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今日も俺の理性は試されている①ー可愛い寝顔×3=俺の自由消失ー
しおりを挟むついに……ついにやったぞ、俺!!
「ここが……俺たちの、新しい家……!」
ボロい。とてもボロい。
壁にはヒビ、床は少し軋む。ドアはギイギイうるさいし、水瓶の栓をひねるとゴボッと変な音がする。
でも!!
「宿屋の30泊×4人分より、月家賃の方が安い! これって実質、毎月黒字ってことじゃない!? すごいよ! 家だよ、家!!」
俺はきしむ床板を踏みしめながら、思わずガッツポーズをキメた。
土間に一歩踏み出すと、足元からなんとも言えない乾いた埃の香りが漂ってくる。これこれ、異世界感あるよなー。
しかもこの家――家具付きだった。
ちょっと古いけど、ちゃんと四人分の椅子がある食卓に、寝台もあるし、物入れもある。
前の住人が残していったのか、部屋の隅には使い込まれたかまどと、薪が数本残された棚。
めっちゃありがたい。
「これぞ……冒険者の新生活ッ……!」
両手を広げて深呼吸。
ヒビの入った天井から少し砂が落ちてきたけど、俺は気にしないことにした。
後ろから入ってきたクーが「ひろい!おうち、ひろい!」と無邪気にはしゃぎ、アヴィは静かに埃を払いつつ「まずは換気しましょうか」と窓を開ける。ガウルは無言で天井を見上げ、「……崩れないのか、これ」と一言。
「いけるいける! 支柱にヒビ入ってないから、たぶん平気!」
「“たぶん”が信用ならない」
ガウルがじと目を向けても、今日だけは聞き流してやろう。なぜなら今、俺たちは、俺たちの家を手に入れたのだ!
「このボロ屋が、これから俺たちの帰る場所になるんだよ。ちょっとくらい古びてたっていいじゃん!」
「……ユーマ、泣いてる!」
「泣いてない! 埃が目に入っただけだ……」
アヴィがちゃっかり掃除道具を取り出す。
「任せてください。僕がピカピカに磨き上げます!」
「オレもやるー!」
今日から宿屋の硬いベッドで体がバキバキになることも、クーに蹴飛ばされてベッドから落ちる心配も、もうない(たぶん)。
これからは、自分たちで作る暮らし。
どんなに古くても、ここは――俺たちの拠点なんだ。
「よーし、まずは掃除だー!! そしてそのあと、日用品と食材買いに行くぞー!!」
「ユーマ。先に床板の補強したほうがいい」
ガウルの深いため息とともに、俺たちのささやかな新生活が、静かに幕を開けた――!
***
新しい生活から数日後。
その日は、中級モンスター討伐の依頼を終え、ギルドで報酬を精算したのち、俺たちはそれぞれの荷をほどいていた。
日はすっかり傾き、部屋の窓から差し込む夕暮れの光が、埃っぽい空気をほんのりと朱く染めている。
ちゃぶ台代わりの小さなハイテーブルに、手持ちの報酬袋を並べていた俺の前に、ふいにガウルが立った。
「……やる」
差し出されたのは、布にくるまれた小包。
戸惑いながら受け取り、そっと布をめくると――中には、虹色にきらめく大きな鱗が一枚、静かに収まっていた。
「なにこれ、すっごい綺麗……」
鱗は光の角度によって色を変え、まるで宝石のように輝いていた。
「レッドリザードの逆鱗だ。一体からひとつしか取れない」
「え、それってめちゃくちゃレアなんじゃ……?」
「……いい。やる」
ガウルはいつもの無表情のまま、それでもどこか、ほんのわずかに目元が緩んだように見えた。
「ありがとうガウル。明日ギルドで換金してくるね!」
思わず声が弾んだ。
レア素材の匂いがぷんぷんするそれに、テンションは爆上がり。
俺がそれを両手で抱えて立ち上がったとき――
「……っ、待て。それは」
「ん?」
振り返った俺に、ガウルは一瞬、言葉を探すように視線を泳がせた。
でも、出てきたのはたった一言。
「……いや。なんでもない」
ぽつりと呟いて背を向けるガウルの狼耳が、しゅん、と分かりやすく垂れた。
(あれ……なんか落ち込んでる?)
