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妻が3人いると、ラブよりパワーが強すぎる
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騒ぎもひと段落した頃を見計らって、俺はこっそり執事さんに近づき、できるだけ控えめに言ってみた。
「……あの、そろそろ帰りたいんですけど」
すると、執事さんはにこやかな笑顔を崩さぬまま、低音ボイスで一刀両断。
「申し訳ございません、ユーマ様。貴方様は陛下にとって恩人にあたられます。このままお帰しすれば、我々が叱責されてしまいますので……」
やんわり、しかし完璧に拒否られた。
その笑顔が怖いんだわ!絶対内心「帰すわけねーだろ」って思ってるだろ!
ならば力技だッ!!と、一か八かで正門に向かって全力疾走してみたが――
「ユーマ様ァァァァ!! 止まってくださいませぇぇ!!」
執事の叫びとともに、どこから湧いたのかガタイのいい兵士たちが即座に出現!
俺の前に立ちはだかり、鉄壁ディフェンス。もう壁。人間の形をした城壁。
胸板に思いっきり跳ね返され、後ろに転がる俺。プライドもなにもない。
いや、もうちょっとこう……せめて話は聞いてくれよ!?
……なんだこの城。出入り口だけ厳重すぎないか!?
「は、離してください~~ッ!! つ、妻がッ!! 筋肉量で床が抜けそうな三人の妻が、俺の帰りを待ってるんです~~~ッ!!」
俺の懇願に、兵士たちは一瞬だけ眉をぴくりと動かした。
だが――その腕が緩むことは、ついになかった。
「わたくし、陛下からは“独身である”と伺っておりますが……」
「ちがっ……っ! 事実婚ッ! いや、伴侶認定されて番なんです!! あいつら俺がいないと、枕の匂い嗅いで耐えてるんですッ!!」
「…………」
兵士たちは沈黙した。
が、次の瞬間、ぴたりと完璧な姿勢で応えた。
「陛下の許可なく、出入りはできません。どうぞおとなしくお部屋にお戻りください」
「そ、そんなッ……!! 国家権力強すぎかよぉ……ッ!!」
俺の必死の抵抗もむなしく、結局は客室にしれっと連れ戻され――
部屋の出入り口には、見るからにガチめな装備の兵士が二人、がっちりと立ちはだかっていた。
(なにこの鉄壁の布陣……俺、なんかしたっけ? いや、したけども!)
もはや軟禁と紙一重である。ていうかこれ、ほぼ軟禁では……?
ほどなくして部屋に運ばれてきたのは、煌びやかな銀の食器に盛られた豪勢な料理の数々。
俺にとっては、ご馳走以外の何物でもないはずだった。……なのに、フォークはほとんど進まなかった。
一人で食べる、見張りつきの食卓。
それが、ここまで味気ないものだなんて――今日、初めて知った。
夜。
月明かりだけが静かに照らす出窓に近づく。
身を乗り出して下を覗き込んだが、そこは石造りの城壁と石畳が続く、到底飛び降りられるような高さじゃなかった。
(……逃げるのは、無理か)
そう呟いて背を向けかけた、そのときだった。
はるか遠くの夜空に、小さくきらきらとまたたく光がいくつも打ち上がった。
「……あ、花火……」
夜空に咲いた、色とりどりの光。
建国祭の――あの花火だ。
ここからじゃほんの少ししか見えないけど、それでも確かに、遠くで空を照らしていた。
(……みんなで見ようって、言ってたのにな……)
クーも、ガウルも、アヴィも。
あの光の下で、もしかしたら俺を探してるかもしれない。そう思った瞬間、胸の奥がぎゅうっと締めつけられた。
視界がじんわりとにじんで、気づけば涙がひとすじ、頬を伝っていた。
「なんだよ……俺……泣いてんのかよ……情けな……」
たった一日だっていうのに。
でも、あいつらと一緒にいる時間が――俺にとって、どれだけ大切だったのかって、今さらのように思い知らされる。
そんなとき、不意に背後から声がした。
「明後日の建国記念日には、王都にて式典と併せて、盛大なパレードが執り行われることとなっておりますよ」
驚いて振り向くと、いつの間にか執事のおじいさんが隣に立っていて――
俺は慌てて、ゴシゴシと手の甲で涙をぬぐった。
「……そう、なんですか」
ぎこちなく相槌を打ちながらも、心の中では正直どうでもよかった。
パレードなんかより、今は――ただ、帰りたかった。
しぶしぶと部屋に戻り、そのままふかふかのベッドに身を沈める。
王族仕様の、文句のつけようもない完璧な寝具。
なのに、どこか物足りない。
俺は枕をひとつ抱き寄せると、ぎゅっと胸元で抱きしめた。
……ガウルの体温も、クーの匂いも、アヴィの声も、ここにはない。
それが、たまらなく寂しかった。
***
一方その頃、国王執務室。
グローデン国王は、息子ミシェルの無事を確認し、陰謀を企てた疑いの弟ダリオスを地下牢に一旦拘留したのち――
再び、王としての日常業務へと戻っていた。
建国記念日の式典を明後日に控え、王都は慌ただしさを増していたが、国王の務めはひとときも止まることはない。
