呪われた婚約者と結婚した話

よしゆき

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 翌朝。目を覚ましたクロエは隣にサイラスがいて驚いた。
 どうして彼がここにいるのだろう。そういえば、寝惚けたまま挨拶をしたような気がする。
 まさかサイラスがここで寝るとは思っていなかったので、とても失礼な事をしてしまった。
 しかし、あんなにはっきり同じベッドでは寝ないと言っていたのにどういう事だろう。
 一応結婚してはじめての夜だから、初夜という形だけでもとろうとしたのだろうか。
 ベッドの用意が間に合わなかったから、仕方なく同じベッドを使っただけだろうか。これからクロエかサイラスか、どちらかの部屋に新しいベッドが用意されるのか。
 クロエはサイラスがこの先もずっと同じベッドで寝るつもりだとは知るよしもない。
 熟睡する彼を起こさぬよう、そっとベッドを降りた。
 身支度を整え、一人で朝食を済ませる。「最悪だ」と言っていたくらいなのだし、サイラスはクロエとは顔を合わせたくはないはずだ。同じ屋敷で暮らしてもできるだけ関わらないように、食事の時間もずらした方がいいだろう。
 それから自室でゆっくりと過ごし、昼になる前に部屋を出た。
 使用人に出掛けてくるので昼食はいらないと伝える。夕方には帰ると告げ、クロエは一人で外へ出た。
 起きて朝食を済ませたサイラスは、その現場を偶然目撃した。
 結婚した翌日に一人で外へ出るなんて。しかも夫であるサイラスには何も言わずに。
 まさか、男と会うのではないか? そんな疑惑がサイラスの胸に沸き上がる。
 昨日、先に一人で寝てしまったのは、もしかして他に好きな男がいるからなのでは。サイラスに隠れて、こっそりその男に会いに行くつもりなのかもしれない。
 サイラスはいてもたってもいられず、クロエの後を追いかけた。
 そんな誤解をされて後をつけられているとも知らず、クロエは軽い足取りで街中を散策する。
 クロエは食べ歩きが趣味だった。実家にいた頃から、こうして一人で出歩き色んな出店の料理を堪能していた。
 まずは甘いクレープを買い、ベンチに座ってはむりとかぶりつく。美味しさに自然と頬がだらしなく緩んだ。
 次はしょっぱい串焼きを食べる。こちらも笑みが零れるほど美味しい。
 大きな口を開けて直接かじりつくなんて、サイラスが見たらはしたない食い意地の張った女だと思うだろう。
 こんな姿は絶対に見せられない。そう思いながら食べていたクロエだが、実はしっかりと見られていた。
 クロエが男と会おうとしているのではと勘繰るサイラスはずっと彼女の後をつけていた。だからクロエが屋台でクレープや串焼きを買うのを見ていたし、食べる姿もばっちり見ていた。そして衝撃を受けていた。
 クロエは、それはそれは幸せそうな笑顔で食べ物にかぶりついていた。
 彼女のそんな笑顔、見た事がなかった。クロエは表情が乏しい。無表情ではないが、いつもぼんやりとしたような顔をしていて、わかりやすく感情を表情に出す事がない。
 そんな彼女が、本当に嬉しそうな顔で美味しそうに屋台の料理を食べていた。
 その可愛い笑顔は、夫であるサイラスに向けるものではないか。通行人に振り撒くものではない。よからぬ事を考える男に目をつけられたらどうするのだ。
