25 / 96
3.魔道具名人(幼女)
4話
しおりを挟む
◇
「はい、確かに。品質も申し分ありませんね」
綺麗に整えられた口ひげと金縁の丸眼鏡がトレードマークの商人、ヴァルターが満足そうに微笑んだ。
今日は、リューネリーフとハーピーの尾羽の物々交換の日だ。
魔王城の応接室で、テーブルを挟んで向かい合う。
シオンが魔王城に来てから初めて商談をしたのもこのヴァルターだった。
彼からは、商談を通して人間社会での物の価値や流通、その暮らしぶりなど、色々なことを教えてもらっている。
「急なお願いだったのに、ありがとうございます。提示していただいた量のリューネリーフはすべて買い取らせていただきます」
無事に取引がまとまり、シオンは胸をなでおろした。
これまでも、食料品や衣料品、人間が作った魔道具などを買い付ける機会はあったものの、ここまでスピード感が求められる商談は初めてだった。
ヴァルターも、眼鏡の奥でにっこりと目を細める。
「ひどく慌てた様子でご連絡をいただいたときは、何があったかと驚きましたよ」
「うう、すみません。でも、これで何とかなりそうです」
「それにしても、サンドワームの突然変異ですか……我々も移動中によく見かけるモンスターですからね。調査の進展を願っていますよ」
ヴァルターが、口ひげをひと撫でしながらため息をついた。
人間側でも今回の突然変異について何か情報を持っていないかと、魔王城に出入りのある商人には簡単に聞き取りを行っていた。
しかし、やはり誰もが「まさか」と驚き、表情を曇らせるばかりだった。
「……おや?」
少しの間をおいて、ヴァルターはシオンの手元に目を留める。
彼は、シオンが身に着けている手袋を見ると、興味深そうに眼鏡を持ち上げた。
「あ、これですか?」
シオンは両手をヴァルターの目の前まで持ち上げた。
光に透けると淡いピンクや銀色の艶を放つ手袋だ。
先日の食事のお礼に、とドランたちが帰りに持たせてくれた試作品で、履くとじんわり温かい。
肌寒くなってきたこの季節には有難い一品だ。
「これはこれは……珍しい技術で織られた布ですね」
「えっ、そうなんですか?」
ぎゅっと押し付けられるがままに、何もわからず受け取ってしまった。
貴重なものなのだとしたら、本当に貰ってしまってよかったのだろうか?
シオンは少々不安になる。
「ああ、すみません。素材自体が珍しいというよりも……一部に魔法石を砕いて作った染料が使われているようですね」
「魔法石を?」
「なるほど、この発想は無かった……面白いですね、これ、売れますよ」
しげしげとシオンの両手を眺めるヴァルターに、シオンは慌てて両手を振った。
「あっ、これはちょっと、頂き物なので」
「ははは、失敬。私物を急に強請ったりはしませんよ。ですが……その技術を使った生地や衣類なんかは、特産品になるかもしれませんね」
なんと、それは朗報だ。
何せ魔王城では外貨が圧倒的に不足しているのだ。
「使われている魔法石は、恐らく紅水晶でしょう。炎を宿した魔法石ですが、微量を繊維に含ませることでほんのりと発熱しているんですね」
「なるほど……」
「商品化する意向があるようでしたら、ぜひお声をかけを」
ヴァルターはにっこりと笑うと、仕立ての良いチョッキの襟をぴっと正した。
応接室から出たところで、シオンは見送りをやんわり辞退される。
もう何度も魔王城を訪れているヴァルターにとって、ここは馴染みの場所だ。
「少しだけ挨拶して回りますから」と言って、結局いつも応接室のドア横で見送ることが恒例になっていた。
「ヴァルターさん、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえ、私に声をかけて下さったこと、決して後悔させませんとも。商売ですから」
『商売ですから』
これは、彼の口癖だ。
バルドラッドから無理難題を押し付けられた時も、同じようにして笑っていた。
その言葉には、どこか相手を安心させる誠実さと温かさがある。
ヴァルターはチャーミングに笑って、去っていった。
(さて……あとはリューネリーフを現地に輸送して……)
ドランからは乾燥機の最終調整が完了したという連絡を受けている。