午後の謁見を終え、食事を済ませた後も執務室で書類の山と格闘し、ようやく一息ついていた国王のもとへ、控えていた側近が、どこか言い出しにくそうな面持ちで歩み出た。
「……陛下。ユーマ殿が、“帰らせてほしい”と強く訴えております。どうやら、自宅に“三人の妻”を置いてきてしまったとのことで、脱走を図ったとの報せも……」
「……なに? 宮廷魔導師からの報告とは、少々食い違うな」
腕を組みながら、グローデン国王はわずかに眉をひそめる。
「妻ではなく、獣人の進化体を連れていたとは聞いていたが……」
「獣人ですか……!?」
獣人は――人と馴れ合わず、従わず、そして、決して屈しない。
それは彼らの誇りであると同時に、長きにわたる歴史の積み重ねが、そうさせたのだろう。
人の側が、彼らの信頼を踏みにじってきた結果にほかならない。
ユーマはその常識を覆している。
“ソウルリターナー”の資質がそうさせているのだろうか。
「……なるほど。魔法省が手を焼いたのも、頷けますね」
「……ああ。だが、問題はそこではない」
国王は変わらぬ厳しい表情のまま、静かに言葉を紡いだ。
「“ソウルリターナー”の存在は、国家機密に等しい。そんな人物を、軽々しく帰してよいと思うか?」
「……しかし陛下。ユーマ殿の帰宅願望は極めて強く、放置すれば再び脱走を試みる可能性も……」
「ふむ。ならば、発想を変えよう――いっそ、妻ごと迎え入れてはどうだ?」
「三人とも、ですか……?」
「ああ。住まいは城内、もしくは王都内に用意し、生活の便も整える。必要であれば扶養手当の支給も視野に入れよう。
身柄を縛るのではなく、環境を整えて引き留める。……国家公務員として扱うのも、一つの手だ」
「そこまで……なさいますか」
「するとも。彼の存在は、もはや国の資産と言っていい。逃すわけにはいかん」
「……かしこまりました。“妻三人を含めた保護下での受け入れ”案、速やかに準備を進めさせていただきます」
「うむ、頼んだ。ユーマには次の謁見で正式に提案するとしよう」
***
翌日。
相変わらず俺は“軟禁”状態だった。
執事のおじいさんが丁寧に紅茶を淹れてくれたり、退屈しのぎにと分厚い書物や遊戯道具を持ってきてくれたりしたけれど――正直、どれも手につかなかった。
時間だけがもったりと流れていく。
そんな中、静かに扉がノックされた。
執事が応対すると、入ってきたのは見覚えのある女性。
確か、昨日ミシェル王子の部屋で控えていた――専属の侍女、だったか。
「失礼いたします、ユーマ様。突然で申し訳ありません。ミシェル殿下が……“ぜひ直接、お礼を申し上げたい”と申しております。お差し支えなければ、どうかご同行いただけますか」
「あ、はい。もちろん、喜んで」
あれから王子の容態がどうなったのか、少し不安だった俺は、その知らせに内心ほっと息をついた。
王子の侍女さんに案内されて、俺は客室を出た。
……のはいいんだけど。
後ろには、いつもの執事のおじいさん。
さらに、その背後にはムキムキの兵士×2名。完璧なる包囲陣。
(え、ちょっと待って? なんでこんな物々しいの?)
確かに俺、昨日ちょっと脱走しかけたけど!?
でもあれは本気じゃなくて! ホームシックの成分が99.9%だっただけで!
緊張感のない俺の心とは裏腹に、行列はやけに静かで整然としていて。
王子の私室に向かうこの道中が、なんだか妙に厳粛なものに思えてくる。やめてほしい。なんか悪いことして、連行されてる途中みたいな気分になってくる。
部屋に入ると、まだミシェル王子はベッドにいた。
けど、昨日とはまるで違う。今日は上体を起こし、ふかふかのクッションにもたれてこっちを見ていた。
顔色はすっかり良くなっていて、瞳にもちゃんと光が戻っている。
(あ……ほんとに……良くなったんだ)
ミシェル王子は俺を見るなり、ぱっと表情を綻ばせて、丁寧に頭を下げた。
「ユーマさん……全部、聞きました。
その……僕の命を助けてくれて、本当にありがとうございました」
――美少年に、直々に感謝された。
恥ずかしそうに少しうつむきながらも、ミシェル王子はまっすぐな眼差しを向けてくる。
(これ、通常運転だったらテンション爆上がりなんだけどな……!?)
でも、あのボロ家で俺の帰りを待っている――
ガウルたちの顔が、ふと脳裏をよぎった。
アヴィの、静かに揺れる不安の声。
クーの、背中ににじむ寂しさ。
ガウルの、怒ったようで、泣きそうな顔。
――俺がいないまま、今もきっと探してる。
だから俺は、笑顔で応えることしかできなかった。
「うん、元気そうでよかったよ。……無理しないで、ちゃんとゆっくり休んでね」
そんな俺に王子がまた小さく礼をしてくれたちょうどその時。
部屋の外から控えめなノック音がして、新たな侍従が顔をのぞかせた。
「失礼いたします。……ユーマ殿に、陛下から“謁見”のご指名がございます。至急、謁見の間へとお越しくださいませ」
(……え、また!? えっ、えっ!? 今度はなに!?)