 そもそも、一人で出歩くのならばサイラスを誘ってくれてもいいのではないか。夫婦なのだ。デートに誘っても何の問題もないのに。
 サイラスには仕事があるから、遠慮して誘えなかったのだろうか。
 いや、この後男と会うのかもしれない。その男と会うのが楽しみで、あんなにニコニコしているではないか。
 まだ安心はできない。しっかり見張っていなくては。
 サイラスはクロエの尾行を続行する。
 それに気づかず、食事を終えたクロエは果物を絞った新鮮なジュースで喉を潤していた。
 屋台巡りはこの辺にしておこう。いっぺんに味わっては、後の楽しみが減ってしまう。時間をかけてこの街の屋台の全メニューを制覇するつもりだ。
 それからクロエは普通に街中を散策する。
 ふと立ち寄った店で、眼帯を見つけた。顔半分が隠れるくらいの大きめのものもある。
 呪いを受けてあの顔になってから、サイラスは社交の場に出なくなった。でも眼帯などで顔を隠せば、以前のように意欲的にパーティーに参加するようになるのではないか。
 余計なお世話だと思われるかもしれない。それならそれでもいい。いらないと突っぱねられたのなら、それでも構わない。
 クロエは彼に眼帯を買っていこうと考えた。
 外側は革で、内側は柔らかく触り心地のよい材質の布でできている。色んな種類がある。色も形も様々だ。
 クロエはサイラスの好みがわからない。自分のセンスに自信もない。
 黒や紺が妥当だろうか。落ち着いた色の暗い茶色の方がいいだろうか。
 サイラスの外見は華やかなので、赤やオレンジなどの明るい色の方が似合うのだろうか。白も清潔感があっていいのかもしれない。
 でも、あまり目立たない色の方が付けやすいのだろうか。
 買うと決めたものの、どれを選べばいいのかわからない。
 クロエは悩み、商品を手に取っては置き、別の物を取っては置き、を繰り返した。
 店の外にいるサイラスはやきもきしていた。中に入ったクロエが全然出てこないのだ。
 まさか店の中で男と会っているのかと窓を覗き込み目を凝らせば、クロエを見つける事ができた。男の姿はなく彼女が一人でいる事に胸を撫で下ろす。
 彼女はずっと同じ場所に立ち、何やら商品を吟味している様子だ。窓の外からでは、彼女が何を見ているのかわからない。気になるが、さすがに店内に入ればバレてしまう。偶然を装うのは無理があるだろう。
 クロエが入店してから、既に一時間は経過している。一体彼女は何を悩んでいるのだろう。
 欲しいものがあるのなら、やはり自分を誘ってくれればよかったのに、とサイラスは思う。そうしたら服でもアクセサリーでも、彼女に似合うものをプレゼントできた。というか、彼女が身につけるものをプレゼントしたい。サイラスが選んだものをクロエに身につけてほしい。
 そんな事を悶々と考えていると、漸くクロエが出てきた。彼女が向かっているのは屋敷の方向だ。恐らく、帰るのだろう。
 クロエは男と会うために出てきたのではなかった。それを確認できたのならもう充分だ。
 サイラスは走ってクロエよりも先に屋敷へ帰った。後から帰っても彼女の後をつけ回していたなんて多分バレないだろうが、念のためだ。
 屋敷に着いたクロエは、使用人にサイラスがどこにいるのかを尋ねた。彼は書斎で仕事中らしい。
 クロエは書斎へ向かい、ドアをノックする。返事を待ってからドアを開けた。

