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何度でも。
しおりを挟む「……止めて、くれ」
「!」
殿下の振り絞るような声、彼は確かに――止めてくれと。私は感極まりました。まだ『殿下』が残っておられるのだと。
「……ええ」
不肖ながらあなたの婚約者アリアンヌ・ボヌールが今――あなたをお止めしましてよ!
「……邪魔、スルナァ!」
「……」
正気に戻られたのは一瞬のこと、私にも剣をふるおうとしますわね。ですが、攻撃してくることは想定内、こちらも猛攻を必死で躱しますわよっ!
「――しっかりしてくださいまし!」
ようやくの一瞬の隙、私は逃さない。殿下に飛び掛かる勢いで――彼の頬をひっ叩いた。パアンと、音が響き渡る。
「……あ」
地面に落ちるは剣。頬を手で抑えた殿下は、一度瞳を閉じてそれからまた開く。
「……アリアンヌ?」
ゆっくりと私を確認していました。私はそうだと頷きます。
「俺は……」
殿下は意識が混濁しているようです。本当は落ち着きたいところなのですが――。
「くっ……」
この魔物たちは復活してくるのです。この場に留まることを許してはくれませんのね。また囲まれて――殿下に我を失われても困ります。
「――帰還しましょう」
イヴがシルヴァン殿を肩で担ぎながらも、彼は帰還の準備を始めていました。
「ええ、お願いしますわ」
最終地点からも近いとはいえない位置、イヴの判断はもっともでありましょう。私たちは光に包まれていく――。
安全地帯ともいえる開始地点に戻ってきました。疲弊しきっていることもあり、此度はここまでとなりましょう……。
「……悪かった。こっちはもう大丈夫だ。運転も問題ない」
シルヴァン殿は大分回復されたようです。彼は乗り物の準備をしに行くのでしょう。
「なあ……シルヴァン」
「……!」
声をかけられた殿下に対し、シルヴァン殿は肩をびくつかせていました。振り返った彼は、取り繕えなくなるほど……恐怖を隠せない顔でした。
「……」
殿下もまたショックを受けたことでしょう。けれども。
「……当然、だよな」
それが当然であると、殿下は受け止められようと……。
「……あ、いや。違います、違うんです。そうじゃない。つか、俺も人のこと言えないってな! なんかあのダンジョンな、なんなんだろうな!?」
シルヴァン殿も胸を痛めたのでしょう。彼は明るく振る舞おうとしています。
「……何やってんだよ、俺。エミリアン様、俺はあなたに救われたんだ。あのお姿を見て、俺は不甲斐なくなってしまった。けれども、それでもあなたに尽くす思いは変わらない」
「……変わらない、だと?」
「ああ、変わらない」
「変わらない……」
シルヴァン殿ははっきりと答えられました。殿下は何か考えられているようですが……。
「……行ってくるな?」
今はそっとしておこうと、シルヴァン殿は去っていきました。
「……止めてくれてありがとう、アリアンヌ。イヴ殿にも負担をかけた」
「そのようなことは……」
私もイヴもいえいえ、と手を振ります。すっかりいつもの殿下ですわ。
……いつもの? 私にふと芽生えた疑問。いえ、私は何を考えているのです。いつもの殿下でありましょう?
「……ああなると、俺は『制御』が効かなくなる。君にも覚えがあるはずだ」
「……ええ、殿下」
そう、制御が効かなくなっていたからでしたのね。
殿下。あなたの根底は変わっていないのだと。そう、信じてもよろしいのでしょうか。憂える部分も残されたあなたを――信じてもよいのでしょうか。
「――殿下にとっては不本意。そういった認識でよろしいでしょうか」
「アリアンヌ……?」
私からの問いに殿下は大きく目を開かれました。続けさせてくださいませ、殿下。
「そうなのでしたら――私は何度でもお止めしましてよ?」
「……!」
私は出来るだけ強くあろうと、しっかりと微笑んでみせました。殿下に不安な思いをさせないようにと。殿下が強く見つめてきても、私は絶えず笑んだまま。
「――『アリアンヌ・ボヌール』はあなたの伴侶となる者です。エミリアン様、私は生涯あなたを支えて参りたいのです」
「生涯……?」
「ええ、生涯ですわよ。鬼の伴侶がいますわよ?」
「鬼……」
ええ、そうですわよ? あなた、私のことを鬼嫁と言ってのけましたわね? 覚えていましてよ?
「そんな……可憐で華麗なるアリアンヌを鬼などど……! ええい、そんなことを抜かしたのはどこのどいつだぁ!?」
「殿下、でしてよ?」
あら、すっとぼける気満々ですの? ほほほ、そこはしっかりと申しましてよ?
「うん、俺だった」
「あら、安定の舌ペロですこと」
定番の誤魔化し笑いですわね。愛らしいと笑うには憎々しいものですこと、ほほほ……。
「……また怖い顔するぅ。覚えてる、覚えてるって」
「ま」
「……ああ、本当に覚えているよ。君からの言葉、君と過ごしたこと。どうして忘れられるんだ」
「……」
殿下の優しげな表情、私はもう何も言えなくなってしまいました。普段はおちゃらけていたり、公務の時は凛とされていたり。こうも温かみのある穏やかな顔は、その、慣れないものでして――。
「……」
頬が熱くなっているのは自分でもわかってしまうのです。私を見つめている殿下にはもうバレていることでしょう。もう、自然と見つめ合う形になってしまいまして。
「……ええと」
目を伏せてしまえば。そっとそらしてしまえば。こうして視線が重なることはないでしょう。でもそれが惜しいのだと、少なくとも私はそう思えましたの。
殿下にこうして見ていただくこと、あったのかしら。こんなにも――。
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