昨日と違って物理的な“ヤバさ”はないけど、これはこれで胃が痛い。
なんだか今日は、ろくに座る間もなく引っ張り回される気がする――。
謁見の間。
高い天井から吊るされた水晶のシャンデリアが、淡い光を放っていた。
石造りの床には魔法陣が刻まれ、両脇の柱には王国の紋章――獅子と竜が彫られている。
赤と金のタペストリーが静かに垂れ、空気はひと息すら張りつめていた。
そして、玉座には――
この国の王、グローデン国王。
その場の空気に圧倒されながら、俺は流れるように正座して頭を下げた。
「……いや、かしこまらなくていい。呼び出してすまなかったな。貴殿には、感謝してもしきれん」
「はい、あの……お役に立てたなら光栄です……。で、でも、その……俺、もう帰っていいですかね? なんか、“陛下の許可が出るまで帰せない”って言われてて……」
しどろもどろにそう言うと、グローデン国王はふっと眉をゆるめ、小さく苦笑をこぼした。
「……三人の“妻”のもとへ帰りたいのか?」
(ヤバッッッ!!! 昨日の脱走未遂、バレてる!!! 発言までしっかりチクられてるぅ!!)
「あの……帰りたいというか、まあ帰りたいんですけど……あの3人、俺がいないと、また何かとんでもないことやらかしそうで……」
「――そうか、分かった。だがその前に、ミシェルを救ってくれた礼をさせてくれ。望みがあれば言うがいい。王都での暮らしも、こちらで手配しよう。宮廷魔導師として仕える道も用意してある」
は……?
王都暮らしに、宮廷魔導師……!?
なにそれ、めちゃくちゃセレブじゃん!?
チートスキルの棚ぼたって、こういうこと!?
え、なに!? こんなに楽して安住の地、手に入れちゃっていいの!?
もう、ぎゅうぎゅうのベッドで寝なくていいの!?
モンスター狩って日銭稼がなくていいの!?
あいつらの重さで床が抜けたり、ベッドが壊れる心配しなくていいの!?
毎日献立に頭抱えたり、食費に戦慄したり――それも、全部終わり!?
「…………」
……でも。
俺は目を伏せ、膝に乗せた拳をぎゅっと握りしめた。
違う。
俺の望みは、そんなもんじゃない。
煌びやかな生活でも、立派な肩書きでもない。
今ここで、国王に恩を売ったこの最大のチャンスを見逃したら、俺は一生後悔する……!
一つ、深く息を吐いた。
そして、真正面からグローデン国王を見据える。
「……グローデン陛下。お願いがあります」
小さく息を吸い、しっかりと国王を見据えて言葉を継ぐ。
「獣人の子どもたちを捕まえて、実験施設で“管理”するのは――どうか、やめてください」
「……なに?」
グローデン国王の表情がわずかに揺らいだ。
その声色には、かすかな鋭さが混じっていた。
(……やばい。触れちゃいけない案件だったか?)
でも、もう引けない――ここで怯んだら、きっと俺は一生、誰かを見捨てることになる。
俺は迷いなく、深く頭を下げた。
額が床に触れる。
たとえ、この土下座一つで誰かの運命を変えられるなら、いくらだって下げる。
「俺は地位も名誉もお金も要りません。……だからどうか、お願いします。軍事利用のために、親から子を引き離すなんて――そんなやり方、やめてください」
声が震えないように、必死で言葉を紡いだ。
「陛下も……父親なら、分かるはずです。
子どもを奪われる痛みが、どれほどのものか……!」
「……待て。それは、どういうことだ?」
低く絞り出すような声が、謁見の間に響いた。
グローデン国王が椅子から身を乗り出し、真っ直ぐに俺を見据える。
その顔は、まるで寝耳に水をくらったように、驚きと困惑に満ちていた。
「ユーマ。詳しく話を聞かせてくれ」
「え……?」
思わず、返事が遅れた。
てっきり、国王の命令で魔法省が動いていたのかと思っていた。
だが、今の反応は――それとは明らかに違う。
(まさか……魔法省が、王の耳にも入れず、独断で動いてた……?)
ぞわりと背筋を冷たいものが撫でる。
事態は、思っていたよりもずっと根深いのかもしれなかった。
「……魔法省の、その……管轄下にある“実験施設”があるんです。
そこでは……“獣人の子供たち”が、転移魔法で攫われてきて……進化の研究とか、戦闘兵器としての運用とか――そういう、目的で……」
喉の奥がひりつく。でも、言葉を止めるわけにはいかなかった。
「……俺の知り合いの、大事な仲間の子供も……連れて行かれちゃってて。
だから今、獣人たちが、命懸けで取り返そうと動いてるんです……!」
震える声を押し殺しながらも、俺は必死に、目の前の国王に向かって言葉を絞り出す。
すると――
「……そんな話、聞いてないぞ」
国王の顔がみるみる険しくなった。
その拳が、肘掛けの上でギリ、と音を立てる。
「……魔法省が、俺の許可もなく、そんな真似を……?」
低く沈んだ声が、重々しく空気を震わせる。
それは静かながらも怒気を孕み、まるで大地が不穏に軋むような――威圧の気配だった。
(……あ、これ、本当に“まずい話”だったんだ)
国王は、次の瞬間、鋭く手を振った。
「ゼクト!」
呼ばれたのは、背後に控えていた側近の一人。
銀髪を後ろで結んだ、切れ長の目の男が即座に膝をついた。
「はっ、陛下」
「直ちに調査に入れ。
魔法省の内部、特に実験施設とされる場所の所在と実態を洗え。
この件――情報の漏洩は一切許さん。関係者を内密に洗い出せ」
「かしこまりました。機密として動きます」
ゼクトと呼ばれた男が静かに立ち上がると、そのまま音もなく謁見の間を後にした。
国王は深く息を吐き、ひときわ険しい眼差しでこちらを見据える。
「……ユーマ。この件が事実であれば、断じて許されるものではない。
軍事のために子供を傷つけるなど――王として、父として、俺はその行為を看過しない」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
本気だ、この人は――。
俺の言葉に耳を傾けてくれた、だけじゃない。
それを“正すため”に、動いてくれようとしている。
俺は思わず、頭を深く下げた。
「……ありがとうございます!!」
これで、事実が明らかになれば――
捕らわれていた子どもたちは、解放される。
実験施設を襲撃しようとしていたオロも、他の獣人たちも……誰一人、傷つけずに済むんだ。
……早く伝えなきゃ。
オロに、このことを。きっと、喜んでくれるはずだ。
張りつめていたものが、ふっと緩んだ。
どこか胸の奥に、じんわりと安堵が広がっていく。
――その、直後だった。
──ドォォン!!
