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火花散る、夕ご飯。
しおりを挟むシルヴァン殿の家に招かれ、私たちは豪華な食事を目にしていました。シルヴァン殿、今宵は一段と張り切っているようでしたわね。
「アリィが捕った魚だ。味は保証する」
見事な生け造りですこと。買い支えると、シルヴァン殿は頻繁にお買い上げいただいてます。
「そんなの、アリアンヌが捕ったかどうかわからんだろー?」
殿下は頬張りながらそう指摘していました。私も確かにと思いました。
「ええ、一理ありますわね」
「おいおい、殿下もアリィまで。俺にはわかるんだよ」
「そうですの……正解ではありますわね」
「だろ?」
……ええ。実は私にも覚えがある魚でしたの。立派な大物が釣れたという、感動の記憶と共にでしてよ。でも、わかるものですの? ドヤ顔のシルヴァン殿……。
「こっわ」
「……は?」
殿下は端的に言いました。またしても青筋を浮かべているのは、シルヴァン殿で……。
「……むう。俺だってわかるぞ! こっちと、あれだな!」
殿下は対抗意識を燃やされていますが、ええ……見事に違いますわね。いずれも大物ですが、そちらは船長殿が釣り上げられたものです。
「残念、違うんだよな……つか、綺麗に外すのな。わざとかってくらい」
あっさりと言ったのはシルヴァン殿でした……シルヴァン殿?
「む、シルヴァン! はっきり言うじゃないか! なっ、アリアンヌ? 正解なんだろ? な?」
「恐れながら……違いましてよ」
「なんてこった!」
私も私で濁すことなく、指摘してしまいました。殿下は悔しそうにしています。ええと、気分を損ねてしまいましたかしら……?
「ああ……」
……いけませんわね。殿下はもう廃位されていて――私の婚約者でもないものだから。私自身も気安い態度をとってしまっています。次に影響を及ぼさないよう、気を引き締めませんと――。
「――俺は楽しいぞ? アリアンヌ」
「!」
笑いかけてきた殿下に、私は大変驚きました。私はあなたの機嫌をとることもしなかったのに、むしろその方が良いのだと――。
「な?」
「……」
穏やかな笑みですこと。私にはどうしてもそれが――偽りとは思えなくて。本当に、本当にあなたがわからない。
「……おいおい、雰囲気作るなよ?」
私は殿下と見つめ合ってしまうことになり、怪訝な声を出しているシルヴァン殿によって気づかされることに。
「そ、そのようなことは!」
「おっとぉ、シルヴァン? 嫉妬かぁ?」
動揺する私とは違い、殿下は揶揄う余裕までおありでした。ああ、シルヴァン殿……ピキピキと、今度は音まで聞こえてきそうな青筋の立て方ですこと――。
「!?」
突然鳴り響いたのは雷鳴でした。それから雨の降る音、やがて豪雨となっていきます。
「っと、すげぇ雨……」
立ち上がったシルヴァン殿は、窓から様子を見てます。かなりの暴風雨ですわね。ここまで激しいのは、この港町において初めて目にしましてよ……。
「ちらちらっ、シルヴァン、ちらっ」
殿下があざとい視線を送り続けています。ああ、シルヴァン殿の背中に集中してましてよ。シルヴァン殿としても殿下をスルーするわけにはいかないのでしょう。
「……部屋はいくらでもあるから、泊まっていって」
「やったぁ!」
すんなりとでした。もとよりそのつもりでもあったのでしょう。彼は完全に振り向けました。私にも話があるようです。
「これもう……アリィもだな。部屋、そのままにしてるから。定期的に掃除してるし」
「私も……ですの?」
「……この嵐の中、帰したくない」
「そうですが……」
部屋……そのままですのね。それにその……。
「……なんかさ、いちいちエロいんだよなぁ、なんでだろな。普通に言っているだけなのに」
「!?」
驚きですわ。私も時折思っていたことを、殿下は代弁してくれましたわ……!
「……へえ、アリィまで。殿下はなぁ、嵐の中、放り出してやろうかぁ? アリィは……どうしようかな?」
わ、私にまで苛立っているようですわ。内容を言わないのがかえって怖ろしくてよ……!
「うるうる……」
ふっかけておいた本人は涙目で訴えてますわね……うるうる?
「……まあ、厳重に鍵をかけておいて。こっちのメンタル的にも助かる」
「……ひとまずお願いしましょうかしら。お世話になりますわね、シルヴァン殿」
「うん、そうして」
横殴りの雨ですわね。帰れなくもないでしょうが、こちらもかなりの痛手を負いそうですわ。
「明日の漁は無理かもな。俺も休みだし、どこか出掛けるか」
「……明日」
明日はもう……いいえ。私は笑顔で頷きました。シルヴァン殿のことですもの、殿下を観光にと考えていることでしょう。
「エミリアン様も。この町案内する。しばらく滞在してくれればいい……ただ」
シルヴァン殿は言い辛そうにしていたものの、彼は殿下に向けて意を決したようです。
「今は休養の時だとして――『約束』、いつかは果たしてくれるんだよな」
ああ……シルヴァン殿。あなたと殿下が交わした約束――我らが祖国を良くしていくと。彼はきっと今でも信じ続けていることでしょう。
たとえ出奔したとしていても。それが到底難しい、不可能といってよいものだとしても。どこか希望をもっておきたかったのだと。
「……」
そのお気持ち、痛いほどわかります。私自身は交わしてはおりませんが、期待せずにはいられないと――それだけの御方であったのだと。
「ああ……忘れてない。今はそれだけとしか」
「……そうか」
殿下は言い淀んではいましたが、シルヴァン殿は笑んでいました。今はそれで満足なのだと、そうみてとれました。
「すまない……」
殿下の憂える顔もそう、やはり偽りとは思えなくて――。
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