「えっ……やっぱり惜しくなった!? 返そうか? ていうか、換金やめて取っとこうか??」
あわてて声をかける俺に、ガウルはぴたりと足を止める。
でも、背中を向けたまま、かすかに首を横に振った。
「……もういい。あんたの好きにしろ」
「えええ!? なんかごめん!!」
慌てて言い募る俺の隣に、アヴィがそっと寄ってきた。
小さな手が俺の腕に絡まり、軽く体重をかけて――ぐい、と引き寄せられる。
不意打ちの距離の近さに、思わず俺の言葉が止まった。
アヴィは、俺の二の腕あたりに顔を寄せるようにして、手を口元に添え、こっそり囁いた。
「ご主人様、それ……プレゼントですよ」
「――えっ!?」
思わず声が裏返った俺の反応に、ガウルの耳がぴくりと揺れる。
「え、え!? ごめん、そうだったの!? ありがとうガウル!! すっごく嬉しい!!」
(あぶねぇ! またウサギ埋葬事件の二の舞いになるとこだった!!)
慌ててお礼を叫ぶと、ガウルは肩を小さく震わせ、顔を半分そらす。
その頬が、明らかに赤かった。
「……知らん。風呂、入ってくる」
とだけ言い残して、ばたん、と戸を勢いよく開けて、逃げるように出ていった。
「…………」
「ガウルさん、分かりやすいですね」
「えっ、あれで!?」
「はい。不本意ながら……ちょっと可哀想になってきました」
「え、それってどういう意味??」
「……さあ? どういう意味でしょう」
アヴィはどこか意味ありげに微笑むだけで、それ以上、何も語らなかった。
夜も更け、異世界の家は静かだった。
晩ごはんの余韻がダイニングテーブルの上にまだ少しだけ残っているが、すっかり眠る時間だ。
ベッドは二つ。シングルサイズをくっつけて、四人で川の字。
クーが俺の隣を死守するせいで、俺が落ちるのを防ぐため。……いや、ほんとに何度も落ちたんだって。
というか、俺はだいたい「川」の中心で、毎晩サンドされる運命にある。
いや、サンドされるどころか、時々、重なってるからな。
……これ、俺の理性、毎晩試されてない?
「……ゆーま……」
右隣のクーが、眠たげに声を漏らして俺にぴとっとしがみついてくる。
顔の前でふわふわのクマ耳がうにうに動く。くすぐったい。
でもクーは、あったかくて柔らかくて、なんか安心するんだよな……。
「……今日も真ん中か……腕が……しびれる……」
そうぼやきながらも、俺の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
が――そのとき。
ギシリ、と左端の布団がきしむ音。
「……アヴィ」
静かな、でも確実に不穏なトーンで声を発したのはガウルだった。
「なんですか、ガウルさん」
「場所を代われ」
「嫌です」
即答だった。
「……昨日もそこだっただろう」
「昨日も、今日も、明日も。僕のポジションはここです」
(なにその宣言……寝床にレギュラー枠あるの!?)
俺の左側では、なにやら静かな攻防戦が繰り広げられていた。
そのとき――
「……ん……ゆーま、ぎゅー……」
クーがさらにぎゅっと抱きついてきて、俺の首が軽率に固定される。
「クー、首っ……! あの、寝返りだけでも、させて……」
助けてくれーと心の中で叫びつつ、左を見ると、
ガウルがそっと手を伸ばしてきて――
「……!!」
アヴィが、その腕でスッと壁を作った。
て、バリア!?
寝返りのフリして、俺に手が届かないようにしてるのかこれ……!
「アヴィ……貴様……」
「ご主人様に触れたければ、正面からどうぞ」
「口調は丁寧だが性格が悪いな……」
「お褒めに預かり光栄です」
(え、なにこの会話!? 怖ッ!!)
……っていうか俺、いつのまに挟まれてるの!?
寝返りどころか、息も詰まりそうなんですけど……!
「……あれ? なんか今、喧嘩してない?」
ぼそっと呟くと、アヴィが俺の方へやさしく微笑んで――
「いいえ、ご主人様。ちょっとした、じゃれ合い、です」
(……その笑顔が、一番怖ぇんだって!!)
その晩、俺は確信していた。
このままじゃ、またあの2人喧嘩する――!
昨日も今日も、クーに密着されて身動き取れず、左からはガウルとアヴィの睨み合いが発生。
あの緊張感、もはや布団の上の戦場である。
……というわけで。
「今日は! 川の字の並び順を変えます!! 異議は認めません!!!」
夕食後、ダイニングテーブルの上で高らかに宣言すると、クーはぽかんとした顔で首をかしげ、アヴィは意味深に笑みを浮かべた。
「並び順、ですか?」
「そう! こうだ!」
俺は勢いよく紙をテーブルにバーンと置き、『アヴィ・クー・俺・ガウル』と川の字の並び順を書いた。
「中央にクーを配置して、俺はその隣で中立!! これで平和的解決ッ!!」
アヴィは肩をすくめ、くすりと笑う。
「なるほど……間にクーさんという防壁を立てたわけですね」
「そう! クー可愛い! あったかい! でも安心安全!!」
クーは「ぎゅーしてもいい?」と聞いてきたので、即OKを出した。
作戦は完璧。
布団を整え、俺はクーと向かい合う形でぬくぬくと横になり――
(よしよし……これなら、誰も不満はないな……今夜は平和に眠れる……)
満足げに目を閉じた。
……のに。
(な、なんか……視線を感じる)
目を閉じてしばらくすると、ピリピリとした気配が伝わってくる。
こっそり薄目を開けると――
ガウルがこっち見てた。
めっちゃ、見てた。
暗がりの中で、金色の瞳がやけに光って見える。
けど、怖くはない。ただ――どこか、真剣なまなざしだった。
やがて、ふわり、と布団のきしむ音。
(えっ……近づいてきてない!?)
身体ごとじゃなくて、そっと腕だけを伸ばすように、俺との距離を縮めてくる。
言葉はない。何も言わないのに――
(……あれ……?)
服の裾が、ちょっとだけ引っ張られた。
ほんの、ちょっと。
けど、確かに、ガウルが俺のシャツの裾を掴んでる。
(……なにこれ……不意打ちすぎない!?)
俺が見下ろすと、ガウルはまるで目が合うのを避けるように、目を伏せた。
けど、指先はずっと、離れない。
まるで、「ここにいたい」と言うように。
そのまま、俺も言葉を飲み込み、そっと目を閉じた。耳元に感じるのは、静かな息遣い。
(……なんかもう……可愛いなあ、こいつ……)
夜が更けていく。
裾の感触だけが、なんだかあたたかかった。
――そして翌朝。
――痺れる。
めちゃくちゃ痺れてる。
両腕が枕になってて、感覚がない。あと、なんか苦しい。重い。暑い。
「……うう、くるしい……ん? クー、か」
右腕にはふわふわした何か。いつものようにクーが抱きついてる。
うん、これはまあ想定内。毎度のこと。
でも、左側が……やけにぴったりと密着していて、あったかい。
「……おはようございます、ご主人様」
「ア、アヴィ!?」
声を上げると、アヴィはにこりといつもの微笑みを浮かべていた。
どう見ても“隣で寝起き迎えた感満載”の顔と距離。
ていうか、なんで!? 昨日の配置、ガウルが左じゃなかった!?!?
「……あれ、ガウルは?」
あたりを見回しても、見当たらない。
……と思ったら。
視界の下――ベッドと壁の隙間に、銀灰色の狼耳が見えた。
「……落ちた」
小さくて、ぼそっとした声。
覗き込むと、そこにはガウルが膝を抱えて座っていた。
「ガウル……え、なんで落ちたの?」
「……知らん」
それだけ言って、ガウルはぎゅっと自分の膝に顔を埋めた。
すると、隣の布団の中からアヴィがふわりと毛布をかぶったまま声をかける。
「すみません、僕の寝相が悪かったみたいで。たぶん、そのせいでガウルさんが……」
(寝相ってレベルじゃねぇぞ!?)
ベッドの上、ぴったり俺の隣に収まっているアヴィは、どう見ても“確信犯”の笑みだった。
***
その夜、俺たちは森の中で野営していた。
目的は、夜にしか姿を現さないという希少モンスターの素材を入手するため。依頼内容は厄介だが、無事に収穫できれば報酬は高い。
今は見張りの当番だったガウルが、焚き火の前で静かに薪をくべている。
爆ぜる火の音に目を覚ました俺は、そっと寝袋を抜け出して、テントの外に出た。
「ちょっと……お花摘みに」
「……あまり離れるな」
ガウルの低い声が闇の中に響く。
俺は小さく笑って、うなずいた。
家の布団もいいけど、こうして星空の下で眠るのも、やっぱり“冒険者してるな”って感じがして、悪くない。
用を済ませ、俺はテントに戻ると、焚き火のそば――ガウルの隣に腰を下ろした。
「まだ寝てていい。交代には早い」
「んー、でも目が冴えちゃってさ」
焚き火が、ぱちり、と音を立てて爆ぜる。
ガウルが無言で薪を一本、くべた。
そのとき、ふと目に留まった彼の左足――火の明かりに照らされたズボンの裾に、滲んだ赤が見えた。
「……ガウル、それ」
「ん? ……ああ。さっきのヤマアシラ、棘が少し当たっただけだ」
