ランドリーブレイクタイム

晴なつちくわ

文字の大きさ
5 / 5
番外編

大晦日1st year

しおりを挟む


 ふーっと息を吐き出して、腕を思いっきり上に伸ばす。どうにか納得できるところまでたどり着いた。画面を見ながら、うん、と頷いて保存ボタンを押してから席を立つ。
 今日くらい、と朝起きた時は思っていたけれど、結局今日まで仕事に手を付けてしまった。苦にはなっていないからいっか、と思ったものの、ムッとした見知った顔が脳裏をよぎって笑ってしまった。
 そうだなぁ。確かに琉火くんなら、こんな時まで、と言うだろうなぁ。もしも言われても、それはお互い様でしょ、と言う気ではいるけれど。
 漏れた笑みをそのままに机に乗っていた時計に目をやれば、今年が終わるまであと二時間を切っていた。
 ご飯とお風呂はもう済ませているから、これと言ってやることはないけれど、何となく仕事部屋を後にする。向かったのはテレビがあるリビングだ。もしかしたら画面越しに見れるんじゃないかと思ったから。
 ローテーブルの上に鎮座しているリモコンを手に取って、テレビの電源を付ける。きらびやかなステージがすぐに映って、女性歌手がラブソングを熱唱しているところだった。
 えーっと、とスマートフォンを探す。
 確か出演順の画像を保存しておいたはずだ。彼女の名前から探せば、彼がもう出番を終えてしまったか解る。もしもまだ終わっていないならせっかくだし見よう。あまり会える人じゃないし、やっぱり元気な姿が見れるのは嬉しいから。
 ソファの間に挟まっているのを見つけて取り出したのと、ほぼ同時だった。バイブレーションと着信音が鳴り響いて、思わずソファの上に落としてしまった。そんなタイミングで、しかもこんな大晦日に電話が来ることなんて早々ない。もしかして何か仕事でやらかしただろうか。別の意味で青ざめてすぐさま手に取る。
 画面に表示されてた名前は。
「えっ、ん? ……えっ!?」
 見間違いかと何度も瞬きを繰り返してみるけれど、表示されているのは『瀬川琉火』だ。え、琉火くん今生放送中じゃないの? 大丈夫? とは思うものの、通話ボタンを押す指先は止められなかった。
「もしもし?」
『ユキ!』
 いつもよりも少しだけ機嫌のよさそうな声が、鼓膜へ届く。テレビの中できらきらとした照明がミラーボールのように光っているのが、目の端に見えた。
「……本物の琉火くん、だよね?」
 偽物だとは思わなかったけれど、あまりにも現実味がなくて。本来ならテレビの中のステージで七色のスポットライトを全身に浴びているような人物と、今電話がつながっている。しかもこの年の瀬に、だ。
『俺が偽物だと思う?』
 漏らすような笑い声と共に耳に届く声は柔らかい。ううん、と返事をしてスマートフォンを持ち替えて逆の耳に当てた。
「ちょっとびっくりしただけ。琉火くん今日、出演するんだよね? あ、もしかしてもう終わったとか?」
『いや、あと三十分後に出番』
「暇だったから俺に電話かけてきた?」
 くすくすと笑いながら問いかけたら、少しの沈黙が返ってきた。意地の悪いことを言ってしまったかな、と言葉を付け足そうとしたら、違うよ、と強い否定が耳に届く。
『年越す前に、ユキの声が聞きたかった』
 大きく心臓がリズムを外す。え、と漏れた声はきっと電波に乗ってしまった。
 違う。別に嫌だって思ったわけじゃない。突然そんなこと言うから驚いただけだよ。
 そういいたいのに声が出てこなかったのは、喉元が熱くなってしまって言葉にならなかったからだ。
『ごめん。変なこと言った』
「る、琉火くん待って!」
 前のめりになって彼の名を呼んだ。今彼とテレビ電話を繋いでなくてよかった。思い切りソファから立ち上がってしまったところを見られてたら、恥ずかしくて次にどんな顔をしてあったら良いか解らないところだった。
「俺も琉火くんの生の声聞けて嬉しいよ! ちょうど琉火くん見ようと思ってテレビつけたところだったし!」
 一体俺は何に言い訳してるんだ、と半ば混乱している頭のまま捲し立てた。
 少しの沈黙。次いで、大きな笑い声が聞こえてきた。今どんな顔をしているか簡単にわかってしまうほどの。
『ふはっ、くく、ほんとユキってさぁ』
「そんなに変なこと言ったかなぁ」
『ううん、すげー嬉しいよ。ありがと』
 電話の向こうで琉火くんを呼ぶ声がする。はあい、と返事をしてから琉火くんに名前を呼ばれた。
『今年は本当にお世話になりました! 来年もよろしくね、ユキ』
「あ、そんなのこちらこそだよ! 俺からもよろしくお願いします! ステージ頑張って」
 うん、とやけに嬉しそうな声を最後に、電話が切れる。
 ゆっるゆるになってしまった頬をそのままに、深呼吸を一つ。
 来年もいい年になりそうだ。また年が明けたら、連絡してみよう。
 そんな漠然とした想いを胸に、スマートフォンを放ってテレビに集中することにした。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 毎日更新

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

処理中です...