すでに魔道具を現地に運ぶための輸送班には、工房へと向かってもらっていた。
幸い、ナナリーが栽培したサンプル用のリューネリーフでの試験結果も良好だ。
わずか一割のロスで、質の良い状態のまま植物体を乾燥させることに成功したのだ。
城門付近に積んでもらったリューネリーフの出発を見送ろうと、シオンは廊下を歩きだす。
手袋の件も、良い話を聞くことが出来た。
今回の件が落ち着いたら、ドランたちに商品化の相談をしてみよう――そんなことを考えながら、足取りは自然と軽くなった。
(あら、カイレンだわ)
陽当たりの良い大窓の下で、カイレンがヴァルターと立ち話をしている。
カイレンの手には小さな手提げ袋と、可愛い容器に入った軟膏のようなものが握られている。
ヴァルター商会の傷薬をはじめとする常備薬は、魔王城でも好評だ。
特に軟膏や、肌に塗布する化粧水なんかも取りそろえられていて、城内の女性陣に喜ばれている。
(今度、ドランさんたちにもお土産で買っていこうかな)
重たい工具や、高温の装置を扱うドランたちの手には傷や火傷の跡が残っていた。
ちょっとした休憩の時に、自分をいたわってもらうのもいいかもしれない。
いつもよりも二割増しで笑顔がはじけているような気さえするカイレンを微笑ましく見つめながら、シオンは城門へと向かった。
解毒薬が軌道に乗れば、きっとハーピーたちも一息つけるだろう。
それは、魔塔の研究員たちも、ガルオンたちも同じだ。
ひとつ、大きな仕事をやり切ることが出来たような心地で、思わず頬が緩む。
「ご機嫌だね、シオン」
「はい!……わっ、バルドラッドさん!」
突然ひょっこりと目の前に顔を出した魔王に思わずシオンは飛びのいた。
ゼロ距離魔王は心臓に悪い。
「な、な、なんですか?びっくりした……」
「ははは!ちょっと顔かして欲しくて」
「はあ……何でしょう」
バルドラッドはニンマリと笑うと、何も言わずに手招きをした。
――嫌な予感しか、しない。
「はい、確かに。品質も申し分ありませんね」
綺麗に整えられた口ひげと金縁の丸眼鏡がトレードマークの商人、ヴァルターが満足そうに微笑んだ。
今日は、リューネリーフとハーピーの尾羽の物々交換の日だ。
魔王城の応接室で、テーブルを挟んで向かい合う。
シオンが魔王城に来てから初めて商談をしたのもこのヴァルターだった。
彼からは、商談を通して人間社会での物の価値や流通、その暮らしぶりなど、色々なことを教えてもらっている。
「急なお願いだったのに、ありがとうございます。提示していただいた量のリューネリーフはすべて買い取らせていただきます」
無事に取引がまとまり、シオンは胸をなでおろした。
これまでも、食料品や衣料品、人間が作った魔道具などを買い付ける機会はあったものの、ここまでスピード感が求められる商談は初めてだった。
ヴァルターも、眼鏡の奥でにっこりと目を細める。
「ひどく慌てた様子でご連絡をいただいたときは、何があったかと驚きましたよ」
「うう、すみません。でも、これで何とかなりそうです」
「それにしても、サンドワームの突然変異ですか……我々も移動中によく見かけるモンスターですからね。調査の進展を願っていますよ」
ヴァルターが、口ひげをひと撫でしながらため息をついた。
人間側でも今回の突然変異について何か情報を持っていないかと、魔王城に出入りのある商人には簡単に聞き取りを行っていた。
しかし、やはり誰もが「まさか」と驚き、表情を曇らせるばかりだった。
「……おや?」
少しの間をおいて、ヴァルターはシオンの手元に目を留める。
彼は、シオンが身に着けている手袋を見ると、興味深そうに眼鏡を持ち上げた。
「あ、これですか?」
シオンは両手をヴァルターの目の前まで持ち上げた。
光に透けると淡いピンクや銀色の艶を放つ手袋だ。
先日の食事のお礼に、とドランたちが帰りに持たせてくれた試作品で、履くとじんわり温かい。
肌寒くなってきたこの季節には有難い一品だ。
「これはこれは……珍しい技術で織られた布ですね」
「えっ、そうなんですか?」
ぎゅっと押し付けられるがままに、何もわからず受け取ってしまった。
貴重なものなのだとしたら、本当に貰ってしまってよかったのだろうか?
