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晴天の霹靂 3-4
しおりを挟む小さく手を振ってくれた縁につられたのか、璃空も顔を上げる。
「遅かったね。コンビニそんなに混んでた?」
カフェオレを受け取りながら縁に聞かれて、いや、と煮え切らない返事をする。続けて璃空にも、缶コーヒーを手渡した。誤魔化すこともできたのに、首を傾げたまま見つめてくる縁を見たらするりと零れ落ちてしまった。
「実は……、コンビニに行く前に呼び止められて、告られたんだ」
えっ、と縁から声が聞こえたのと、カンッと甲高い大きな音がしたのは同時だった。
ぱっと音が聞こえた方に目を向ければ、璃空が缶コーヒーを落としたらしかった。幸いにも、もう帰ってしまったのか、その自習スペースには俺たちしかいない。だれも驚かせなくてよかった、と思いつつ缶コーヒーを拾い上げる。
「大丈夫か? ここに置いとくぞ」
「え、あ、あぁ、ごめん。ありがと」
「ちょっと待って、洸ちゃん。告られたって誰に?!」
少し声を潜めて、でも興奮したように縁が聞いてくる。ええっと、と頬を掻く。
「同じ学年の、山川想実さんっていう子なんだけど。一年の時、共通科目の英語の講義で俺たち全員と一緒だったんだけど、覚えてるか?」
「う、うん。覚えてる。けど、」
ぎこちなく言った縁の視線が、一瞬璃空へ向く。つられるようにして見た璃空は、一切の表情を削ぎ落していて、ぼんやりとしているように見えた。聞いているのか聞いていないのか分からないが、多分聞いている、はずだ。
縁に視線を戻すと、言葉を選ぶように視線を彷徨わせながら、恐る恐る縁がまた聞いてくる。
「えっと、それで洸ちゃんは、その……、山川さんと付き合、」
「よかったじゃん!」
突然の大きな声に、びくりと肩が揺れる。
縁の言葉を遮ったのは、ほんの数秒前までぼんやりとしていた璃空の声だった。目を瞬く俺に構わず、璃空がすらすらと口を動く。
「お前も、やっと春が来たんだな、洸! ずっと彼女欲しいって言ってたもんなぁ。いや~、ホントに長かったなぁ。でもこれで俺も一安心だわ。とうとう洸にも彼女かぁ、めでたい! あ。っていうかその前に、お前山川さんにちゃんと返事はしたのか?」
さっきまでの呆けていた璃空なんて存在しなかったように、捲し立てられる。璃空の勢いに気圧されたまま、何とか言葉を紡いだ。
「え、えっと、実は返事はまだしてないんだけど」
「なんでだよ! ダメだろ、相手のこと待たしちゃ」
そういうもの、なのだろうか。
初めてのことだらけで分からない。でも確かに璃空の言う通り、返事を待ってもらうのは悪いとは思う。本当なら、その場で返事をした方が自分も相手もすっきりするだろうし、散々待たせた挙句、やっぱり無理です、なんてことは失礼かもしれない。
じゃあ、試しに付き合ってみようか、と言えばよかったのだろうか。
でも、それはそれでどうなんだろう、と思う。
山川さんのことが心底好きだったら即決だった。でも今、彼女への特別な感情はほぼゼロと言っていい。カッコよくてキレイな人だし好ましいな、とは思う。でもそれ以上の感情はないのだ。
そんな状態で本当に恋人になったら山川さんに失礼じゃないだろうか、と思う気持ちの方が強いのだ。
うーん、と言いながら机に置いた緑茶のペットボトルを弄ぶ。
「でも俺がどっちつかずの状態のまま、ハイ付き合いましょう、って言うのもどうかと思ってさ。少し考えさせてほしいって言ったんだ。ほら璃空も、こっちが本気じゃないのに申し訳ない、って思うって言ってただろ? それと似たような状態だなって思ったから」
緑茶から璃空へと視線を戻した時、璃空は無表情だった。のは一瞬で、パッと明るい満面の笑みが浮かぶ。
「俺は俺。洸は洸だよ。お前って奴は、せっかくのチャンスを逃がすつもりか?」
「それ、なんかすげー不純に聞こえるの、俺の気のせいか?」
「別に不純じゃないよ。実際、山川さんが嫌なわけじゃないんだろ?」
「まあどちらかと言えば好ましいとは思うけど」
でも、と言い淀んだら、パンッ、と勢いよく背中を叩かれた。おかげで危うく俺は机の上にダイブするところだった。なにするんだ、と見た璃空は、屈託なく笑って言った。
「なら尚更だよ。洸、あのな。付き合ってから、だんだん好きになる事だってあるんだよ」
その声色は、とても優しい音をしていた。
迷っている俺の背中を、一歩踏み出してみよう、と押してくれるような、大丈夫だよ、と言い聞かせるような、確かに璃空のいう通りかもしれないと思わせるような、そんな柔らかい音だった。
「そっか。そうかもな」
何度か頷いて、顔を上げる。
自分の気持ちを正直に伝えて、それでも良い、と山川さんが言ってくれるなら、付き合ってみよう。何事も経験だ。
そう決めてしまえば、早かった。
「ちょっと俺、もう一回山川さんに会ってくる」
言うや否や足を出入口へと向けた。走ることは禁止されているから、早歩きをするしかない。
まだ彼女はいるだろうか。
あのコンビニの前で、立ち尽くしているなら、この気持ちをちゃんと伝えたい。
そんな事を考えていた俺は、俺の背中を見送った璃空がどんな顔をしていたかなんて、知るはずもなかった。
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