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アビーとマルス
①
しおりを挟む目の前にそびえ立つ扉を、マルスはゆっくりと見上げた。
白地で彩られた最高品質の木材に、金で施された装飾。
確か、希少なドラゴンの鱗を用いて作られる塗料を使っていると聞いている。なんでも最高難易度のハンターですら手懐けるのはなかなか難しい。らしい。
そんな扉の向こうに、どんな人が居るかというと。
これから自分の上司――といって良いのか分からないが――となる、『この国の脳』もしくは『知識の神』と呼ばれる女がいるからである。
ハイヒューデリッヒ王国。
それがこの国の名だ。
ハイヒューデリッヒ王国は、別名、知識の国とも呼ばれている。
多くの外の国は、自分たちの王国を守るため、城壁を立てている。国境に生息する多くの魔物が王国内へ侵入することを防ぐためだ。城壁には魔物避けの工夫が施され、ヒトビトの生活は守られている。
そんな国々が多い中、この国には魔物避けの工夫は一切されていない。
この国では、共生こそが正義とされる。
その礎となっているのが、初代国王の言葉だ。
――この地に根差すもの全ては兄弟であり、その兄弟を殺す事がまかり通ってはならない
戴冠式で述べられたその金言は、幾千と経つ今でも守られ続けている。
しかし、魔物が攻撃を仕掛けてくるのはどうしたら良いのか。それを解決したのが、王宮内に住む『知識の神』だった。勿論、神話に出てくるような神ではなく、世襲制で受け継がれていく役職のようなもの、と聞いているし、王宮内に従事する者が学ぶ学校の書物にそう書かれているのである。しかし『知職の神』の地位は高く、国王と並ぶ地位に位置する。
一を聞き、十を答える者。
世界の声を聞き、理解する者。
魔物の言葉を理解する者。
呼ばれ方は様々だ。
王宮に舞い込む問題は、大抵彼女の元に届けられるのが通例であった。書簡によって彼女に届けられた問題は、同じく書簡で各部署へと回答が送られる。
のだが。
その返信が最近滞り気味だそうなのだ。もっと早く連絡を返して欲しい、と国王が申し出た所、彼女はある条件を突きつけてきた。
それが『自分に助手を寄越せ』という条件であった。
現国王は大変頭を悩ませたという。柔軟な彼女の助手に、堅物の管理職を送り込みでもしたら、絶対に喧嘩になるに違いない。それは益々返答が滞ることと同義だ。
そこで、白羽の矢が立ったのは、王宮付のエリートコースである学校を今年首席卒業した、マルス・アゼルハイデン、だったというわけである。まだ王宮のルールを理解していない若造をそんな大事な任に付かせるのか、という反発も多少あったものの、概ね賛同を得られたらしく、今に至る。
というわけである。
扉を見上げていたマルスは、一度頭を下げて、ハァ、と息を吐いた。
全く気が重い任を与えられた、と思う。
マルスは、もともと王族を護衛する近衛兵に志願していた。だから配属命令を受けたときの落胆と言ったらなかった。
元々マルスは座学よりも、体を動かす方が好きだ。一日中机に向かっているなんてとんでもない。これ以上ない誉れ高いことだ、と父には言われたが、正直に言ってマルスはそうは思わない。
知識は知識でしかない。そんなモノを頭の中にいくら詰め込んだところで、実践するには体が必要になってくる。
頭を使う前に体を使え。それがマルスのモットーだ。知識だけ詰め込んでその知識にあぐらをかいて、碌に動きもしない輩にはなりたくなかった。
だと言うのに。
ハァ、とまた息を吐く。
しかし、と頭を左右に振って雑念を外に出す。
なんにせよ、国王に与えられた責務を全うするのが、王宮に従事する者の役目だ。気を取り直すように、大きく素早く肺から息を吐き出して、真正面にある大きな扉の円の取っ手を掴んだ。
四の五の言わずにまずはやってみる。それもまた、マルスのモットーであった。
ゴォン、ゴォン、ゴォン、と低い響きのノックが三つ、天井の高い廊下に響き渡る。
「だれかな?」
くぐもったテノールが聞こえて、背筋がシャキッと伸びる。
「今日付けでこちらに配属になります、マルス・アゼルハイデンです。入ってもよろしいでしょうか」
やや間があって、嗚呼! という返事が聞こえてくる。
「君か! 元老院のジジイ共の生贄になったのは!」
生贄。生贄って言ったかこの人。
マルスが僅かにこめかみに筋を立てたのとほぼ同時に、快活な笑い声が響いてきた。
「ははは! 怒りが見えるが、気を悪くするな。言葉の綾さ! 入りたまえ、マルス君」
扉越しに掛かった声に思わず目を瞬く。魔術を使えたとしても、人の感情を読み解く魔術は確立されていない。だというのに最も簡単にこちらの怒りを見抜いてみせた。扉越しにだ。
握り拳にさらに力が入る。伊達に知識の神という名が付けられているわけではないようだ。
ふーっ、とひとつ息を吐いてから、声を張る。
「失礼します!」
ゆっくりと扉を押し開いた。
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