「失礼します」
「……クロエ……!?」

 部屋に入ってきたのがクロエだと気付き、サイラスはぎょっとしている。
 そんなに驚くような事だろうかとクロエは不思議に思った。もしかして、クロエは書斎に入ってはいけなかったのだろうか。サイラスの反応に戸惑う。
 そしてサイラスも戸惑っていた。帰ってきたばかりの彼女がどうして自分のところへやって来たのか。まさか、後をつけていたのがバレていたのだろうか。それを問い詰める為に来たのではないか。
 彼が頭の中で必死に言い訳を考えているとは気づかず、クロエは買ってきたものをサイラスに差し出した。
 机の上に置かれたそれに、サイラスは首を傾げる。

「……これは?」
「サイラス様に差し上げたいと思いまして」

 クロエは結局、無難に黒の眼帯を選んだ。
 ふと、彼に右目を閉じられないのかと尋ねた時の事を思い出す。こんなものを渡せば「この顔が醜いからこれで隠しておけとでも言いたいのか」なんて、また不快にさせてしまうかもしれない。

「眼帯……?」
「はい」
「…………これは……今日買ったものか?」
「そうです」

 こくりと頷くクロエを見て、わからなかった疑問の答えが明白になるのをサイラスは感じた。
 彼女はあの店でこれを買ったのだ。あんなに時間をかけ、悩んでいたのは、自分の物ではなくサイラスへの贈り物を選んでいたからなのだ。
 それに気づいて、サイラスの頬に熱が上る。喜びに、口元がにやけそうになる。
 カッコつけのサイラスはそれを必死に隠そうとした。結果、ものすごいしかめ面になった。
 不機嫌丸出しの彼の顔を見て、やはり不愉快な気持ちにさせてしまったのだとクロエは思った。

「必要ないものでしたら……」

 机の上の眼帯に手を伸ばす。しかしそれはサイラスに素早く取り上げられた。
 思わずサイラスを見れば、彼はまるで取られまいとするかのように眼帯を握った手を遠ざけている。

「いらないなんて言ってないだろう」
「はあ……」
「君が折角俺の為に買ってくれたんだ。もらってやっても構わない」

 サイラスは素直にありがとうと口にできなかった。他の女性だったならば嬉しくなくても礼なんてすらすら言えるのに。他の女性とは違う感情をクロエに抱いているせいか、他の女性と同じように接する事ができない。

「そうですか……」

 クロエは対応に困った。彼の態度を見る限り、喜んでいないのは明確だ。寧ろ怒っているように見える。それなのに彼は、突っ返すのではなく受け取ると言うのだ。
 ここでクロエが「返して下さい」と食い下がれば、余計に彼を苛立たせてしまうだろうか。

「使わないようでしたら、捨ててしまって構いませんので……」
「君は俺が、贈り物を捨てるような薄情な人間だと思っているのか?」
「いいえ、決してそのような事は……」
「とにかく、これはもらっておく」
「わかりました」

 きっと使われる事はないのだろうな、と思いながらクロエは書斎を後にする。
 ドアが閉まり、部屋に一人になったサイラスは思い切り頬を緩ませた。
 クロエからのプレゼント。妻からのはじめての贈り物。
 喜びを噛み締めながら眼帯を胸に抱く。ニヤニヤが止まらない。
 だって、あんなに悩んでくれた。サイラスを思って、長い時間をかけて選んでくれたのだ。嬉しくないわけがない。
 早く付けたい。自慢したい。
 子供のように心が浮かれる。
 しかしこんなにも嬉しく思っている事を知られるのはカッコ悪い。サイラスはそう思ってしまうタイプだった。
 だから本当は常に身に付けたいくらいだが、ここぞという時にしか使えない。四六時中眼帯を付けはじめたら、コイツ実はめちゃくちゃ喜んでる、なんて思われてしまう。それはサイラス的にカッコ悪いのだ。
 早く使う機会が訪れないかと心待ちにするのだった。





 夜になり、クロエは寝室に入った。
 昨夜サイラスがここで寝たのは、きっと初夜だったからだ。だから、今日はきっと来ないだろう。ベッドの用意が間に合っていないとしても、娼館に行くなり、親しい女性のところに泊まるなりするはずだ。
 サイラスは来ない。待つ必要はない。クロエは昨夜と同様、早々に眠りに就いた。
 そして朝になり目を覚まし、隣でサイラスが寝ている事実に驚きよりも疑問が先に浮かんだ。
 どうして隣で寝ているのだろう。
 もしや、どこかで一泊し早朝に帰ってきてクロエが目覚める前にベッドに上がったのかもしれない。結婚しても絶対同じベッドでは寝ないと彼は言っていたが、クロエがそれを聞いていた事を彼は知らない。
 一応夫婦としての体裁を保つために、同じベッドで寝ているとクロエにアピールしているのかもしれない。
 そんな必要はないと彼に伝えるべきだろうか。
 ぼんやりと考えながらサイラスの寝顔を見る。寝ているようだが、右目は開いたままだ。黒目がギョロギョロ動いている。
 右目は感覚もないし見えていないと彼は言っていた。もし見えていたらまともに生活が送れないだろう。常に視界が動いて目が回りそうだし、目が閉じられないなら眠る事もままならない。
 呪いを受けてから、彼の右目はずっと開いたままなのだろう。
 きちんと目薬は差しているのだろうか。
 目がカラカラに乾いているのではないかと気になって、クロエは顔を近づけた。感覚がないのなら寝ている時に目薬を差しても気づかれないはずだ。
 今度寝ている時にこっそり差しておこうか……そんな事を考えながらクロエはまじまじと彼の右目を見つめる。
 その時、サイラスの左目がパチリと開いた。うっかり至近距離まで近づいてしまっていたクロエは、慌てて顔を離す。
 サイラスはクロエを見つめ、パチパチと瞬きする。

「おはようございます、サイラス様」
「ああ……。おはよう……」

 寝ている間に顔をじっくり見られるなんて、いい気分はしない。サイラスを不快な気持ちにさせてしまっただろうかと思ったが、彼は気づいていないのか特に何の反応も示さなかった。
 どこかぼんやりしている彼に断りを入れてからクロエは寝室を後にした。
 残されたサイラスは呆然と天井を見上げる。
 ひょっとすると、今、自分はクロエにキスされそうになっていたのではないか。
 クロエは今、寝ている自分にキスをしようとしていたのではないか。
 あんなに顔を近づけて、サイラスが目を覚ますと慌てて顔を離した。あれはこっそりキスしようとしていたパターンではないか。
 どうして自分は起きてすぐに目を開けてしまったのだ。目を閉じたままでいれば、クロエにキスしてもらえたというのに。
 サイラスは自分の迂闊な行動を悔いた。彼女がキスしようとしているとわかっていたら、あのまま寝たふりを続けたのに。
 こんな気味の悪い顔の男にキスをしようとするなんて。クロエは本当に嫌悪感を抱いていないのだ。そんな女性、きっと彼女しかいない。
 クロエが婚約者で良かった。
 クロエが自分を選んでくれて良かった。
 自分にはもう、クロエしかいない。他の女性ではもう駄目なのだ。
 サイラスはベッドの上で一人、幸せを噛み締めた。






 サイラスと極力顔を合わせないように、とクロエは思っているが、さすがに毎日出歩くわけにはいかない。
 クロエもクロエでやるべき事もある。手紙を仕分け、中身を確認し、必要ならば返信もする。細々とした雑務に、語学の勉強。それらをしながら数日間を過ごした。
 サイラスと結婚して一週間以上が過ぎた。目が覚めると毎日彼は隣で眠っていた。
 彼は他の女性と一夜を過ごし、早朝に帰ってきてクロエが起きる前に夫婦の寝室にやって来るのだろう。クロエはそう結論付けた。もちろん、その事をとやかく言うつもりはない。
 干渉せず、無関心でいる事が夫婦円満の秘訣なのだ。クロエは両親を見てそう悟っていた。
 そんなある日、クロエは厨房を借りてケーキを焼く事にした。
 実家にいた時もたまにお菓子作りをしていた。気分転換にもなるし、自分で作るお菓子の味も好きなので自分で食べる為に作るのだ。
 たまたま通りかかったサイラスは、厨房に立つクロエを発見した。食事を作るのは料理人の仕事だ。それなのに、何をしているのだろう。
 近くにいた使用人に、彼女が何をしているのか尋ねる。すると、ケーキを作っているのだと返ってきた。
 それはつまり、この後クロエの手作りケーキを振る舞ってもらえるという事ではないか。
 サイラスは当然のようにそう考えた。
 もしかして、自分の為に作ってくれているんじゃないかと。三時のおやつに合わせて。
 サイラスはワクワクしながら書斎へ向かった。クロエの手作りケーキが食べられるなら、仕事も頑張れる。
 いつ持ってきてくれるかと、ドキドキソワソワしながら待っていた。
 だがしかし、クロエは作ったケーキをサイラスに振る舞うつもりなどなかった。彼に振る舞おうなんて考えすら浮かばなかった。だって自分の手作りケーキなど、彼が食べるわけがない。クロエはそう思っているのだから。
 焼き上がったチーズケーキは、一人で食べるには多い。家で作った時は母や兄弟、使用人に食べてもらったりしていた。
 けれど、この屋敷の使用人達とはまだ関係が浅い。手作りのものを食べてもらうのは気が引けた。親しくない間柄で、プロでもないクロエの手作りしたものを食べるのは抵抗があるのではないかと考えてしまう。
 しかしケーキを焼いて誰にも分けないのもどうなのだろう。でも分けても喜ばれない可能性が高い。
 使用人達には今度店で何かお菓子を買ってこよう。彼らも食べるならクロエの手作りではなく、店で売っているものの方がいいだろうし。
 だからやはり、このケーキは自分一人で食べよう。
 ホールのケーキを半分に切る。半分は今日食べて、もう半分は明日食べる事にした。
 ケーキを部屋に持っていき、一人のおやつ時間を楽しむ。
 一方サイラスは、来ると思っていたクロエがなかなか現れずやきもきしていた。最初は仕事も捗っていたが、あまりにも長い時間待たされて既に集中力を欠いていた。
 遅すぎる。
 サイラスはいよいよ書斎を出て厨房へ向かった。覗けば、もうそこにクロエの姿はない。綺麗に片付けられている。
 通りかかった使用人にクロエがどこに行ったのかを尋ねれば、彼女は部屋に戻ったと言われた。
 クロエが自分で焼いたケーキを堪能していたら、ノックと共に慌ただしくドアが開けられる。
 現れたのはサイラスだ。彼は中に入ってきて、ケーキを食べるクロエを見て愕然と目を見開く。

