脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯~ダンジョン攻略駆使して有利に進めてみせます!~

古駒フミ

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悪夢の先に。

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 本日の仕事が終わりました。でも私は宿舎に直帰はしません。私に託されたのは、海産物たちでした。漁師の皆様から、シルヴァン殿へと。私は彼の家に届けに行くことに。

「……」

 沈んでいた彼の表情が気がかり、といっても、私のことなのでしょう。


 さあ、以前は私もお世話になっていた家に到着しました。チャイムを鳴らすも――反応はありません。

「シルヴァン殿?」

 ノックをしても、呼びかけをしても。それにしても……。

「ドア、開いているではありませんの」

 ……のどかな町ですもの、滅多にないでしょうが。だとしても、心配は心配です。合鍵も返していますので外からの施錠もなりません。

「冷凍保存してから帰りましょう……ごめんあそばせ」

 私はゆっくりと扉を開くと、一足の靴を確認しました。シルヴァン殿、ご在宅ですのね。一声かけておこうかしら。
 勝手知ったる家でもあったので、私は保管場所を存じています。手紙でも添えてお暇しようと思っておりましたが。

「……」

 居間のソファにて寝転がっていたのは、シルヴァン殿でした。彼は仰向けになり、腹部の上に本を乗せています。

 あの本は――画家であった父君の画集。シルヴァン殿がこの地に持ってきた本となります。彼がよく眺めていたこと、私も目にしています。

「うう……」

 ……うなされているのかしら。シルヴァン殿は顔を歪めています。額にも汗が伝っていますわ。

「……なんで、どうしてなんだよ」

 彼はなんで、どうして。しきりにそう繰り返しています。お腹の上にあった画集を抱きしめています。

「なんで……あんな絵なんか……」
「……!」

 シルヴァン殿の父君の絵。あんな絵。私が思い当たるのは――『狂王』をモチーフに描かれたもの。それが発端となったと考えてよいのでしょう……発禁物扱いとなったのは。

「だから……父さんは、狂って……」

 ……狂って? 私が疑問に思っている間に。

「……あれ」

 シルヴァン殿はゆっくりと目を開けられました。寝起きの彼は時間がかかるも。

「……アリィ?」

 ゆっくりと。私を認識していました。

「……失礼しますわね、シルヴァン殿。それと起こしてしまいまして?」

 私はソファの近くで膝をついて、手持ちのハンカチで彼の額の汗を拭いました。

「……いや、起こしてくれた方が」
「……そうですの」

 未だに顔色が悪い彼は、私にされるがまま。

「汗、すげぇかいてんのな。ごめんな、アリィ」
「いいえ……」
「……充分。ありがとな」

 もうよいのでしょうか。私は手を止めました。

「ほっとする」
「……?」

 シルヴァン殿は穏やかな顔をしてました。上体を起こした彼は本当に――。

「……すげぇ夢見てた。でも、アリィの顔を見たら落ち着いたっていうか。もう大丈夫だよ」
「……」

 シルヴァン殿は顔も青褪めていて、声だって震えていて。彼が心配させまいと無理させているのもわかってしまっていて。

 大丈夫じゃないのに、なのに話してくれないこと。シルヴァン殿はまだ、痛みを抱えたままなのに。
 私には踏み込むこと、それが限られているから。

――シルヴァン殿が好きだった『アリィ』。共に過ごした彼女もじきに消えてしまうから。

 それでも、『今』の私は……寄り添いたかった。限られた日々であったとしても。私だってそう、彼には笑っていてほしかったから。


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