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2.すこや課、現場入りします
1話
しおりを挟む「ひいいい、やっぱり速い!!」
「あはは!シオンさん、そろそろ慣れましょう!」
同意するようにピュウイ、と元気よく鳴いた飛竜の背に、シオンなんとかしがみついている。
後ろで巧みな手綱さばきを見せているのはカイレンだ。
二人乗りしている飛竜の背中には、シオンの仕事用バッグや医療班から頼まれた救援物資などが括り付けられている。
飛竜たちが隊列を組みながら一斉に魔王城から飛び立ち、サンドワームの襲撃被害にあった現場へと向かっていた。
緊急時の対応だとわかっているが、まるで矢印のようにくの字を描いて大空を渡っていく飛竜の群れは壮観だ。
……そう、地上から眺めている分には。
「慣れで何とかなるものなの、これって……!」
「筋力ですかね? 筋肉つけましょう!」
背中を支えてもらっているとはいえ、猛スピードで風を切る飛竜の上では会話をするのも必死だ。
特に、降下するときの言い得ない内臓の浮遊感は幼いころに乗ったきりのジェットコースターを思い起こさせて、よくない。
「さあ、もう少しで到着です。ここから高度を下げるので心してくださいね!」
カイレンは旋回や降下のたびにさりげなくアナウンスを入れてくれる。
その心遣いに感謝しながら、シオンは必死に周囲の状況を観察した。
現場となったハーピーの里は、切り立った岩場に横穴を空けるようにして巣穴を形成した、集合住宅のような姿をしている。
サンドワームの背丈よりも高い位置に巣穴が集中していたこともあり、巣穴への直接的な被害が少ないことが幸いだった。
しかし、その周囲の環境への影響はかなり深刻だと聞いている。
「草地や川の被害が大きかったみたいだね……」
「はい……サンドワームって毒を持たないはずなんですが、なぜか今回は体液から強力な毒素が見つかって……」
シオンが地上に目を凝らすと、何かが這い出たかのような不気味な穴が点在しているのが見えた。
そこから同心円状に、草や倒れた立木が茶色や黒に変色して腐っている。
「酷い……これが、毒の影響……」
植物や、それに巻き込まれた動物の死骸がどろどろに朽ちて土と混ざり、汚泥と化している。
その様子のおぞましさに、シオンは背筋が凍る思いがした。
幸いにも、負傷者はサンドワームに体当たりをされたり、飛び散った岩にぶつかったりという外傷を負った者がほとんどだった。
毒による体への被害は今のところ確認されていないが、それは本当にたまたま幸運だっただけに過ぎないのだ。
緩やかに飛竜が高度を下げる。
先陣を切っていた部隊が荷下ろしをしているところに少し遅れて、シオンたちも着陸する。
目視出来ただけでも、被害の範囲はかなり広い。
相応の物資と、作業人員の投入が必要だろう。
「しっかり現場を見て、優先順位を立てないとね」
カイレンとふたり、真剣な顔で頷きあう。
……この惨状から、目を逸らしてはいけない。
「物資はこちらへ!」
シオンとカイレンはその声にうなずくと、手招きするハーピーに従って薬品や食料品などの資材を下ろしていく。
どんどんと積まれるその荷を、ハーピーたちが鉤爪の鋭い両足で力強く掴み、次々に巣穴へと運び込んでいった。
どろどろに朽ちた草木を必死にかき集めて焼却しているのは、先に現地入りしていた支援部隊の魔物達だ。
焼いても焼いても、毒は土壌を汚染していく。
風が吹き抜けるたびに、焼けた草木のツンとした匂いと腐臭が漂った。
「やあ、すこや課さん」
「あっ……ノイルさん、お疲れ様です」
のんびりと間延びした口調で話しかけてきたのは、大きくねじれた羊のような角が目を引く青年、ノイルだ。
綿羊を思わせる、ふわふわの黒髪の下にのぞく大きな瞳はどこか眠たげで、目の下常駐するクマはもはや彼のトレードマークだ。
ノイルは、小柄な体には余りある白衣を肩からずるりと羽織り、人目もはばからずに大あくびをしてみせた。
「魔塔のみなさん、忙しそうですね……」
「んー、まあ緊急事態だし、多少無理はしてもらわないとねえ」
彼は魔王城幹部のひとりで、動植物、鉱物、書物など対象を問わず、魔力を持つ様々なものを解析研究する部門……いわゆる魔塔を管轄している。
彼もまた、レヴィアスと同様に高位悪魔のひとりだというが、思うに恐ろしさよりもその見た目の愛らしさがはるかに優っている。
「ご依頼いただいていたもの、搬入済みです」
シオンはここに運び込むことが出来た薬品のリストをノイルに手渡した。
「おお、だいぶ揃った。ありがとねえ」
発注リストに従って、ナナリーと一緒に取り揃えた薬品の多くは、解毒剤だ。
それも一種類ではなく、主要成分が異なる様々な薬品が一斉に持ち込まれた。
――リストアップされた薬品を梱包しながら、ナナリーが表情を曇らせていたのが印象的だった。
解毒薬の搬入依頼は今回で2回目だと聞いている。
それでもなお、この多種多様な薬品を用いて検証を続けざるを得ない状況が、解毒作業の難航ぶりを示しているのだ。
「見た目は完全にサンドワームなんだけどねえ……彼らが体内で生成できそうな毒素を色々考えたんだけど、今のところはどれもハズレ」
ノイルは、ふああ……と再びあくびをしながら、手元のノートをパラパラめくる。
そこにはびっしりと書き込まれたメモと、何度も試行を繰り返した結果が所狭しと書き付けられている。
彼らの、現地に到着してからの活動量の多さに圧倒された。
「というわけで、川の水の解毒テストやってるかや、データ取り手伝ってくれる?」
「わかりました!」
別の担当業務があるカイレンとはそこで別れ、シオンは小走りでノイルのもとへと向かう。
「皆さん、お疲れ様です」
仮設営されたままの実験用テントに案内され、シオンは魔塔の研究員たちに挨拶をする。
彼らは先乗りして3日以上、ほとんど不眠不休のペースで働き詰めだ。
いつも激務で有名な魔塔だが、流石に疲労の色が濃くみえた。
テントの中には、次々と黒く濁った水が運ばれてくる。
汚染源のあたりで水を堰き止め、川を迂回させるように突貫工事はされているものの、それは解毒作業が完了するまでの応急処置でしかない。
彼らはその川で汲んできた水と、運び込んだ薬品を用いて、ひたすらにテストを繰り返していた。
シオンも、その黙々とした作業空間の中に入り込み、あちこちから頼まれるままにデータをメモする。
研究員たちのコミュニケーションは独特で、必要最低限の言葉を使い、お互い集中を乱さない。
シオンはむしろそれを心地よく感じていた。
作業にしばし没頭していると、背後から気の抜けたようなノイルの声がテントの中に響く。
「これで駄目なら、薬品総当たりデスマッチだねえ」
疲労を滲ませた研究員が、呼応するようにぽつりと呟いた。
「こんなの異常ですよ。どこから来た毒なんだ……これ」
テントの中は異様な沈黙に包まれながらも、手を止めるものは誰もいない。
シオンは目の前で黒く濁るその水から目を逸らさず、ペンをぎゅっと握り直した。
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