魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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3.魔道具名人(幼女)

4話

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「はい、確かに。品質も申し分ありませんね」

 綺麗に整えられた口ひげと金縁の丸眼鏡がトレードマークの商人、ヴァルターが満足そうに微笑んだ。
 今日は、リューネリーフとハーピーの尾羽の物々交換の日だ。

 魔王城の応接室で、テーブルを挟んで向かい合う。
 シオンが魔王城に来てから初めて商談をしたのもこのヴァルターだった。
 彼からは、商談を通して人間社会での物の価値や流通、その暮らしぶりなど、色々なことを教えてもらっている。

「急なお願いだったのに、ありがとうございます。提示していただいた量のリューネリーフはすべて買い取らせていただきます」

 無事に取引がまとまり、シオンは胸をなでおろした。

 これまでも、食料品や衣料品、人間が作った魔道具などを買い付ける機会はあったものの、ここまでスピード感が求められる商談は初めてだった。
 ヴァルターも、眼鏡の奥でにっこりと目を細める。

「ひどく慌てた様子でご連絡をいただいたときは、何があったかと驚きましたよ」

「うう、すみません。でも、これで何とかなりそうです」

「それにしても、サンドワームの突然変異ですか……我々も移動中によく見かけるモンスターですからね。調査の進展を願っていますよ」

 ヴァルターが、口ひげをひと撫でしながらため息をついた。
 人間側でも今回の突然変異について何か情報を持っていないかと、魔王城に出入りのある商人には簡単に聞き取りを行っていた。
 しかし、やはり誰もが「まさか」と驚き、表情を曇らせるばかりだった。

「……おや?」
 
 少しの間をおいて、ヴァルターはシオンの手元に目を留める。
 彼は、シオンが身に着けている手袋を見ると、興味深そうに眼鏡を持ち上げた。

「あ、これですか?」

 シオンは両手をヴァルターの目の前まで持ち上げた。
 光に透けると淡いピンクや銀色の艶を放つ手袋だ。

 先日の食事のお礼に、とドランたちが帰りに持たせてくれた試作品で、履くとじんわり温かい。
 肌寒くなってきたこの季節には有難い一品だ。

「これはこれは……珍しい技術で織られた布ですね」

「えっ、そうなんですか?」

 ぎゅっと押し付けられるがままに、何もわからず受け取ってしまった。
 貴重なものなのだとしたら、本当に貰ってしまってよかったのだろうか?

 シオンは少々不安になる。

「ああ、すみません。素材自体が珍しいというよりも……一部に魔法石を砕いて作った染料が使われているようですね」
 
「魔法石を?」

「なるほど、この発想は無かった……面白いですね、これ、売れますよ」

 しげしげとシオンの両手を眺めるヴァルターに、シオンは慌てて両手を振った。

「あっ、これはちょっと、頂き物なので」

「ははは、失敬。私物を急に強請ったりはしませんよ。ですが……その技術を使った生地や衣類なんかは、特産品になるかもしれませんね」

 なんと、それは朗報だ。
 何せ魔王城では外貨が圧倒的に不足しているのだ。

「使われている魔法石は、恐らく紅水晶でしょう。炎を宿した魔法石ですが、微量を繊維に含ませることでほんのりと発熱しているんですね」

「なるほど……」

「商品化する意向があるようでしたら、ぜひお声をかけを」

 ヴァルターはにっこりと笑うと、仕立ての良いチョッキの襟をぴっと正した。

 応接室から出たところで、シオンは見送りをやんわり辞退される。
 もう何度も魔王城を訪れているヴァルターにとって、ここは馴染みの場所だ。

 「少しだけ挨拶して回りますから」と言って、結局いつも応接室のドア横で見送ることが恒例になっていた。

「ヴァルターさん、ありがとうございました。本当に助かりました」

「いえいえ、私に声をかけて下さったこと、決して後悔させませんとも。商売ですから」

 『商売ですから』

 これは、彼の口癖だ。

 バルドラッドから無理難題を押し付けられた時も、同じようにして笑っていた。
 その言葉には、どこか相手を安心させる誠実さと温かさがある。
   
 ヴァルターはチャーミングに笑って、去っていった。

(さて……あとはリューネリーフを現地に輸送して……)

 ドランからは乾燥機の最終調整が完了したという連絡を受けている。
 すでに魔道具を現地に運ぶための輸送班には、工房へと向かってもらっていた。
 
 幸い、ナナリーが栽培したサンプル用のリューネリーフでの試験結果も良好だ。
 わずか一割のロスで、質の良い状態のまま植物体を乾燥させることに成功したのだ。
 
 城門付近に積んでもらったリューネリーフの出発を見送ろうと、シオンは廊下を歩きだす。
 手袋の件も、良い話を聞くことが出来た。

 今回の件が落ち着いたら、ドランたちに商品化の相談をしてみよう――そんなことを考えながら、足取りは自然と軽くなった。

(あら、カイレンだわ)

 陽当たりの良い大窓の下で、カイレンがヴァルターと立ち話をしている。
 カイレンの手には小さな手提げ袋と、可愛い容器に入った軟膏のようなものが握られている。

 ヴァルター商会の傷薬をはじめとする常備薬は、魔王城でも好評だ。
 特に軟膏や、肌に塗布する化粧水なんかも取りそろえられていて、城内の女性陣に喜ばれている。

(今度、ドランさんたちにもお土産で買っていこうかな)

 重たい工具や、高温の装置を扱うドランたちの手には傷や火傷の跡が残っていた。
 ちょっとした休憩の時に、自分をいたわってもらうのもいいかもしれない。

 いつもよりも二割増しで笑顔がはじけているような気さえするカイレンを微笑ましく見つめながら、シオンは城門へと向かった。

 解毒薬が軌道に乗れば、きっとハーピーたちも一息つけるだろう。
 それは、魔塔の研究員たちも、ガルオンたちも同じだ。

 ひとつ、大きな仕事をやり切ることが出来たような心地で、思わず頬が緩む。

「ご機嫌だね、シオン」

「はい!……わっ、バルドラッドさん!」

 突然ひょっこりと目の前に顔を出した魔王に思わずシオンは飛びのいた。
 ゼロ距離魔王は心臓に悪い。

「な、な、なんですか?びっくりした……」

「ははは!ちょっと顔かして欲しくて」

 「はあ……何でしょう」

 バルドラッドはニンマリと笑うと、何も言わずに手招きをした。


 ――嫌な予感しか、しない。 
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