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8.光のほうへ
エピローグ
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エピローグ
激しい戦いの爪痕が未だ残る魔王城。
カイレンとヴァルターが姿を消して数週間が経過していた。
雪は止み、城のいたるところで魔物たちが忙しく働いている。
皆体に包帯を巻いたり、松葉づえをついたりと、あの戦いの名残をどこかに滲ませながら。
大量に発見された吸魔の香は、やはりあの村特産のものらしかった。
存在を嗅ぎつけたヴァルターが、王都より早く買い上げたのだろう。
拭ってもなかなか取れない香りに手を焼いた。
加えて、徹底した捜索の結果、魔王城内のいくつかの施設内に転移魔法らしきものの残滓が見つかった。
ノイルはじめ、魔塔の面々が念入りにそれを消し去り、魔王城はようやく復旧へと着手しはじめたのだ。
執務室で、シオンは書類と向き合っていた。
アカデミーの校舎は倒壊してしまい、これを機に城内へと移転、規模化したうえで正式に運用することに決まっていた。
文官の育成が急務だ。
シオンは、窓辺に飾ってあるチョーカーを見つめて息を吐いた。
ドランの調査により、チョーカーを飾る赤い石に細工が見つかった。
それは、カイレンの小さな体を操るには十分すぎるほどの、余りにも強い、まるで呪いのような魔法のかたまりだった。
わかってはいてもそのチョーカーを差し出すことが出来ないシオンの姿を見かねて、ドランが石の部分を付け替えて返してくれた。
持ち主が不在のまま、しまっておくことも出来ず、執務室の一角に置いてある。
「シオン、いますか?」
呼ばれるままにドアを開くと、そこにはガルオンともう一人、獣人の少年を連れたレヴィアスの姿があった。
アカデミーの卒業生で、レヴィアスの管轄に新しく配属された文官見習いだ。
獣人の少年から質問をいくつか受けながら、書類のやり取りを進めていく。
……少しずつ、魔王城の在り方も変わってきていると感じていた。
「よし、あとは現場に説明しに行くぞ、ついてこい」
ガルオンが手招きし、獣人の少年が小走りでその後を追う。
シオンはそんな姿を見て微笑んだ。
残されたレヴィアスとふたり、視線を交わして静かな時間を共有する。
いつも側で支えてくれていたカイレンを失い、どうしてもぐらついてしまうシオンの心を支えてくれたのは、ただ黙った隣に立ってくれたレヴィアスの存在だった。
「……カイレンの足取りは、わかりましたか?」
「いえ……今のところは、何も」
その答えに、シオンはゆっくりと目を伏せた。
分かってはいても、こうして時折尋ねてしまう。
それ以上何も言わず、レヴィアスはシオンの隣に立っていた。
シオンはレヴィアスのほのかな体温を半身に感じながら、ほんの少し体を傾けてレヴィアスに寄りかかる。
そんな頼り方を覚えるくらいには、ふたりの関係のありかたは変化していた。
執務室に残されたカイレンの私物はそのままにしてある。
いつかひょっこり帰ってくる……なんて楽観的なことは考えていないけれど、彼女がいたという事実はシオンの心の中の碇のようなものに変化していた。
隣に彼女がいて、手を引き、いつでも支えてくれていた。
まるで妹のような、あたたかな存在。
そして今初めて、シオンは一人でこの世界に立っているような気がしていた。
吸い込む空気さえ、今までとは少し違う温度を纏っているようだ。
「今度、また港町に行ってみようと思うんです」
カイレンとふたりお揃いの銀の櫛を買った、あの港町。
お祭りの時期ではないけれど、時折あの活気が恋しくなる。
世界を飛び回る商人になりたいと言っていた彼女の目には、あの景色はどう映るだろうか?
