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番外編
大晦日1st year
しおりを挟むふーっと息を吐き出して、腕を思いっきり上に伸ばす。どうにか納得できるところまでたどり着いた。画面を見ながら、うん、と頷いて保存ボタンを押してから席を立つ。
今日くらい、と朝起きた時は思っていたけれど、結局今日まで仕事に手を付けてしまった。苦にはなっていないからいっか、と思ったものの、ムッとした見知った顔が脳裏をよぎって笑ってしまった。
そうだなぁ。確かに琉火くんなら、こんな時まで、と言うだろうなぁ。もしも言われても、それはお互い様でしょ、と言う気ではいるけれど。
漏れた笑みをそのままに机に乗っていた時計に目をやれば、今年が終わるまであと二時間を切っていた。
ご飯とお風呂はもう済ませているから、これと言ってやることはないけれど、何となく仕事部屋を後にする。向かったのはテレビがあるリビングだ。もしかしたら画面越しに見れるんじゃないかと思ったから。
ローテーブルの上に鎮座しているリモコンを手に取って、テレビの電源を付ける。きらびやかなステージがすぐに映って、女性歌手がラブソングを熱唱しているところだった。
えーっと、とスマートフォンを探す。
確か出演順の画像を保存しておいたはずだ。彼女の名前から探せば、彼がもう出番を終えてしまったか解る。もしもまだ終わっていないならせっかくだし見よう。あまり会える人じゃないし、やっぱり元気な姿が見れるのは嬉しいから。
ソファの間に挟まっているのを見つけて取り出したのと、ほぼ同時だった。バイブレーションと着信音が鳴り響いて、思わずソファの上に落としてしまった。そんなタイミングで、しかもこんな大晦日に電話が来ることなんて早々ない。もしかして何か仕事でやらかしただろうか。別の意味で青ざめてすぐさま手に取る。
画面に表示されてた名前は。
「えっ、ん? ……えっ!?」
見間違いかと何度も瞬きを繰り返してみるけれど、表示されているのは『瀬川琉火』だ。え、琉火くん今生放送中じゃないの? 大丈夫? とは思うものの、通話ボタンを押す指先は止められなかった。
「もしもし?」
『ユキ!』
いつもよりも少しだけ機嫌のよさそうな声が、鼓膜へ届く。テレビの中できらきらとした照明がミラーボールのように光っているのが、目の端に見えた。
「……本物の琉火くん、だよね?」
偽物だとは思わなかったけれど、あまりにも現実味がなくて。本来ならテレビの中のステージで七色のスポットライトを全身に浴びているような人物と、今電話がつながっている。しかもこの年の瀬に、だ。
『俺が偽物だと思う?』
漏らすような笑い声と共に耳に届く声は柔らかい。ううん、と返事をしてスマートフォンを持ち替えて逆の耳に当てた。
「ちょっとびっくりしただけ。琉火くん今日、出演するんだよね? あ、もしかしてもう終わったとか?」
『いや、あと三十分後に出番』
「暇だったから俺に電話かけてきた?」
くすくすと笑いながら問いかけたら、少しの沈黙が返ってきた。意地の悪いことを言ってしまったかな、と言葉を付け足そうとしたら、違うよ、と強い否定が耳に届く。
『年越す前に、ユキの声が聞きたかった』
大きく心臓がリズムを外す。え、と漏れた声はきっと電波に乗ってしまった。
違う。別に嫌だって思ったわけじゃない。突然そんなこと言うから驚いただけだよ。
そういいたいのに声が出てこなかったのは、喉元が熱くなってしまって言葉にならなかったからだ。
『ごめん。変なこと言った』
「る、琉火くん待って!」
前のめりになって彼の名を呼んだ。今彼とテレビ電話を繋いでなくてよかった。思い切りソファから立ち上がってしまったところを見られてたら、恥ずかしくて次にどんな顔をしてあったら良いか解らないところだった。
「俺も琉火くんの生の声聞けて嬉しいよ! ちょうど琉火くん見ようと思ってテレビつけたところだったし!」
一体俺は何に言い訳してるんだ、と半ば混乱している頭のまま捲し立てた。
少しの沈黙。次いで、大きな笑い声が聞こえてきた。今どんな顔をしているか簡単にわかってしまうほどの。
『ふはっ、くく、ほんとユキってさぁ』
「そんなに変なこと言ったかなぁ」
『ううん、すげー嬉しいよ。ありがと』
電話の向こうで琉火くんを呼ぶ声がする。はあい、と返事をしてから琉火くんに名前を呼ばれた。
『今年は本当にお世話になりました! 来年もよろしくね、ユキ』
「あ、そんなのこちらこそだよ! 俺からもよろしくお願いします! ステージ頑張って」
うん、とやけに嬉しそうな声を最後に、電話が切れる。
ゆっるゆるになってしまった頬をそのままに、深呼吸を一つ。
来年もいい年になりそうだ。また年が明けたら、連絡してみよう。
そんな漠然とした想いを胸に、スマートフォンを放ってテレビに集中することにした。
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