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殿下と公爵令嬢。
しおりを挟む「……といってもな。俺もそこまで把握しているわけではない。それは前もって言わせておいてくれ。俺もな、この日々に気づいたのはいつからだったのか……正確に把握はしていないんだ」
「はい……」
「うん。話すな?」
殿下は穏やかな声音で語り始めるのです。彼が抱えてきた思い、記憶を――。
「そうだな……『アリアンヌ』について。俺の素晴らしき婚約者だ。聡明で慈悲深くもある、未来の国母に相応しき女性だ。たゆまぬ努力をしてきたことも存じている」
「ええ……」
よく承知しておりますわ。『アリアンヌ・ボヌール』がいかに素晴らしき女性であることは。彼女は生まれ持ったものに甘えることもなく、さらに精進もなさってきたのだと。殿下もご承知だったのですね。
「家同士の婚姻関係。決められたものだったけれど、良好な関係を築けていると思っていた。俺も彼女のことを深く信頼していたし、共に国をよくしてくれるだろうと――そう思っていたのだけれどな」
殿下は見上げました。それから小さく首を振ります。
「――アリアンヌ・ボヌールはな、駆け落ちをしたんだ」
「なんですって……!?」
駆け落ち、ですって? アリアンヌ様が……!?
「な、驚きだよなぁ。調べてみると、相手は辺境伯の子息だとか。なんでも昔馴染みとかで?」
辺境伯の御子息が昔馴染みですの……? 私、お会いしたことなくてよ? あまりにも衝撃的過ぎて頭が追いつきませんわ……。
「しかもな、ここの教会でこっそり式を挙げて。それから亡命したんだと」
「なっ……」
本当に頭が追いつきませんわよ……?
それでもどこか納得した思いでもあります。この切なくなる思いもまた、そちら由来のものだったのでしょう――私の中で眠ったままのアリアンヌ様の。
私が入り込む前、それほどのお覚悟があったのですね。あなたは好きな人と添い遂げようとした。でも巻き戻ってしまって――。
「……?」
巻き戻ったのですわよね? 断罪されて、あのような目に遭われてしまって……あまつさえ私に乗っ取られることになったのですから。そうですわよね……?
「それほどまでに相手のこと好きだったんだよなぁ……」
「殿下、あなたは……」
殿下に込められた思いは羨望なのでしょうか。彼は裏切られたのに、それでもそれを責めることもなさそうでした。眩しそうにアリアンヌ様を思い描いているようで――。
殿下……あなたは『アリアンヌ様』を愛してらしたの?
だから非情に徹することもできなかったと。そして――あなたの番を待ち望んでいたのだと。てっきりこの繰り返しの日々を疎んでいたからだと思っておりましたのに。
殿下、あなたは――。
「……俺が『彼女』に抱いていたのは尊敬の思いだよ。相手が王族だろうと遠慮無しだからなぁ、彼女は。未来の伴侶、国母たるもの当然だと。怖いのなんの」
「ですが……」
私の考えが読まれていたのでしょうか。それともたまたま? 殿下はそうした思いだと語ってはいますが……。
「どこまでもパートナーだったよ。もちろん、裏切られた時は落胆もしたし、怒りもしたけどな? でもな、こうとも思った――羨ましいって」
「羨ましい、ですか?」
それは相手の殿方? いいえ、違うようですわね。殿下はおそらく――。
「俺は……彼女が羨ましかった。それほどまでに想える相手がいたこと。俺にはわからない、わからない感情だったから」
殿下は羨望だけではなくて。暗い感情も入り混じっているようでした。御自身にはない感情であると。それは相手を想うことがわからないと……?
「それが俺にとっての――アリアンヌ・ボヌールだ」
「殿下……」
よくわからなかったあなたのこと、わかったと思いますわ。そして、あなたとアリアンヌ様とのご関係、互いの思いも。
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