謁見の間の扉が、まるで爆風にあおられたように激しく開かれた。
「陛下ァーーーーッ!!」
荒い息を吐きながら駆け込んできたのは、衛兵の一人だった。兜も被らず、顔色は蒼白だ。
「なんだ、謁見の最中だぞ!」
グローデン国王の叱責に、衛兵は膝をつき、叫ぶように報告する。
「た、たた大変です!! 三人の大男が今、正門横の西側の壁を破壊して侵入しようとしていますッッ!!」
「……なに!?」
国王が立ち上がり、眉をひそめる。
「防御結界を張った壁だぞ!? 一体どこの勢力だ!」
陛下の声が、玉座の間に鋭く響いた。
俺の背筋に、冷たい汗が走る。
(三人の大男って……まさか……!)
「わ、わかりません! ただ、そのうちの一人が……『ユーマを返せーッ!!』と怒鳴っておりまして……!」
(やっぱりとんでもないことやらかしてるううぅぅぅ!!!)
俺は勢いよく立ち上がり、顔を引きつらせたまま国王に向き直る。
「……すみません、それ……俺の三人の妻です……」
「……なに!?!?」
「す、すみませんッッ!!ほんとすみません!!止められるの、たぶん俺しかいないんで!!」
慌てて謁見の間を飛び出す俺の背後で、衛兵が声を張り上げた。
「陛下ッ、いかがいたしましょう!? 衛兵隊がただいま応戦中ですが……!」
「待て!攻撃は許可しない。手出しは一切無用だと伝えろ!」
「ハッ!!」
(間違いない……あれは絶対、ガウルたちだ!)
城の正門へと続く回廊を、俺は全力で駆け抜ける。
途中すれ違う侍従や衛兵たちが次々と振り返るけど、そんなの気にしていられない。
だって――
「ユーマーーッ!!」
轟音とともに、壁が崩れる音が聞こえた。
城壁の外、土煙の中から現れたのは、見るからにヤバい三人組。
先頭で吠えていたのはガウル。鋭い目つきで拳を振り上げ、その背後ではアヴィが回し蹴りを炸裂し、クーが「うぉりゃーーッ!!」と突っ込んでいく。
「どこの誰だろうと関係ない……ユーマを返してもらう!」
「ご主人様に手を出した代償――高くつきますよ」
「ユーマぁーー!! いま迎えにきたからねーー!!」
兵士たちは震え上がり、誰ひとり動けない。
三人の足元には、砕けた石壁と、吹き飛ばされた門の残骸。
そしてその周囲には――見事に気絶した兵士たちが、あちこちで転がっていた。
(ヒィィィィ!! お願いだから……全員、生きててくれよ……ッ!)
全力で祈りながら、俺は叫んだ。
「おまえらやめろォォォォ!! 俺、無事だからッ!! ピンピンしてるからッ!! だからこれ以上被害を広げないでくれぇぇ!!」
その声に、三人の動きがピタッと止まった――が、
「ユーマ……!」 「ご主人様……!」 「ユーマぁあああ♡」
次の瞬間、土煙を巻き上げて、三人は俺に向かって突進してきた。
(え、待って、ちょ、止まって、絶対止まってぇええええ!!!)
全員、目が完全にロックオンしてる。
逃げ道、ゼロ。ていうか、なんで全力ダッシュで来る!?
「うわああああ待って待って待って!! 話し合いとか!!順序とか!!!」
バタバタと後ずさる俺をよそに――
「ユーマぁああああ♡!」
「ご主人様ァ!!」
「ユーマ!!」
三方向から猛獣のような勢いで飛びかかってきた三人に、俺はもう、声にならない悲鳴しか上げられなかった。
ドンッ!!!
「ぐええっ!!?」
次の瞬間――
俺は見事に、三人の“抱きつき合体技”をくらって、おしくらまんじゅうのあんこ状態に。
体が、右から左から前からと、まるで餅のようにムギュウゥゥ……っと潰される。
(息が……! 潰れるッ!! 肺が先か、肋骨が先か……!! 俺の死因が“筋肉”になる……!!)
「ちょ、マジで……死ぬ……ッ!!」
抗議の声をあげかけたけど、それも途中で止まった。
見上げた視線の先、俺の目の前にいたガウルが、ほんのわずかに震える手で、俺の頭を包むようにして……泣いていた。
「ユーマ……」
いつもクールで、誰よりも前に立つやつが。
その眉間に刻まれた皺も、睨むような目つきも、今はただ必死に俺の無事を確かめる子供みたいな顔で。
思わず、言葉を飲み込んだ。
ああ……そうか。
俺の中にも、同じ気持ちがあったんだ。
静かに、でも確かに――心が、あたたかく揺れている。
これが、“好き”ってやつなのか……?