「なぜ一人で食べている……!?」
「え……?」
「どうして俺のところに持ってこないで一人で食べているんだっ?」

 サイラスは責めるようにクロエに向かって言った。
 パチパチと瞬きを繰り返し、クロエは彼が何を怒っているのかを考える。
 このケーキをクロエが作ったものだと知らず、独り占めしていると思っているのだろうか。食い意地の張った卑しい女だと責めているのか。
 サイラスは今そんなにケーキが食べたいのだろうか。

「申し訳ありません、このケーキは私が作ったもので……サイラス様のお口には合わないかと」
「美味いか不味いかはどうでもいい! 俺はそのケーキが食べたいんだ!」

 クロエの手作りだから食べたいのだが、サイラスは言葉が足りなかった。
 彼の言いたい事が何も伝わらず、クロエはどうしたものかと迷う。食べた後で、こんな不味いものを食わせるなんて、と怒り出すのではないかと思ってしまう。

「本当に、サイラス様に食べて頂けるようなものではないのです」
「いいから、今すぐ持ってくるんだ。部屋で待っているからなっ」

 サイラスはクロエの返事も待たず行ってしまった。
 ここで持っていかなければ更に機嫌を損ねてしまう事になるのだろう。
 クロエは厨房へ行く。残りの半分を切り分けて皿に乗せた。きっとサイラスの口には合わないだろうから、かなり小さく切った。
 それを持ってサイラスの部屋へ向かう。

「お待たせしました」

 椅子に座り待っていたサイラスは心なしかワクワクしているように見える。気のせいだろうと思いながらテーブルにケーキの乗った皿を置く。
 サイラスは早速フォークを手に取った。随分小さいのが気にはなったが、クロエの手作りケーキが食べられるならそれでいい。
 一口食べる。美味しい。甘過ぎず、チーズの風味がしっかりと感じられ、タルト部分も香ばしく、素朴な味だが、それがとてもいい。チーズケーキは何度か食べた事があるが、今まで食べたものとは違う。一口食べればもう一口、もっともっと食べたくなる。
 サイラスはペロリと平らげた。そしてクロエに皿を差し出す。

「おかわり」
「えっ……わかりました……」

 サイラスからの酷評を待っていたクロエは、予想外の事に虚を衝かれつつ皿を受け取りおかわりを持ってきた。
 おかわりの催促を繰り返され、残っていたケーキは全てなくなってしまった。

「これで最後です」
「そうか……。美味しかった、ありがとう」
「はあ……」

 サイラスは満足そうだ。もしかして彼はとてつもなくお腹が空いていたのだろうか。空腹で機嫌が悪かったのかもしれない。
 勝手にそう結論付け、クロエは空になった皿を下げた。





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