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42.

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 兄と、リアムのおかげである。
 感謝してもしきれない、と思いながら立ち上がり、回復魔法と浄化魔法を使って身綺麗にし、出口側の扉を開けてから、入口の扉を開けた。
 開けた瞬間目の前に兄がいて、サラは驚く。
「サラ!どうだった!?」
 中に飛び込んできそうな勢いに仰け反りながらも、笑みを向けた。
「勝ったよ!」
「やった!!おめでとう、さすがだサラ!」
 髪の毛がぐちゃぐちゃになるほど撫でられ、サラは揺れる頭に困惑した。
「お、おにいさま…」
「おめでとう、サラ嬢」
 すぐ横から祝福の声がして、サラは兄の手を掴んで止め、髪の毛を直しながら王太子を見上げた。
「ありがとうございます。討伐完了しました」
「お疲れ様。一時間くらいか。見事だった」
 笑顔の王太子につられるように笑顔を向けて、一礼する。
「自分の成長を感じました」
「すごいね。Aランクの試験が楽しみだよ」
 一言添えて、王太子は通路へと歩いて行った。
 兄に背を押され、王太子の横に並ぶ。
 兄はサラの隣に立った。
 Aランク冒険者三名もイスから立ち上がってこちらへと歩いて来ており、目が合えば三名皆がにこやかに笑ってくれた。
 侯爵令嬢は少し離れた正面床に座り込んでおり、護衛が周りを取り囲んでいた。
 メイドはAランク冒険者に絡んでいたらしく、イスのところに立ち尽くしていた。
 王太子が皆に聞こえるように声を張る。
「サラ嬢は見事一人でボスを討伐した。よって、Bランク相当の実力を持つ冒険者であることを認める。異論はないな」
「そんな…」
 呟いたのはメイドで、呆然としていた。
「おめでとう、お嬢さん」
「おめでとう」
「四十階まで一人で敵を倒しながら走ってた時点で、そうだろうと思ってたよ」
 リーダー格の男が肩を竦めながら笑い、他二名が拍手をした。
「どこが「兄にくっついてるだけの実力が伴わない娘」なのか、さっぱりわかんねぇな。なぁ、そこのメイドさんよ」
 男が振り返った先のメイドは、怒りの籠った眼差しで男を睨みつけていた。
「なにを…」
「とんでもねぇ言いがかりだ。他人事ながら不愉快だ。…が、これを見たらもうくだらねぇこと言うなよ。おまえ等とじゃ、格が違うわ」
「な…ッ!」
 怒りのあまり絶句するメイドを気にすることなく、男は身体をこちらに向けて、「イスと茶、ありがとうございました」と礼を言った。
 兄が笑いながら「片づけてきます」とテーブルへと歩いて行くのについていく形で、王太子はサラを連れ、片付けの終わった兄と共に侯爵令嬢の元へと歩み寄った。
 警戒するメイドは足早に令嬢に近づいて守るように立ちはだかったが、令嬢の護衛達は戸惑うように道を開けた。
 令嬢が座り込んだまま見上げて来るのを見下ろして、王太子は冷然と告げた。
「約束通り、サラ嬢を陥れようとしたことについて謝罪してもらう」
「は…?」
 目を瞬く令嬢と、愕然とするメイドに、今度は兄が告げた。
「あなたのお父上との約束です。妹の疑惑が晴れた暁には謝罪させると」
「な…ッ!」
 顔を真っ赤にして憤慨するメイドであったが、侯爵の名を出されて口出しするのは控える程度の分別はあるようだった。
「なんですって…?」
 怒りに顔を歪める令嬢は、未だに座ったままだった。
 王太子殿下を前にして、許される行為ではない。
 護衛騎士が前へと進み出て、令嬢の両脇を掴んで立たせる。
「な、何をするのです!男が気安くお嬢様に触れないで下さい!!」
 メイドが叫ぶが、護衛騎士は全く反応しなかった。
 屈辱に顔を歪ませる令嬢に告げる王太子の表情に優しさはなく、わがままを許してくれる甘さもなかった。
「二度言わせるな」
 端的な一言に、令嬢の顔は一瞬で青ざめた。
 次いで全身震え出し、サラを見る目は殺意に溢れていた。
