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忍び寄る影①
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「……イヴ。あなたならと、彼らは言っておりましたが」
「……。僕ならってことでもないかと」
イヴは一瞬躊躇ったあと、そう言ってます。彼は続けます。
「あの人達、バラバラの民族衣装だった。けどきっと――同じ国の集まりだ」
「……そうですのね」
イヴの言う通りなのでしょう。あの瞳の色も同じ国の者であると。
「……あの国は」
「?」
イヴはまたしても、言いづらそうにしていますわ。そんなに話したくないのなら、私は止めようとしたのですが。
「……あの国――ブリジット様のところだよ」
「!」
あの方言の女性はよくわからないけど、そう加えるものの。イヴは確かにそう告げたのです。随分はっきりと断言してもおりますわ。そう……ですわね。あなたの母君の国でもあって。
ブリジット様が。どうして。
「……いえ。ブリジット様がどうこうということは……ないはずですわ。そうでしょう?」
あれらは好感度稼ぎのようなものです。カンスト状態の彼女が使う必要ありまして?アイテムのこともご存知なのかしら……。
「あれだけ好かれているブリジット様が。どうして使う必要があるというのです? 私のように稼がないといけないわけでもないのに」
「――妨害目的だとしたら?」
イヴは鋭い目をして、そう指摘してきました。妨害、ですって……? 私が手に入れないように?
「……もしもの話だよ。今は気にしないで。僕の方でも彼女のこと、探ってみるから」
「……ええ、大丈夫ですわ」
私の惑う気持ちを、イヴは察してくれたのでしょう。慰めてくれたようです。
「……」
私はただ単純に。ブリジットは無関係、そう思っておりました。そう、信じたかったのです。
地上に戻り、ギルドでの手続きも終える。私達は冒険者ギルドを出ました。
仮面は外しました。いささか令嬢の恰好としては目立ちますが、アクティヴィティな遊び帰りということで、ここは一つ。牧場とか、川辺に出掛けていたとか。ええと、苦しいかしら。
「……」
私は遥か高くにあるダンジョンを見上げました。来週も片方の休日は潰れますが、もう片方はダンジョン三昧させてもらいますわよ? 名残惜しい気持ちはありますが、帰るとしましょうか。
「お疲れでしょう、アリアンヌ様。馬車の手配をしますので。お待ちくださいね」
イヴが手配をしようとした、その時でした。
「……イヴ、イヴじゃないかぁ?」
ひっくと酩酊している中年男性。ふらつきながらも私達に近づいてきます。そして、イヴの名を呼んでいる彼は。
「おっと、ボヌール家のお嬢様までいっしょときたぁ」
「ポルト氏……いえ」
――彼はイヴの父君でした。追放され離縁もされた彼は、ポルト姓ではありません。ですが、これは内密な話。息子のイヴも便宜上、ポルト姓を名乗っています。養子縁組の説も出ておりますが……。
「ひっく……」
久々に会いましたが……様変わりしましたわね。以前は執事として整然とされていたでしょうに。その裏で息子に……手を上げておりましたが。
「……あ」
イヴは小さく声を発しました。彼はその場で立ち尽くしておりました。唇を噛み締め、拳を強く握りしめております。
「おいおい、息子よぉ? どうした、久々のお父様だぞぉ? 嬉しくないのかぁ?」
父君はイヴに近づいては、顔の下から覗き込んでおりました。成長したイヴは父親の身長も体格も上回っております。それでもイヴは。
「……」
黙ったまま。そして、父君を視界に入れないようにと、目を背けたままです。
「……イヴ」
ああ……そうなのでしょうか。あなたにトラウマを与えてきたのは、この男。あなたが怖れ慄くのも。
「――まだ、お父様が怖いままかぁ? 愛のムチだったんだがなぁ? お前が不出来だからなぁ!」
「!」
イヴの体がびくっと反応しました。彼の握り拳はさらに強くなっております。
「――そのへんになさって? 注目を集めているのに気がつかないのかしら?」
「!」
私は二人の間に割って入りました。イヴは目を見開いております。よいのですよ、イヴ。こういう時くらい、私に守らせてください。
「公爵家の令嬢に、何かをするつもりかと。ほら、皆さん見ていらっしゃってよ?」
私達が注目を浴びているのは、本当のこと。ほら、今も警備を呼ぼうかと騒ぎになっておりますわ。こちらにも助けようと向かっても来られている。
「なっ……」
頭が朦朧となさっていたのかしら。把握できてなかったようね。もっとも。
「何かをしでかす……ありえませんわよね? でないと、私正当防衛をせざるを得ませんもの」
この際もういいですわ。脳筋と呼ばれた私の武力、受け止められます?