ぎゅっと腕の力が強くなる。
まるで「もう離すもんか」と言ってるみたいに。
俺は静かに目を伏せて、そのまま、何も言わずに受け入れた。
泣いてるのはガウルだけじゃない。アヴィもクーも、声は出さないけど、肩がわずかに震えている。
俺はその時――
ロゼリア王女の胸にちょっとでも心が揺れたことを、ほんのり後悔した。
「おっぱいは正義」。それはたぶん揺るがない真理だ。
でも、「筋肉は尊い」。これは、魂に響く説得力がある。
柔らかさも、温かさも、包容力も――
全部、今のこの“ぎゅうぎゅう詰め”の抱擁の中に詰まってる。
そのぬくもりに潰されながら、俺は思った。
(……帰ってこれたんだ)
じわっと胸の奥が熱くなる。
やっと、“俺の場所”に戻ってこられたんだ。
「……あの、そろそろ帰りたいんですけど」
すると、執事さんはにこやかな笑顔を崩さぬまま、低音ボイスで一刀両断。
「申し訳ございません、ユーマ様。貴方様は陛下にとって恩人にあたられます。このままお帰しすれば、我々が叱責されてしまいますので……」
やんわり、しかし完璧に拒否られた。
その笑顔が怖いんだわ!絶対内心「帰すわけねーだろ」って思ってるだろ!
ならば力技だッ!!と、一か八かで正門に向かって全力疾走してみたが――
「ユーマ様ァァァァ!! 止まってくださいませぇぇ!!」
執事の叫びとともに、どこから湧いたのかガタイのいい兵士たちが即座に出現!
俺の前に立ちはだかり、鉄壁ディフェンス。もう壁。人間の形をした城壁。
胸板に思いっきり跳ね返され、後ろに転がる俺。プライドもなにもない。
いや、もうちょっとこう……せめて話は聞いてくれよ!?
……なんだこの城。出入り口だけ厳重すぎないか!?
「は、離してください~~ッ!! つ、妻がッ!! 筋肉量で床が抜けそうな三人の妻が、俺の帰りを待ってるんです~~~ッ!!」
俺の懇願に、兵士たちは一瞬だけ眉をぴくりと動かした。
だが――その腕が緩むことは、ついになかった。
「わたくし、陛下からは“独身である”と伺っておりますが……」
「ちがっ……っ! 事実婚ッ! いや、伴侶認定されて番なんです!! あいつら俺がいないと、枕の匂い嗅いで耐えてるんですッ!!」
「…………」
兵士たちは沈黙した。
が、次の瞬間、ぴたりと完璧な姿勢で応えた。
「陛下の許可なく、出入りはできません。どうぞおとなしくお部屋にお戻りください」
「そ、そんなッ……!! 国家権力強すぎかよぉ……ッ!!」
俺の必死の抵抗もむなしく、結局は客室にしれっと連れ戻され――
部屋の出入り口には、見るからにガチめな装備の兵士が二人、がっちりと立ちはだかっていた。
(なにこの鉄壁の布陣……俺、なんかしたっけ? いや、したけども!)
もはや軟禁と紙一重である。ていうかこれ、ほぼ軟禁では……?
ほどなくして部屋に運ばれてきたのは、煌びやかな銀の食器に盛られた豪勢な料理の数々。
俺にとっては、ご馳走以外の何物でもないはずだった。……なのに、フォークはほとんど進まなかった。
一人で食べる、見張りつきの食卓。
それが、ここまで味気ないものだなんて――今日、初めて知った。
夜。
月明かりだけが静かに照らす出窓に近づく。
身を乗り出して下を覗き込んだが、そこは石造りの城壁と石畳が続く、到底飛び降りられるような高さじゃなかった。
(……逃げるのは、無理か)
そう呟いて背を向けかけた、そのときだった。
はるか遠くの夜空に、小さくきらきらとまたたく光がいくつも打ち上がった。
「……あ、花火……」
夜空に咲いた、色とりどりの光。
建国祭の――あの花火だ。
ここからじゃほんの少ししか見えないけど、それでも確かに、遠くで空を照らしていた。
(……みんなで見ようって、言ってたのにな……)
クーも、ガウルも、アヴィも。
あの光の下で、もしかしたら俺を探してるかもしれない。そう思った瞬間、胸の奥がぎゅうっと締めつけられた。
視界がじんわりとにじんで、気づけば涙がひとすじ、頬を伝っていた。
「なんだよ……俺……泣いてんのかよ……情けな……」
たった一日だっていうのに。
でも、あいつらと一緒にいる時間が――俺にとって、どれだけ大切だったのかって、今さらのように思い知らされる。
そんなとき、不意に背後から声がした。
「明後日の建国記念日には、王都にて式典と併せて、盛大なパレードが執り行われることとなっておりますよ」
驚いて振り向くと、いつの間にか執事のおじいさんが隣に立っていて――
俺は慌てて、ゴシゴシと手の甲で涙をぬぐった。
「……そう、なんですか」
ぎこちなく相槌を打ちながらも、心の中では正直どうでもよかった。
パレードなんかより、今は――ただ、帰りたかった。
しぶしぶと部屋に戻り、そのままふかふかのベッドに身を沈める。
王族仕様の、文句のつけようもない完璧な寝具。
なのに、どこか物足りない。
俺は枕をひとつ抱き寄せると、ぎゅっと胸元で抱きしめた。
……ガウルの体温も、クーの匂いも、アヴィの声も、ここにはない。
それが、たまらなく寂しかった。
***
一方その頃、国王執務室。
グローデン国王は、息子ミシェルの無事を確認し、陰謀を企てた疑いの弟ダリオスを地下牢に一旦拘留したのち――
再び、王としての日常業務へと戻っていた。
建国記念日の式典を明後日に控え、王都は慌ただしさを増していたが、国王の務めはひとときも止まることはない。
午後の謁見を終え、食事を済ませた後も執務室で書類の山と格闘し、ようやく一息ついていた国王のもとへ、控えていた側近が、どこか言い出しにくそうな面持ちで歩み出た。
「……陛下。ユーマ殿が、“帰らせてほしい”と強く訴えております。どうやら、自宅に“三人の妻”を置いてきてしまったとのことで、脱走を図ったとの報せも……」
「……なに? 宮廷魔導師からの報告とは、少々食い違うな」
腕を組みながら、グローデン国王はわずかに眉をひそめる。
「妻ではなく、獣人の進化体を連れていたとは聞いていたが……」
「獣人ですか……!?」
獣人は――人と馴れ合わず、従わず、そして、決して屈しない。
それは彼らの誇りであると同時に、長きにわたる歴史の積み重ねが、そうさせたのだろう。
人の側が、彼らの信頼を踏みにじってきた結果にほかならない。
ユーマはその常識を覆している。
“ソウルリターナー”の資質がそうさせているのだろうか。
「……なるほど。魔法省が手を焼いたのも、頷けますね」
「……ああ。だが、問題はそこではない」
国王は変わらぬ厳しい表情のまま、静かに言葉を紡いだ。
「“ソウルリターナー”の存在は、国家機密に等しい。そんな人物を、軽々しく帰してよいと思うか?」
「……しかし陛下。ユーマ殿の帰宅願望は極めて強く、放置すれば再び脱走を試みる可能性も……」
「ふむ。ならば、発想を変えよう――いっそ、妻ごと迎え入れてはどうだ?」
「三人とも、ですか……?」
「ああ。住まいは城内、もしくは王都内に用意し、生活の便も整える。必要であれば扶養手当の支給も視野に入れよう。
身柄を縛るのではなく、環境を整えて引き留める。……国家公務員として扱うのも、一つの手だ」
「そこまで……なさいますか」
「するとも。彼の存在は、もはや国の資産と言っていい。逃すわけにはいかん」
「……かしこまりました。“妻三人を含めた保護下での受け入れ”案、速やかに準備を進めさせていただきます」
「うむ、頼んだ。ユーマには次の謁見で正式に提案するとしよう」
***
翌日。
相変わらず俺は“軟禁”状態だった。
執事のおじいさんが丁寧に紅茶を淹れてくれたり、退屈しのぎにと分厚い書物や遊戯道具を持ってきてくれたりしたけれど――正直、どれも手につかなかった。
時間だけがもったりと流れていく。
そんな中、静かに扉がノックされた。
執事が応対すると、入ってきたのは見覚えのある女性。
確か、昨日ミシェル王子の部屋で控えていた――専属の侍女、だったか。
「失礼いたします、ユーマ様。突然で申し訳ありません。ミシェル殿下が……“ぜひ直接、お礼を申し上げたい”と申しております。お差し支えなければ、どうかご同行いただけますか」
「あ、はい。もちろん、喜んで」
あれから王子の容態がどうなったのか、少し不安だった俺は、その知らせに内心ほっと息をついた。
王子の侍女さんに案内されて、俺は客室を出た。
……のはいいんだけど。
後ろには、いつもの執事のおじいさん。
さらに、その背後にはムキムキの兵士×2名。完璧なる包囲陣。
(え、ちょっと待って? なんでこんな物々しいの?)
確かに俺、昨日ちょっと脱走しかけたけど!?
でもあれは本気じゃなくて! ホームシックの成分が99.9%だっただけで!
緊張感のない俺の心とは裏腹に、行列はやけに静かで整然としていて。
王子の私室に向かうこの道中が、なんだか妙に厳粛なものに思えてくる。やめてほしい。なんか悪いことして、連行されてる途中みたいな気分になってくる。
部屋に入ると、まだミシェル王子はベッドにいた。
けど、昨日とはまるで違う。今日は上体を起こし、ふかふかのクッションにもたれてこっちを見ていた。
顔色はすっかり良くなっていて、瞳にもちゃんと光が戻っている。
(あ……ほんとに……良くなったんだ)
ミシェル王子は俺を見るなり、ぱっと表情を綻ばせて、丁寧に頭を下げた。
「ユーマさん……全部、聞きました。
その……僕の命を助けてくれて、本当にありがとうございました」
――美少年に、直々に感謝された。
恥ずかしそうに少しうつむきながらも、ミシェル王子はまっすぐな眼差しを向けてくる。
(これ、通常運転だったらテンション爆上がりなんだけどな……!?)
でも、あのボロ家で俺の帰りを待っている――
ガウルたちの顔が、ふと脳裏をよぎった。
アヴィの、静かに揺れる不安の声。
クーの、背中ににじむ寂しさ。
ガウルの、怒ったようで、泣きそうな顔。
――俺がいないまま、今もきっと探してる。
だから俺は、笑顔で応えることしかできなかった。
「うん、元気そうでよかったよ。……無理しないで、ちゃんとゆっくり休んでね」
そんな俺に王子がまた小さく礼をしてくれたちょうどその時。
部屋の外から控えめなノック音がして、新たな侍従が顔をのぞかせた。
「失礼いたします。……ユーマ殿に、陛下から“謁見”のご指名がございます。至急、謁見の間へとお越しくださいませ」
(……え、また!? えっ、えっ!? 今度はなに!?)
