150 / 442
不思議な主従関係。
しおりを挟むしかし、殿下の御用とは? コロシアムの件から私を避けておいでですし、予想した通り、ブリジット嬢の面影を求めてでしたか。
「殿下、差し出がましいことをお詫びいたします。私は戻らせていただきます――」
「ま、待ってくれ! 君に用があるんだ!」
「私でございますか……?」
私は制服のスカートの裾をつまんで挨拶をしようと、その時でした。殿下からのお声があり、しかも相手が私だというのです。なんとも驚いたものでした。
「……はあ、やっと言えた」
殿下は殿下で胸を撫で下ろしているではありませんか。シルヴァン殿も腰に手をあてて、溜息を一つ。やれやれと――。
「……ん?」
……シルヴァン殿? 私の空目でしょうか。あまりにもいつもの彼、繊細な物腰な彼とは違いますものね。ええ、気のせいでしょう。ほら、優雅な佇まいですもの。気のせいね。
「私でしたのね。ええ、お聞かせくださいまし」
「……だがな、アリアンヌ!」
狙ったかのようなタイミングで、鳴ったのは予鈴でした。
「ふ……予鈴なんだな? 俺には読めていたぞ?」
ほらな、と殿下は得意げです。すっかり調子を取り戻してますこと。
「かしこまりました。では次の休み時間、殿下の教室まで伺わせていただきますわ」
「いや、それは困るっ!」
殿下は両手を振って焦っておいでです。人前では話せないこと?
「……よし、そうだ! アリアンヌ、昼だ、昼休みにしよう! シルヴァンに向かわせる」
「ま、よろしいですの?」
私がシルヴァン殿を見ると、彼は恭しく頭を下げてきました。ここは甘えることにしましょうか。
「……人目は避けないとだからな。シルヴァンもいるが、密室になる」
「密室……」
この人たちと密室。
「……アリアンヌ。誰か一人くらいなら、同伴させても構わない。君のイヴ殿でも。ヒューゴ殿でも、オスカー殿でもいい。そこは……譲歩する」
「……殿下?」
随分と具体的にお名前が出てきましたのね……? 現時点でヒューゴ殿の名まで出るとは、仲が良いと思ってくださっているのでしょうか。
「……誰かを同席させる」
そうですわね、その方が私も安堵はしますでしょう。殿下もそう仰っているのですから。ですが――。
「……むしろ、そうしてくれ。申し訳ないことをした。俺は君に酷いことをした。信頼を欠くようなことを」
「……」
殿下はこんなにも俯いて、罪に苛まれているようで。私は殿下をどこまで信じればよいのでしょうか。それは今もわからないまま。
「……殿下。あなた様が疑うのも無理のないお話、そうでしたでしょう? 殿下からの信頼を得なかったのは私ですから。私からしては……」
あなたを信じる。あなたを疑わない。それを口にしては、安っぽくも嘘っぽくも聞こえてしまうことでしょう。私はやはり、警戒はしたままですから。そうではあっても。
「殿下は民の前をもって――私を解放してくださったのですから」
私はこの人のことはわからないまま。それでも――約束は守ってくれたのだから。こうしていられるのもそう。
「そのような御方ですもの。私、彼らに同伴をお願いしたりしませんわ」
「……」
私は微笑んでそう答えました。殿下はしばらく黙っておいででしたが。
「アリアンヌ……アリアンヌぅぅぅ」
「きゃっ!?」
殿下の瞳から大量の涙が、ぶわっと流れてきました。大粒のそれは止まること知らず。しかもです、私にまで抱きついて縋ろうとしていませんこと!? スローモーションのように迫る殿下、避けれる速度ではありますが、そういうわけにも――。
「――殿下。
相手はご婦人です。ご自重くださいませ」
「んぐっ」
なんとも見事なのでしょう。シルヴァン殿が早業で殿下の首ねっこを掴んでますわ、再び。
「うん、ちょうどいい。このまま連れて帰りましょうか」
「はーなーせー、シルヴァーン!」
満足そうなシルヴァン殿は、抵抗する殿下をもとのもしません。
「では、アリアンヌ様。昼には迎えに参りますので。失礼させていただきます」
何事もなかったかのように、優雅に笑んで殿下を連れていったのでした。
「ええ、お待ちしておりますわ……?」
呆気にとられた私は、遅れて返事をしていました。もう聞こえない距離のはずかと――。
「!」
シルヴァン殿は振り向きざまに微笑みを向けてきました。会釈をした後、殿下を連れていきます。ますます遠のく彼ら。あなた、聞こえていて……?
「……不思議な方々」
王太子と側近という関係でありながら、こう、親しみがあると申しましょうか。コロシアムの件で殿下側が寛容になったかというと、そうではなさそうですわ。どうやら前からのようでしたもの。
本当に不思議な関係ですのね。
0
あなたにおすすめの小説
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた
nionea
恋愛
ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、
死んだ
と、思ったら目が覚めて、
悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。
ぽっちゃり(控えめな表現です)
うっかり (婉曲的な表現です)
マイペース(モノはいいようです)
略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、
「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」
と、落ち込んでばかりもいられない。
今後の人生がかかっている。
果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。
※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。
’20.3.17 追記
更新ミスがありました。
3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。
本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。
大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる