさを増していくのが分かる。
それに気づいた少女が残念そうに口を開いた。
「朝がきちゃった。わたし、もういかなきゃ」
少女の言葉を聞いたジャックはシュンとうなだれる。ランタンの炎は心なしか小さくなっていた。
「さびしい?」
その言葉はジャックの胸に深く響いた。
(さびしい……? そうか、さびしかったんだボクは……)
ジャックは胸のつかえが一つとれたような思いだった。最近感じていた寒さはきっと、さびしいということなのだろうと納得した。
地獄を門前払いされて以降、ずっとこの世をさまよい続けたジャックは忘れていたのだ。
人は寂しいとこんなにも苦しくなるんだと。
ランタンがゆっくりと小さく一度うなずく。
すると、少女はかじかんだ手をジャックに差しのべた。
「ねぇ、だったらわたしの友達になってよ」
ボッボッボッと炎が激しく燃える。その一瞬だけ青い光が大きく周囲を照らした。そして、ランタンはブンブンと勢いよく上下にうなずいてみせる。
少女は今日一番の笑顔で嬉しそうに笑った。
その笑顔を見てジャックは思う。
少女はジャックに大切なことを思い出させてくれた。だったら、ジャックはこの少女を守ろうと。
「じゃあ、……これからよろしく」
少女の声に、ランタンの炎が小さくゆらめく。また少しだけ明るさを増したそれはジャックの喜びを表していた。
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