27 / 442
少しずつ、少しずつだけれども。
しおりを挟む「それではごきげんよう」
「はい。私も失礼させていただきます」
本日のところはこれまで、ですわね。会釈したヒューゴ殿を見送り、私も帰ろうとしたのですが。
「ヒューゴ殿、どちらへ?」
彼はなんと、正門に向かうこともなく。温室の方に向かっているではありませんか。
「どちらだってよくありませんか? まあ、ご覧の通り温室ですが」
「……それもそうですわね」
帰る方向は同じだから、でしょうか。時間差で帰ろうとしているのでしょうか。帰る方向、同じですものね。同じ方向を、気まずい二人が無言で帰るのですから。同じ方向を。ああ、このへんにしておきましょう。
「花を愛でるのも気分転換になりますものね。私も機会があれば訪れたいものですわ」
花は良いですわ。気持ちが明るくなりますもの。香りに癒されもしますもの。ええ、花は――。
「……はあ」
ヒューゴ殿、盛大に溜息をついてきましたわね、私、花のことを褒めておりますのに。
「……ええ、気分転換に来ているのですよ。なのに、どこぞの婦人方は喋りあそばされて。大声でぺちゃくちゃ。笑い声まで甲高いもので」
ヒューゴ殿はげんなりとした顔をしていました。心底うんざりされているようです。
「……そう、だったのですね」
確かに私達は騒がしかったのかもしれません。慎み深く話していたつもりでも、他者からしてみれば騒々しいものかもしれなかった。指摘されてようやく気がつくなんて。私は自身を恥じて俯いてしまう。
ヒューゴ殿は違う、と呟かれました。
「……失礼致しました。貴女相手に言葉が過ぎました。これでも、言い方には気をつけているつもりなんです……ですが、どうも貴女相手ですと」
元々、アリアンヌ様を毛嫌いしておられる方でしたから。従姉はそうした設定にしていたのでしょうね。こちらで生きている身としてはリアルと思えど、ゲームの中とは承知しておりますから。設定ならば、ああ、設定なのだと受け入れるまでです。
「……ヒューゴ殿」
確かに。彼の言葉の端々が冷たく感じてなりません。ただ、彼の日頃の言動を省みると。彼は元々そのような心根でもないように、そう思えるのです。
言葉はきつくとも、彼の指摘は間違ってはおりませんもの。それにです。
私が気落ちしておこうと、そのまま放っておけばよいのに。あなたときたら。
「かしこまりました、ヒューゴ殿。ですが私、それでもあなたとは良い関係を築き上げたいと、そう思っておりますの」
「……アリアンヌ様?」
何を言っているんだこいつ。そういったお顔ですわね。ええ、そうもなりますでしょう。
「あなたともご学友になりたい。あなたが望まれていなかろうと、私は望んでおりますの」
「……」
ヒューゴ殿はこちらを見ておられます。ええ、勝手だと一蹴されても結構。私の意思は変わりませんわ。
お別れの時となりますが、こちらだけ。これだけはきちんとしませんと。
「そして、ヒューゴ殿。お騒がせしてきたこと、申し訳ありませんでした。もっと早く配慮するべきでしたわね」
私が謝りたかっただけです。頭を下げ、そして体を起こす。ヒューゴ殿もお静かに過ごされたいのですから。ここいらでお暇することにしましょう。今度こそ正門へ――。
「――調子、狂うんですよ……」
ヒューゴ殿は髪をかきあげながら、ごちておられた。
「……高慢で自信家で。自分は正しいって疑わない。そんな苦手な人種だと思っていたのに」
あ、とまた呟いた。またですわね。私に対してそのようなことを。
「ふふ」
私はおかしくなって笑ってしまった。ヒューゴ殿は首を傾げている。
「……ええ、そうですわね。私はそうやって奮い立たせておりますもの。自身を誇りに思って。でもね、ヒューゴ殿? 私は自身に誇りを持ったままでいたいからこそ。過ちを認められる人間でもありたいの」
そうでも思わなければやっていけない、それは私の場合。
アリアンヌ様は本当にそうだったはず。自分に恥じないようにと、誇り高くあれって。……わかってほしかったな。そんなアリアンヌ様を……みてくれたら良かったのに。
「……」
ヒューゴ殿は黙ったまま、背を向けられました。そんな彼はただ。
「……貴女の従者の方が来るまで。時間、潰されますか」
「ヒューゴ殿?」
これは……温室に誘ってくださってるのでしょうか。信じられませんわ。
「……これまでの無礼のお詫びです。どうせすぐに迎えがくるでしょうし。滞在時間なんてほんの少しでしょうし」
「……ええ」
イヴがやってくるのは、すぐにでしょうね。そんな限られた時間だと、揶揄しておられる。
「貴女にとっては、暇つぶしにもならないでしょうし、退屈させるしかないでしょうが」
「まっ」
とことん憎まれ口を叩かれますのね、ヒューゴ殿ときたら。
「あ……」
そして、一々気にされるときましたら。ああ、罪深き設定ですこと。ご本人は気にしていらっしゃるというのに……。
「ヒューゴ殿? 私、気分転換になると申したではありませんか。私がそう申しておりますのよ。それもついさっきに。忘れられては困りますわ」
「え……」
「ってね? 私だって言われっぱなしではありませんの。だから、あなたが気にされるまでもありませんわ」
それにあなたが思っている以上に、トゲトゲしさは和らいでいる。これはきっと、私の勘違いではありませんわ。得意になっている私を見たヒューゴ殿は。
「……ははっ」
微かに。ほんの微かではありますが、笑っておられました。
0
あなたにおすすめの小説
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた
nionea
恋愛
ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、
死んだ
と、思ったら目が覚めて、
悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。
ぽっちゃり(控えめな表現です)
うっかり (婉曲的な表現です)
マイペース(モノはいいようです)
略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、
「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」
と、落ち込んでばかりもいられない。
今後の人生がかかっている。
果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。
※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。
’20.3.17 追記
更新ミスがありました。
3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。
本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。
大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる