【完結】たそがれに、恋

晴なつちくわ

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嵐の後は凪が来る 7-1

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 花束を胸に抱えた母の背中を追いかけて、階段を登る。
 俺の両手には掃除道具の入ったバケツと、水道水を入れた2リットルのペットボトル。その後を線香と新聞紙、マッチを持った姉が続く。辿り着いたのは、香村家と書かれた墓石の前だ。

「春くん、今年も来たよ」

 母が花束を添えながら墓石に向かって話しかける。その横で、ペットボトルとバケツを置いてから、中身を取り出した。一年ぶりだがざっと見たところ、定期的に見回ってくれる人がいるおかげか、あまり汚れていない。
 母が言う『春くん』は正式には春希で、俺の父の名前である。
 俺の父は、既にこの世を去っている。俺が小学生の時だから、正直あまり記憶にない。だけど、大きな手で頭を撫でてくれたのは何故かよく覚えている。声はもう覚えてない。沙希は父によくに懐いていた、と母が言っていたから、もしかしたら覚えてるかもしれない。聞いたことはないけれど。

 お盆に毎回帰ってくるのは、こうしてみんなで墓参りに行くのが理由の一つにある。毎年恒例になっているから、社会人になってもできる限りこの時期だけは、実家に帰って来たい。何よりも、家族が揃うと母が嬉しそうだから。

 テキパキとバケツに少しの水を入れて、雑巾を固く絞る。雨で跳ねた泥が付いた場所を、軽く箒で払ってから雑巾で拭く。その間に姉と母が手分けして、持ってきた花束を花挿しに生けてくれた。
 全部きれいにし終わった頃、線香の香りが漂ってくる。黒ずんだ雑巾を袋に入れて、近くの側溝にバケツの水を流しきったのと、姉が声を掛けてきたのはほぼ同時。

「洸、これ。洸の分」
「ん、さんきゅ」

 バケツを置いてから、線香を受け取る。
 青い空へと立ち上っていく線香の細い煙を見送って、墓石の前に立つ。手を合わせている母の横から線香皿へと線香を入れて、俺も目を閉じて手を合わせる。

 父ちゃん、今年も来たよ。元気? こっちは相変わらずみんな元気だよ。俺も変わらず元気でやってる。それと。

 ぱちりと目を開ける。頭に浮かんだのは、璃空の事だ。まだ母にも言ってない。けれど父には報告しておくべきか迷って、もう一度目を閉じた。

 恋人が出来ました。男って言ったら父ちゃん驚くかもだけど、高校の時から仲良くしてくれてて、すごく良いやつだよ。心配しないで、出来れば見守っててくれたら嬉しい。

 自由奔放で柔軟な母と結婚した父のことだ。恋人が男である事には驚くと思うけれど、猛烈な反対とかはしないと思う。よく考えてお前が決めたならいい、って言ってくれる。気がする。分からないけれど。
 不意に風が吹いて、背中を撫でられる。吹き抜けていった風は、俺たち家族の髪を揺らして走り抜けていった。

「あ、今の風、お父さんかなぁ」
「そうね、春くんだったら嬉しいわね」

 父のことになると夢見がちになる母は、姉の言葉にそう言って笑った。
 父が亡くなった当初、母は泣く暇もなく俺たちを女で一つで育てなければならなかった、と祖母から聞いている。想像の域を出ないが、本当に死ぬほど大変だったと思う。俺が大学に通えるのも、早々に手に職をつけた姉と懸命に頑張ってくれた母のおかげだ。出来る限り、その恩返しが出来たらいい。

「そろそろ帰ろう。急な雷雨来る予報だし」
「うん、そうね。春くん、また来るから」
「お父さんまたね~!」

 行きと同じように荷物を持って、腕を組んで歩く姉と母を追いかける。墓を彩る花が、俺たちを見送るように風に揺れていた。
 

 掃除道具の入ったバケツと水を積んで、トランクを閉めた時だった。ポケットに入れたスマートフォンが振動しているのに気付いて、取り出す。画面を見れば璃空からの着信だった。

「洸~、私とお母さんちょっと飲み物買ってくるから、車乗ってて~!」
「りょーかい」

 数十メートル先の自販機に歩いていく二人背中を見送りながら、通話ボタンを押す。

「もしもし」
「あ、洸? 今大丈夫か?」
「うん。どうした? なんかあった?」

 璃空が電話してくるのは珍しい。大抵のことはメッセージで事足りてしまうから、よほどの緊急事態か、急ぎで確認したいことがあるのかと身構えた。のだが。

「いや、ごめん。大した用事はないんだけどさ」

 息を零すような笑いと共に、そんな言葉が耳に届く。なんだそれ、と思わず笑ってしまった。エンジンのかかった車に乗り込みながら、言ってやる。

「お前からの電話珍しすぎて、一大事かと思ったわ。心配して損した」
「ごめんって」
「いや別にいいよ。何もないなら良かった」

 心なしか声が弾んで聞こえるのは、多分気のせいではないだろう。何かいいことでもあったのだろうか。璃空が嬉しそうだと、自分まで気分が高揚するから不思議だ。

「洸、今何してた?」
「俺? 俺は家族と父ちゃんの墓参り来てた。今終わって帰るとこ」
「……、えっ、洸ってお父さん亡くなってるんだっけ!?」

 驚いたような声に笑って答える。

「随分前にな。てか、あれ? 言ったことなかったか?」
「今初めて知った」

 確かに思い返してみると、家族の話をすることはあまりなかったかもしれない。高校の時も、お互いの家に遊びに行くことなんてほとんどなかったし、考えてみれば璃空の家族構成もほとんど知らない。もっぱら話していたのは、話題のゲームか課題か、マンガの話だったな、と思い出す。

「そういえば、俺も璃空の家族のこと、兄ちゃんがいるってことくらいしか知らねーかも」
「俺は、洸に姉ちゃんがいることは知ってる」
「あれ? 言ったことあったっけか?」
「ううん、俺が一方的に知ってるだけ。洸のこと家まで送った時に窓から手振られたことある」

 マジで姉ちゃん璃空のこと見てたんだな、と思ったのと同時に、一昨日言われたことを思い出す。

――アンタが家に入るの見届けてから帰ってたよ

 急激に顔に熱が集まって何も言えなくなる。こんな時に思い出すなんて。沈黙を不思議に思ったのか電話口から、洸? と呼び掛けられた。

「お、お前さ」
「うん?」
「……やっぱ良い! 今度会ったら直接話す!」

 急に話題を終了させた俺に、何それ気になる、と電話の向こう側で笑われた。
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