【完結】ヒールで救った獣人ショタがマッチョに進化!? 癒しが招く筋肉のカタチ

たもゆ

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番外編

仔竜の贈り物⑥

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 自宅へ戻り、恒例となりつつあるチビたちの賑やかな出迎え攻勢をどうにか受け止めたあと。

 俺は荷物をいったん書斎――もとい自室へ運ぼうと、ドアを開けた、その時だった。

 ふと、二階から降りてくる人影に気づく。
 薄暗い廊下。 灯りを受けて鈍く光る銀髪。 そして、ゆらりと揺れるふさふさの狼の尻尾。
 考えるよりも早く、体が動いていた。 俺は踵を返し、階段へと駆け寄る。

 「……ガウル、もう帰ってたのか?」

 期待で、声がわずかに上ずる。
 名を呼ばれて振り返った、その顔を見て――俺は、足を縫い止められたように動けなくなった。

 「……あ」

 ――違う。
 銀色の髪も、獣耳も、尻尾も似ているのに。 そこにいたのはガウルではなく、同じ狼獣人ルプス種の――リィノだった。

 リィノは、間違えられたことなど気にも留めない様子で、ふわりと花が咲くように笑う。

 「お帰りなさい、ユーマさん」

 柔らかい声音。 ガウルのぶっきらぼうな低音とは、似ても似つかない。

 今まで、二人を見間違えたことなど一度もなかったはずなのに。 背格好も、纏う空気も――冷静に見れば、まるで違うのに。こんなに早く、ガウルが戻ってくるはずがないのに。

 自分の願望が引き起こした、みっともない勘違い。 胸の奥に、じわりと羞恥が広がっていく。
 顔が熱い。 とても、リィノの顔を見ることができなくて、俺は逃げるように視線を床へ落とし、かすれた声で呟いた。

 「……ご、ごめん」

 リィノは小さく首を横に振り、「いいえ」と優しく返すと、俺が握りしめていた麻袋へと静かに視線を移した。

 「それは……?」
 「ああ、これ……ルギドの鱗だよ。ロイドさんに“持ってけ”って渡されてさ」

 袋の口を緩めて中身を見せると、リィノはそっと鱗を一枚つまみ上げる。
 掌の上で転がすようにしながら、まるで鑑定するみたいに光へとかざし、角度を変えてその照り返しを確かめていた。

 「……すごいですね。しかもこれ、仔竜のものですね」
 「ああ、よく分かったな」
 「成竜の鱗と比べると、厚みも違いますし……縁に出る摩耗痕が、全然違うんですよ」

 一拍おいて、リィノは続けた。

 「それに……仔竜の鱗の方が、加工もしやすいんです。硬度が低いぶん組織が柔らかくて、キメが非常に細かいんです。鍛えることで内部構造が締まり、成体の鱗以上の強度になります」
 「……そんなことまで、よく知ってるな」
 「こういう素材を見るの、好きなんですよ」

 俺は麻袋に入った鱗を見つめながら、ぽつりと口にした。

 「……この量で、ミディアムソードって作れるかな?」

 独り言に近い問いだったのに、リィノは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに察したようにやわらかく目を細めた。

 「ええ。作れると思いますよ」

 あまりにも迷いのない即答だった。
 リィノは鱗の縁に指先を当て、軽く弾く。硬度を確かめるような、職人めいた仕草。

 「加工には相当な技術が要ります。でも、この鱗なら芯材との相性もいいですし……名のある工房に依頼すれば最高の一振りになりますよ」

 「そっか……」
 できる――その一言が胸の奥に落ちて、俺はようやく息を吐いた。
 その様子を見ていたのか、リィノはふと思いついたように顔を上げた。

 「よければ明日――いえ、ご都合が合えばで構いませんが……一緒に工房へ行きませんか?」
 「え?」

 「実は今日の狩りの途中で……魔導銃から、少し妙な音がして」リィノは肩をすくめて、苦笑する。
 「内部の術式か、排莢機構はいきょうきこうにズレが出たのか……そろそろ専門の技師に見てもらおうと思っていたところなんです」

 「……タイミング良すぎだろ」
 「ふふ。偶然、ですよ」

 あくまで偶然を装って、リィノはくすりと笑う。
 「それに……ルギドの鱗なんて、あまりにも物騒ですから」

 視線が、麻袋へと落ちる。
 「俺が護衛についたほうが――安心でしょう?」

 その声はどこまでも穏やかで、どこかあたたかい。
 さっきまで胸に残っていた、名前を呼び間違えた時のいたたまれなさが、静かにほどけていく。

 「……ああ。すげぇ心強いよ。頼む」

 素直にそう言うと、リィノは満足げに笑って、ふさりと銀色の尻尾を揺らした。



 ***

​ 翌日。

 俺はリィノと共に、王都でも指折りの実力を誇る魔導銃・武器工房『ウォルカーヌス』の敷居をまたいだ。

 店内に足を踏み入れた瞬間、むわりと肌を包む熱気と、鼻を突く鉄と油の匂い――そこに微かな魔力の気配が混ざり合った、独特の空気に飲み込まれる。

 奥からは、カンッ、カンッ――と、腹の底に響くような重厚な槌音。
 俺は小脇に抱えた麻袋の重みと緊張に喉を鳴らしながら、リィノの背中を追った。

 先に口を開いたのは、リィノだった。

 「ご主人、作業中すみません。愛用の魔導銃から妙な音がしまして。内部術式にズレがないか、点検をお願いしたいのですが」

 声に応じて、作業場の奥から現れたのは、分厚い革エプロンをまとった岩のような大男――この工房のマスターだった。

 煤けた顔の奥で、職人特有の鋭い眼光だけがギラリと光る。

 「……あんたか。また騎士団の急ぎかと思ったぜ。例の騒ぎ以来、城からの依頼が立て込んでやがってな」

 悪態とは裏腹に、その手つきは丁寧にリィノの銃を受け取っている。どうやらリィノは、この工房の常連らしい。

 俺は深く息を吸って、麻袋をドンッとカウンターの上に置いた。

 「あ、あの……! これを使って――ミディアムソードを一本、作っていただけないでしょうか?」

 口紐を緩めると、中身が露わになる。
 黒曜石のように深い黒。それでいてガラスのような透明感を帯びた、漆黒の塊。
 工房主の視線が、吸い寄せられるようにそこへと絡め取られた。

 「……ほう。轟獣竜ルギドの鱗か。つい最近、騎士団の依頼で成体の鱗を扱ったばかりだが――」

 無造作に一枚、指先でつまみ上げた瞬間、工房主の目の色が変わった。
 鼻に近づけて匂いを嗅ぎ、光にかざしながら、唸るように呟く。

 「……色が薄い。それにこのサイズ。……幼体の鱗か」
 「……は、はい」
 「なんてこった……成体ですら金貨の山だってのに。流通すらしていねぇ幼体の鱗とはな……」

 店主は顎を撫で、ぶつぶつと独り言のように呟く。
 その瞳は、少年のように輝いていた。
 「なるほど……悪くねぇ。こいつぁ芯材との相性は抜群だ」

 「……あの、代金なんですけど。これで、足りますか?」

 俺は、鞄から取り出した革袋をカウンターの上に置いた。
 中身は、宮廷魔術士のバイトで、ちまちま貯めた金貨。ざっと見積もって――60万ギニー分。

 工房主は無言で口紐を解き、ちらりと中を覗いた。
 しばらく沈黙が落ちる。
 そして、鼻で小さく笑った。

 「あんた、ガウルんとこの人間だろ? どう見ても――あんたが振る剣じゃねぇよな?」
 「は、はい……その、ガウルに使ってもらおうと思いまして……」

 店主はニヤリと片方の口角を吊り上げ、面白そうに俺を見下ろすと、低く喉を鳴らした。
 「ほう、あの狼小僧に、国宝級のモンを貢ぐたぁ……あんたも相当な物好きだな」

 「え……?」
 「だが、嫌いじゃねぇ」

 店主は鼻で笑い、カウンターの上の麻袋に手を置いた。 その仕草は乱暴なのに、どこかひどく丁寧だった。

 「……金はちったぁ足りねぇが、まけてやるよ」
 「えっ、いいんですか!?」
 「……おう。友を想う、その心意気に免じてよ。俺の持てるわざ、残らず叩き込んでやる」

 宣言と同時に、店主の掌が麻袋を愛おしげに撫でる。その目はもう、商売人ではなかった。
 ――一人の“職人”の目だった。

 「納期は三日だ。三日後の夕方に来な」
 「へっ!? そんなに早く……!?」

 一週間――いや、一ヶ月は覚悟していた。 思わず素っ頓狂な声が喉から飛び出す。
 普通の剣とは訳が違うはずだ。
 それなのに、たった――三日?

 「おうよ。極上の素材を目の前に出されて、のんびり寝てられるか」
 店主は牙のように歯を剥いて笑った。
 「他の依頼ァ全部後回しだ。……こいつは俺が“惚れちまった”」

 「ほ、他の依頼って……大丈夫なんですか……?」
 「知ったこっちゃねぇな。文句言う奴には、こう言ってやるさ」

 店主は肩を竦め、豪快に笑い飛ばす。
 「――これ以上の素材、持ってきなってな」

 ガハハ、と腹の底から響く笑い声。 俺はただ、圧倒されて立ち尽くすしかなかった。
 でも――この人になら、任せられる気がする。
 きっと、ガウルの規格外の力にも耐え得る、最高の相棒ミディアムソードを、打ち上げてくれる。

 「……よ、よろしくお願いします!」
 「任せとけ。あの小僧が腰抜かすような“傑作”にしてやる」

 その力強い言葉に、俺は深く――深く、頭を下げた。


 帰り道。
 工房を出た俺たちの足取りは、来た時よりもずっと軽かった。
 正午前の澄んだ空気が、火照った頬をやさしく冷やす。

 「……よかったですね、ユーマさん」
 隣を歩くリィノが、穏やかな表情で笑った。彼の魔導銃も点検が終わり、異常なしと診断されたようだ。

 「ああ……。付き合ってくれてありがとな、リィノ。本当に助かった」
 ​「いいえ、ついででしたから。……ガウルさん、喜んでくれるといいですね」
​ リィノは楽しそうに目を細め、ふと空を見上げる。

 今頃、あいつはどこで空を見ているのだろう。
 まだ必死に、ミスリルを探しているのかもしれない。

 俺がガウルのために作った剣を差し出したら、どんな顔をするだろう。
 驚くだろうか。文句を言いながら、結局は大事そうに抱えるのだろうか。

 ……いや。
 そんな想像はきっと、俺の都合のいい幻だ。

 ガウルのことだ。
 「手に馴染まない」なんて言って、突き返すかもしれない。

 けれど――それでも、いい。
 その時は、その時だ。
 もし受け取ってもらえなかったら……誰かに譲ればいい。

​ 俺は空の彼方、遠い山脈の方角を見つめ、いつかの再会に思いを馳せた。
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