シオンは少々不安になる。
「ああ、すみません。素材自体が珍しいというよりも……一部に魔法石を砕いて作った染料が使われているようですね」
「魔法石を?」
「なるほど、この発想は無かった……面白いですね、これ、売れますよ」
しげしげとシオンの両手を眺めるヴァルターに、シオンは慌てて両手を振った。
「あっ、これはちょっと、頂き物なので」
「ははは、失敬。私物を急に強請ったりはしませんよ。ですが……その技術を使った生地や衣類なんかは、特産品になるかもしれませんね」
なんと、それは朗報だ。
何せ魔王城では外貨が圧倒的に不足しているのだ。
「使われている魔法石は、恐らく紅水晶でしょう。炎を宿した魔法石ですが、微量を繊維に含ませることでほんのりと発熱しているんですね」
「なるほど……」
「商品化する意向があるようでしたら、ぜひお声をかけを」
ヴァルターはにっこりと笑うと、仕立ての良いチョッキの襟をぴっと正した。
応接室から出たところで、シオンは見送りをやんわり辞退される。
もう何度も魔王城を訪れているヴァルターにとって、ここは馴染みの場所だ。
「少しだけ挨拶して回りますから」と言って、結局いつも応接室のドア横で見送ることが恒例になっていた。
「ヴァルターさん、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえ、私に声をかけて下さったこと、決して後悔させませんとも。商売ですから」
『商売ですから』
これは、彼の口癖だ。
バルドラッドから無理難題を押し付けられた時も、同じようにして笑っていた。
その言葉には、どこか相手を安心させる誠実さと温かさがある。
ヴァルターはチャーミングに笑って、去っていった。
(さて……あとはリューネリーフを現地に輸送して……)
ドランからは乾燥機の最終調整が完了したという連絡を受けている。
すでに魔道具を現地に運ぶための輸送班には、工房へと向かってもらっていた。
幸い、ナナリーが栽培したサンプル用のリューネリーフでの試験結果も良好だ。
わずか一割のロスで、質の良い状態のまま植物体を乾燥させることに成功したのだ。
城門付近に積んでもらったリューネリーフの出発を見送ろうと、シオンは廊下を歩きだす。
手袋の件も、良い話を聞くことが出来た。
今回の件が落ち着いたら、ドランたちに商品化の相談をしてみよう――そんなことを考えながら、足取りは自然と軽くなった。
(あら、カイレンだわ)
陽当たりの良い大窓の下で、カイレンがヴァルターと立ち話をしている。
カイレンの手には小さな手提げ袋と、可愛い容器に入った軟膏のようなものが握られている。
ヴァルター商会の傷薬をはじめとする常備薬は、魔王城でも好評だ。
特に軟膏や、肌に塗布する化粧水なんかも取りそろえられていて、城内の女性陣に喜ばれている。
(今度、ドランさんたちにもお土産で買っていこうかな)
重たい工具や、高温の装置を扱うドランたちの手には傷や火傷の跡が残っていた。
ちょっとした休憩の時に、自分をいたわってもらうのもいいかもしれない。
いつもよりも二割増しで笑顔がはじけているような気さえするカイレンを微笑ましく見つめながら、シオンは城門へと向かった。
解毒薬が軌道に乗れば、きっとハーピーたちも一息つけるだろう。
それは、魔塔の研究員たちも、ガルオンたちも同じだ。
ひとつ、大きな仕事をやり切ることが出来たような心地で、思わず頬が緩む。
「ご機嫌だね、シオン」
「はい!……わっ、バルドラッドさん!」
突然ひょっこりと目の前に顔を出した魔王に思わずシオンは飛びのいた。
ゼロ距離魔王は心臓に悪い。
「な、な、なんですか?びっくりした……」
「ははは!ちょっと顔かして欲しくて」
「はあ……何でしょう」
バルドラッドはニンマリと笑うと、何も言わずに手招きをした。
――嫌な予感しか、しない。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる