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1.転職先は魔王城
11話
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「おや、こんな時間に……っと、レヴィアス様?」
明日の仕込みが済んだところなのだろう。
厨房の奥に引っ込んでいたコックが姿を現す。
彼は立派なコック帽をかぶった骸骨兵士、クレックだ。
「食堂においでとは、珍しい」
「クレックさん、こんな時間にごめんなさい」
レヴィアスの背後から顔をのぞかせ、シオンはペコリとお辞儀する。
クレックは驚いたようにのけ反って、「シオンか?」と呼びかけた。
「びっくりしたよ。俺の顔に、肉と目玉が残っていたらなあ、目が飛び出るくらいの驚きを表現できたっていうのに」
カタカタと音を立てて、クレックが笑った。
最初は理科室の骨格標本と会話しているような気持ちで戸惑っていたのだが……遠慮しながらおしゃべりするには、彼はあまりに気さくだった。
毎日食堂で言葉を交わすたびにすっかり緊張がほぐされて、今ではこの会話が日常のちょっとしたスパイスになっている。
「おふたりとも、何か入用ですか?」
「いや、私の用事はない」
無言で促されるようにして、シオンはクレックに温かい飲み物が欲しいと伝える。
それを聞いてクレックは手際よくホットミルクを作り、マグカップに入れて渡してくれた。
カップの熱が指先を温め、少しだけ垂らした蜂蜜の香りが、心を穏やかにしてくれる。
「ありがとう」
クレックにお礼を言うと、彼はにっこりと微笑んだ……ような気がした。
そのやり取りを見届けたレヴィアスが、食堂の出口へと歩き出す。
慌ててシオンもその背を追った。
「あの、レヴィアスさん」
声をかけると、レヴィアスはこちらを振り返る。
どうやら本当に、食堂には用事がなかったようだ。
不思議そうな顔をして、レヴィアスはシオンに問いかけた。
「他に立ち寄るところがありますか?」
「あ……いえ、食堂だけです」
「では部屋へ」
そういうと、再びすたすたとレヴィアスが歩き出す。
「あっ……ク、クレックさん、また明日!」
「ああ、はいはい、ゆっくりお休み。……ふうむ、レヴィアス様が、ご一緒にねえ……」
ゆらゆらと骨だけの手をシオンに向けて振ってから、クレックは両手で口を覆うようにして呟いた。
クレックに手を振り、食堂を後にして、温かいカップを両手に抱えながらシオンはまたトコトコと廊下を歩く。
「あのっ、レヴィアスさん、すみませんご迷惑をおかけして……」
クレックの言う通り、思いかえせば彼を食堂で見かけたことは一度もない。
幹部ともなると部屋食なのだろうけれど、そもそも食事をとるような時間が彼にあるのか?という疑問もわいてくる。
――余計なお世話かもしれないが、体調に異常をきたしてからでは遅い。
今度クレックさんに聞いてみよう、とシオンは心の中でメモをとる。
「夜間に出歩くこと自体は禁止もされていませんし、あなたに非はありません」
特に振り返ることもせず、レヴィアスはそう言いながらシオンの部屋の方向へと歩いていく。
「ただ、魔王城において、人間という存在自体がイレギュラーであるのは事実です」
「うう……すみません」
「……優秀な人材を欠くわけにはいきませんから」
――優秀な人材。
その言葉が、じわじわとシオンの胸に広がった。
舞い上がってはいけない。
そんなに大それたことはしていない。
シオンはそう言って、心の中でその温かさを打ち消そうとする。
浮かんできそうな涙を引っ込めるように、シオンは努めて明るく笑った。
「ありがとうございます、私、頑張りますね」
少しだけ声が震えてしまったかもしれない。
激務でこそあるものの、一緒に働く仲間には恵まれた。
「でもっ!レヴィアスさんは働きすぎだと思います!私、魔王城の労働量の管理も任されているんですからね」
へへへ、と笑って告げると、レヴィアスがピタリと立ち止まった。
「わっ!」
ぶつかりそうになって慌てて同じように立ち止まると、そこはシオンの部屋の少し手前だった。
「あっ……ありがとうございます。結局、部屋まで……」
「明日から現場の視察でしょう。飛竜を使いますから、体を休めておくように」
事務的に語られるその言葉が、いつもよりも心に染みた。
「はい、しっかり休みますね。ありがとうございます、おやすみなさい」
「……それでは」
すぐに踵を返して立ち去るレヴィアスの背中を見送る。
「ん……? おやすみなさい……ですよね……?」
レヴィアスが部屋で休息をとっている様子がどうにも思い描けず、一抹の不安を持ちながらも自室へと引っ込む。
クレックから受け取ったマグカップは、まだほかほかと湯気が立ち上がっている。
そっとホットミルクに口をつけ、シオンはゆったりとベッドに腰かけた。
窓の外を眺めると、元居た世界よりもずっと大きく、青く冴えた色をした月が浮かんでいる。
――最初は見るものすべてが異質に感じられて、どこにいてもうっすらと恐怖を感じていた。
カイレンが熱心に散歩に連れ出してくれたり、視察で繰り返し城外に出向くことで、少しずつこの景色も目に馴染んできたのだ。
「しっかり、頑張らないとね」
ホットミルクが体の中から温めてくれたおかげだろうか、ふんわりと心地よい眠気に誘われて、シオンは窓を閉じた。
ベッドに横になって、明日の行程を思い出す。
闇に響く飛竜の鳴き声も、あのときの傷ついた幼いハーピーの声も、まるでこちらの顔を覗き込むように大きく不気味な月の姿も――
全て、背を向けずにどうにか受け止める。