「えっ、早く言ってよ!」
慌てて裾をめくると、脛の外側にくっきりと傷跡が残っていた。棘の鋭さが伝わるような、深く細い傷だ。
その下に、見覚えのある古傷もあった。
以前、ガウルがトラバサミにかかったとき、俺が必死で助けた――そのときの跡。
俺はそっと手を触れ、ヒールを唱えた。
傷が塞がっていく。けれど、やっぱり跡は残った。完全には癒せない。
もっと上手く、もっと強く癒せたら。
全部、なかったことにできたのだろうか。
ため息を、ひとつ。
「……まだ、痛む?」
俺の問いに、ガウルはちらりと横目で見て、焚き火へと視線を戻した。
「……いや。むしろ……」
その声はかすかに揺れていた。
言葉を口にすることをためらっているような、それでも胸のどこかが勝手に押し出してしまったような――
そんな、不器用な揺れ。
俺は続きを促すこともできず、ただ黙って焚き火を見つめた。
ぱち、と弾ける火の粉だけが、二人の間に落ちる。
その静けさを破るように、ガウルがぽつりと呟いた。
「……俺が、孤児院にいたって話、覚えてるか?」
焚き火の灯りが、彼の横顔を淡く照らしていた。
孤児院……。
そういえば以前、ギルドで受け取った報酬のほとんどをそこに寄付してるって、ガウルが言っていた。
「うん、覚えてるよ」
「……あの森で、ユーマと出会った頃……俺は、まだそこで暮らしてた」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「いい思い出なんて、一つもなかった。でも……俺は、ただ弱かったんだ。
みんなに怯えて、物置に隠れて、そこで泣いてるような子供だった」
その声には、どこか遠くを見るような色が混じっていた。
思い出というには重すぎて、けれど忘れるには近すぎる何かが、確かにそこにあった。
「でも──」
焚き火の炎が、ぱちんと音を立てた。
その音に紛れるように、ガウルは続けた。
「……あんたのヒールが、俺を変えたんだ」
「……俺の?」
「そうだ。あのとき、森で助けられて……。
あんたの手が触れた瞬間、それまでずっと胸の奥にこびりついてた恐怖や、不安や……誰にも言えなかった重たいものが、すっと消えた」
ガウルの声は静かだったが、その奥には確かな熱があった。
「まるで……全部、嘘だったみたいに。
なににでもなれる気がした。ようやく、自分の足でどこへでも行けるような気がして。
だから俺は、冒険者になった」
俺は言葉を返せなかった。ただ、黙って耳を傾けていた。
焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れて、俺とガウルの間をほのかに照らしている。
「……だから、この足の傷を見るたびに思い出すんだ。俺にそのきっかけをくれた、あんたのことを」
ガウルがそう言って、ゆっくりと俺に視線を向けた。
その目は、いつもの彼からは想像できないほど、まっすぐで、まるで――
「感謝してる」
横顔が、炎に照らされて揺れて見える。
どこか照れているようで、でも強がっているわけでもなくて。
静かで、ちょっと脆そうで……たぶん、俺だけが知ってる顔だ。
俺は、その言葉に胸が詰まり、思わず目頭を押さえた。こみ上げてくるものに耐えきれず、視界がじわりと滲む。
「……な、泣くな」
横目で俺を見たガウルが、ぶっきらぼうにそう言う。
でもその頬は、ほんの少しだけ赤くなっていた。
「……ごめん」
俺は袖で目元をごしごし拭いて、なんとか笑って言った。
「……でも、それは、ガウルがもともと強い心を持ってたからだよ。俺は、俺にできることをしただけで……」
橙の灯りの中、彼の瞳をまっすぐに見つめる。
「それでも……そう言ってもらえるの、すごく、嬉しい……。ありがとう、ガウル」
ガウルは噛み締めるように、ゆっくりと息を吐く。
視線を焚き火ではなく、自分の足元へと落とした。
「……たぶん、そう思ってるのは、俺だけじゃない」
「え?」
「……いや、余計なお節介かもな」
ガウルはわずかに口元をゆがめて、どこか照れくさそうに笑うと、すっと立ち上がる。
「少し寝る。見張り、頼む」
「うん。おやすみ、ガウル」
「……ああ。おやすみ」
ガウルの背中が、焚き火の明かりに淡く照らされていた。その影がゆっくりと揺れながら、テントの方へ遠ざかっていく。
俺は、そっと胸に手を当てる。
(……なんだろう、今の気持ち)
まだ火照ったような胸の奥が、じんわりと温かい。
静かな夜の中で、ぽっと灯った小さな炎――
それは、たぶん焚き火だけじゃなかった。
……ほんの少し、近づいた。
そんな気がした。
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