「くっ……」
父君は悔しそうに去っていきました。人混みの中、ぶつかろうとも構うこともなく。乱暴に走っています。
「……?」
そんな父君にも連れがいたようです。その、随分と柄の悪い方々が。集団に迎えられるように、彼の姿は今度こそ見えなくなっていったのでした――。
「……。僕ならってことでもないかと」
イヴは一瞬躊躇ったあと、そう言ってます。彼は続けます。
「あの人達、バラバラの民族衣装だった。けどきっと――同じ国の集まりだ」
「……そうですのね」
イヴの言う通りなのでしょう。あの瞳の色も同じ国の者であると。
「……あの国は」
「?」
イヴはまたしても、言いづらそうにしていますわ。そんなに話したくないのなら、私は止めようとしたのですが。
「……あの国――ブリジット様のところだよ」
「!」
あの方言の女性はよくわからないけど、そう加えるものの。イヴは確かにそう告げたのです。随分はっきりと断言してもおりますわ。そう……ですわね。あなたの母君の国でもあって。
ブリジット様が。どうして。
「……いえ。ブリジット様がどうこうということは……ないはずですわ。そうでしょう?」
あれらは好感度稼ぎのようなものです。カンスト状態の彼女が使う必要ありまして?アイテムのこともご存知なのかしら……。
「あれだけ好かれているブリジット様が。どうして使う必要があるというのです? 私のように稼がないといけないわけでもないのに」
「――妨害目的だとしたら?」
イヴは鋭い目をして、そう指摘してきました。妨害、ですって……? 私が手に入れないように?
「……もしもの話だよ。今は気にしないで。僕の方でも彼女のこと、探ってみるから」
「……ええ、大丈夫ですわ」
私の惑う気持ちを、イヴは察してくれたのでしょう。慰めてくれたようです。
「……」
私はただ単純に。ブリジットは無関係、そう思っておりました。そう、信じたかったのです。
地上に戻り、ギルドでの手続きも終える。私達は冒険者ギルドを出ました。
仮面は外しました。いささか令嬢の恰好としては目立ちますが、アクティヴィティな遊び帰りということで、ここは一つ。牧場とか、川辺に出掛けていたとか。ええと、苦しいかしら。
「……」
私は遥か高くにあるダンジョンを見上げました。来週も片方の休日は潰れますが、もう片方はダンジョン三昧させてもらいますわよ? 名残惜しい気持ちはありますが、帰るとしましょうか。
「お疲れでしょう、アリアンヌ様。馬車の手配をしますので。お待ちくださいね」
イヴが手配をしようとした、その時でした。
「……イヴ、イヴじゃないかぁ?」
ひっくと酩酊している中年男性。ふらつきながらも私達に近づいてきます。そして、イヴの名を呼んでいる彼は。
「おっと、ボヌール家のお嬢様までいっしょときたぁ」
「ポルト氏……いえ」
――彼はイヴの父君でした。追放され離縁もされた彼は、ポルト姓ではありません。ですが、これは内密な話。息子のイヴも便宜上、ポルト姓を名乗っています。養子縁組の説も出ておりますが……。
「ひっく……」
久々に会いましたが……様変わりしましたわね。以前は執事として整然とされていたでしょうに。その裏で息子に……手を上げておりましたが。
「……あ」
イヴは小さく声を発しました。彼はその場で立ち尽くしておりました。唇を噛み締め、拳を強く握りしめております。
「おいおい、息子よぉ? どうした、久々のお父様だぞぉ? 嬉しくないのかぁ?」
父君はイヴに近づいては、顔の下から覗き込んでおりました。成長したイヴは父親の身長も体格も上回っております。それでもイヴは。
「……」
黙ったまま。そして、父君を視界に入れないようにと、目を背けたままです。
「……イヴ」
ああ……そうなのでしょうか。あなたにトラウマを与えてきたのは、この男。あなたが怖れ慄くのも。
「――まだ、お父様が怖いままかぁ? 愛のムチだったんだがなぁ? お前が不出来だからなぁ!」
「!」
イヴの体がびくっと反応しました。彼の握り拳はさらに強くなっております。
「――そのへんになさって? 注目を集めているのに気がつかないのかしら?」
「!」
私は二人の間に割って入りました。イヴは目を見開いております。よいのですよ、イヴ。こういう時くらい、私に守らせてください。
「公爵家の令嬢に、何かをするつもりかと。ほら、皆さん見ていらっしゃってよ?」
私達が注目を浴びているのは、本当のこと。ほら、今も警備を呼ぼうかと騒ぎになっておりますわ。こちらにも助けようと向かっても来られている。
「なっ……」
頭が朦朧となさっていたのかしら。把握できてなかったようね。もっとも。
「何かをしでかす……ありえませんわよね? でないと、私正当防衛をせざるを得ませんもの」
この際もういいですわ。脳筋と呼ばれた私の武力、受け止められます?
「くっ……」
父君は悔しそうに去っていきました。人混みの中、ぶつかろうとも構うこともなく。乱暴に走っています。
「……?」
そんな父君にも連れがいたようです。その、随分と柄の悪い方々が。集団に迎えられるように、彼の姿は今度こそ見えなくなっていったのでした――。
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