魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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2.すこや課、現場入りします

2話

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「うん、ここまできたら、あとは試薬との反応待ちだね」

 ノイルの声を合図に、研究員たちは伸びをしたり、仮眠態勢に入ったりと、思い思いに休息を取り始める。

 
 扱っているのは繊細な薬品だ。


 ミスの許されない手順を正確に繰り返すために神経をすり減らしたその疲労感が、彼らを襲っているのだろう。

「シオン嬢、助かりました」

 長らく日に当たっていなさそうな青白い肌をしたエルフの青年が、背後から声をかけてきた。

「記録を取るにもいちいち手を止める必要がありますし、一日中作業をしているとその積み重ねって結構なストレスなんですよね」

 先ほどまでの彼は、目の下にノイルと揃いのクマを作り、体調も芳しくなさそうだった。

 今は一仕事終えて気分も晴れたのか、幾分表情も明るく笑いかけてくる。

 
 周囲を見回すと、研究員たちは疲労の色こそ見えるものの、朝の澱みきった空気が嘘のように、皆すっきりとした表情をしていた。

 終わりの見えない作業でも、一区切りを迎えると心が晴れる。
 仕事の種類は違えど、シオンも同じような心地に覚えがあった。


「お役に立てたなら何よりです」


 シオンのその言葉に青白い青年が笑顔を返し、ワックスペーパーに包まれたサンドウィッチを手渡してくれる。

 早朝からクレックたちが総出で作ってくれていた、みんなの昼食だ。

 その後ろから数人の研究員が、温かそうなスープを運んでくる。


 シオンはスープをありがたく頂戴し、ゆっくりとスプーンに口をつけた。

 とろけるくらい煮込んだ野菜と肉がスープと一体になっていて、そのおいしさに思わず顔がほころぶ。
 

「徹夜明けとか、このスープ最高なんですよね」

 さらっとそんなことを言う研究員たちに、シオンは苦笑いする。
 労働時間の管理をする立場であるものの、実のところシオンも会社員時代は同じような生活を送ってきている。

 それでも彼らの表情は、過去のシオンよりも明るく、どこか活力を感じた。


「皆さんは、どうしてこんなに一生懸命お仕事しているんですか?」


 思わずぽつりと言葉に出して、シオンはハッとする。
 周りにいる研究員たちが、不思議そうな顔をしてこちらを見ていることに気が付いたのだ。

「あっ……変なこと言っちゃいましたね」

「いえ。うーん、考えたことも無かったですね」


 色白の青年がうーんとうなり声を上げて少し考えた。


「私たちって非戦闘員ですし……魔王城がこんなあり方になるまでは、正直言って種族の中でもちょっと変わり者というか、下手したら穀潰しみたいに扱われていたりもして……あ、"私は"ですけどね」

 はは、と頭を掻きながら、青年は少し寂しそうに笑う。

「でも、正式に魔力や魔術の研究を進める魔塔が設置されると聞いて、本当にうれしかったんですよ」
 
「そうそう。自分だけじゃ、結局趣味みたいな研究を一歩ずつしか進められなかったけど……ここではチームで物事を進められるし。ひとりじゃないってでかいんだなって」


 隣で仮眠をとっていた長髪の研究員も、会話に混ざる。

 自然と、そんなことを話しながら昼食を囲む輪ができ、気づけばあっという間にサンドウィッチを平らげ、スープカップも空になっていた。


「それに、ノイル様をほっとけないんですよね」


 色白の青年がボソッと言った。

「めちゃくちゃな実験の日程を立ててきたりとか、休憩考慮されてないよねこれ、っていうことも結構多いけですけど……なんだかんだ一番働いて、結果が出たら一番喜ぶのもあの人だから」

「あ、また昼食忘れてるし……届けてくる」

 サンドウィッチとスープを手に、長髪の研究員はテントの奥へと歩いて行った。
 

 ――寝食を忘れるとか、休憩が考慮されていないとか、看過できない発言がいくつかあったような気もするが、それはさておき研究員たちはモチベーション高く仕事に臨んでいることがよくわかる。


「……皆さんに寝食を忘れられて倒れられたら困りますので、そこは私がサポートしますね」

 シオンが釘を刺すと、ひと笑いが起きる。
 そのまま、休憩時間はおしまいとなった。
 

 すると、ぽつりと色白の青年が不思議そうにつぶやいた。

「なんだか、今日の朝から少し体が軽い感じがするんですよね」

 すると、さきほど長髪の研究員もそれに同調する。

「ああ、わかるかも。もう慢性的だからあんまり気にしてなかったけど、頭痛とか霞み目とか、そういうちっちゃーい不調がなんか調子いいわ」

 応援がきて気持ちが明るくなったせい
 ですかね……と不思議そうに研究員が数名首をかしげる。

「皆さんの体調が良くなったなら応援に来た甲斐もありますけど……疲れをため過ぎずにちゃんと休憩してくださいね!」

「はは、わかりました。でもそれはあちらの方にこそ伝えた方が良いのでは?」

 そう言いながら、一人の研究員が視線を向けたのは、復旧作業のために集まった人員に作業指示を行うレヴィアスだった。

 彼はやはりいつも通りの無表情で、疲労の有無すらもうかがい知ることができない。
 

「……やっぱり、皆さんから見ても働きすぎですよね?」


 はあ……とシオンの口から無意識にため息が出る。
 正直、幹部レベルになると仕事の内容も把握しきれていない。

 彼が手を離すことが出来る業務にもなかなか見当がつかず、思うように口を出せずにいるのだ。
 

 色白の青年が頬を掻く。


「いやあ、高位の悪魔となると、どんな生活がスタンダードなのか我々にも想像がつかないんですけどね。中でも、レヴィアス様やノイル様は特に」


 シオンはそうなんですよね……と呟き、口をつぐむ。

 それでも、確実に適正ではないことだけはわかっているのだ。
 

「魔塔は組織としては小さいほうですし、古株も多いですからね。ノイル様にも無理やり休んでもらったり、見ていて何となく察するところもあるんですが」

 レヴィアス様のところはなかなかそうはいかないですよねえ、と色白の青年がため息をついた。


 ――そうなのだ。


 レヴィアスの管轄は広く、集まる人員も種族が多様でまとまりに欠ける。

 本来であれば小競り合いが起こっていてもかしくない程の種の多様さなのだが、それを公正に治めて組織としての形を保っているのは、やはりレヴィアスの手腕あればこそなのだと思う。

 ただ、その補佐役が圧倒的に不足しているということが問題だ。


 食器をきれいに片付けて作業に戻っていく研究員を見送りながら、シオンもいそいそと先ほどの続きに着手する。

 だがその頭の片隅に、いつも通り淡々と振る舞うレヴィアスの姿がちらつく。


 昨夜、部屋の前で別れた後、彼は少しでも休んだだろうか?


 お世辞だったかもしれない。
 それでも、自分のことを認めてくれた人を、どうにかしてサポートしたいと強く思っていた。
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