龍天双極〜暴れ龍と龍使い〜

晴なつちくわ

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1.舞い込む厄介事

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 豪華絢爛な朱楼などが建ち並び、昼夜問わず活気に溢れた街、龍天街。
 人が住む場所とは少し離れた、否、次元のずれた場所にある街である。
 その街には、数多くの神々と、ごく僅かな人間と、人語を話す獣たちが住んでいる。神の姿はおのおのによって異なり、獣姿をとっている者もいれば、人に近い形をしている者もいる。
 その中でも、龍と呼ばれる者達が最も位が高い。
 何故なら、龍は国を創世した神だからである。
 そんな龍たちが多く棲む街。
 それが龍天街であった。

 ごく僅かな人間たちの多くは、龍遣いと呼ばれる者達である。
 彼らは何かしらの能力と持ち合わせた運によって、人間界から選抜される。一人前と認められると、龍天街をはじめとする神域と人間界を繋ぐ役割、つまり、龍と人の橋渡しの役割を担うことになる。
 それ以外のこれまたごく僅かな人間は、例えば神のお気に入りだったり、伴侶であったり、事情は様々で、人間のまま龍天街に暮らしている。
 その街の一角にある長屋の一つに、特殊な人の一人である彩斗という青年がいる。
 背丈はそれなりに高く、肩より少し長い黒髪を後頭部一つ結びにした男子だった。気前がよく、あれこれと世話を焼いてくれる彼は、龍天街の神々の間では『なんでも屋』という立場にいる。
 特筆すべき彼の特徴は、種族を問わず、どんな生き物にも好かれるということだ。
 人や動物だけでなく、それは神獣たちにも適応された。どんな猛獣も、気性の荒い神獣も、一度彩斗と会いまみえると、一瞬にしてその牙をしまってくれる。

「彩斗~、頼むよ~」

 そんな彼の元に、今日も今日とて相談にやってくる者がいた。
 囲炉裏を間に挟んで、彩斗に両手を合わせて頼みごとをしている男勝りの女子は、侑季といった。
 侑季は、ついこの間龍使いになったばかりの新人だ。
 同じ時期に龍使い見習いになったのに、彼女の方が才能があったのか、一足先に相性抜群な龍を探し出した。それを聞いた時、嫉妬よりも純粋にめでたいという気持ちが出たのは、ひとえに彼女が人が良い性格をしているからかもしれない。
 彩斗はそんな彼女から、何かと頼みごとを聞いてしまうことが多かった。
 やれ雨漏りしただの、やれ相棒と喧嘩したから宥めてほしいだの、やれあの店の女将さんに取り入ってほしいだの。
 なんやかんやで今まで聞いてきてしまったのだが、今回ばかりはさすがの彩斗でも渋ってしまう内容だった。

「一度でいいから暴れ龍に会ってくれよ~!」

 どんな生き物に好かれる。
 そんな奇特な性質を持っていたからこそ、神域の長にあたる王龍――長の座に就く龍を総じてそう呼ぶ――にこの龍天街で暮らす許可を貰えたものの、龍使いの才能は未だ開花しないままであった。

「だとしても、暴れ龍なんて俺の手に負えないよ」

 そうなのだ。
 いくら生き物に好かれるといえど、この国の最高位である龍にはその効果を発揮するかどうかは分からない。現に、今の今まで適性が出た龍はいないし、確かに気さくに話しかけられることは多くても、癇癪を起こしている龍とは会ったことが無い。
 それなのに、この同期は無茶振りをしてきている、というわけである。

「だいたいなんで俺なんだよ。俺未だ相棒見つけられてないし、今日も探しに行くつもりなのに」
「だからこそだろ~! 頼むよ、その暴れ龍くん、実力は申し分ないのに誰ともつるまなくて困ってるんだ」
「そうはいってもなぁ」

 誰ともつるまない。聞いただけで会いに行きたくないと思うには十分すぎる理由だ。そもそも、行ったところで門前払いされるのがオチだろうに、と思う。人間に有効的な龍の方が多いには多いが、中には徹底的に嫌う者もいるのだ。

「というか、侑季にはもう相棒がいるのに、そんな話何処から拾って来たんだ?」
「その相棒に頼まれたんだよ! 優秀なのに誰にもなつかなくて上が相棒探しに困り果ててるって。能力が高いからすぐにでも外回りに出したいって思ってるみたいで」

 なるほど、と頷いた。
 彼女は今、新人龍使いとしての研修をまもなく終えようとしている。それで噂を聞きつけたのだろう。というよりも、お願いをされやすい体質だから面倒ごとを押し付けられてしまったという方が正確かもしれない。
 だからといって、と彩斗は半眼になる。

「厄介事を俺に押し付けるなよ」
「だって彩斗くらいしか頼める奴がいない」
「俺以外にも優秀な龍使い見習いは山ほどいるだろ?」
「だって相棒も、あらかた試したからあとは彩斗しかいないって」

 いやぁ彩斗は本当に凄いなぁ! と言っていた陽気な龍を思い出して、彩斗は更に肩を落とす。
 彼が言うことも出鱈目では無いと思うが、どうにも嵌められた感が半端じゃ無い。
 そもそも暴れ龍なんて呼ばれる龍に、誰が進んで会いたいと言うのだ。
 触らぬ神に祟りなし。
 龍の逆鱗に触れたいわけがない。

「嫌だよ。他に絶対適任がいるだろ」

 この話はもう終わりだ、というように立ち上がった彩斗の腕を、彼女は逃がさないとばかりに掴む。

「頼むよ~! 一度行って見てくれよ! 屋敷も豪勢だって聞くし!」
「屋敷の豪勢さは関係ないだろ」

 頼むよ、と何度も言いながら全く諦めてくれそうにない彼女に、大きな大きな溜息を落とす。
 このままじゃ埒が明かない。何の巡り合わせか、今日は小遣い稼ぎ程度にやっている神たちへの訪問――といっても何かをするわけではなく、神の愚痴やら苦労話やらを聞くだけの仕事なのだが――も全くない。

「わかった、行くよ」

 随分と時間を使ってポツリと言ったら、途端に侑季の目が輝く。そして飛びつかれた。

「彩斗ー! お前ならそう言ってくれると思ってた! 本当にありがとう!」

 ガクガクと肩を揺らされながら、念押しとばかりに言ってやる。

「ただし、無理だったらすぐに帰ってくるからな」
「大丈夫! 彩斗なら絶対なんとかなる!」

 なんでお前が自身たっぷりなんだよ。
 そう思えども、状況は変わるはずもなく。
 よろしく、と暴れ龍の家への地図を押し付けて元気よく出ていった侑季を見送って、彩斗は再度ため息をついてから、準備に取り掛かったのである。

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