魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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8.光のほうへ

5話

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 執務室の調査は滞りなく進み、特段異常は確認されなかった。
 シオンは、カイレンに面会させて欲しいとバルドラッドに頼んだが、受け入れられることは無かった。

「一応言っておくけれど、シオンを疑っている訳じゃないよ。だから、監視もつけない」

 監視、という言葉にシオンは一瞬緊張する。

「でも、君がカイレンに言いくるめられる可能性はある。ごく僅かでもね」

「そんなこと……!」

「ないって、君は言い切れないと思うんだ。大丈夫、君は切り捨てることが出来なくてもいい、俺がそれをやるだけ」

 バルドラッドの笑顔には、一切の温度が感じられない。
 頭では理解している。
 それを非情だと糾弾できる立場に、自分はいないのだと。

「それに、実際まだわかっていないことも多い。なぜ、どうやって、何のために。……だから、会わせられないよ」

 そう言って衛兵に合図をし、バルドラッドは部屋から出ていく。
 シオンには、一瞥もくれなかった。
 ――もう話すことはない、と言う意思表示。

 シオンは、ふう……と息を吐いた。
 力をこめ続けていた膝が、今になってカクカクと震える。
 
 崩れ落ちるように椅子へと座り、じっと一点を見つめる。
 
 バルドラッドの言う通り、わかっていないことが多すぎる。
 それでも、彼女が言う『覚えがない』という言葉を、シオンはどうしても信じたかった。

 ふと、脳裏にヴァルターの顔が浮かぶ。
 久しぶりに家族に会えるとはにかんでいたカイレンの姿が、随分と遠く、霞んで見える。

 ヴァルターに知らせた方がいいのだろうか。
 そんなことが思い浮かんで、シオンは首を振る。

 それは――できない。
 
 その代わりに、今自分にできる事は何なのか。
 それだけをただ考え続ける。
 
 シオンはノートを取り出した。
 一心不乱にペンを走らせる。

 このまま蚊帳の外ではいられない。
 そのためには、バルドラッドに対して交渉する必要がある。

 瞬きもせず、シオンはひたすらに手を動かし続けた。

 ◇

 夕方、シオンはシンシアのもとを訪れていた。
 今日は黒猫の出迎えはない。
 その、いつもと違うほんの少しのことがシオンの心を揺さぶった。

 研究室のドアを叩き、シンシアを呼ぶ。
 ――反応はない。

 もしかしたらバルドラッドの手がすでに回っているのかも知れない。
 カイレンがどこにいるのかもわからない。
 それこそ、もしかしたらこのひんやりとした地下研究室にひとり、閉じ込められているのかも知れない。

 応答を待っている間に、良からぬ想像ばかりが膨らんでいく。
 諦めきれずにまた数度、ドアを叩く。

「……うるさいわね。何の用?」

 ドアの向こうから、ようやく反応が返ってくる。
 シンシアの気だるそうな声が出て聞こえて、こんなに嬉しかったことはない。

「シンシアさん……っ、お願いです、教えてほしいことがあるんです」

 未だ開かないドアに両手を突き、すがるように体を押し当てながら長く息を吐く。
 少し間をおいて、そのドアはゆっくりと開かれた。

「ずいぶん顔色が悪いじゃない」

 ドアの隙間からこちらを一瞥して、シンシアはフンと鼻を鳴らした。
 シオンは開かれたドアをくぐり、研究室の中へと入る。
 
 シンシアは、手に持っていた注射器をカラン、とテーブル上のトレイに転がした。
 その後ろから黒猫が甘えるような声で彼女に体を擦り寄せていた。

「あなたも風邪?」

 そう言いながらシンシアは黒猫を抱き上げる。
 ゴロゴロと喉を鳴らしたあと、猫は小さなくしゃみをした。

「シンシアさん……人為的にモンスターを変異させようとした場合、技術的にはどの程度のものが要求されますか?」

 シオンは前置きを省いて真っ直ぐに尋ねた。
 唐突なシオンの問いかけにも顔色を変えず、シンシアは即答する。

「モンスター相手なら技術はそんなに問題じゃ無いわ。どっちかって言うと解剖学的な知識の方が必要」
「医者や科学者でもない素人にも可能ですか」
「練習すればね。……だからこそ、自己治癒能力が高いやつらが選ばれてる」

 シオンは大きく頷いた。
 その点、サンドワームが良い例だろう。

「……カイレンにも可能だと思いますか」

 隠すつもりはもうなかった。
 シンシアも、質問の意図にはとうに気がついていたのだろう。

「技術的な問題よりも、設備的な面で無理でしょうね」

 と、即答する。

「最低限、私の研究室並の設備が必要。大型のモンスターを複数サンプルとして抱えるなら、それらを格納するだけのスペースも当然必要だから」

 そう言って、シンシアはパイプをふかした。
 断定的な彼女の言葉に、シオンはほっと胸を撫で下ろす。
 しかし、その安堵は束の間のものだった。

「……ひとりでは、ね。残念だけど、そんなのバルドラッドもわかってるわよ。カイレンは協力者でしかない。主犯は別にいる」

 淡々と続けるシンシアの声が、耳の奥で冷たく響く。
 質量を持たないはずの音に、胸がぎゅっと押しつぶされそうになる。

 ふと、先ほど乱雑にトレイの中へと転がされた注射器に視線がいく。
 シオンは、何かの薬剤が押し出された様子のあるその針先から、目が離せなかった。

「シンシアさん……これ……誰に使ったんですか」

 シンシアは答えない。
 感情を一切読み取ることが出来ない目。
 バルドラッドは主犯を追っている。
 その情報を引き出すために、カイレンはどんな目に遭っているのだろうか。

 シオンは、体の震えを隠すためにぐっと拳を握った。
 シンシアの言葉を待たずに、シオンは駆け出していた。
 行き先はひとつ。

 ――バルドラッドの元へ。
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