24 / 35
嵐の後は凪が来る 7-1
しおりを挟む花束を胸に抱えた母の背中を追いかけて、階段を登る。
俺の両手には掃除道具の入ったバケツと、水道水を入れた2リットルのペットボトル。その後を線香と新聞紙、マッチを持った姉が続く。辿り着いたのは、香村家と書かれた墓石の前だ。
「春くん、今年も来たよ」
母が花束を添えながら墓石に向かって話しかける。その横で、ペットボトルとバケツを置いてから、中身を取り出した。一年ぶりだがざっと見たところ、定期的に見回ってくれる人がいるおかげか、あまり汚れていない。
母が言う『春くん』は正式には春希で、俺の父の名前である。
俺の父は、既にこの世を去っている。俺が小学生の時だから、正直あまり記憶にない。だけど、大きな手で頭を撫でてくれたのは何故かよく覚えている。声はもう覚えてない。沙希は父によくに懐いていた、と母が言っていたから、もしかしたら覚えてるかもしれない。聞いたことはないけれど。
お盆に毎回帰ってくるのは、こうしてみんなで墓参りに行くのが理由の一つにある。毎年恒例になっているから、社会人になってもできる限りこの時期だけは、実家に帰って来たい。何よりも、家族が揃うと母が嬉しそうだから。
テキパキとバケツに少しの水を入れて、雑巾を固く絞る。雨で跳ねた泥が付いた場所を、軽く箒で払ってから雑巾で拭く。その間に姉と母が手分けして、持ってきた花束を花挿しに生けてくれた。
全部きれいにし終わった頃、線香の香りが漂ってくる。黒ずんだ雑巾を袋に入れて、近くの側溝にバケツの水を流しきったのと、姉が声を掛けてきたのはほぼ同時。
「洸、これ。洸の分」
「ん、さんきゅ」
バケツを置いてから、線香を受け取る。
青い空へと立ち上っていく線香の細い煙を見送って、墓石の前に立つ。手を合わせている母の横から線香皿へと線香を入れて、俺も目を閉じて手を合わせる。
父ちゃん、今年も来たよ。元気? こっちは相変わらずみんな元気だよ。俺も変わらず元気でやってる。それと。
ぱちりと目を開ける。頭に浮かんだのは、璃空の事だ。まだ母にも言ってない。けれど父には報告しておくべきか迷って、もう一度目を閉じた。
恋人が出来ました。男って言ったら父ちゃん驚くかもだけど、高校の時から仲良くしてくれてて、すごく良いやつだよ。心配しないで、出来れば見守っててくれたら嬉しい。
自由奔放で柔軟な母と結婚した父のことだ。恋人が男である事には驚くと思うけれど、猛烈な反対とかはしないと思う。よく考えてお前が決めたならいい、って言ってくれる。気がする。分からないけれど。
不意に風が吹いて、背中を撫でられる。吹き抜けていった風は、俺たち家族の髪を揺らして走り抜けていった。
「あ、今の風、お父さんかなぁ」
「そうね、春くんだったら嬉しいわね」
父のことになると夢見がちになる母は、姉の言葉にそう言って笑った。
父が亡くなった当初、母は泣く暇もなく俺たちを女で一つで育てなければならなかった、と祖母から聞いている。想像の域を出ないが、本当に死ぬほど大変だったと思う。俺が大学に通えるのも、早々に手に職をつけた姉と懸命に頑張ってくれた母のおかげだ。出来る限り、その恩返しが出来たらいい。
「そろそろ帰ろう。急な雷雨来る予報だし」
「うん、そうね。春くん、また来るから」
「お父さんまたね~!」
行きと同じように荷物を持って、腕を組んで歩く姉と母を追いかける。墓を彩る花が、俺たちを見送るように風に揺れていた。
掃除道具の入ったバケツと水を積んで、トランクを閉めた時だった。ポケットに入れたスマートフォンが振動しているのに気付いて、取り出す。画面を見れば璃空からの着信だった。
「洸~、私とお母さんちょっと飲み物買ってくるから、車乗ってて~!」
「りょーかい」
数十メートル先の自販機に歩いていく二人背中を見送りながら、通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あ、洸? 今大丈夫か?」
「うん。どうした? なんかあった?」
璃空が電話してくるのは珍しい。大抵のことはメッセージで事足りてしまうから、よほどの緊急事態か、急ぎで確認したいことがあるのかと身構えた。のだが。
「いや、ごめん。大した用事はないんだけどさ」
息を零すような笑いと共に、そんな言葉が耳に届く。なんだそれ、と思わず笑ってしまった。エンジンのかかった車に乗り込みながら、言ってやる。
「お前からの電話珍しすぎて、一大事かと思ったわ。心配して損した」
「ごめんって」
「いや別にいいよ。何もないなら良かった」
心なしか声が弾んで聞こえるのは、多分気のせいではないだろう。何かいいことでもあったのだろうか。璃空が嬉しそうだと、自分まで気分が高揚するから不思議だ。
「洸、今何してた?」
「俺? 俺は家族と父ちゃんの墓参り来てた。今終わって帰るとこ」
「……、えっ、洸ってお父さん亡くなってるんだっけ!?」
驚いたような声に笑って答える。
「随分前にな。てか、あれ? 言ったことなかったか?」
「今初めて知った」
確かに思い返してみると、家族の話をすることはあまりなかったかもしれない。高校の時も、お互いの家に遊びに行くことなんてほとんどなかったし、考えてみれば璃空の家族構成もほとんど知らない。もっぱら話していたのは、話題のゲームか課題か、マンガの話だったな、と思い出す。
「そういえば、俺も璃空の家族のこと、兄ちゃんがいるってことくらいしか知らねーかも」
「俺は、洸に姉ちゃんがいることは知ってる」
「あれ? 言ったことあったっけか?」
「ううん、俺が一方的に知ってるだけ。洸のこと家まで送った時に窓から手振られたことある」
マジで姉ちゃん璃空のこと見てたんだな、と思ったのと同時に、一昨日言われたことを思い出す。
――アンタが家に入るの見届けてから帰ってたよ
急激に顔に熱が集まって何も言えなくなる。こんな時に思い出すなんて。沈黙を不思議に思ったのか電話口から、洸? と呼び掛けられた。
「お、お前さ」
「うん?」
「……やっぱ良い! 今度会ったら直接話す!」
急に話題を終了させた俺に、何それ気になる、と電話の向こう側で笑われた。
3
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~
中岡 始
BL
「人生詰んだおっさん、拾われた先で年下に愛される話」
仕事を失い、妻にも捨てられ、酒に溺れる日々を送る倉持修一(42)。
「俺の人生、もう終わったな」――そう思いながら泥酔し、公園のベンチで寝落ちした夜、声をかけてきたのはかつての後輩・高坂蓮(29)だった。
「久しぶりですね、倉持さん」
涼しげな顔でそう告げた蓮は、今ではカフェ『Lotus』のオーナーとなり、修一を半ば強引にバイトへと誘う。仕方なく働き始める修一だったが、店の女性客から「ダンディで素敵」と予想外の人気を得る。
だが、問題は別のところにあった。
蓮が、妙に距離が近い。
じっと見つめる、手を握る、さらには嫉妬までしてくる。
「倉持さんは、俺以外の人にそんなに優しくしないでください」
……待て、こいつ、本気で俺に惚れてるのか?
冗談だと思いたい修一だったが、蓮の想いは一切揺らがない。
「俺は、ずっと前から倉持さんが好きでした」
過去の傷と、自分への自信のなさから逃げ続ける修一。
けれど、蓮はどこまでも追いかけてくる。
「もう逃げないでください」
その手を取ったとき、修一はようやく気づく。
この先も、蓮のそばにいる未来が――悪くないと思えるようになっていたことに。
執着系年下×人生詰んだおっさんの、不器用で甘いラブストーリー。
青龍将軍の新婚生活
蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。
武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。
そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。
「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」
幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。
中華風政略結婚ラブコメ。
※他のサイトにも投稿しています。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる