【完結】たそがれに、恋

晴なつちくわ

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雲に汁 5-3

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 いっぱい飲むのは良いが、これは飲みすぎじゃないのか。
 ジョッキを片手に机に頬を預けて、へらへらと笑っている洸を見ながら、頬を引き攣らせる。飲むことで洸の気分が晴れるならトコトン付き合おう。そう思って飲むのを止めなかったのも悪いが、随分な酔っぱらい具合だ。

「そろそろやめとけ、洸」
「まだのめるぞ~」

 ダメだこりゃ。もう呂律も回っていない。
 ジョッキを持ち上げようとしているのは認めるが、ジョッキの重さに腕が負けている。半分以上溶けた氷が入ったジョッキを、ゆらゆらと揺らす洸からジョッキを取り上げると、あー! とデカい声を出された。
 五月蠅い。けど、マジでかわいいなコイツ。
 こんなことを考えている俺も大概なのだが。
 酔っ払った洸の隣で、縁はまだビールジョッキを傾けている。コイツざるかよ。洸と同じくらい飲んでいるはずなのに、顔色一つ変わっていない。ケロリとして、ごくごくと水のように飲んでいる。顔に似合わず、なんて言うのは失礼かもしれないが、本当に酒が強いらしい。

「璃空の言う通り、洸ちゃんはそろそろやめた方が良いかもね~。僕はまだ全然飲めるけど」
「おれものむ!」
「ハイハイ、お前はこれ三杯くらい飲んどけ」

 ハイボールよりも薄い色をしたコーン茶を渡せば、おう! と嬉しそうに受け取くれた。
 マジで大丈夫か。他の奴からもこんなに簡単に受け取ってたりしてるんじゃないのか、コイツ。あまりに素直に受け取りすぎて逆に心配になってくる。
 今度はお手拭きを弄り始めた洸を横目に、縁へ声を掛けた。

「飲み放題って三時間だっけ?」
「そうだね。多分あと一時間くらいかな?」

 まだそんなにあるのか。顔に出ていたのか、縁がふふんと笑いながらまたジョッキを煽る。

「送り狼にならないようにしろよ~?」
「バッ! ならねーよ!」
「どうかなぁ? ……あ、そろそろ時間だ」

 にやにやと笑っていた縁だったが、スマートフォンの画面を見てそんなことをぽつりと言った。そのままジョッキを置いて、いそいそとバッグに物をしまい始めた縁。まるで帰り支度だ。

「えっ? 時間ってなんだよ」

 まさかと思って疑問を投げかけた俺に、財布から万札を出した縁は、机に置いてニッコリ笑う。

「僕がそろそろお暇する時間ってこと」
「はぁ!? なんで!」
「決まってるじゃん! 彼氏と会うから」

 語尾にハートマークがついてるだろ、と思うくらい上機嫌に言った縁は、最後にスマートフォンをポケットに押し込んで、ぱっと手を軽くあげた。

「じゃあ僕はこれで!」
「ま、待ってくれよ、縁!」

 焦りまくっている俺を無視して、縁は洸に声を掛けている。

「洸ちゃん~。ごめんけど、言った通り僕は先に帰るね」
「お~、またなぁ。ありがとなぁ~」

 ひらひらと手を振っている洸と縁を交互に見る。
 どうやら縁が途中で抜けることを知らなかったのは俺だけらしい。なんてことだ。というかこの状態の洸を置いていかれて、本当に俺は大丈夫なんだろうか。
 ぐるぐると頭を巡る取り留めのない疑問に、答えてくれる人はいない。
 俺に向き直った縁がビシッと指を差してくる。

「璃空は責任持って、洸ちゃんのことをちゃんと家まで送り届けること! いい?」
「そ、それは勿論そのつもりだけど」
「よしっ! あ、因みにおつりはいらないから。――じゃあ、頑張って!」

 キラッキラの満面の笑みで言って去っていく縁の背中を、呆然と見つめる。
 いや、頑張ってってどういう意味? ただ単に洸の介抱を頑張って、という意味だけではない気がして、思わず身震いする。
 まさか、な。
 視線をゆっくりと元に戻す。
 半個室に酔っぱらった好きな人と、二人きり。
 その事実を認識して、顔に熱が一気に広がった気がした。洸といえば相変わらず呑気で、箸置きにした割り箸の袋を指先でつついている。
 ごくりと鳴った喉を隠すように、タブレット端末をつかんで、とりあえず飲み物を注文する。落ち着け、俺。この前まで会うことすら避けていたから、いつも通りがどんなだったか全く思い出せない。意識しないようにすればするほど、逆にその事実を認めざるを得なくて、顔も体も熱くなっていく。
 ウーロン茶が一刻も早く来るのを願っていた俺に、ふと洸が声を掛けてきた。

「璃空、おれにもおちゃ注文してくれ~」
「ん、色々あるけどどれにする?」
「梅昆布茶ある~? なかったら緑茶!」
「梅昆布茶あるみたいだから頼むわ」
「さんきゅ~」

 梅昆布茶とかなかなか渋い物好きだよなぁ、こいつ。カラオケのフリードリンクでも梅昆布茶頼んでるもんな。
 高校の時の一幕を思い出して、思わず笑いが零れた。俺の笑い声に気付いたらしい洸が、のっそりと体を起こして、じっと見てきた。

「なにわらってんだ」
「いや、大したことじゃねーよ」
「たいしたことじゃなきゃ笑わねーじゃん」
「いや、洸って高校の頃から結構シブい趣味してるよな~って思って。高校の時のカラオケでさ、お前が梅昆布茶頼むの見た時、ビビったもん。コーラとか飲んでそうなのにさ」
「梅昆布茶うまいじゃん。それにコーラは母ちゃんがだめっていうからのめなかったんだよ」

 ぶすっと口を尖らせた洸に、ふはっと笑う。
 流石に高校を卒業した後は禁止されていないようだけれど、相変わらずコーラを飲んでるところは見た事がない。
 ウーロン茶に見せかけてコーラを頼んで、飲ませてみるのもいいかもしれない。どんな反応をするのか見てみたい。

「じゃあ今日コーラ飲む?」
「おれは梅昆布茶がいいの!」
「ふふ、分かってるって。頼んだから待ってな」

 ああ、大丈夫だ。普通に話せてる。
 このままいつも通りに、送って帰ったらいい。
 そう思って、やっときたウーロン茶を喉に流し込んだ。
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