白砂の夜に踊る

晴なつちくわ

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番外編

あなた色に染めて

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 ラナキア国を出て、いろんな場所を放浪しながらウルウィ一座の仲間とともに次の国へと向かっていた。次の国に明日にはつくだろう、という夕暮れ。
 国境の宿屋にて長旅の疲れを癒す為、寝台に腰掛けていた時にそれは起こった。

 バサッと言う音が聞こえたのと、視界の隅に色とりどりの花束が見えたのは同時。え、と間抜けな声を上げながらそちらを見れば、唯一無二の愛しいαがそこに立っている。
 目を瞬くと、愛しいα――ミュトラは頬を緩ませて言った。

「誕生日おめでとう、ヴェルナ」
「お、おう。すげー花束だな?」

 誕生日なのは確かなのだが、いつどうやって彼が花束を用意したのかさっぱりわからない。ありがたいことだと思う。思うのだが、絶対に花束は邪魔だろ、とも思う。
 ヴェルナだってミュトラからの贈り物は嬉しい。それはもう嬉しいに決まっている。だが、ヴェルナたちは根無し草だ。兄姉の国に立ち寄ったり、一つの国に長く滞在するならともかくとして、今花束をもらうのは、どう考えても非合理的である。
 まあでも、と思う。王族として生きてきたミュトラの事を思えば、その考えに至らないのも当然だ。何よりもせっかくもらったものが、すぐ駄目になるかもしれないのが悲しい。切り花も生き物だ。生きているものはいずれ命を終えるものだとわかっていても、コッチの都合でずいぶんと短命にしてしまうのは。
 そんな事を考えていたヴェルナに気付いたのだろう、ミュトラは少し楽しそうに言った。

「花のことなら心配しなくて良い。これは枯れない花だから」
「? 枯れない花? そんなのがあるのか?」
「ああ。俺も初めて知った時は驚いた」

 ミュトラ曰く、花好きの人が編み出した技術らしい。説明を聞いても凄い技術ということしかわからなかったが、一年は持つという。
 花に今まであまり興味がなかったヴェルナには、未知の領域だ。目の前に差し出された花束を受け取りながら、花束を見る。
 時を止めてしまった花には、水も必要ないらしい。このまま一年保つなんて。

「美しいものは閉じ込めて飾っておきたい、か」

 昔そんな事を言われたのをふと思い出した。
 当然そんなクソみたいな誘いは断ったし、ジアノが出禁にした。だがそう言った彼の気持ちも、こういう方向に使えたなら良かったのかもしれない。今となっては行方も知らないが。
 不意に手首を掴まれて顔を上げる。ミュトラが険しい顔をしているのが見えた。

「どうした?」
「誰かに言われたのか?」
「え? ああ。随分前にな。もちろんジアノとフィニが追っ払ったけど」

 告げれば、ホッとしたように息を吐いたミュトラが隣に腰をかけてくる。その後もじっと見つめてくる彼に、思わず笑ってしまった。脇に花束を置きながら言う。

「なんだよ。そう言われた以外何もないぞ? 指一本触らせてない」
「そういうつもりでは……、いや、その言葉を聞けて俺は安心しているが、そのつもりではなく」
「じゃあどんなつもりだ? てっきり貞操を疑われたんだと思ったが」

 組んだ足に頬杖をついて、口角を釣り上げる。
 無論ミュトラにそんなつもりがない事は分かっている。伊達に四六時中一緒に過ごしていない。分かっていてなお、世間知らずなミュトラを少しだけ揶揄いたい、という悪戯心が時折顔を出す。いつもは冷静沈着で表情をほとんど崩さないし、ヴェルナにちょっかいを掛ける人間を容赦なく威圧する彼が、人間らしく困惑する顔を見せてくれる。それが、ヴェルナは好きだ。
 自分だけにしか見せないその顔を、何度だって見たいのだ。

「本当にそんなつもりはない。ただ、」
「ただ? なんだよ」

 躊躇うように口を噤んだミュトラは、膝の上で握り締めた手を見つめて動きを止めてしまった。そんなに言いにくい事なのだろうか。ふ、と小さく息を吐いてから、その拳の上に右手を乗せる。水宝玉の瞳が、ヴェルナを捉えて揺れている。

「言ってみろよ、ミュトラ。お前の全部、俺に見せろって言ったろ?」

 安心させるように左手でその肩を撫でた。
 ミュトラの手を取ったその日から、彼を受け止めると決めた。どんな事を彼が言っても、目を逸らすつもりも無かった事にするつもりもない。納得がいかないならお互いが妥協できるところまで話し合えばいい。それが、ミュトラの番になると決めたヴェルナの覚悟だ。
 そんな覚悟を知っているのか、ミュトラも意を決したようにこちらに体ごと向き合ってから、その重い口を開いた。

