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 目を覚ますと、キラキラと朝日に輝く王子様スマイルが眼前にあった。
 寝て起きたら本当に全部夢だった……なんて展開を密かに期待していたのだけどそれはなかった。

「おはよう、叶愛」
「おはよ……」

 挨拶もそこそこに叶愛は真っ先に壁にかけられた鏡を覗き込む。
 目が覚めたら美少年になってるかも……とも期待していたけど、そこに映っているのは全然見慣れない平凡モブ顔だった。
 がっかりして、深い深い嘆息を漏らす。
 そんな叶愛に、クリスはにこにこと声をかけてくる。

「お腹は空いた?」
「んー? そういえば、空いたかも」
「じゃあ、ここに運ばせるから一緒に食べよう」

 暫くして二人分の料理が運ばれてきて、当然のようにクリスは叶愛を膝に座らせそれを食べさせ、動くのもだるくて心身共に疲れきっていた叶愛は当然のように食べさせてもらう。
 お腹が満たされた叶愛は再び睡魔に襲われる。クリスにゆっくり休んでていいよと言われて、叶愛は遠慮なく惰眠を貪った。
 慣れないこの体とこの環境に疲れが取れないのかやたらと眠くて、次の日もその次の日も、叶愛は殆どの時間を眠って過ごした。
 けれど三日も経てば、頭も体もスッキリして普通に活動できるようになっていた。
 食べて寝るだけの怠惰な生活を送っていたとき、叶愛の世話を焼いていたのはクリスだ。そしてこうして元気になった今でも、彼はなにかと叶愛の世話を焼く。元々甘やかされることが日常だった叶愛はすっかりそれに慣れて、今もベッドの上で大人しくお風呂上がりの体にクリームを塗られていた。
 本来ならば王子であるクリスの方が傅かれる立場だろうに、なにが楽しいのか彼はにこにこと叶愛の世話を焼く。服を着せてもらったり、食事を食べさせてもらったり、お風呂で体を洗ってもらったり、こうして体にクリームを塗ってもらったりしている場面を誰かに見られでもしたら、王子になんてことをさせているんだと叶愛は酷く咎められただろう。平凡モブ顔のくせにいい気になるなとか、立場を弁えろとか、どの面下げて王子に世話をさせてるんだとか、それはそれは大変なことになっただろうが、幸い誰にも見られることなく叶愛は快適な日々を過ごしていた。

「そういえば、クリスって三人兄弟なんでしょ?」
「うん、そうだよ?」
「僕、勝手にお城に住んじゃってるけど挨拶とかしなくて大丈夫? お兄さん達と、あとクリスの両親にも」

 叶愛は牢屋を出てからクリスとしか顔を合わせていない。クリスの家族は叶愛のことをどう思っているのだろう。クリスの婚約者だと紹介されたら、全員クリスの護衛のような反応をするのではないか。
 なんでこんな平凡モブ顔を選んだのかと。こんな平凡モブ顔男との結婚は認められない、とか言い出して叶愛を城から追い出してくれないだろうか。

「ああ、大丈夫だよ。ここは私専用の城だから」
「えっ……!?」
「私達兄弟は、三人それぞれ別の城で生活しているんだ。父と母は長男と一緒に一番大きな城にいるよ」
「なにそれすごい贅沢過ぎない!?」

 どれくらいの大きさか把握していないが、この城だって決して小さくはない。

「なんでそんなにお金あるの? 国民から税金搾り取ってるの? 国民に貧しい思いさせて、王族だけ贅沢な暮らししてるの? ここって近い内に反乱とか起きそうなヤバい国なの!?」

 荒れ狂う国民達が城に押し寄せ、無力な叶愛は逃げることもできず蹂躙される。
 そんな想像をして青ざめる叶愛を見て、クリスは穏やかに笑う。

「そんなことはないよ。税金は良心的な金額だし、国民から不満の声が上がってきてはない」
「えー、ほんとに?」
「それなら、一緒に町に行ってみる?」
「………………行くっ」

 叶愛は大きく頷いた。
 町を見てみたい、という思いも確かにあった。けれど目的はそれだけではない。
 町へ行けば、叶愛のような平凡モブ顔はあちこちに溢れているはずだ。恐らくクリスは殆ど町に足を運ぶことなどなかったのだろう。だから知らないのだ。叶愛のこの平凡な容姿は珍しくもなんともなくて、簡単に見つけられるのだということを。だから、はじめて叶愛のような平凡な顔を目にしてその物珍しさに心を惹かれたのだ。町へ行けば、叶愛よりもクリスの好みの平凡がきっと見つかるはずだ。そして、クリスは叶愛への興味をなくす。婚約も白紙に戻り、叶愛は自由になれるかもしれない。
 そんな考えが頭に浮かんだのだ。

「行く、行く、絶対行く!」

 興奮して身を乗り出す叶愛に、クリスはクスクスと笑みを零す。

「ふふ。それなら、早速明日行ってみようか」
「うん!」

 叶愛はキラキラと瞳を輝かせ、ベッドに横になった。

「明日に備えてもう寝るから。おやすみ!」
「そんなに楽しみなの? 小さな子供みたいで可愛いね、叶愛。おやすみ」

 よしよしと頭を撫でられ、完全に子供扱いされても全く気にならなかった。それよりも、早く明日にならないかと、叶愛はワクワクしながら目を閉じた。





 そして翌日。楽しみすぎてなかなか眠れず、叶愛が目を覚ましたのは昼よりも少し前の時刻だった。それから朝食兼昼食を食べて、クリスにお出掛け用の服を着せてもらい、一緒に城を出た。クリスはお忍びなのでローブを纏い、フードを被って一応顔を隠している。叶愛とクリスから少し距離を置いて、護衛も目立たない格好をして後ろからついてきていた。
 クリスに手を引かれ、胸を踊らせながら町を見て回ること一時間。叶愛は愕然とした。
 平凡な顔立ちの者などどこにもない。すれ違う人全員、美男美女だ。子供もお年寄りも、漏れなく顔が整っている。

(そ、そんな……)

 人混みに紛れれば確実に見失う平凡モブ顔だと思っていた叶愛は、逆に誰よりも個性的な顔をしていた。なんの特徴もないことが寧ろ浮いているのだ。

「な、なんだよ、この国……」

 呆然と呟く。
 なんともやるせない気持ちが込み上げてくる。
 よくよく思い出せば、城にいた護衛や兵士の顔も全員キリッとして端整だった気がする。自分が大好きであまり他人の顔に興味がなかったので、今まで全く気づかなかった。
 なんということだろう。この世界には平凡という属性が存在しないのだろうか。

(だったらなんで僕をこんな平凡な顔で転生させるんだよ……!)

「うぅっ……」

 悔しさに唇を噛み締める。
 この変態王子から逃げられると思ったのに──。
 叶愛は絶望に満ちた瞳で傍らのクリスを見上げた。

(僕はこのまま、この変態の嫁にされるしかないっていうの……)

 悲しくなってきて目に涙が浮かぶ。すると、視線に気づいたクリスと目が合った。

「どうしたの、叶愛? そんなうるうるした目で見つめてきて。いやらしいことしてほしいなら、今すぐ城に帰ろうか?」
「違うから! 変な勘違いしないでよ!」
「そうなの? 可愛い目でじっと見てくるから、てっきりそうなのかと……」

 ぽっと頬を染めはにかむクリスをギロリと睨めつける。

(僕のどこが可愛いっていうんだよ!)

 美男美女で溢れる町中で言われても、嫌みにしか聞こえない。
 ギリギリと歯噛みする叶愛の心情など気づかず、クリスは問いかけてくる。

「それで、町を見てどう思った?」
「へ?」
「国民が重税を課せられているように見える?」
「あ……」

 すっかり忘れていたが、そういえば町に来るきっかけはそれだった。顔ばかりに気を取られ、彼らの暮らしぶりなど見てなかった。
 改めて町を見回すが、活気と笑顔に溢れる豊かな国、という印象だ。貧民街のようなものも見当たらず、国民全員が大きな貧富の差もなく暮らしているようだ。国民が大きな不満もなく生活を送ることができているということは、それだけ国が潤っているのだろう。

「王様は、国の経営が上手なんだ……」

 賑やかな町中を見て、ぽつりと呟く。
 少なくとも、好き放題に贅沢三昧しているわけではないようだ。

「まあ、そうだね……」

 叶愛の呟きに、クリスは薄く笑みを浮かべて相槌を打つ。
 反乱とかがないのなら、叶愛はそれでいい。
 クリスの好みの平凡を見つけるという目的は果たせなかったのは非常に残念だ。折角町まで来たのだし、こうなったら純粋に観光として楽しもうと叶愛は気持ちを切り替えた。
 クリスの案内で町中を歩き回り、見慣れない物を見ては彼に尋ね、説明を聞いて感心したり驚いたりしている内に落ち込んでいた気持ちも浮上した。

