魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
11 / 96
1.転職先は魔王城

11話

しおりを挟む
「おや、こんな時間に……っと、レヴィアス様?」

 明日の仕込みが済んだところなのだろう。
 厨房の奥に引っ込んでいたコックが姿を現す。

 彼は立派なコック帽をかぶった骸骨兵士、クレックだ。

「食堂においでとは、珍しい」
 
「クレックさん、こんな時間にごめんなさい」
 
 レヴィアスの背後から顔をのぞかせ、シオンはペコリとお辞儀する。

 クレックは驚いたようにのけ反って、「シオンか?」と呼びかけた。

「びっくりしたよ。俺の顔に、肉と目玉が残っていたらなあ、目が飛び出るくらいの驚きを表現できたっていうのに」


 カタカタと音を立てて、クレックが笑った。
 
 最初は理科室の骨格標本と会話しているような気持ちで戸惑っていたのだが……遠慮しながらおしゃべりするには、彼はあまりに気さくだった。

 毎日食堂で言葉を交わすたびにすっかり緊張がほぐされて、今ではこの会話が日常のちょっとしたスパイスになっている。
 

「おふたりとも、何か入用ですか?」

「いや、私の用事はない」

 無言で促されるようにして、シオンはクレックに温かい飲み物が欲しいと伝える。

 それを聞いてクレックは手際よくホットミルクを作り、マグカップに入れて渡してくれた。

 カップの熱が指先を温め、少しだけ垂らした蜂蜜の香りが、心を穏やかにしてくれる。


「ありがとう」


 クレックにお礼を言うと、彼はにっこりと微笑んだ……ような気がした。
 
 そのやり取りを見届けたレヴィアスが、食堂の出口へと歩き出す。

 慌ててシオンもその背を追った。


「あの、レヴィアスさん」


 声をかけると、レヴィアスはこちらを振り返る。
 どうやら本当に、食堂には用事がなかったようだ。

 不思議そうな顔をして、レヴィアスはシオンに問いかけた。


「他に立ち寄るところがありますか?」

「あ……いえ、食堂だけです」

「では部屋へ」


 そういうと、再びすたすたとレヴィアスが歩き出す。 


「あっ……ク、クレックさん、また明日!」

「ああ、はいはい、ゆっくりお休み。……ふうむ、レヴィアス様が、ご一緒にねえ……」


 ゆらゆらと骨だけの手をシオンに向けて振ってから、クレックは両手で口を覆うようにして呟いた。



 クレックに手を振り、食堂を後にして、温かいカップを両手に抱えながらシオンはまたトコトコと廊下を歩く。

「あのっ、レヴィアスさん、すみませんご迷惑をおかけして……」

 クレックの言う通り、思いかえせば彼を食堂で見かけたことは一度もない。
 
 幹部ともなると部屋食なのだろうけれど、そもそも食事をとるような時間が彼にあるのか?という疑問もわいてくる。
  

 ――余計なお世話かもしれないが、体調に異常をきたしてからでは遅い。


 今度クレックさんに聞いてみよう、とシオンは心の中でメモをとる。


「夜間に出歩くこと自体は禁止もされていませんし、あなたに非はありません」

 特に振り返ることもせず、レヴィアスはそう言いながらシオンの部屋の方向へと歩いていく。
 
「ただ、魔王城において、人間という存在自体がイレギュラーであるのは事実です」
 
「うう……すみません」
 
「……優秀な人材を欠くわけにはいきませんから」


 ――優秀な人材。

 
 その言葉が、じわじわとシオンの胸に広がった。
 
 舞い上がってはいけない。
 そんなに大それたことはしていない。


 シオンはそう言って、心の中でその温かさを打ち消そうとする。

 
 浮かんできそうな涙を引っ込めるように、シオンは努めて明るく笑った。

「ありがとうございます、私、頑張りますね」

 少しだけ声が震えてしまったかもしれない。
 激務でこそあるものの、一緒に働く仲間には恵まれた。
 
「でもっ!レヴィアスさんは働きすぎだと思います!私、魔王城の労働量の管理も任されているんですからね」

 へへへ、と笑って告げると、レヴィアスがピタリと立ち止まった。


「わっ!」

 
 ぶつかりそうになって慌てて同じように立ち止まると、そこはシオンの部屋の少し手前だった。
 
「あっ……ありがとうございます。結局、部屋まで……」

「明日から現場の視察でしょう。飛竜を使いますから、体を休めておくように」

 事務的に語られるその言葉が、いつもよりも心に染みた。

「はい、しっかり休みますね。ありがとうございます、おやすみなさい」
 
「……それでは」

 すぐに踵を返して立ち去るレヴィアスの背中を見送る。
 

「ん……? おやすみなさい……ですよね……?」


 レヴィアスが部屋で休息をとっている様子がどうにも思い描けず、一抹の不安を持ちながらも自室へと引っ込む。

 クレックから受け取ったマグカップは、まだほかほかと湯気が立ち上がっている。

 そっとホットミルクに口をつけ、シオンはゆったりとベッドに腰かけた。


 窓の外を眺めると、元居た世界よりもずっと大きく、青く冴えた色をした月が浮かんでいる。
 

 ――最初は見るものすべてが異質に感じられて、どこにいてもうっすらと恐怖を感じていた。


 カイレンが熱心に散歩に連れ出してくれたり、視察で繰り返し城外に出向くことで、少しずつこの景色も目に馴染んできたのだ。

「しっかり、頑張らないとね」
 
 ホットミルクが体の中から温めてくれたおかげだろうか、ふんわりと心地よい眠気に誘われて、シオンは窓を閉じた。

 ベッドに横になって、明日の行程を思い出す。
 

 闇に響く飛竜の鳴き声も、あのときの傷ついた幼いハーピーの声も、まるでこちらの顔を覗き込むように大きく不気味な月の姿も――


 全て、背を向けずにどうにか受け止める。

 明日の視察では、どうやったって現実に向き合うことになるのだから。


 そっと目を閉じ、シオンはずぶりと眠りに落ちていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います

Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】  私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。  好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。  そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。  更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。  これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。 ──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。  いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。  なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。 ---------- 覗いて下さり、ありがとうございます! 2025.4.26 女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧ 7時、13時、19時更新。 全48話、予約投稿しています。 ★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。

処理中です...