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暴走。
しおりを挟む「……」
どうして胸騒ぎが止んでくれないの。ダンジョンの奥へ向かうほどに、心のざわつきが増していくばかりです。
「……殿下?」
もっぱら気になるのは殿下のこと。殿下……さきほどまでのあなたと別人のようでしてよ。あの体調の優れなさはどこへいったのか、彼は清々しい顔をしているではないですか。口元も笑んでいます――不気味なまでに。
「……」
「……」
異変を感じ取ったのは私だけではなく。近しいシルヴァン殿、イヴだってそうです。どこか恍惚としてきた殿下は、やはり只事でないといえるのでしょう……。
「――殿下、引き返しましょう。イヴ様、頼む」
「はい」
シルヴァン殿の提言に、イヴも頷く。私もそう、三人は皆、同じ思いでした。
――殿下にこれ以上進んでほしくないと。警鐘が鳴り響き、止んではくれないのです。
「――イヴ殿、それにシルヴァン。ああ……アリアンヌもだろうな」
前を向いたままの殿下、彼は背中越しに私たちに話しかけてきました。
その表情は伺えない、ただ――そのお声だけで私たちは圧倒されてしまうほどで。
「――俺は足手まといになったなら。そう言ったはずだが?」
「……」
声だけで感じられる怒気。それは私たちを怯ませるには十分なもの――。
「早計にも程がある――」
場が静まり返る。殿下が引き抜いたのは――帯刀されていた剣。私たちは遅れて気がつく― ―アンデッド型の魔物が身を潜ませていたのだと。
「……せめてもの餞だ――『私』が断ち切ってみせよう」
「……殿下?」
武器を構える中、私は殿下の静かなる声がどうしても気になってしまう。凛とした佇まい、そこにあるのは悲痛なる表情だった。でもそれは――最初だけ。
「はあ!」
私たちを圧倒する速度で――彼は斬り伏せていく。彼一人が迷いなく、圧倒していた。
「殿下……」
そう、最初だけ。悲痛なる表情もやがて愉悦の表情へと変わっていく。
「はは、ははははははは!」
なんて、なんて楽しそうなの。私は不敬ながらもこう思わずにはいられなかった。
――狂っていると。
「……どうしてなの」
このような殿下を拝見したのは初めてだと思っていたのに。その実、そうでないとしたら。
「いいえ……私は初めてではない」
こうも冷酷なまでな殿下を――私は目にしたことがあった。何度も、何度もだった。
――私を断罪しようとする時。彼はこうした面を覗かせていたのだ。だから決して初めてではないのだと。
「……うう」
後方で呻き声がしたので、私は急いで振り返った。ああ、魔物が襲いかかってきたので、一撃くらわせて離脱、ですわっ。
「シルヴァン殿……!?」
シルヴァン殿が口を手元で抑えてました。今にも吐きそうな様子です。立っているのもやっとといえましょう。
「こっちは……平気、だ……」
と、御本人はいえど、どうみてもそうとは思えない。
「埒が明かない……強制的にも帰還するしか!」
イヴの判断、彼は私たち目掛けてスキルを発動しようとするも――。
「邪魔をするな!」
「!?」
なっ!? イヴにまで襲いかかろうと!? イヴは上手く交わしはするものの、これでは上手く発動が出来ないようです。
「何人たりとも、私の邪魔はさせぬ! さあさあ、止めるでないぞ! ははははははは!」
殿下の勢いは止まらない。次々と魔物は倒れ落ちてはいくものの――。
「……」
殿下、あなたは本当にそれでよろしいのですか。私はあなたの狂っていく様を見ているしか出来ないのでしょうか。
魔物たちは――殿下の笑い声と共に駆逐され果てた。倒し終えた彼は笑い終えると、虚無の表情になった。いえ、魔物が復活すると、彼はまたしても不気味に笑んだ。また―狩れることが喜びであるのだと。
「殿下……」
私は彼に呼びかけた。届かないのでしょうか……? ならば――。
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