85 / 96
8.光のほうへ
5話
しおりを挟む
執務室の調査は滞りなく進み、特段異常は確認されなかった。
シオンは、カイレンに面会させて欲しいとバルドラッドに頼んだが、受け入れられることは無かった。
「一応言っておくけれど、シオンを疑っている訳じゃないよ。だから、監視もつけない」
監視、という言葉にシオンは一瞬緊張する。
「でも、君がカイレンに言いくるめられる可能性はある。ごく僅かでもね」
「そんなこと……!」
「ないって、君は言い切れないと思うんだ。大丈夫、君は切り捨てることが出来なくてもいい、俺がそれをやるだけ」
バルドラッドの笑顔には、一切の温度が感じられない。
頭では理解している。
それを非情だと糾弾できる立場に、自分はいないのだと。
「それに、実際まだわかっていないことも多い。なぜ、どうやって、何のために。……だから、会わせられないよ」
そう言って衛兵に合図をし、バルドラッドは部屋から出ていく。
シオンには、一瞥もくれなかった。
――もう話すことはない、と言う意思表示。
シオンは、ふう……と息を吐いた。
力をこめ続けていた膝が、今になってカクカクと震える。
崩れ落ちるように椅子へと座り、じっと一点を見つめる。
バルドラッドの言う通り、わかっていないことが多すぎる。
それでも、彼女が言う『覚えがない』という言葉を、シオンはどうしても信じたかった。
ふと、脳裏にヴァルターの顔が浮かぶ。
久しぶりに家族に会えるとはにかんでいたカイレンの姿が、随分と遠く、霞んで見える。
ヴァルターに知らせた方がいいのだろうか。
そんなことが思い浮かんで、シオンは首を振る。
それは――できない。
その代わりに、今自分にできる事は何なのか。
それだけをただ考え続ける。
シオンはノートを取り出した。
一心不乱にペンを走らせる。
このまま蚊帳の外ではいられない。
そのためには、バルドラッドに対して交渉する必要がある。
瞬きもせず、シオンはひたすらに手を動かし続けた。
◇
夕方、シオンはシンシアのもとを訪れていた。
今日は黒猫の出迎えはない。
その、いつもと違うほんの少しのことがシオンの心を揺さぶった。
研究室のドアを叩き、シンシアを呼ぶ。
――反応はない。
もしかしたらバルドラッドの手がすでに回っているのかも知れない。
カイレンがどこにいるのかもわからない。
それこそ、もしかしたらこのひんやりとした地下研究室にひとり、閉じ込められているのかも知れない。
応答を待っている間に、良からぬ想像ばかりが膨らんでいく。
諦めきれずにまた数度、ドアを叩く。
「……うるさいわね。何の用?」
ドアの向こうから、ようやく反応が返ってくる。
シンシアの気だるそうな声が出て聞こえて、こんなに嬉しかったことはない。
「シンシアさん……っ、お願いです、教えてほしいことがあるんです」
未だ開かないドアに両手を突き、すがるように体を押し当てながら長く息を吐く。
少し間をおいて、そのドアはゆっくりと開かれた。
「ずいぶん顔色が悪いじゃない」
ドアの隙間からこちらを一瞥して、シンシアはフンと鼻を鳴らした。
シオンは開かれたドアをくぐり、研究室の中へと入る。
シンシアは、手に持っていた注射器をカラン、とテーブル上のトレイに転がした。
その後ろから黒猫が甘えるような声で彼女に体を擦り寄せていた。
「あなたも風邪?」
そう言いながらシンシアは黒猫を抱き上げる。
ゴロゴロと喉を鳴らしたあと、猫は小さなくしゃみをした。
「シンシアさん……人為的にモンスターを変異させようとした場合、技術的にはどの程度のものが要求されますか?」
シオンは前置きを省いて真っ直ぐに尋ねた。
唐突なシオンの問いかけにも顔色を変えず、シンシアは即答する。
「モンスター相手なら技術はそんなに問題じゃ無いわ。どっちかって言うと解剖学的な知識の方が必要」
「医者や科学者でもない素人にも可能ですか」
「練習すればね。……だからこそ、自己治癒能力が高いやつらが選ばれてる」
シオンは大きく頷いた。
その点、サンドワームが良い例だろう。
「……カイレンにも可能だと思いますか」
隠すつもりはもうなかった。
シンシアも、質問の意図にはとうに気がついていたのだろう。
「技術的な問題よりも、設備的な面で無理でしょうね」
と、即答する。
「最低限、私の研究室並の設備が必要。大型のモンスターを複数サンプルとして抱えるなら、それらを格納するだけのスペースも当然必要だから」
そう言って、シンシアはパイプをふかした。
断定的な彼女の言葉に、シオンはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その安堵は束の間のものだった。
「……ひとりでは、ね。残念だけど、そんなのバルドラッドもわかってるわよ。カイレンは協力者でしかない。主犯は別にいる」
淡々と続けるシンシアの声が、耳の奥で冷たく響く。
質量を持たないはずの音に、胸がぎゅっと押しつぶされそうになる。
ふと、先ほど乱雑にトレイの中へと転がされた注射器に視線がいく。
シオンは、何かの薬剤が押し出された様子のあるその針先から、目が離せなかった。
「シンシアさん……これ……誰に使ったんですか」
シンシアは答えない。
感情を一切読み取ることが出来ない目。
バルドラッドは主犯を追っている。
その情報を引き出すために、カイレンはどんな目に遭っているのだろうか。
シオンは、体の震えを隠すためにぐっと拳を握った。
シンシアの言葉を待たずに、シオンは駆け出していた。
行き先はひとつ。
――バルドラッドの元へ。