「あ、あれはなに? 甘くていい匂い」
「焼き菓子だよ。中にクリームが入ってるんだ」

 たち並ぶ露店の一つを指差せば、クリスはすぐに答えてくれた。
 一口サイズのコロコロとした小さな焼き菓子から、香ばしい匂いが漂ってくる。

「食べてみる?」
「いいの?」
「もちろん。買ってくるから、少し待ってて」

 クリスは露店へ近づいていく。
 離れた場所から見ている護衛は、王子をパシリに使うなんて何様だ、と叶愛に憤りを抱いていることだろう。
 そうは思ったが叶愛は無一文だし、この世界の通貨もわからない。だから仕方ないのだ。心の中で言い訳して、叶愛は近くにあったベンチに足を向けた。そこで座って待ってようと思ったのだ。
 その途中、叶愛の前を通り過ぎようとした子供が躓いて転んだ。

「あっ、大丈夫……!?」

 叶愛は慌てて駆け寄った。
 痛みに顔を歪めながら体を起こす子供に手を差しのべる。

「ほら、掴まって」

 子供が叶愛を見上げる。
 顔を見ると、前世で庇った子供と同じくらいの年齢だった。
 あの子は、あれからどうなったのだろう。叶愛が自分の命と引き換えに救った命を大切にして日々を生きてくれているだろうか。
 前世に思いを馳せていたが、まじまじと叶愛を見つめる子供の視線に気づいて我に返る。

「どうしたの? もしかして足を捻っちゃった?」

 首を傾げる叶愛を見て、子供はぎゅっと眉を寄せた。

「…………変な顔」

 思い切り顔を顰め、子供は叶愛の差し出した手に掴まることなく自力で立ち上がり走り去っていった。
 変な顔。変な顔。変な顔。変な顔。
 叶愛の頭の中で子供の声がリピートする。

「へ、変な、顔……この僕が……天使の生まれ変わりだと褒め称されてきた僕が……へ、へ、変……」

 大打撃を受け叶愛はよろけた。
 そして気づく。自分に向けられる周りからの視線に。
 嘲笑するような、憐れむような、奇異なものを見るような、気味悪がるような、侮蔑するような。
 色んな視線が叶愛に向けられていて、そのどれもが決して好意的なものではなかった。彼らは叶愛を完全に見下していた。

「叶愛、お待たせ」

 背後から声をかけられ、振り返ると紙袋を持ったクリスがそこに立っていた。
 クリスの慈しみの滲む瞳に見つめられ、叶愛は彼の首に抱きついた。

「わっ……どうしたの、叶愛?」
「帰る」
「もういいの?」

 叶愛は頷き、帰りたい、とクリスに訴えた。
 縋りつく叶愛を引き剥がすことなく、クリスはそのまま叶愛の体に腕を回して抱き上げた。見た目は線の細い王子様だが、クリスの体はしっかりと鍛えられていて、危なげなく叶愛を抱えたまま歩きだした。

「じゃあ帰ろう。お菓子は帰ってから食べようね」
「ん」

 叶愛はクリスの首にぎゅうっとしがみつく。周りの視線から隠すように、彼の首筋に顔を埋めた。

「ふふ、甘えてすり寄ってくる猫みたいで可愛い」

 クリスの甘い甘い囁きが耳に届く。叶愛にそんな言葉をかける者はきっと彼しかいない。
 前世にいた世界であれば、今の叶愛は平凡で地味というだけのただ目立たない存在だっただろう。けれどこの世界では、笑い者なのだ。
 とことん可愛がられ褒められ甘やかされ、称賛しか浴びてこなかった叶愛は人の悪意に慣れていない。一気に大勢からそれを向けられ、叶愛の受けるショックは大きかった。
 深く落ち込んでいた叶愛だが、城に帰りクリスに買ってもらった焼き菓子を食べさせてもらっている内にすっかり立ち直っていた。
 悪口には繊細で傷つきやすいが、気持ちの切り替えが早いのだ。美味しいお菓子で簡単に笑顔になり、そんな叶愛をクリスはにこにこと愛しげに見つめていた。




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