「…申し訳、ありませんでした…」
 囁く程の小声であったが、確かに令嬢は謝罪した。
 サラはそれを何の感慨もなく聞き流した。
 全く心が籠っていない。悪いと思っていない。
 口先だけの謝罪なんて、されても嬉しくもなんともなかった。
 令嬢が心にもない謝罪をしていることなど、王太子も兄も承知していたが、「謝罪をさせる」という行為に意味があったので追及はせず、淡々と撤収を告げた。
 護衛騎士は手を離し、令嬢は再び床へと座り込む。
 メイドや護衛が心配そうに駆け寄る姿を見ることもなく、王太子はサラと兄、Aランク冒険者三名を連れて、ボスの広場を抜け、転移装置へと歩いた。
「広間が派手に崩れているな。サラ嬢、怪我は大丈夫かい?」
「大丈夫です。…前衛の方は普段から怪我をしながら戦っていますよね。私も弱音は吐けないと思って、我慢しました」
「そうか。ソロだと全て自分でやらねばならないから、大変だろうな。私はソロ経験はないからな…」
「殿下が一人で戦う状況になることはないでしょう」
「確かに。私が一人で戦う時は、この国が終わる時だろうな」
「……」
 不穏な発言に思わず返答に困るサラだったが、兄は気にした様子もなく頷く。
「でしょうねぇ」
「おまえも死んでいるってことだろうからな」
「えぇ?命を捨てて守った殿下が一人で戦ってたら絶望しかないな…」
「そんな事態にならないようにするのが私の仕事だ。クリスとサラ嬢にも手伝って欲しいな」
 サラを見下ろし、王太子は微笑む。サラは思わず、頷いた。
「あ、はい。私でできることでしたら」
「うん、ありがとう」
「言質取らないで下さい」
 兄のツッコミに、王太子は得意げに頷いた。
「重要なことだろうが」
「……?」
 王太子と兄のやりとりを見守りながら、広間を抜け転移装置へ。
 Aランク冒険者三名もついて来ているが、令嬢一行はいなかった。
 おまけに、入口の扉はもう閉まってしまっていた。
「あの、グレゴリー侯爵令嬢は…?」
 サラが問えば、リーダー格の男がにやりと笑った。
「ああ、あいつら動こうとしねぇから、閉めてきた。後続が来たら迷惑になるからな」
 容赦のない男の発言に、その場にいた皆が苦笑した。
「呪符があるから問題ない」
 王太子は全く気にもしておらず、転移装置を起動して一階へと戻ろうとするので、護衛騎士が慌てて先に飛んだ。
 転移先の安全を確保してからでなければならない王太子殿下のお立場というものを、こんな所で改めて実感するサラだった。
 続いて兄、王太子、サラの順に飛び、最後にAランク冒険者三名が飛んで、解散となった。
「今日はありがとうございました」
 サラが彼らに頭を下げると、彼らはにこやかに首を振った。
「いやいや、素晴らしいものを見られて良かった。Aランクになるんだろう?」
 男の言葉に、サラは頷く。
「はい。試験を受けようと思っています」
「そうか。どこかで会ったらよろしく頼むな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 王太子とAランク冒険者はギルドへ行くといい、兄とサラは帰宅が許された。
 Aランク冒険者三名は気さくでいい人達だったな、とサラは思い、兄に言えば兄もまた頷いた。
「彼らはベテランだと思う。Sランクも近いかもな」
「リアムさんとどちらが近いかな」
「さぁな。実力的にも拮抗してそうだ」
「強そうだったねぇ」
「そうだなぁ。俺達も頑張ろうな」
「うん!」
 言えば、優しく頭を撫でられた。
「今日は疲れただろう。ボス戦、問題はなかったか?」
「作戦通りにやったら勝てたよ。あとは魔力回復を厚めにしたら楽だった」
「そうか。お疲れ」
「ありがとう!お兄様のおかげだね」
「戦ったのはおまえなんだから、一番すごいのはおまえだよ」
「うん…私頑張ったね」
「おう。本当に、よくやった。帰ってゆっくりしような」
「うん!」
 戦闘後に、心配してくれる人がいる。
 祝福してくれる人がいる。
 サラは幸せだな、と思うのだった。