明日の視察では、どうやったって現実に向き合うことになるのだから。
そっと目を閉じ、シオンはずぶりと眠りに落ちていった。
明日の仕込みが済んだところなのだろう。
厨房の奥に引っ込んでいたコックが姿を現す。
彼は立派なコック帽をかぶった骸骨兵士、クレックだ。
「食堂においでとは、珍しい」
「クレックさん、こんな時間にごめんなさい」
レヴィアスの背後から顔をのぞかせ、シオンはペコリとお辞儀する。
クレックは驚いたようにのけ反って、「シオンか?」と呼びかけた。
「びっくりしたよ。俺の顔に、肉と目玉が残っていたらなあ、目が飛び出るくらいの驚きを表現できたっていうのに」
カタカタと音を立てて、クレックが笑った。
最初は理科室の骨格標本と会話しているような気持ちで戸惑っていたのだが……遠慮しながらおしゃべりするには、彼はあまりに気さくだった。
毎日食堂で言葉を交わすたびにすっかり緊張がほぐされて、今ではこの会話が日常のちょっとしたスパイスになっている。
「おふたりとも、何か入用ですか?」
「いや、私の用事はない」
無言で促されるようにして、シオンはクレックに温かい飲み物が欲しいと伝える。
それを聞いてクレックは手際よくホットミルクを作り、マグカップに入れて渡してくれた。
カップの熱が指先を温め、少しだけ垂らした蜂蜜の香りが、心を穏やかにしてくれる。
「ありがとう」
クレックにお礼を言うと、彼はにっこりと微笑んだ……ような気がした。
そのやり取りを見届けたレヴィアスが、食堂の出口へと歩き出す。
慌ててシオンもその背を追った。
「あの、レヴィアスさん」
声をかけると、レヴィアスはこちらを振り返る。
どうやら本当に、食堂には用事がなかったようだ。
不思議そうな顔をして、レヴィアスはシオンに問いかけた。
「他に立ち寄るところがありますか?」
「あ……いえ、食堂だけです」
「では部屋へ」
そういうと、再びすたすたとレヴィアスが歩き出す。
「あっ……ク、クレックさん、また明日!」
「ああ、はいはい、ゆっくりお休み。……ふうむ、レヴィアス様が、ご一緒にねえ……」
ゆらゆらと骨だけの手をシオンに向けて振ってから、クレックは両手で口を覆うようにして呟いた。
クレックに手を振り、食堂を後にして、温かいカップを両手に抱えながらシオンはまたトコトコと廊下を歩く。
「あのっ、レヴィアスさん、すみませんご迷惑をおかけして……」
クレックの言う通り、思いかえせば彼を食堂で見かけたことは一度もない。
幹部ともなると部屋食なのだろうけれど、そもそも食事をとるような時間が彼にあるのか?という疑問もわいてくる。
――余計なお世話かもしれないが、体調に異常をきたしてからでは遅い。
今度クレックさんに聞いてみよう、とシオンは心の中でメモをとる。
「夜間に出歩くこと自体は禁止もされていませんし、あなたに非はありません」
特に振り返ることもせず、レヴィアスはそう言いながらシオンの部屋の方向へと歩いていく。
「ただ、魔王城において、人間という存在自体がイレギュラーであるのは事実です」
「うう……すみません」
「……優秀な人材を欠くわけにはいきませんから」
――優秀な人材。
その言葉が、じわじわとシオンの胸に広がった。
舞い上がってはいけない。
そんなに大それたことはしていない。
シオンはそう言って、心の中でその温かさを打ち消そうとする。
浮かんできそうな涙を引っ込めるように、シオンは努めて明るく笑った。
「ありがとうございます、私、頑張りますね」
少しだけ声が震えてしまったかもしれない。
激務でこそあるものの、一緒に働く仲間には恵まれた。
「でもっ!レヴィアスさんは働きすぎだと思います!私、魔王城の労働量の管理も任されているんですからね」
へへへ、と笑って告げると、レヴィアスがピタリと立ち止まった。
「わっ!」
ぶつかりそうになって慌てて同じように立ち止まると、そこはシオンの部屋の少し手前だった。
「あっ……ありがとうございます。結局、部屋まで……」
「明日から現場の視察でしょう。飛竜を使いますから、体を休めておくように」
事務的に語られるその言葉が、いつもよりも心に染みた。
「はい、しっかり休みますね。ありがとうございます、おやすみなさい」
「……それでは」
すぐに踵を返して立ち去るレヴィアスの背中を見送る。
「ん……? おやすみなさい……ですよね……?」
レヴィアスが部屋で休息をとっている様子がどうにも思い描けず、一抹の不安を持ちながらも自室へと引っ込む。
クレックから受け取ったマグカップは、まだほかほかと湯気が立ち上がっている。
そっとホットミルクに口をつけ、シオンはゆったりとベッドに腰かけた。
窓の外を眺めると、元居た世界よりもずっと大きく、青く冴えた色をした月が浮かんでいる。
――最初は見るものすべてが異質に感じられて、どこにいてもうっすらと恐怖を感じていた。
カイレンが熱心に散歩に連れ出してくれたり、視察で繰り返し城外に出向くことで、少しずつこの景色も目に馴染んできたのだ。
「しっかり、頑張らないとね」
ホットミルクが体の中から温めてくれたおかげだろうか、ふんわりと心地よい眠気に誘われて、シオンは窓を閉じた。
ベッドに横になって、明日の行程を思い出す。
闇に響く飛竜の鳴き声も、あのときの傷ついた幼いハーピーの声も、まるでこちらの顔を覗き込むように大きく不気味な月の姿も――
全て、背を向けずにどうにか受け止める。
明日の視察では、どうやったって現実に向き合うことになるのだから。
そっと目を閉じ、シオンはずぶりと眠りに落ちていった。
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