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 その夜、執事から報告を受けたマーシャは、驚愕と怒りに震えた。
「はぁ!?Bランク!?サラが!?」
「はい、お嬢様。共にダンジョン攻略に参加した冒険者から、そのように」
「いつのまに!?Dランクじゃなかったの!?」
「地下四十一階からの攻略ということで、間違いはないかと」
「…なんで?ありえないでしょ…!」
 マーシャは俯き、両拳を握り込む。
「そんなに進んでるっていうの…!?マズイ…このままじゃ負けちゃうじゃない…!!」
「…お嬢様?」
 顔を上げたマーシャは、睨むように執事を見上げた。
「わたくしもランクを上げるわ。ダンジョンに籠ればいいんでしょう!?Cランクへの昇級試験は、ドレッドスライムよね。今年中…いえ、冬までにはBランクまで上げるわよ!」
「お嬢様、落ち着いて下さい。男爵令嬢とお嬢様では立場が違います。侯爵令嬢であられるお嬢様がダンジョンに籠る必要などございませんよ」
「それじゃダメなのよ!」
「…お嬢様…?」
「私はヒロインと同じ所にいなきゃいけないの!そうじゃなきゃ負けちゃうんだから!」
「…何に、負けるのです?」
「…っ!レイノルド殿下と、婚約する為よ!」
「お嬢様…」
「冒険者を雇って欲しいの。私のランク上げに使える強い冒険者を!ダンジョンを攻略するのよ!」
 胸元で両手を組み、縋るような視線を向ければ、執事は困ったように眉尻を下げながらも駄目だとは言わなかった。
「…ダンジョン攻略をするのであれば、野営が必要となります。旦那様に許可を頂かなければいけません」
「協力してちょうだい!」
「…では、旦那様がお帰りになりましたら、お嬢様より話がある、とお伝え致します。よろしいですか?」
「ええ、いいわ。お願いね」
「かしこまりました」
 Cランクへの昇級試験の相手は、ダンジョン地下二十階にいる。
 ダンジョンへはまだ一度も直接行ったことはないが、ゲームでは何度も通った。
 Cランクまで上げておけば、討伐メンバーには選ばれる。
 乙女ゲームのくせに、難易度は高かった。
 舐めてかかるとすぐに死んでゲームオーバーになるのだ。ソロで突入するのは自殺行為であり、ダンジョン前の広場でパーティーメンバーを募らねばならない。
 集まるメンバーはランダムで、ランクの高い冒険者を引ければ楽だが、そうでなければ進行は遅々として進まない為、メンバーが揃うまで、セーブしてロードを延々繰り返さなければならなかった。
 だがこの世界はゲームじゃない。金で解決できるのだ。
 強い冒険者にパワーレベリングをしてもらい、二十階まで攻略する。
 昇級したら、また強い冒険者を雇って進めばいいのだ。
 他にも昇級条件の依頼をいくつかこなさなければならないが、それも冒険者に引率させればすぐに済むはずだ。
 無駄を排して、効率良く進まなければ。
 全てはお父様次第ではあるのだが。
 気合いを入れて説得しなければ、と決意し、父親の帰りを待つ。
 夜、呼ばれて父の執務室へ行けば、複雑な表情をしていた。
「お父様。話を聞いて下さい」
「…執事から聞いた。王太子殿下の婚約者になりたいんだろう?」
「え?…あ、はい。そうです」
「私から陛下にお話してみよう。今までも王太子殿下の目に留まるよう手助けはしてきたが、おまえがそれほどまでに思い詰めていたとはな」
「え?」
「筆頭侯爵家の娘との婚約、王家にとっても悪い話ではないはずだ。この国はダンジョンのおかげで、最近特に王家の力が強い。とはいえ、我が侯爵家は興国の折りより側近を務める家系。蔑ろにされることはあるまいよ」
「お、お父様。それはありがたいお話ですし、ぜひお願いしたいのですが、違うのです」
「ん?何が違うのかね?」
「わたくし、冒険者として名を上げたいのです」
「…そんな必要がどこにある?」
「王太子殿下は、王家初のAランク冒険者となられました。殿下はとてもお強く、冒険者としても有名でいらっしゃいます」
「そうだね、それが?」
 淡々と聞き返してくる父は、娘を翻意させたいのだろう。
 負けないんだから、と気合を入れ直し、マーシャは父親を真っ直ぐ見据えた。
「…殿下は、お相手に自分と並び立てる令嬢を、お望みなのです」
「それは本人が直接言ったのかね?」
「…いえ、ですが、今まで茶会等でご一緒させて頂いた折、この国はダンジョンで成り立っていること、冒険者の重要性についてよくお話しされていました」
「それで?」
「自分が冒険者として活動するようになり、この国のさらなる発展には冒険者が必要であること、冒険者の立場に立って考えられる人材が重要であること、だがそれだけではなく、為政者としての目線も持ち得る者が必要であると」
「…それは、側近の話ではないのかい?」
「側近ももちろんそうであろうと思います。けれど、茶会に参加した令嬢にも同じように意見を求められるのです。表情を変えるようなことはなさいませんし、いつも穏やかでいらっしゃるけれど、明らかに、望む返答が得られない令嬢には、それ以上のお話はなさいません。わたくしは、殿下の望む令嬢となりたいのです」