シオンは、カイレンに面会させて欲しいとバルドラッドに頼んだが、受け入れられることは無かった。
「一応言っておくけれど、シオンを疑っている訳じゃないよ。だから、監視もつけない」
監視、という言葉にシオンは一瞬緊張する。
「でも、君がカイレンに言いくるめられる可能性はある。ごく僅かでもね」
「そんなこと……!」
「ないって、君は言い切れないと思うんだ。大丈夫、君は切り捨てることが出来なくてもいい、俺がそれをやるだけ」
バルドラッドの笑顔には、一切の温度が感じられない。
頭では理解している。
それを非情だと糾弾できる立場に、自分はいないのだと。
「それに、実際まだわかっていないことも多い。なぜ、どうやって、何のために。……だから、会わせられないよ」
そう言って衛兵に合図をし、バルドラッドは部屋から出ていく。
シオンには、一瞥もくれなかった。
――もう話すことはない、と言う意思表示。
シオンは、ふう……と息を吐いた。
力をこめ続けていた膝が、今になってカクカクと震える。
崩れ落ちるように椅子へと座り、じっと一点を見つめる。
バルドラッドの言う通り、わかっていないことが多すぎる。
それでも、彼女が言う『覚えがない』という言葉を、シオンはどうしても信じたかった。
ふと、脳裏にヴァルターの顔が浮かぶ。
久しぶりに家族に会えるとはにかんでいたカイレンの姿が、随分と遠く、霞んで見える。
ヴァルターに知らせた方がいいのだろうか。
そんなことが思い浮かんで、シオンは首を振る。
それは――できない。
その代わりに、今自分にできる事は何なのか。
それだけをただ考え続ける。
シオンはノートを取り出した。
一心不乱にペンを走らせる。
このまま蚊帳の外ではいられない。
そのためには、バルドラッドに対して交渉する必要がある。
瞬きもせず、シオンはひたすらに手を動かし続けた。
◇
夕方、シオンはシンシアのもとを訪れていた。
今日は黒猫の出迎えはない。
その、いつもと違うほんの少しのことがシオンの心を揺さぶった。
研究室のドアを叩き、シンシアを呼ぶ。
――反応はない。
もしかしたらバルドラッドの手がすでに回っているのかも知れない。
カイレンがどこにいるのかもわからない。
それこそ、もしかしたらこのひんやりとした地下研究室にひとり、閉じ込められているのかも知れない。
応答を待っている間に、良からぬ想像ばかりが膨らんでいく。
諦めきれずにまた数度、ドアを叩く。
「……うるさいわね。何の用?」
ドアの向こうから、ようやく反応が返ってくる。
シンシアの気だるそうな声が出て聞こえて、こんなに嬉しかったことはない。
「シンシアさん……っ、お願いです、教えてほしいことがあるんです」
未だ開かないドアに両手を突き、すがるように体を押し当てながら長く息を吐く。
少し間をおいて、そのドアはゆっくりと開かれた。
「ずいぶん顔色が悪いじゃない」
ドアの隙間からこちらを一瞥して、シンシアはフンと鼻を鳴らした。
シオンは開かれたドアをくぐり、研究室の中へと入る。
シンシアは、手に持っていた注射器をカラン、とテーブル上のトレイに転がした。
その後ろから黒猫が甘えるような声で彼女に体を擦り寄せていた。
「あなたも風邪?」
そう言いながらシンシアは黒猫を抱き上げる。
ゴロゴロと喉を鳴らしたあと、猫は小さなくしゃみをした。
「シンシアさん……人為的にモンスターを変異させようとした場合、技術的にはどの程度のものが要求されますか?」
シオンは前置きを省いて真っ直ぐに尋ねた。
唐突なシオンの問いかけにも顔色を変えず、シンシアは即答する。
「モンスター相手なら技術はそんなに問題じゃ無いわ。どっちかって言うと解剖学的な知識の方が必要」
「医者や科学者でもない素人にも可能ですか」
「練習すればね。……だからこそ、自己治癒能力が高いやつらが選ばれてる」
シオンは大きく頷いた。
その点、サンドワームが良い例だろう。
「……カイレンにも可能だと思いますか」
隠すつもりはもうなかった。
シンシアも、質問の意図にはとうに気がついていたのだろう。
「技術的な問題よりも、設備的な面で無理でしょうね」
と、即答する。
「最低限、私の研究室並の設備が必要。大型のモンスターを複数サンプルとして抱えるなら、それらを格納するだけのスペースも当然必要だから」
そう言って、シンシアはパイプをふかした。
断定的な彼女の言葉に、シオンはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その安堵は束の間のものだった。
「……ひとりでは、ね。残念だけど、そんなのバルドラッドもわかってるわよ。カイレンは協力者でしかない。主犯は別にいる」
淡々と続けるシンシアの声が、耳の奥で冷たく響く。
質量を持たないはずの音に、胸がぎゅっと押しつぶされそうになる。
ふと、先ほど乱雑にトレイの中へと転がされた注射器に視線がいく。
シオンは、何かの薬剤が押し出された様子のあるその針先から、目が離せなかった。
「シンシアさん……これ……誰に使ったんですか」
シンシアは答えない。
感情を一切読み取ることが出来ない目。
バルドラッドは主犯を追っている。
その情報を引き出すために、カイレンはどんな目に遭っているのだろうか。
シオンは、体の震えを隠すためにぐっと拳を握った。
シンシアの言葉を待たずに、シオンは駆け出していた。
行き先はひとつ。
――バルドラッドの元へ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる