魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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8.光のほうへ

2話

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 一晩中真っ白な雪が降り続いた次の日。
 魔王城の城壁には、鳥の足跡が残るくらいの雪が積もっていた。

 朝方は私室もうっすらと冷えるようになってきたので、あたたかなラグを敷き、ドランの工房で買った可愛らしい魔法石式暖房をつけ始めた。
 部屋についている小さなキッチンでコーヒーを淹れながら、食堂からもらってきたパンにハムや野菜を挟んでいく。

 この世界に来た頃よりも少し伸びた髪は、魔道具のリボンで結うことにした。
 いつの間にか、魔力で動くコンロにもすっかり慣れ、洗濯物も魔法で乾かせるようになっていた。

 昔はクラス替えや部署異動でものすごく悩んだり、転職を考えるのも腰が重いほど変化が苦手だった。
 それが、今は全く違う世界に放り込まれても何とか生きていけている。

 やればできるものだなあ、と思うとともに、周囲に恵まれたことにも感謝する。

 出来上がったサンドウィッチを小さめに切ってから包む。
 それを蔓で編んだカゴに入れて、部屋を出た。

 早朝の魔王城はまだひっそりとしている。
 始業時間が決まっているわけではないが、案外ギリギリまで寝ている者が多いように思う。

 静かな廊下を歩き、シオンは一枚の扉の前に立つ。
 レヴィアスの執務室だ。

 コンコン、とノックをして呼びかけると、中からかちゃりとドアが開いた。

「おはようございます、レヴィアスさん」

 仕事を始める前の、少しだけラフさがあるレヴィアスの姿に微笑みを向ける。
 張り詰めたように仕事をしていた彼が、少しだけそれ以外の時間を感じさせるようになったのはきっと良いことなのだと思う。

 部屋へと通され、いつものようにソファに腰かける。
 執務室に直結している彼の私室のドアが開いていて、ちらりと中の様子が見えた。
 部屋の中は思った通り物が少なく、生活感はほとんどない。
 それでも、仕事着と違って柔らかそうな素材のシャツが何枚か掛けられているのを見つけて少しだけどきどきする。 
 なんだかのぞき見をしているようで恥ずかしい気持ちになりながら、シオンは視線を手元に戻した。
 
「勝手ながら、朝ごはんを作ってきました」

 カゴの中からサンドウィッチの包みと、部屋で淹れてきたコーヒーが入ったポットを取り出す。
 
「コーヒーも持ってきたのですか?」

 レヴィアスは少し驚いたような顔をした。
 言いたいことに察しはついていた。
 彼の執務室にも、コーヒーセットはあるのだから。

「今日は、ちょっと気になっていた新しい豆で淹れてみたので。それに……」

 少しだけ気恥ずかしい思いに駆られながら、シオンは口を開いた。

「コーヒーを淹れてくれる後姿も好きなんですが……隣に座っていてくれる時間を増やしたいという……打算です……」

 顔から湯気が出そうだった。
 言葉が多い方では無いレヴィアスとの関わりの中で、シオンは彼から微かな体温を感じるのが好きだった。
 かと言って強引に座らせるわけにもいかず、距離を詰める勇気も無い。
 どう伝えたら良いかと考えた結果が、これだ。

 ちら、とレヴィアスの顔を見る。
 先ほどの驚いた顔のまま、レヴィアスはじっとシオンの目を見つめていた。

「うわあ、忘れてください! でもコーヒーは美味しいと思います!」

 顔に溜まった熱を払うように手で仰ぎながら、自らの対面にレヴィアスのカップを置く。
 恥ずかしさに彼の顔をまともに見ることが出来ず、シオンはいそいそとサンドウィッチの包みを開けた。

 レヴィアスはゆっくりとそのカップを手に取ると、シオンの隣に腰かけた。

「せ、狭くないですか……?」

 まだ、顔は見ることが出来ない。
 シオンはもうすでに開いている包みを、ちょんちょんと何度も指で開いたり閉じたりする。

「そうですね。ですが」

 レヴィアスがコーヒーカップに口をつける。

「それが好きなのでしょう?」

 体の半分にほんのりと温かさを感じる。
 シオンは俯いて、こくこくと何度も頷いた。

 雪が降る音と、ふたりぶんの心音が聞こえそうな静かな時間。
 窓の外を見ると、少しだけ雪が重たそうにしながら、ぼたぼたと落ちていった。

 ◇

 自身の執務室に戻り、いつものように仕事を始める。
 座り仕事は、体が冷える。
 時々立ち上がったり、雪が深くなってきた窓の外を眺めたり。
 体を動かしながら作業を進めていると、いつの間にかお昼時になっていた。
 
 僅かに冷える指先を擦りながら残りの書類をめくっていると、遠くから何名かの足音が聞こえてきた。

 少し早足のようにも聞こえるその音に、シオンは僅かに違和感を覚える。

 ややあってから、ドンドン、と執務室のドアが叩かれた。
 こちらの返事を待たずに開けられたドアに、シオンは驚いて身をすくませる。

「カイレンはいますか?」

 僅かに息を切らしてそう尋ねてくるのは、獣人の衛兵だ。
 それも、確かバルドラッド直属の。

「今日は……朝から、見かけていませんが」

 穏やかな昼間の空気が、突然ざらついた。
 事務的な案件のために押し掛けてくる人数ではない。

 問いかけてきた獣人の彼の後ろにも、体格のいい魔物達が五名ほど控えているのが見えた。

「あの……カイレンに何かあったんでしょうか」

 湧き上がる不安に、シオンの鼓動が早くなる。
 怪我?それとも何かに巻き込まれた?

 良くない想像が膨らんで、冷たい指先をぎゅっと握る。

「いえ……もし見かけましたら、私たちを呼んでください。城内を巡回しています」

「……わかりました」

 カチャカチャ、と鎧の音を響かせながら執務室から出ていく。
 シオンは、開け放たれたままのドアをぼうっと見つめていた。
 
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