脳筋悪役令嬢の華麗なる恋愛遊戯~ダンジョン攻略駆使して有利に進めてみせます!~

古駒フミ

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 翌日の放課後も通いつめましたが――ヒューゴ殿はお変わりなく……。




「――っと」

 私、本気を出しましたわよ。イヴたちの目を掻い潜り、学園への侵入に成功しましたの。彼らが案じてくれていることは理解しつつ、それでも私はどうしてもでした。

 夜の静けさ。学園は違う顔を見せますのね。ランタン一つ二つでは心もとなかったでしょうか……。

 到着したのは温室。私は忍び込みます。暗闇の中、私はランタンを頼りに進んでいきます。彩り豊かな植物たちが迎えてくれています。

「――ご覧になって、ヒューゴ殿?」

 ヒューゴ殿は――いないのに。私は声を出していました。
 水辺に浮かぶ花に、降り注ぐ月の光。頭上にある天窓からですわ。

「……ヒューゴ殿、咲いてしまいましてよ」

 私が訪れた時にはもう。なんてこと――早目に到着しましたのに。それなのにもう咲いてしまっているだなんて。

「……いえ、無事に咲いてくれたのです。私が見届けましたから」

 月の花の中心部にあるは一粒の宝石。ええ、綺麗ですわね。あなたがくださったもの。

「本当に綺麗な花……」

 もちろん、盗りはしませんわ。ですが、触れるくらいは。私はその場でしゃがみ込み、手を伸ばそうと――。

「――名前は『月の花』。私が発見しました。以降、大切に育てているのです」
「!」 

 その声。私は勢いよく立ち上がって、振り返った。幻?そう思って瞬きをするけれど。

「抜けだされたのですね……アリアンヌ様」

 一人笑うヒューゴ殿でしたが……本当にヒューゴ殿?

 ゆっくりと近づいてくる。ランタンの薄明りなれど、はっきりとしてくる彼の姿。

「いつからか……私は闇に囚われるようになっていました。暗い淀んだ考え、私を苛んでいたのです」

 時折辛そうにしていたのは、そうした理由から?ヒューゴ殿は語り続けるのです。

「それと同時に――不思議な青年の存在が、私の中で息づくようになりました。名はユウト殿と。彼はあなたに対し深い愛情を抱きつつも――昏い思いも抱いていた」

 ユウ君のこともそう語る彼。

「気づいた時にはもう――彼に同調するかのように取り込まれていて。私の声も届かず――誰も声が聞こえないと」

 だからでしたの……私たちの声に反応がなかったのは。
 いいえ、と訂正するのはヒューゴ殿。

「オスカーやブリジット、友人たちの声。両親や使用人たちの声。なにより――貴女の声が」

 ヒューゴ殿もそう、こちらへと近づいてきていました。しっかりとした足取りで。

「……『アリアンヌ・ボヌール様』を手にかけてしまった私。そのような者を許す声が聞こえてきたのです」
「ヒューゴ殿……それは本当に違いますのよ」

 私は何度だって伝えますから。あなたはむしろ巻き込まれてしまったことも。

「……本音は惑っています。無意識、私の意思でなかったにしろ――」

 ――手にかけてしまった感触は消えてくれないと。

「招き入れてくれた『暗闇』に逃げ込んだのです。これでその事実はなかったことにできるだろうと……そんなわけがないのに」

 ヒューゴ殿の苦悩、それが伝わってくるのです。

「そんな私にも――貴女は手を差し伸べてくれた。何度も声をかけてくれたではありませんか」

 ヒューゴ殿、彼も花の近くまでやってきましたわ。ついにここまで。

「たとえ繰り返しの日々。過ぎてしまったことだとしても、私のしたことは消えはしない。それでも貴女が……ずっと語り続けてくださったから」
「ヒューゴ殿、あなた……」
「本当にありがとうございました……」

 あなた、そういうことでしたのね……薄々とあった違和感。あなたの過去の言動からみるに――あなたも繰り返しの日々の記憶があったと。
 そのことも知りたいけれど、でも今は――。

「あなたの意思ではなかったと。あなたも私も――してやられたのですから。でもね……もう大丈夫なのです」
「大丈夫、とは」
「大丈夫なのです」

 大丈夫のごり押しなのです。あなたに全てを話せないのが心苦しくはあります。私はあえて
触れないことしか。
 大丈夫なのですよ、ヒューゴ殿。アリアンヌ様もきっとわかってくださる……か、どうかはあまり言えないけれど。事情は察してくださると思うから。それにです。

 ――アリアンヌ様は帰ってこられるのだから。

 ヒューゴ殿、こうして会えて良かった。やっと伝えられるのです。笑顔にもなれるのですから――。

「おかえりなさい、ヒューゴ殿」
「あ……」

 ヒューゴ殿、自身の胸元に手をあててました。彼はそれから笑っていて。

「ただいま……戻りました」 

 いつもの綺麗な微笑でもない。時々みせる小さな笑い声でもありませんでした。
 ――泣きそうな笑顔、でした。

「――あの時の続き、でしたか」

 ヒューゴ殿は月の花を眺めながら、そう呟いていました。ええ……私が申してましたわね。

『……ヒューゴ殿。あの時のあなた、もしかして言いかけていましたの?もしそうでしたら、私はなんてことを。あなた、モヤモヤしたままではありませんの?』

 と。ええ、こちらのことでしょう。届いていたことを嬉しく思いつつも、聞かされることに緊張をしつつもでした。

「……ふふ、私もあなたも、モヤモヤしたままでいましょう」
「……え」

 ヒューゴ殿、語らずですの?ここで?まあ、わかりますわ……あなたが戯れでそう仰ったわけでないのも。

「私なりのケジメ、禊です。でもいつかは――そういった希望を持たせていただけたら」

 ――充分です、と。

「え、ええ……ヒューゴ殿がよろしいのでしたら」
「はい」

 ヒューゴ殿はそう返事されました。そうなのですね、それでしたら。

「……あとは、ユウト殿ですね」
「!」 

 私の喉はごくりと。ヒューゴ殿は意識を取り戻しました。そうなるとユウ君は。

「――共生していきます」
「……!」 

 ヒューゴ殿は穏やかな顔でそう、答えを出していました。それが彼の答え?

「ヒューゴ・クラージェとして生きてはいただきます。ただ、どうしても『彼』が出てくる、出たい時もあるでしょうから。そこまでは強制しませんし、上手くやってくれさえすれば」

 答えでした。ヒューゴ殿の迷いはありません。

「私たちはそうやっていきます――生き続けます」
「……」

 私たちの視線が重なる。ヒューゴ殿の強い視線は訴えるような――懇願するようなもの。

「それは――貴女がいてこそなのです」
「そう……」

 彼には事情はほとんど伝えていない――でも、わかっているようだった。


 ヒューゴ殿はユウ君を抱えたまま、生きることを選んだ。
 きっとユウ君もまた現れる、会えることを信じて――私たちは生きていこう。



 誰に見つかることなく、私は自室に戻って来ました。

「あら……」

 先導してくれたのは番の蝶たち――色がまた、なんともまあ。

 私は書を開き、好感度のページを確認しました。
 ヒューゴ殿は戻ってました。彼もまた、薔薇を手にしたまま。
 紫の――いえ、訂正しますわ。

「綺麗な色ですわね」

 私の部屋の中を悠々と飛び回っている蝶たち――くすみカラーの紫色をしていました。


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