昨日と違って物理的な“ヤバさ”はないけど、これはこれで胃が痛い。
なんだか今日は、ろくに座る間もなく引っ張り回される気がする――。
謁見の間。
高い天井から吊るされた水晶のシャンデリアが、淡い光を放っていた。
石造りの床には魔法陣が刻まれ、両脇の柱には王国の紋章――獅子と竜が彫られている。
赤と金のタペストリーが静かに垂れ、空気はひと息すら張りつめていた。
そして、玉座には――
この国の王、グローデン国王。
その場の空気に圧倒されながら、俺は流れるように正座して頭を下げた。
「……いや、かしこまらなくていい。呼び出してすまなかったな。貴殿には、感謝してもしきれん」
「はい、あの……お役に立てたなら光栄です……。で、でも、その……俺、もう帰っていいですかね? なんか、“陛下の許可が出るまで帰せない”って言われてて……」
しどろもどろにそう言うと、グローデン国王はふっと眉をゆるめ、小さく苦笑をこぼした。
「……三人の“妻”のもとへ帰りたいのか?」
(ヤバッッッ!!! 昨日の脱走未遂、バレてる!!! 発言までしっかりチクられてるぅ!!)
「あの……帰りたいというか、まあ帰りたいんですけど……あの3人、俺がいないと、また何かとんでもないことやらかしそうで……」
「――そうか、分かった。だがその前に、ミシェルを救ってくれた礼をさせてくれ。望みがあれば言うがいい。王都での暮らしも、こちらで手配しよう。宮廷魔導師として仕える道も用意してある」
は……?
王都暮らしに、宮廷魔導師……!?
なにそれ、めちゃくちゃセレブじゃん!?
チートスキルの棚ぼたって、こういうこと!?
え、なに!? こんなに楽して安住の地、手に入れちゃっていいの!?
もう、ぎゅうぎゅうのベッドで寝なくていいの!?
モンスター狩って日銭稼がなくていいの!?
あいつらの重さで床が抜けたり、ベッドが壊れる心配しなくていいの!?
毎日献立に頭抱えたり、食費に戦慄したり――それも、全部終わり!?
「…………」
……でも。
俺は目を伏せ、膝に乗せた拳をぎゅっと握りしめた。
違う。
俺の望みは、そんなもんじゃない。
煌びやかな生活でも、立派な肩書きでもない。
今ここで、国王に恩を売ったこの最大のチャンスを見逃したら、俺は一生後悔する……!
一つ、深く息を吐いた。
そして、真正面からグローデン国王を見据える。
「……グローデン陛下。お願いがあります」
小さく息を吸い、しっかりと国王を見据えて言葉を継ぐ。
「獣人の子どもたちを捕まえて、実験施設で“管理”するのは――どうか、やめてください」
「……なに?」
グローデン国王の表情がわずかに揺らいだ。
その声色には、かすかな鋭さが混じっていた。
(……やばい。触れちゃいけない案件だったか?)
でも、もう引けない――ここで怯んだら、きっと俺は一生、誰かを見捨てることになる。
俺は迷いなく、深く頭を下げた。
額が床に触れる。
たとえ、この土下座一つで誰かの運命を変えられるなら、いくらだって下げる。
「俺は地位も名誉もお金も要りません。……だからどうか、お願いします。軍事利用のために、親から子を引き離すなんて――そんなやり方、やめてください」
声が震えないように、必死で言葉を紡いだ。
「陛下も……父親なら、分かるはずです。
子どもを奪われる痛みが、どれほどのものか……!」
「……待て。それは、どういうことだ?」
低く絞り出すような声が、謁見の間に響いた。
グローデン国王が椅子から身を乗り出し、真っ直ぐに俺を見据える。
その顔は、まるで寝耳に水をくらったように、驚きと困惑に満ちていた。
「ユーマ。詳しく話を聞かせてくれ」
「え……?」
思わず、返事が遅れた。
てっきり、国王の命令で魔法省が動いていたのかと思っていた。
だが、今の反応は――それとは明らかに違う。
(まさか……魔法省が、王の耳にも入れず、独断で動いてた……?)
ぞわりと背筋を冷たいものが撫でる。
事態は、思っていたよりもずっと根深いのかもしれなかった。
「……魔法省の、その……管轄下にある“実験施設”があるんです。
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喉の奥がひりつく。でも、言葉を止めるわけにはいかなかった。
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だから今、獣人たちが、命懸けで取り返そうと動いてるんです……!」
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すると――
「……そんな話、聞いてないぞ」
国王の顔がみるみる険しくなった。
その拳が、肘掛けの上でギリ、と音を立てる。
「……魔法省が、俺の許可もなく、そんな真似を……?」
低く沈んだ声が、重々しく空気を震わせる。
それは静かながらも怒気を孕み、まるで大地が不穏に軋むような――威圧の気配だった。
(……あ、これ、本当に“まずい話”だったんだ)
国王は、次の瞬間、鋭く手を振った。
「ゼクト!」
呼ばれたのは、背後に控えていた側近の一人。
銀髪を後ろで結んだ、切れ長の目の男が即座に膝をついた。
「はっ、陛下」
「直ちに調査に入れ。
魔法省の内部、特に実験施設とされる場所の所在と実態を洗え。
この件――情報の漏洩は一切許さん。関係者を内密に洗い出せ」
「かしこまりました。機密として動きます」
ゼクトと呼ばれた男が静かに立ち上がると、そのまま音もなく謁見の間を後にした。
国王は深く息を吐き、ひときわ険しい眼差しでこちらを見据える。
「……ユーマ。この件が事実であれば、断じて許されるものではない。
軍事のために子供を傷つけるなど――王として、父として、俺はその行為を看過しない」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
本気だ、この人は――。
俺の言葉に耳を傾けてくれた、だけじゃない。
それを“正すため”に、動いてくれようとしている。
俺は思わず、頭を深く下げた。
「……ありがとうございます!!」
これで、事実が明らかになれば――
捕らわれていた子どもたちは、解放される。
実験施設を襲撃しようとしていたオロも、他の獣人たちも……誰一人、傷つけずに済むんだ。
……早く伝えなきゃ。
オロに、このことを。きっと、喜んでくれるはずだ。
張りつめていたものが、ふっと緩んだ。
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──ドォォン!!