「…殿下は随分と色気のない話をなさるのだね」
「親しくなれたら、個人的なお話をさせて頂けると思います。けれどまずは、殿下と同じ目線に立たなければ、視界にも入れて頂けないのです!」
「…ふむ…」
 顎に手をやり、父は考える素振りを見せた。
「言い分はわかったが、それとおまえがダンジョン攻略を進めるのはどう関係があるんだい?」
「ダンジョンの内情を知らずに、殿下とお話することは適いません」
「おまえはすでにDランクだろう?学園の男子生徒の卒業資格を凌駕している。十分ではないか?」
「資格を満たす程度の子息では、殿下のおそばに侍ることは適いません。宰相閣下のご子息は勉学を頑張っていらっしゃいますが、彼は最初から側近ですので比較対象にはなりません」
「…はぁ…我が娘はとても頭が良いのだから、その頭脳で王太子殿下に気に入られたらいいのではないかな」
「お父様、頭が良くても、殿下が求めていらっしゃるのは、冒険者としての視点で話が出来る令嬢なのです」
「…おまえに冒険者としての実力と、頭脳が合わされば確実、ということだな」
「はい」
 力強く頷く娘に、父は絆された。
 仕方がないと頷く。
「わかった。だがダンジョンは十階単位でしか踏破記録はできないし、転移装置もない…そうだな?」
「はい。ですので、休日にダンジョンへ行きたいと思っております。宿泊の許可も、頂きたいのです」
「…はぁ…侯爵令嬢が、ダンジョンで野営…」
「お父様、必要なことなのです、ご理解下さいませ」
「冒険者パーティーを雇おう。それとは別に、護衛とメイドは連れて行くように。その他詳細は執事と相談してくれ」
「ありがとうございます、お父様!」
 説得に成功し、マーシャは喜んだ。
「まったく、おまえがそうだから、セシルまで感化されているんだぞ。…第二王子殿下のご学友となるのだし、あいつはまぁそれでもいいのかもしれんが…」
「我が国の男子は、強い方がいいですわ。もちろん勉学も頑張ってもらわなければなりませんが」
「…まあ、そうだな…そういう時代なのだろうな…」
「では失礼致します!来週からの予定を、話し合わなければいけませんので」
「ああ、無理はしないようにな」
「はい!」
 廊下に出て少し待てば、執事が執務室から出てきた。
「やったわ!協力して下さるって!」
「お嬢様の熱意に負けた、とおっしゃっていましたよ。部屋までお送り致しますので、これからの予定について話をさせて下さい」
「ええ」
「まずは地下二十階まで到達しなければなりません。これはおそらく高ランク冒険者であれば、お嬢様をお連れしてすぐに到達できるはずです。一泊の予定で、地下十階の開放と、地下二十階までの道筋をつけて頂きます」
「ええ」
「その次の週に、受験条件に合う者と、高ランク冒険者も数名、道中の護衛として雇います。ボスはお嬢様と、該当メンバーのみで倒すことになります」
「わかってるわ」
「冒険者ギルドに戻って昇級し、また次の週からダンジョン攻略に挑む…という繰り返しで、いかがでしょうか。もちろんお嬢様の予定が最優先です」
「素晴らしいわ!高ランク冒険者がいれば、Bランクもあっという間ね」
「はい。後は連れて行く護衛やメイドは、お任せ下さい。野営、ということですが、お嬢様に不便をおかけすることのないよう、テントや料理人の手配も致します」
「本当に助かるわ。ありがとう」
「お気をつけ下さいませ。お嬢様は侯爵家の令嬢でいらっしゃるのですから」
「ええ!」
 上機嫌で部屋に戻りソファに腰掛けると、温かいハーブティーを出された。
 専属メイドを見れば、優しい微笑みを浮かべている。
「お嬢様、今日はそろそろお休みになる時間です。こちらをお飲みになったら、湯浴み致しましょう」
「いつもありがとうアンナ。ちょうどハーブティーが飲みたかったの」
「旦那様とのお話し合いが、上手くまとまったようで安心致しました」
「ええ、そうなの!わたくし、今日程侯爵令嬢で良かったと思ったことはなくてよ!」
「まぁ、そうなのですか?」
「お父様も皆も、とても優しいわ。本当にありがとう」
「…お嬢様…」
 感動した様子のアンナに微笑みかけて、ハーブティーを飲み干す。
 こんなに上手く行くとは思わなかった。
 これで、スタンピードの頃にはヒロインと並んでメンバーに選ばれるはずである。
 ヒロインと条件を同じにして、さらに侯爵令嬢としての立場を利用して一歩先んじる。
 これは卑怯ではないし、汚い手でもない。
 虐めでも、もちろんない。
 正当な権利を行使するだけ。
 ヒロインが誰を狙っているのかは知らないが、レイノルド殿下を渡すつもりはない。
 このゲームに、婚約破棄、というものはない。
 婚約してしまえば、ハッピーエンドなのだった。
 鼻歌交じりに立ち上がり、バスルームへと向かうマーシャであった。
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