いつか、一緒に歩きたい。
カイレンがそうしてくれたように、今度は彼女の手を取って、一緒に広い世界を飛び回りたい。
「レヴィアスさん、一緒に行ってくれますか? ……お休みをとって」
また目の下にくまを浮かばせているレヴィアスに向かって、シオンが微笑む。
レヴィアスは何も言わずにシオンの頬を柔らかく撫でると、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。
[pagebreak]
[pagebreak]
どこかの町の、雑踏と声が飛び交う人々の渦の中。
握手を交わし、穏やかな笑顔を浮かべる商人がひとり。
トランクをパチンと締め、商売相手に会釈をする。
「私たちはいつでも親切丁寧……ああ、当然のことです」
乾いた風があたりを包み、立ち並ぶ店の隙間を木の葉が駆け抜けていく。
――商売ですから。
その声は、風に溶けて消えていった。
END
激しい戦いの爪痕が未だ残る魔王城。
カイレンとヴァルターが姿を消して数週間が経過していた。
雪は止み、城のいたるところで魔物たちが忙しく働いている。
皆体に包帯を巻いたり、松葉づえをついたりと、あの戦いの名残をどこかに滲ませながら。
大量に発見された吸魔の香は、やはりあの村特産のものらしかった。
存在を嗅ぎつけたヴァルターが、王都より早く買い上げたのだろう。
拭ってもなかなか取れない香りに手を焼いた。
加えて、徹底した捜索の結果、魔王城内のいくつかの施設内に転移魔法らしきものの残滓が見つかった。
ノイルはじめ、魔塔の面々が念入りにそれを消し去り、魔王城はようやく復旧へと着手しはじめたのだ。
執務室で、シオンは書類と向き合っていた。
アカデミーの校舎は倒壊してしまい、これを機に城内へと移転、規模化したうえで正式に運用することに決まっていた。
文官の育成が急務だ。
シオンは、窓辺に飾ってあるチョーカーを見つめて息を吐いた。
ドランの調査により、チョーカーを飾る赤い石に細工が見つかった。
それは、カイレンの小さな体を操るには十分すぎるほどの、余りにも強い、まるで呪いのような魔法のかたまりだった。
わかってはいてもそのチョーカーを差し出すことが出来ないシオンの姿を見かねて、ドランが石の部分を付け替えて返してくれた。
持ち主が不在のまま、しまっておくことも出来ず、執務室の一角に置いてある。
「シオン、いますか?」
呼ばれるままにドアを開くと、そこにはガルオンともう一人、獣人の少年を連れたレヴィアスの姿があった。
アカデミーの卒業生で、レヴィアスの管轄に新しく配属された文官見習いだ。
獣人の少年から質問をいくつか受けながら、書類のやり取りを進めていく。
……少しずつ、魔王城の在り方も変わってきていると感じていた。
「よし、あとは現場に説明しに行くぞ、ついてこい」
ガルオンが手招きし、獣人の少年が小走りでその後を追う。
シオンはそんな姿を見て微笑んだ。
残されたレヴィアスとふたり、視線を交わして静かな時間を共有する。
いつも側で支えてくれていたカイレンを失い、どうしてもぐらついてしまうシオンの心を支えてくれたのは、ただ黙った隣に立ってくれたレヴィアスの存在だった。
「……カイレンの足取りは、わかりましたか?」
「いえ……今のところは、何も」
その答えに、シオンはゆっくりと目を伏せた。
分かってはいても、こうして時折尋ねてしまう。
それ以上何も言わず、レヴィアスはシオンの隣に立っていた。
シオンはレヴィアスのほのかな体温を半身に感じながら、ほんの少し体を傾けてレヴィアスに寄りかかる。
そんな頼り方を覚えるくらいには、ふたりの関係のありかたは変化していた。
執務室に残されたカイレンの私物はそのままにしてある。
いつかひょっこり帰ってくる……なんて楽観的なことは考えていないけれど、彼女がいたという事実はシオンの心の中の碇のようなものに変化していた。
隣に彼女がいて、手を引き、いつでも支えてくれていた。
まるで妹のような、あたたかな存在。
そして今初めて、シオンは一人でこの世界に立っているような気がしていた。
吸い込む空気さえ、今までとは少し違う温度を纏っているようだ。
「今度、また港町に行ってみようと思うんです」
カイレンとふたりお揃いの銀の櫛を買った、あの港町。
お祭りの時期ではないけれど、時折あの活気が恋しくなる。
世界を飛び回る商人になりたいと言っていた彼女の目には、あの景色はどう映るだろうか?
いつか、一緒に歩きたい。
カイレンがそうしてくれたように、今度は彼女の手を取って、一緒に広い世界を飛び回りたい。
「レヴィアスさん、一緒に行ってくれますか? ……お休みをとって」
また目の下にくまを浮かばせているレヴィアスに向かって、シオンが微笑む。
レヴィアスは何も言わずにシオンの頬を柔らかく撫でると、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。
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どこかの町の、雑踏と声が飛び交う人々の渦の中。
握手を交わし、穏やかな笑顔を浮かべる商人がひとり。
トランクをパチンと締め、商売相手に会釈をする。
「私たちはいつでも親切丁寧……ああ、当然のことです」
乾いた風があたりを包み、立ち並ぶ店の隙間を木の葉が駆け抜けていく。
――商売ですから。
その声は、風に溶けて消えていった。
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