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8.光のほうへ
4話
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一睡もできず迎えた朝。
雪の結晶を輝かせる日の光が目に痛い。
ベッドに横になってはみたものの、拘束されたというカイレンのことを考えると溢れ出る感情や思考に支配され、結局微睡むことさえできなかった。
どうすることも出来ず、感情をぶつける場所も無いままにただ涙を流していたせいで、頭がずきずきと痛んだ。
冷たい水で顔を洗う。
腫れてしまった瞼をタオルで冷やしながら、シオンはゆっくりと頭を整理した。
――泣くのはここまでにしよう。
一報をくれたレヴィアスも、ことの詳細は分からないと言っていた。
動いていたのはバルドラッド直属の衛兵。
つまり、完全に秘密裏に何かが動いていたのだ。
とはいえ、ここまで事態が動いた以上、幹部にまですべてを隠したままことを収めるとは考えにくい。
シオンに今できる事は、バルドラッドの動きを待つことだけだった。
身支度を整えて、できるだけいつも通りに仕事をする。
カイレンを信じている。
シオンが頼りにできるのは、その気持ちだけだ。
昼頃、執務室のドアが叩かれた。
シオンは思わず身構える。
はい、と返事をしながら、小さな鏡で自分の目元を確認した。
腫れはひいている。
大丈夫。悲壮な顔はしていない。
やがてドアが開き、そこには以前訪ねてきた獣人の衛兵たちと……。
彼らをその背後から観察する、バルドラッドの姿があった。
「失礼します。少し、この部屋を改めさせてください」
その言葉の意味することはすぐに分かった。
カイレンが良く出入りしていたこの執務室に対して、何かの疑いを持っているという事だろう。
「構いませんが……事情を聞かせてはいただけませんか?」
平静を保ちながら、衛兵に尋ねる。
すると彼は少しだけ困ったような顔をした。
「……バルドラッドさん、これはどういう事なんでしょうか」
シオンは、最後方に佇むバルドラッドへと問いかけた。
バルドラッドは、へえ、という顔をしてから不敵に微笑んだ。
「もっとボロボロな顔してるかと思ったけど」
「……していた方が良かったですか?」
「まさか。話が早くて助かるよ。慰めるのって俺の専門外だし」
バルドラッドはいつもの調子で肩をすくめた。
それから、彼は真剣な顔をして一歩前へと出る。
「変異モンスターの件、あれはカイレンが糸を引いている」
「……え?」
一瞬、何を言っているのか飲み込めず、シオンはその場で棒立ちになる。
変異モンスター……それは、誰よりもカイレンが調査しており、彼女はその出現を検知できなかったことを心から悔しがっていた。
その発生を、彼女が手引きしていたというのか。
「そんな訳ない、って思うでしょ? 俺たちだってそうだよ。だから、ここまで時間をかけて検証した」
バルドラッドが、しゃべりながら衛兵たちに指示をする。
それに従って、彼らは部屋の中を端から調査し始めた。
シオンはそれをただ見ていることしかできない。
調査を拒む理由は何もない。
それでも、どうやっても腑に落ちないことがある。
「検証って、なんのことですか?」
「これまで変異が確認されたモンスター、全てにカイレンが接触していたことは知っている?」
シオンは頷いた。
彼女はそれを誰よりも悔しがっていたのだから。
「だからって、疑っているんですか? 調査の任務に当たっていたのはカイレン単独ではありません。同じ条件の人物は複数いるでしょう?」
「そう。だから、彼らにそれぞれ単独の調査を依頼した。カイレンには、夢喰鳥の調査をね」
そういえば、シオンがあの村へ向かう前にカイレンがそんなことを話していた。
バルドラッドから直々に依頼された単独の仕事だと、確かに聞いていたのだ。
「……今回、夢喰鳥の変異体が発見されたんだ」
シオンの背筋がすっと凍った。
そんな偶然で判断ができるものか。
そう反発したくなる気持ちをいったん飲み込む。
――バルドラッドは、慎重に行動している。
この判断が魔王城に与える影響の大きさを理解しているからだ。
「彼女が調査したモンスターの個体数を、その直後、別動隊にこっそり洗わせたんだ」
いったい、いつから動いていたのか。
バルドラッドは一切の澱みなく、シオンに語って聞かせる。
「パイロリザードの個体数、生態調査用のタグが付けられていないものを選んで、十二体が消えている」
調査直後に、個体が消える。
食物連鎖の下位に位置する生物ならば、何の疑問もわかないだろう。
しかし、相手はパイロリザードだ。
間違いなくあの地域で頂点に立つ存在。
……竜を除いては。
「火竜が手を下して数を減らした可能性は無いんですか?」
「わかるでしょ? あの人、たかがモンスターにそんな面倒なことしないよ」
それは、確かに。
ガタゴトと音を立てながら部屋を調査する衛兵たちを横目で見ながら、シオンは頷いた。
「それから、夢喰鳥。これも同様に、タグがついてないのが八体消えた」
シオンは言葉を詰まらせる。
追い打ちをかけるようにバルドラッドが言葉を重ねた。
「そして、個体数の減少はその二種でしか確認できていない」
事実は、動かしようのないものだと感じられた。
声が震えそうになるのを堪えながら、シオンはバルドラッドに尋ねた。
「……彼女は、何と言っているんですか」
一拍置いて、バルドラッドが答えた。
「覚えがない。その一点張りだよ」
だからこうして、この執務室も調査されているのだろう。
シオンはふう、と細く息を吐いた。
落ち着いて、状況を整理して。
必死に自分に言い聞かせる。
「――だから、今何とかして吐かせようとしているところ」
