ご要望の鍵はお決まりですか?

晴なつちくわ

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サロウ

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「物もヒトも、しかるべき時にしかるべき所へ行く」

 サロウは穏やかに、しかし言い聞かせるようにそう言った。
 だから良い、と笑う顔が、今のユージローにとっては目を背けてしまいたくなるほど眩しく映る。

「それはこの世界のキマリだ。そして、この店のキマリは、決まった時に決まった物を差し出すこと。キマリを破れば、儂はこの店に二度と来ることは叶わんくなる。だから良いんじゃ」

 サロウがそういうのなら、そうなのだろう。
 鍵を何度も使うということは、ユージローが彼と出会う前も、何度も彼は何かと引き換えにコーリの鍵を受け取ってきたということだ。何度も慣れ親しんだ物と別れ、新たな物と出会っている。
 そんな彼がそういうのだ。

 そのブローチも、来るべき時が来た、と。

 小さく頷いたユージローに、サロウはもう一度、ありがとうな、と言ってコーリへそのブローチを差し出した。

「それにな、コーリの手に渡ったものは、幸せモノだ。なにせ、誰かの為の『鍵』になるんじゃからな。儂の物が誰かの為に役に立つのなら、それほど嬉しいことはないぞ。──そうだろう、コーリ?」

 柔らかく投げかけられた声に誘われて、コーリを見つめる。いつもは無表情を貼り付けている彼が、小さな笑みを口元に浮かべた。
 返事はないのに、その表情で答えが解った。
 何度も見ている真剣な横顔を思い出す。鍵が出来る工程を見たことはないけれど、どれだけコーリが真剣に鍵と向き合っているかは知っている。だが、彼が作る鍵の材料が何かまでは聞いたことがなかった。一生知ることもないのだろう、と思っていた。しかし、その材料の正体を知って、どうしてあそこまでコーリが真剣になれるのか、少しだけ解った気がする。
 彼は、受け取った物の価値や物に込められたヒトの想いを、十分過ぎるほど理解しているのだ。だからこそ、無駄にすることのないように、一つ一つの鍵に真剣に向き合う。顔が煤に塗れようが、爪の中が煤で汚くなろうが、一心に鍵を作ることに意識を向けている。
 そこまで理解してやっと、さっきの自分の言動を恥ずかしく思った。
 何も知りもせずに口を出してしまった上に、コーリや、コーリに物を託した人達の想いを無碍にしようとしたのは、自分の方だと解ったから。

「口を出して、すみませんでした」

 コーリに目を合わせてすぐさま頭を下げる。
 コーリにはコーリなりの、この店にはこの店なりの、この世界にはこの世界なりのルールがある。それを、解っていたはずだったのに。ついつい、目の前のことだけを見て食って掛かってしまった。
 それでも尚、コーリは怒らずにただ淡々と事実のみを教えてくれていた。

「気にするな。大切なものを手放したくない気持ちは、俺にも理解は出来る」

 聞こえた声にも、やはり怒りは込められていなかった。
 それどころか、ユージローに同意すら示してくれる。
 頭ごなしに怒ることも相手を否定することもないんじゃないだろうか、と思うほど、コーリはいつだって冷静だ。
 波を立てることのない湖のように静かなのに、彼自身の意見はきちんと口に出す。例え相手に何を言われても、怒りを向けられても、その冬の朝の森のような凛とした姿勢を崩すことはない。
 月並みな言葉だが、そんなコーリをとても格好良いと思うし、自分もそう在れたらと良いと思う。どんなヒトに会っても、常に冷静に言葉を返せたら、きっと動揺もしないはずだ。
 彼がそんなふうに生きられる理由をいつか知りたい。彼の様に生きられたら、誰かに媚びへつらって己を偽ったりしなくて良い。
 そんな気がするから。

「心配せんでも良い」

 掛かった声に視線を合わせる。また心を読まれてしまったらしい。苦笑したら、目元を緩めたサロウが朗らかに笑って言った。

「お前さんもきっとそうなるさ」

 本当に、そうだろうか。でもそうであったら良いと思う。自分がコーリのようになっている姿を想像するのは難しいし、未来のことなんて誰にもわからないけれど。
 彼の様に、なれたら。

「そうだと、嬉しいです」

 ユージローは小さく笑った。
 コーリもサロウもそれ以上、何かを言う事はなく、ただそっとその場でユージローをしばらく見つめていた。

「さて、コーリ。これで用は済んだから、儂は帰る」
「ああ」
「嗚呼、そうじゃ。お前さん」

 見送りをしようと待っていたユージローに、サロウの瞳が向けられる。まだなにか言われることがあっただろうか、と首を傾げる。
 サロウは目元を緩めて、名前じゃよ、と言った。

「そういえば、お前さんの名前を聞いていなかったと思ってな。名を何という?」
「あっ、ユージローと言います!」

 思った以上に元気な声が出て、サロウに快活に笑われてしまった。そんなに可笑しな事を言ったつもりはないけれど、自分でも元気が良すぎたと思う。あとから顔を出した恥ずかしさに、じわりと頬が熱くなる。

「ユージローか。うん、良い名じゃ。──ユージロー、儂が言ったこと忘れるなよ」

 真剣味を帯びた声に、姿勢を正して、はい、と頷く。
 いくつもの大切な言葉をもらった。サロウが一体どれのことを差して言ったのかは定かではないけれど、彼からもらった言葉はどれも今のユージローには必要な物に思える。
 それこそ、自分がいつかこの店を出る時の為に、今日彼からもらった言葉を忘れずにいたい。

「お前さんにももう一度くらい会えると良いがな」

 ぽつりとそんな言葉を溢したサロウが、店の背景に透けているように見えて目を瞬く。
 気のせいではない。目を瞬く度に、彼は背景と同化していく。
 そうこうしている内にサロウは、またな、と言い残して、完全に店の景色に溶け込んでしまった。
 コーリを見上げても、ユージローのように驚いている様子は全く無い。
 来るときも突然だったけれど、帰るときも突然だ。
 コーリは未だに目を白黒させているユージローを見下ろして、ぽつりと言った。

「茶でも飲むか、ユージロー」




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