「俺も、お前を閉じ込めておきたいと思ったことがあるし、今でも思っている。出来ることなら誰の目にも触れさせたくない。他のαが寄ってたかるのを見るのも不快だ。でもお前のやりたい事を止めたくはないし、お前の枷になるまいとしているが、これから先もその衝動を抑えられるだろうかと不安になった」

 そんな事まで考えているのか。それが率直な感想だった。そんなに深刻に考えなくたって良いと思うのに、ミュトラはヴェルナの自由を奪う事を特に嫌っているようで、そこには明確な信念が存在している。
 思わず笑みが溢れる。ミュトラが、ヴェルナをただの番としてではなく、一個人として尊重してくれているのが垣間見えるから。つくづく愛されてるな、と実感する。

「話してくれてありがとうな」
「……引かないか?」
「引かねーよ。むしろお前の気持ちが知れて嬉しい」

 こうして話をしてくれなければ、ミュトラの胸の内を知る事は出来ない。憶測で察することは出来るが、それが間違う可能性だってある。だから、抱え込まれるよりも話してくれた方がずっと良い。

「ミュトラ、不安になったらこうして沢山話そう。俺もお前が不安を隠すのは嫌だし、出来れば笑ってて欲しい」
「すまない。不快にさせただろうか。折角のお前の誕生日なのに」
「そうじゃない。お前がどんな感情を持っていても良い。でも一人で抱え込むな。悩むくらいだったら俺と分かち合ってくれ。お前の感情を知らん顔したくないから」

 ミュトラがヴェルナを尊重してくれるのと同じように、ヴェルナもミュトラの心を尊重したいから。そう告げたら、ミュトラはやっと頬を緩ませて、うん、と頷いてくれた。

「お前は本当に良い男だな」
「ははっ、お互い様だよ」

 こんなに出来た男に、生まれた日を教えられたのは、こうして祝って貰えることは、しあわせなことだと思う。これからもこの男と共に生きていきたいから。
 あ、と気付いたように声を上げたミュトラが、おもむろに懐を探り始めた。頭の上にたくさんの疑問符を浮かべたヴェルナの前に差し出されたのは、小さな箱だった。

「これは?」
「これが本命の贈り物だ」

 差し出されたそれを受け取って、開けてもいいか、と尋ねる。深く頷かれたのを合図に、ゆっくりと箱を開けていく。
 そこに鎮座していたのは、紫混じりの水色の宝石が埋め込まれた指輪だった。

「ラナキアでは一生を誓った相手に、首輪や首飾りを贈る風習があるんだ。しかし、ヴェルナには既に美しい首輪があるから、足の指に嵌められる指輪にした。これなら踊りの邪魔にもならない筈だ」

 そっと左足を取られて、彼の目の前に晒される足先。丁寧に脱がされていく靴。情事を呼び起こす雰囲気ではまるで無いのに、体の奥からじわりと熱が湧き上がった。
 そうとも知らず、ミュトラは指の背でヴェルナの左足薬指を愛おしそうに撫でてから、指輪をゆっくりと嵌めてくれた。

「踊りにくかったら取ってしまっても、……!」

 聡いミュトラはもう気付いてしまったらしい。僅かに上がった心拍と体温。たったそれだけなのに、唯一無二の番にはそれが何を指しているのかバレてしまっている。
 ふっと息をこぼすように笑ったミュトラの手のひらが、優しく頬を撫でる。その表情に、一切の侮蔑はない。それどころか愛おしくて堪らないと言いたげに、目元をこれでもかと言うほど緩ませている。

「発情期だな?」
「……もう少し先だと思ってたのにさ」

 口元を尖らせて肯定すれば、喉で笑ったミュトラが言った。

「俺としては光栄だ。それだけヴェルナの深い所を揺さぶれたのと同義だろう?」
「あーあ、完敗だよ。このやろう」

 勝ち敗けではないのは当然分かっている。ただの照れ隠しだ。口は生意気なのに、己の体は素直で、手のひらに甘えるように頬を擦り付ける。慰めるように手持ち無沙汰の手のひらを、頬ずりされている手とは逆の手で握られる。ふわふわと夢見心地になり始めた頭では、それすらも心地良かった。

「ジアノに事情を説明してくる。そのあとたっぷり付き合わせてくれ」
「ん。でもその上着だけ置いてけよな」
「ああ。すぐ戻る」

 額にひとつ口付けを贈られて、早速ミュトラは立ち上がる。そのまま脱いだ上着をヴェルナに渡すと、足早に部屋を出て行った。
 貰った上着を抱き締めて、寝台に体を横たわらせる。ふふ、と思わず漏れた笑い。たくさんのものを貰った気がする。それを指折り数えながら、ヴェルナは緩み始めた理性と思考と共に、ミュトラの帰りを待つ事にした。

 

2/9 happy birthday!!ヴェルナ!
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