脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯~ダンジョン攻略駆使して有利に進めてみせます!~

古駒フミ

文字の大きさ
267 / 442

何度でも。

しおりを挟む

「……止めて、くれ」
「!」

 殿下の振り絞るような声、彼は確かに――止めてくれと。私は感極まりました。まだ『殿下』が残っておられるのだと。

「……ええ」

 不肖ながらあなたの婚約者アリアンヌ・ボヌールが今――あなたをお止めしましてよ! 

「……邪魔、スルナァ!」
「……」

 正気に戻られたのは一瞬のこと、私にも剣をふるおうとしますわね。ですが、攻撃してくることは想定内、こちらも猛攻を必死で躱しますわよっ! 

「――しっかりしてくださいまし!」

 ようやくの一瞬の隙、私は逃さない。殿下に飛び掛かる勢いで――彼の頬をひっ叩いた。パアンと、音が響き渡る。

「……あ」

 地面に落ちるは剣。頬を手で抑えた殿下は、一度瞳を閉じてそれからまた開く。

「……アリアンヌ?」

 ゆっくりと私を確認していました。私はそうだと頷きます。

「俺は……」

 殿下は意識が混濁しているようです。本当は落ち着きたいところなのですが――。

「くっ……」

 この魔物たちは復活してくるのです。この場に留まることを許してはくれませんのね。また囲まれて――殿下に我を失われても困ります。

「――帰還しましょう」

 イヴがシルヴァン殿を肩で担ぎながらも、彼は帰還の準備を始めていました。
「ええ、お願いしますわ」

 最終地点からも近いとはいえない位置、イヴの判断はもっともでありましょう。私たちは光に包まれていく――。




 安全地帯ともいえる開始地点に戻ってきました。疲弊しきっていることもあり、此度はここまでとなりましょう……。

「……悪かった。こっちはもう大丈夫だ。運転も問題ない」

 シルヴァン殿は大分回復されたようです。彼は乗り物の準備をしに行くのでしょう。

「なあ……シルヴァン」
「……!」

 声をかけられた殿下に対し、シルヴァン殿は肩をびくつかせていました。振り返った彼は、取り繕えなくなるほど……恐怖を隠せない顔でした。

「……」

 殿下もまたショックを受けたことでしょう。けれども。

「……当然、だよな」

 それが当然であると、殿下は受け止められようと……。

「……あ、いや。違います、違うんです。そうじゃない。つか、俺も人のこと言えないってな! なんかあのダンジョンな、なんなんだろうな!?」

 シルヴァン殿も胸を痛めたのでしょう。彼は明るく振る舞おうとしています。

「……何やってんだよ、俺。エミリアン様、俺はあなたに救われたんだ。あのお姿を見て、俺は不甲斐なくなってしまった。けれども、それでもあなたに尽くす思いは変わらない」
「……変わらない、だと?」
「ああ、変わらない」
「変わらない……」

 シルヴァン殿ははっきりと答えられました。殿下は何か考えられているようですが……。

「……行ってくるな?」

 今はそっとしておこうと、シルヴァン殿は去っていきました。

「……止めてくれてありがとう、アリアンヌ。イヴ殿にも負担をかけた」
「そのようなことは……」

 私もイヴもいえいえ、と手を振ります。すっかりいつもの殿下ですわ。
 ……いつもの? 私にふと芽生えた疑問。いえ、私は何を考えているのです。いつもの殿下でありましょう? 

「……ああなると、俺は『制御』が効かなくなる。君にも覚えがあるはずだ」
「……ええ、殿下」

 そう、制御が効かなくなっていたからでしたのね。
 殿下。あなたの根底は変わっていないのだと。そう、信じてもよろしいのでしょうか。憂える部分も残されたあなたを――信じてもよいのでしょうか。

「――殿下にとっては不本意。そういった認識でよろしいでしょうか」
「アリアンヌ……?」

 私からの問いに殿下は大きく目を開かれました。続けさせてくださいませ、殿下。

「そうなのでしたら――私は何度でもお止めしましてよ?」
「……!」

 私は出来るだけ強くあろうと、しっかりと微笑んでみせました。殿下に不安な思いをさせないようにと。殿下が強く見つめてきても、私は絶えず笑んだまま。

「――『アリアンヌ・ボヌール』はあなたの伴侶となる者です。エミリアン様、私は生涯あなたを支えて参りたいのです」
「生涯……?」
「ええ、生涯ですわよ。鬼の伴侶がいますわよ?」
「鬼……」

 ええ、そうですわよ? あなた、私のことを鬼嫁と言ってのけましたわね? 覚えていましてよ? 

「そんな……可憐で華麗なるアリアンヌを鬼などど……! ええい、そんなことを抜かしたのはどこのどいつだぁ!?」
「殿下、でしてよ?」

 あら、すっとぼける気満々ですの? ほほほ、そこはしっかりと申しましてよ? 

「うん、俺だった」
「あら、安定の舌ペロですこと」

 定番の誤魔化し笑いですわね。愛らしいと笑うには憎々しいものですこと、ほほほ……。

「……また怖い顔するぅ。覚えてる、覚えてるって」
「ま」
「……ああ、本当に覚えているよ。君からの言葉、君と過ごしたこと。どうして忘れられるんだ」
「……」

 殿下の優しげな表情、私はもう何も言えなくなってしまいました。普段はおちゃらけていたり、公務の時は凛とされていたり。こうも温かみのある穏やかな顔は、その、慣れないものでして――。

「……」

 頬が熱くなっているのは自分でもわかってしまうのです。私を見つめている殿下にはもうバレていることでしょう。もう、自然と見つめ合う形になってしまいまして。

「……ええと」

 目を伏せてしまえば。そっとそらしてしまえば。こうして視線が重なることはないでしょう。でもそれが惜しいのだと、少なくとも私はそう思えましたの。

 殿下にこうして見ていただくこと、あったのかしら。こんなにも――。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】婚約者はお譲りします!転生悪役令嬢は世界を救いたい!

白雨 音
恋愛
公爵令嬢アラベラは、階段から転落した際、前世を思い出し、 この世界が、前世で好きだった乙女ゲームの世界に似ている事に気付いた。 自分に与えられた役は《悪役令嬢》、このままでは破滅だが、避ける事は出来ない。 ゲームのヒロインは、聖女となり世界を救う《予言》をするのだが、 それは、白竜への生贄として《アラベラ》を捧げる事だった___ 「この世界を救う為、悪役令嬢に徹するわ!」と決めたアラベラは、 トゥルーエンドを目指し、ゲーム通りに進めようと、日々奮闘! そんな彼女を見つめるのは…? 異世界転生:恋愛 (※婚約者の王子とは結ばれません) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

悪役令嬢だけど、私としては推しが見れたら十分なんですが?

榎夜
恋愛
私は『花の王子様』という乙女ゲームに転生した しかも、悪役令嬢に。 いや、私の推しってさ、隠しキャラなのよね。 だから勝手にイチャついてて欲しいんだけど...... ※題名変えました。なんか話と合ってないよねってずっと思ってて

処理中です...