バルドラッドのその言葉が、シオンの体を凍り付かせた。
雪の結晶を輝かせる日の光が目に痛い。
ベッドに横になってはみたものの、拘束されたというカイレンのことを考えると溢れ出る感情や思考に支配され、結局微睡むことさえできなかった。
どうすることも出来ず、感情をぶつける場所も無いままにただ涙を流していたせいで、頭がずきずきと痛んだ。
冷たい水で顔を洗う。
腫れてしまった瞼をタオルで冷やしながら、シオンはゆっくりと頭を整理した。
――泣くのはここまでにしよう。
一報をくれたレヴィアスも、ことの詳細は分からないと言っていた。
動いていたのはバルドラッド直属の衛兵。
つまり、完全に秘密裏に何かが動いていたのだ。
とはいえ、ここまで事態が動いた以上、幹部にまですべてを隠したままことを収めるとは考えにくい。
シオンに今できる事は、バルドラッドの動きを待つことだけだった。
身支度を整えて、できるだけいつも通りに仕事をする。
カイレンを信じている。
シオンが頼りにできるのは、その気持ちだけだ。
昼頃、執務室のドアが叩かれた。
シオンは思わず身構える。
はい、と返事をしながら、小さな鏡で自分の目元を確認した。
腫れはひいている。
大丈夫。悲壮な顔はしていない。
やがてドアが開き、そこには以前訪ねてきた獣人の衛兵たちと……。
彼らをその背後から観察する、バルドラッドの姿があった。
「失礼します。少し、この部屋を改めさせてください」
その言葉の意味することはすぐに分かった。
カイレンが良く出入りしていたこの執務室に対して、何かの疑いを持っているという事だろう。
「構いませんが……事情を聞かせてはいただけませんか?」
平静を保ちながら、衛兵に尋ねる。
すると彼は少しだけ困ったような顔をした。
「……バルドラッドさん、これはどういう事なんでしょうか」
シオンは、最後方に佇むバルドラッドへと問いかけた。
バルドラッドは、へえ、という顔をしてから不敵に微笑んだ。
「もっとボロボロな顔してるかと思ったけど」
「……していた方が良かったですか?」
「まさか。話が早くて助かるよ。慰めるのって俺の専門外だし」
バルドラッドはいつもの調子で肩をすくめた。
それから、彼は真剣な顔をして一歩前へと出る。
「変異モンスターの件、あれはカイレンが糸を引いている」
「……え?」
一瞬、何を言っているのか飲み込めず、シオンはその場で棒立ちになる。
変異モンスター……それは、誰よりもカイレンが調査しており、彼女はその出現を検知できなかったことを心から悔しがっていた。
その発生を、彼女が手引きしていたというのか。
「そんな訳ない、って思うでしょ? 俺たちだってそうだよ。だから、ここまで時間をかけて検証した」
バルドラッドが、しゃべりながら衛兵たちに指示をする。
それに従って、彼らは部屋の中を端から調査し始めた。
シオンはそれをただ見ていることしかできない。
調査を拒む理由は何もない。
それでも、どうやっても腑に落ちないことがある。
「検証って、なんのことですか?」
「これまで変異が確認されたモンスター、全てにカイレンが接触していたことは知っている?」
シオンは頷いた。
彼女はそれを誰よりも悔しがっていたのだから。
「だからって、疑っているんですか? 調査の任務に当たっていたのはカイレン単独ではありません。同じ条件の人物は複数いるでしょう?」
「そう。だから、彼らにそれぞれ単独の調査を依頼した。カイレンには、夢喰鳥の調査をね」
そういえば、シオンがあの村へ向かう前にカイレンがそんなことを話していた。
バルドラッドから直々に依頼された単独の仕事だと、確かに聞いていたのだ。
「……今回、夢喰鳥の変異体が発見されたんだ」
シオンの背筋がすっと凍った。
そんな偶然で判断ができるものか。
そう反発したくなる気持ちをいったん飲み込む。
――バルドラッドは、慎重に行動している。
この判断が魔王城に与える影響の大きさを理解しているからだ。
「彼女が調査したモンスターの個体数を、その直後、別動隊にこっそり洗わせたんだ」
いったい、いつから動いていたのか。
バルドラッドは一切の澱みなく、シオンに語って聞かせる。
「パイロリザードの個体数、生態調査用のタグが付けられていないものを選んで、十二体が消えている」
調査直後に、個体が消える。
食物連鎖の下位に位置する生物ならば、何の疑問もわかないだろう。
しかし、相手はパイロリザードだ。
間違いなくあの地域で頂点に立つ存在。
……竜を除いては。
「火竜が手を下して数を減らした可能性は無いんですか?」
「わかるでしょ? あの人、たかがモンスターにそんな面倒なことしないよ」
それは、確かに。
ガタゴトと音を立てながら部屋を調査する衛兵たちを横目で見ながら、シオンは頷いた。
「それから、夢喰鳥。これも同様に、タグがついてないのが八体消えた」
シオンは言葉を詰まらせる。
追い打ちをかけるようにバルドラッドが言葉を重ねた。
「そして、個体数の減少はその二種でしか確認できていない」
事実は、動かしようのないものだと感じられた。
声が震えそうになるのを堪えながら、シオンはバルドラッドに尋ねた。
「……彼女は、何と言っているんですか」
一拍置いて、バルドラッドが答えた。
「覚えがない。その一点張りだよ」
だからこうして、この執務室も調査されているのだろう。
シオンはふう、と細く息を吐いた。
落ち着いて、状況を整理して。
必死に自分に言い聞かせる。
「――だから、今何とかして吐かせようとしているところ」
バルドラッドのその言葉が、シオンの体を凍り付かせた。
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