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俺は大丈夫だから。
しおりを挟む私もオスカー殿も。彼女が無事だったことに安心しきっていて――油断していた。
「もごっ!?」
油断していたのだ。身を潜めていた第三の刺客に気がつかなかった。その者は不利だと瞬時に判断し、とった行動。それは――。
「逃げる気か……!?」
オスカー殿が叫ぶ。第三の侵入者がとった行動は、いとも簡単に屋根に飛び乗ったこと。オスカー殿も追おうとする。梯子があったのも彼は目で確認済みだったようで、それを使おうとしていた。けれども。
「っ!」
オスカー殿は踏みとどまった。侵入者はブリジット嬢の首元にナイフをあてていたから。
「なんてことを……」
「くそっ……」
ブリジット嬢を誘拐する目的はあるはず。それが生死問わずだったら、いくらでもチャンスはあったでしょう。向こうは殺しまではしない。それでも。
「っっっ!?」
ブリジット嬢から涙が零れる。彼女の首元の薄皮に……血が滲んでいたから。肌が傷つくことなど厭わないのだろう。ただ――生きてさえいればいいと。
「……ふう」
なんとか、なんとか隙を見つけましょう。
「――交渉、しましょう」
「……アリアンヌ様!?」
好機はきっとあるはずですから。そう考えた私が一歩前に出ると、止めようとするオスカー殿の声。
「例えば、そうですわね。公爵家の権力をもって、口利きして差し上げてもよろしくてよ? お金、権力、あなた方が望むもの。悪い話ではなくてよ」
「……」
「だから……だから、彼女を解放なさい」
まだ留まってくれてはいる。相手もまた、私の出方を見ているということ?
「……」
こうして数分の間、いてくれただけでもだったのか。侵入者はブリジット嬢を横抱きにして連れ去ろうとしていた。
これはまずいですわ……何か、何か!
「あ、あなた! その少女に手を出して、ただで済むと思わないことね! 私達が血眼になって捜しあてて見せますからね! あなたは多くの者を敵に回しましてよ!」
私は声を張り上げた。私の蓑に隠れて動こうとしているのは、オスカー殿。彼も隙を見つけようとしていますが、相手はそれも見抜いているようです。
「……それこそ王族もですわ! 賢君なる陛下も、御子息であられる王太子もでしてよ!」
私の叫びに相手はなんと。
「……!」
動きを止めました。やはりというべきか、国家権力は怖ろしいのでしょうか。
「あなた、ご存知ではなくて! 殿下は……民を愛するものですから! 彼女への無体、決して許されませんわよ!」
動揺はしていました。私は畳みかけようとしています。
「……?」
殿下、と。確かに聞こえた声。それはブリジット嬢によるもの。彼女は混濁しながらも、長袖をめくっていた。現れたのは球体型の腕時計のようなもの。彼女はおぼつかない手つきで何かの操作をして――男の顔めがけて噴射していた。
「くっ……」
おそらく麻酔のようなもの。もろに食らった侵入者は立ち眩んでいた。ブリジット嬢は機会に乗じて、男から距離をとることに成功していた。
「ブリジット嬢!」
おそらく、過保護な殿下が贈った護身用グッズでしょう。意識が混濁していた彼女が思い出したのは、ついさっきのこと。よくぞ、よくぞ思い出してくださいました。
「今行くからな!」
ブリジット嬢は立っているのもやっと。オスカー殿も私も、屋根まで上がろうとしていましたが。
「はっ、後ろです!」
「なっ……」
私達は愕然としました。あの者の意識は残ったままだったのです。またしても、彼女を捕らえようとしています。
「……アリアンヌ様」
オスカー殿は一瞬、私を見ました。本当に一瞬だけ。あとは、屋根の上のブリジット嬢に目を向けていました。
「俺はもう大丈夫……大丈夫だから!」
オスカー殿は意を決していた。私にはそう見えました。彼はブリジット嬢の方へと駆け寄り、両手を広げて叫びます。
「おいで、ブリジット! 俺が受け止めるから!」
「え……」
オスカー殿はブリジット嬢を地上で受け止めようとしています。それ自体も大変な話。そして、オスカー殿にとっても――トラウマでもあるというのに。
それでもあなたは……オスカー殿という方は。
「……オスカー、様?」
ブリジット嬢もまた、足を前へ。彼女の中にあるのは、信頼。オスカー殿ならきっと受け止めてくれると。
「――受け止めてね、オスカー様」
迷いなんてなかった。ブリジット嬢は屋根から落下した。ブリジット嬢もまた、両腕を広げて。彼に触れることになる形でだった。
「ブリジットっ!」
オスカー殿はすぐに飛び出していった。そして――彼女を受け止めた。
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