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第11話 魔王、流行り病に倒れる
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ヴァロワ王国の王都を出てから二日目の朝。
いつもなら寝起きの悪いアランをリリトヴェールが叩き起こすことからはじまるのだが、今日はいつまで経っても起こされないので、アランが不思議に思ってベッドから出た。
リリトヴェールはまだベッドの中で眠っているようだ。
「リリー、朝だよ」
「けふけふ」
「リリー?」
アランがリリトヴェールの様子を見ると、顔を真っ赤にしていた。
驚いたアランはリリトヴェールの肩を揺すった。
リリトヴェールはうっすらと目を開けて、虚ろな瞳でアランを見た。
「なんだこれは? こんなにだるいのは、はじめて……。けふけふ」
アランはリリトヴェールの額に触れて、目を丸くした。
「熱いよ、リリー! ちょっと待っていて。誰か呼んでくるよ」
アランは部屋を出て、宿屋の受付まで飛んで行った。
「リリーが大変なんだ!」
受付にいた女将さんが何事かとアランを見た。
アランは女将さんの手を引いて、部屋へと戻った。
咳をしているリリトヴェールを見た女将さんは事情を察した。
「これはケフケフだよ」
アランは女将さんにかみつく勢いで尋ねた。
「ケフケフ? なにそれ? リリー、死んじゃうの?」
女将さんは隣で心配そうにしているアランに視線を向けた。
「咳が特徴的な病気で、けふけふと言うだろう? 年寄りとか小さな子供とか、放っておけば大人でも死んでしまうことはあるよ。けど、薬を飲めばすぐに治る」
アランはそれを聞いて、少しほっとしたような表情をした。
「薬を飲めば治る……。よかった。どんな薬?」
「『雪の花』と呼ばれる薬草だよ。白い花で、根っこが薬になるんだ。この時期だったら裏の森に行けばすぐに手に入る。まぁ……」
「わかったよ! すぐに取ってくる!」
アランは女将の言うことを最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
「ああ! 待ちな……って、行っちゃったね。まぁ、この時期は流行るから、医者を呼べば薬はすぐもらえるんだけどね……」
やり取りを聞いていたリリトヴェールが熱で潤んだ茶色の瞳を女将さんに向けた。
「すまない。うちの子、ちょっとあれなんだ……。あの、アホの子で……」
リリトヴェールは熱で頭が回らず、いいフォローが思い浮かばなかった。
それを聞いた女将さんは大きな声で笑った。
「いいじゃないの。あんなに取り乱すほど、あんたのことが大事なんだろ。とりあえず、医者を呼んであげるよ。あんたはゆっくり休んでな」
「……ありがとう」
リリトヴェールは少し照れたように、布団に潜り込んだ。
アランは一心不乱に宿屋の裏にある森へと向かった。
辺りを見渡しながら、雪の花を探す。
――女将さん、白い花って言っていたよな。早く見つけないと……。
リリトヴェールの辛そうな表情がアランの脳裏に貼りついて、それがアランを急かしていた。
しかし、冬枯れた雑草ばかりで、雪の花は一向に見つからない。
――この間にもリリーの病状が悪化しているかもしれないのに……!
その時だった。
ふと視線を上げたその先に、白い花が揺れているのが見えた。
「あった! きっとあれだ」
しかし、雪の花のある場所は崖の途中で、登るのはそう容易くなさそうだった。
アランはしばらく考えてから覚悟を決めた。
――リリー、待っていて。必ず俺が雪の花を持って帰るから。
アランは崖に手をかけ、一歩一歩登って行った。
時折、木枯らしがアランの体を揺らしたが、耐えながら登って行く。
やっと雪の花に届きそうになった時、アランの足場が崩れた。
「わぁ! ……危ない。落ちるところだった」
足の爪先で辺りを探り、新しい足場を見つけたアランはとうとう雪の花を手に入れた。
リリトヴェールがいる部屋のドアが勢いよく開き、部屋の中にいた全員がそちらを向いた。
そこには泥が顔にも服にもついたぼろぼろのアランが立っていて、手には雪の花二輪が大切そうに握られていた。
「リリー、まだ生きている?」
アランはそう尋ねてから、部屋の中に見覚えのない人がいることに気がついた。
初老の男性で、女将さんの隣で椅子に座っていた。
「誰?」
それに答えたのは女将さんだった。
「医者だよ。リリーを診てもらっていたんだ」
リリトヴェールはマグカップに口をつけて顔をしかめた。
「まずいよ、これ」
医者は優しく諭すように言った。
「薬はね、そういうものなんだよ。これを飲めば、明日にはよくなるから、我慢して飲みなさい」
リリトヴェールは苦虫を噛んだような顔で一気に飲み干した。
そのやりとりを見ていたアランがきょとんとした顔で首を傾げた。
「薬……?」
女将さんが苦笑しながら言った。
「あんた、最後まで話を聞かないで飛び出すから。医者を呼べば大丈夫だったんだよ」
医者は立ち上がり、アランの前に立った。
「雪の花の根は乾燥させて、粉にするんだ。それをお湯に溶いて飲ませるんだよ。だから、取ってきたばかりのものは使えないんだ」
「そんなぁ……」
アランは力が抜けたように、その場に座った。
医者は続けてアランに言った。
「だが、君のリリーを想う心と努力は何物にも代えがたいものだ。今回のお代は、君が取ってきたその雪の花をいただこう」
医者はアランの手の中にある雪の花を指差した。
アランは医者を見上げ、雪の花を渡した。
「ありがとう」
女将さんもアランに寄ってきて、顔についた泥をハンカチで拭ってくれた。
「それにしても、あんたドロドロだね。その雪の花はどこで取ってきたんだい?」
「崖のところに生えていた」
女将さんと医者は顔を見合わせてから笑い、医者が教えてくれた。
「その崖の上が、『雪の花の丘』と呼ばれる群生地なんだよ。種子が崖にも飛んでいたんだね。森の西側から上る道があったんだよ」
「そんなぁ……」
アランは肩を落とし、うなだれた。
リリトヴェールはベッドの上から言った。
「アランはちゃんと人の話を聞かないから……。旅をするうえで情報は必要不可欠なんだよ。ちゃんと情報収集をしないで動くからこうなるんだ」
「わかったよ……。今度から気をつけるよ」
しゅんとしているアランにリリトヴェールは小さく笑った。
「でも、アランが私を心配してくれているのはすごく伝わったよ。雪の花を取ってきてくれてありがとう。ひとりでよくやったな」
アランは立ち上がり、リリトヴェールのそばに寄った。
ベッドに座るリリトヴェールの額に手を当てる。
「薬を飲んでよくなった?」
「さすがに飲んだばかりだから……。けふけふ」
女将さんはドアの前からリリトヴェールに言った。
「リリーは少し寝なよ。あとでパン粥を持ってきてあげる」
「ありがとう、女将さん。そうするよ」
リリトヴェールはそう言ってからベッドに潜り込んだ。
夜中。
リリトヴェールは額に冷たいものを感じて目が覚めた。
額に手をやると、濡れたタオルが置いてあった。
「起こしちゃった?」
その声を頼りに視線をベッド脇にやるとランプに照らされたアランがいた。
「アラン、もしかしてずっと看病してくれていたの?」
「ん? トイレに起きたら、リリーの額のタオルが温かくなっていたから変えただけ。俺ももう寝るよ」
「ありがとう、アラン……」
リリトヴェールはそう言って、また寝息を立てはじめた。
翌朝。
リリトヴェールは爽快な気持ちで目が覚めた。
カーテンを開け、朝の陽射しを受けながら伸びをした。
「すっかり良くなったな」
「けふけふ」
その声に嫌な予感を覚えて振り返ると、アランがベッドで丸くなって寝ていた。
リリトヴェールは恐る恐るアランのベッド脇に行き、そっと布団をめくって顔色を窺う。
嫌な予感は当たり、アランの顔は真っ赤だった。
「けふけふ」
リリトヴェールは顔を手で覆った。
「今度はアランか……。女将さんに医者呼んでもらうから、ちょっと待っていて」
「ごめんよぉ、リリー。けふけふ」
それから二日後。
回復したリリトヴェールとアランは、看病してくれた女将さんにお礼を言って、宿屋を後にした。
いつもなら寝起きの悪いアランをリリトヴェールが叩き起こすことからはじまるのだが、今日はいつまで経っても起こされないので、アランが不思議に思ってベッドから出た。
リリトヴェールはまだベッドの中で眠っているようだ。
「リリー、朝だよ」
「けふけふ」
「リリー?」
アランがリリトヴェールの様子を見ると、顔を真っ赤にしていた。
驚いたアランはリリトヴェールの肩を揺すった。
リリトヴェールはうっすらと目を開けて、虚ろな瞳でアランを見た。
「なんだこれは? こんなにだるいのは、はじめて……。けふけふ」
アランはリリトヴェールの額に触れて、目を丸くした。
「熱いよ、リリー! ちょっと待っていて。誰か呼んでくるよ」
アランは部屋を出て、宿屋の受付まで飛んで行った。
「リリーが大変なんだ!」
受付にいた女将さんが何事かとアランを見た。
アランは女将さんの手を引いて、部屋へと戻った。
咳をしているリリトヴェールを見た女将さんは事情を察した。
「これはケフケフだよ」
アランは女将さんにかみつく勢いで尋ねた。
「ケフケフ? なにそれ? リリー、死んじゃうの?」
女将さんは隣で心配そうにしているアランに視線を向けた。
「咳が特徴的な病気で、けふけふと言うだろう? 年寄りとか小さな子供とか、放っておけば大人でも死んでしまうことはあるよ。けど、薬を飲めばすぐに治る」
アランはそれを聞いて、少しほっとしたような表情をした。
「薬を飲めば治る……。よかった。どんな薬?」
「『雪の花』と呼ばれる薬草だよ。白い花で、根っこが薬になるんだ。この時期だったら裏の森に行けばすぐに手に入る。まぁ……」
「わかったよ! すぐに取ってくる!」
アランは女将の言うことを最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
「ああ! 待ちな……って、行っちゃったね。まぁ、この時期は流行るから、医者を呼べば薬はすぐもらえるんだけどね……」
やり取りを聞いていたリリトヴェールが熱で潤んだ茶色の瞳を女将さんに向けた。
「すまない。うちの子、ちょっとあれなんだ……。あの、アホの子で……」
リリトヴェールは熱で頭が回らず、いいフォローが思い浮かばなかった。
それを聞いた女将さんは大きな声で笑った。
「いいじゃないの。あんなに取り乱すほど、あんたのことが大事なんだろ。とりあえず、医者を呼んであげるよ。あんたはゆっくり休んでな」
「……ありがとう」
リリトヴェールは少し照れたように、布団に潜り込んだ。
アランは一心不乱に宿屋の裏にある森へと向かった。
辺りを見渡しながら、雪の花を探す。
――女将さん、白い花って言っていたよな。早く見つけないと……。
リリトヴェールの辛そうな表情がアランの脳裏に貼りついて、それがアランを急かしていた。
しかし、冬枯れた雑草ばかりで、雪の花は一向に見つからない。
――この間にもリリーの病状が悪化しているかもしれないのに……!
その時だった。
ふと視線を上げたその先に、白い花が揺れているのが見えた。
「あった! きっとあれだ」
しかし、雪の花のある場所は崖の途中で、登るのはそう容易くなさそうだった。
アランはしばらく考えてから覚悟を決めた。
――リリー、待っていて。必ず俺が雪の花を持って帰るから。
アランは崖に手をかけ、一歩一歩登って行った。
時折、木枯らしがアランの体を揺らしたが、耐えながら登って行く。
やっと雪の花に届きそうになった時、アランの足場が崩れた。
「わぁ! ……危ない。落ちるところだった」
足の爪先で辺りを探り、新しい足場を見つけたアランはとうとう雪の花を手に入れた。
リリトヴェールがいる部屋のドアが勢いよく開き、部屋の中にいた全員がそちらを向いた。
そこには泥が顔にも服にもついたぼろぼろのアランが立っていて、手には雪の花二輪が大切そうに握られていた。
「リリー、まだ生きている?」
アランはそう尋ねてから、部屋の中に見覚えのない人がいることに気がついた。
初老の男性で、女将さんの隣で椅子に座っていた。
「誰?」
それに答えたのは女将さんだった。
「医者だよ。リリーを診てもらっていたんだ」
リリトヴェールはマグカップに口をつけて顔をしかめた。
「まずいよ、これ」
医者は優しく諭すように言った。
「薬はね、そういうものなんだよ。これを飲めば、明日にはよくなるから、我慢して飲みなさい」
リリトヴェールは苦虫を噛んだような顔で一気に飲み干した。
そのやりとりを見ていたアランがきょとんとした顔で首を傾げた。
「薬……?」
女将さんが苦笑しながら言った。
「あんた、最後まで話を聞かないで飛び出すから。医者を呼べば大丈夫だったんだよ」
医者は立ち上がり、アランの前に立った。
「雪の花の根は乾燥させて、粉にするんだ。それをお湯に溶いて飲ませるんだよ。だから、取ってきたばかりのものは使えないんだ」
「そんなぁ……」
アランは力が抜けたように、その場に座った。
医者は続けてアランに言った。
「だが、君のリリーを想う心と努力は何物にも代えがたいものだ。今回のお代は、君が取ってきたその雪の花をいただこう」
医者はアランの手の中にある雪の花を指差した。
アランは医者を見上げ、雪の花を渡した。
「ありがとう」
女将さんもアランに寄ってきて、顔についた泥をハンカチで拭ってくれた。
「それにしても、あんたドロドロだね。その雪の花はどこで取ってきたんだい?」
「崖のところに生えていた」
女将さんと医者は顔を見合わせてから笑い、医者が教えてくれた。
「その崖の上が、『雪の花の丘』と呼ばれる群生地なんだよ。種子が崖にも飛んでいたんだね。森の西側から上る道があったんだよ」
「そんなぁ……」
アランは肩を落とし、うなだれた。
リリトヴェールはベッドの上から言った。
「アランはちゃんと人の話を聞かないから……。旅をするうえで情報は必要不可欠なんだよ。ちゃんと情報収集をしないで動くからこうなるんだ」
「わかったよ……。今度から気をつけるよ」
しゅんとしているアランにリリトヴェールは小さく笑った。
「でも、アランが私を心配してくれているのはすごく伝わったよ。雪の花を取ってきてくれてありがとう。ひとりでよくやったな」
アランは立ち上がり、リリトヴェールのそばに寄った。
ベッドに座るリリトヴェールの額に手を当てる。
「薬を飲んでよくなった?」
「さすがに飲んだばかりだから……。けふけふ」
女将さんはドアの前からリリトヴェールに言った。
「リリーは少し寝なよ。あとでパン粥を持ってきてあげる」
「ありがとう、女将さん。そうするよ」
リリトヴェールはそう言ってからベッドに潜り込んだ。
夜中。
リリトヴェールは額に冷たいものを感じて目が覚めた。
額に手をやると、濡れたタオルが置いてあった。
「起こしちゃった?」
その声を頼りに視線をベッド脇にやるとランプに照らされたアランがいた。
「アラン、もしかしてずっと看病してくれていたの?」
「ん? トイレに起きたら、リリーの額のタオルが温かくなっていたから変えただけ。俺ももう寝るよ」
「ありがとう、アラン……」
リリトヴェールはそう言って、また寝息を立てはじめた。
翌朝。
リリトヴェールは爽快な気持ちで目が覚めた。
カーテンを開け、朝の陽射しを受けながら伸びをした。
「すっかり良くなったな」
「けふけふ」
その声に嫌な予感を覚えて振り返ると、アランがベッドで丸くなって寝ていた。
リリトヴェールは恐る恐るアランのベッド脇に行き、そっと布団をめくって顔色を窺う。
嫌な予感は当たり、アランの顔は真っ赤だった。
「けふけふ」
リリトヴェールは顔を手で覆った。
「今度はアランか……。女将さんに医者呼んでもらうから、ちょっと待っていて」
「ごめんよぉ、リリー。けふけふ」
それから二日後。
回復したリリトヴェールとアランは、看病してくれた女将さんにお礼を言って、宿屋を後にした。
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