謁見の間の扉が、まるで爆風にあおられたように激しく開かれた。
「陛下ァーーーーッ!!」
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「なんだ、謁見の最中だぞ!」
グローデン国王の叱責に、衛兵は膝をつき、叫ぶように報告する。
「た、たた大変です!! 三人の大男が今、正門横の西側の壁を破壊して侵入しようとしていますッッ!!」
「……なに!?」
国王が立ち上がり、眉をひそめる。
「防御結界を張った壁だぞ!? 一体どこの勢力だ!」
陛下の声が、玉座の間に鋭く響いた。
俺の背筋に、冷たい汗が走る。
(三人の大男って……まさか……!)
「わ、わかりません! ただ、そのうちの一人が……『ユーマを返せーッ!!』と怒鳴っておりまして……!」
(やっぱりとんでもないことやらかしてるううぅぅぅ!!!)
俺は勢いよく立ち上がり、顔を引きつらせたまま国王に向き直る。
「……すみません、それ……俺の三人の妻です……」
「……なに!?!?」
「す、すみませんッッ!!ほんとすみません!!止められるの、たぶん俺しかいないんで!!」
慌てて謁見の間を飛び出す俺の背後で、衛兵が声を張り上げた。
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「ハッ!!」
(間違いない……あれは絶対、ガウルたちだ!)
城の正門へと続く回廊を、俺は全力で駆け抜ける。
途中すれ違う侍従や衛兵たちが次々と振り返るけど、そんなの気にしていられない。
だって――
「ユーマーーッ!!」
轟音とともに、壁が崩れる音が聞こえた。
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「どこの誰だろうと関係ない……ユーマを返してもらう!」
「ご主人様に手を出した代償――高くつきますよ」
「ユーマぁーー!! いま迎えにきたからねーー!!」
兵士たちは震え上がり、誰ひとり動けない。
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全力で祈りながら、俺は叫んだ。
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その声に、三人の動きがピタッと止まった――が、
「ユーマ……!」 「ご主人様……!」 「ユーマぁあああ♡」
次の瞬間、土煙を巻き上げて、三人は俺に向かって突進してきた。
(え、待って、ちょ、止まって、絶対止まってぇええええ!!!)
全員、目が完全にロックオンしてる。
逃げ道、ゼロ。ていうか、なんで全力ダッシュで来る!?
「うわああああ待って待って待って!! 話し合いとか!!順序とか!!!」
バタバタと後ずさる俺をよそに――
「ユーマぁああああ♡!」
「ご主人様ァ!!」
「ユーマ!!」
三方向から猛獣のような勢いで飛びかかってきた三人に、俺はもう、声にならない悲鳴しか上げられなかった。
ドンッ!!!
「ぐええっ!!?」
次の瞬間――
俺は見事に、三人の“抱きつき合体技”をくらって、おしくらまんじゅうのあんこ状態に。
体が、右から左から前からと、まるで餅のようにムギュウゥゥ……っと潰される。
(息が……! 潰れるッ!! 肺が先か、肋骨が先か……!! 俺の死因が“筋肉”になる……!!)
「ちょ、マジで……死ぬ……ッ!!」
抗議の声をあげかけたけど、それも途中で止まった。
見上げた視線の先、俺の目の前にいたガウルが、ほんのわずかに震える手で、俺の頭を包むようにして……泣いていた。
「ユーマ……」
いつもクールで、誰よりも前に立つやつが。
その眉間に刻まれた皺も、睨むような目つきも、今はただ必死に俺の無事を確かめる子供みたいな顔で。
思わず、言葉を飲み込んだ。
ああ……そうか。
俺の中にも、同じ気持ちがあったんだ。
静かに、でも確かに――心が、あたたかく揺れている。
これが、“好き”ってやつなのか……?
ぎゅっと腕の力が強くなる。
まるで「もう離すもんか」と言ってるみたいに。
俺は静かに目を伏せて、そのまま、何も言わずに受け入れた。
泣いてるのはガウルだけじゃない。アヴィもクーも、声は出さないけど、肩がわずかに震えている。
俺はその時――
ロゼリア王女の胸にちょっとでも心が揺れたことを、ほんのり後悔した。
「おっぱいは正義」。それはたぶん揺るがない真理だ。
でも、「筋肉は尊い」。これは、魂に響く説得力がある。
柔らかさも、温かさも、包容力も――
全部、今のこの“ぎゅうぎゅう詰め”の抱擁の中に詰まってる。
そのぬくもりに潰されながら、俺は思った。
(……帰ってこれたんだ)
じわっと胸の奥が熱くなる。
やっと、“俺の場所”に戻ってこられたんだ。
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