 …殺意に満ちた視線を向ける侯爵令嬢の表情が、今まで見たこともない程剣呑だったが、サラは注意だけは怠らないようにしようと心に留めた。
 
 
 
 
 
 グレゴリー侯爵は、王宮へと呼ばれていた。
 娘がひどく不機嫌な様子で帰宅し、護衛が二名死んだこと、メイドや下男がついて行けずに早々に脱落したこと、最後までついていたメイドはアンナだけであり、満足にお世話もできなかったことを報告され、王太子一行の娘への配慮のなさに侯爵は怒った。
 何よりも不快であったのは、サラとかいう名誉騎士の娘はボスを討伐し、ランク相応であると認められたということだった。
 疑念を差し挟む余地もなく、一人で倒したというではないか。
 まるで娘の方が劣っているかのような有様に、不快でしかなかった。
 そんな中での呼び出しに、侯爵もまた不機嫌な表情を隠しもせずに向かったのであるが、王の応接室に呼ばれて入った先には、宰相と補佐官がいるだけであった。
「…よくいらっしゃった。どうぞおかけ下さい」
 宰相がソファを勧め、侯爵は腰掛ける。
 宰相もまた侯爵家であり、宰相の地位は大臣よりも上である。
 忌々しく思いながらも、侯爵は丁寧な口調を心がけた。
「今日は王よりお呼びとのことで参上しました。宰相閣下がいらっしゃるとは…よほどの案件でしょうか?」
「ええ。先に申し上げますが、本日陛下はいらっしゃいませんのであしからず」
「…は?」
「ではさっそく、陛下よりのご命令を読み上げます」
「え…?」
 戸惑う侯爵に構うことなく、宰相は書類を一枚、目の前にかざして読み上げた。
「本日付けで侯爵は法務大臣の任を解く。後任には副大臣を据えることとする。速やかに大臣室を明け渡し、退去するように、とのことです」
「ま…、待って下さい!どういうことですか!?何故解任などと陛下は…!?」
「理由は侯爵自身が知っている、との仰せです」
「はぁ!?意味がわからん!陛下に、陛下に会わせてくれ!!」
 侯爵は立ち上がり声を上げるが、宰相も補佐官も、眉一つ動かさなかった。
「陛下はお会いになりません、と、先程も申し上げたが、聞いておられなかったのか」
「そんなことはどうでもいい!陛下に会わせろ!!」
「その慢心が職を失う事態になったというのに、何故自覚しないのか」
「何だと貴様、誰に向かって物を言っている!」
 あっさりと化けの皮が剥がれ、宰相は呆れたようにため息をついた。
「それですよ侯爵。何故あなたが陛下に会わせろと言って、陛下が会わねばならないのです?あなたは陛下の臣であって、同等の者ではないのですよ」
「そんなことは知っている!私は建国以来の名家、陛下の側近としてずっとおそばにいたのだ!」
「…だから?」
「陛下は私にお会い下さる!!そして撤回して頂くのだ!」
「はぁ…。陛下はお会いになりません。撤回もされません。これは勅命である。…陛下の側近だと自負するのなら、何故陛下の為人を理解していないのか」
「…なんだと…」
「建国以来の名家だというのなら、何故陛下の意に背くのか」
「背いたことなどない!」
「今、現在進行形で背いていますが?…名誉騎士の娘に不正はなかったと、王太子殿下が証明され、陛下はそれを支持された。なのに何故意に背いたのか。王太子殿下自らが、ヘルプとして入った試験に疑う余地等あろうはずもない物を、何故疑義を呈したのか。…陛下は可能な限り恋愛結婚を推奨されているのに、何故わざわざ王太子殿下の政略結婚を斡旋したのか。…陛下の意に背き続けて、何故己の地位が安泰であると信じていられるのか」
 宰相は再度ため息を付き、立ち尽くす侯爵を冷めた瞳で見上げた。
「何より法務大臣とは国の法を司る長。何を置いても法を順守すべき立場にあるはずのあなたが、法を軽視し率先して無視する行為をした。これは許し難い、と陛下は仰せである」
「…私がいつ、法を軽視し無視したのか!」
「とある男爵家の借金を、援助して帳消しになさいましたね」
 言われた侯爵は、しばし思い当たらず困惑した。
 記憶を探り思い当たった瞬間、何故こいつが知っているのかと内心警鐘を鳴らす。
「…あくまで援助だ。何の問題もない!」
「そうですね。そこの次女が冒険者で、Dランクで、あなたのご息女の傭兵をしていなければ」
「……!?」
 どこまで知っているのかと思った。
 宰相を見下ろせば、無表情で見上げてくる。
「冒険者ギルドのルールは当然、法務大臣であるのだからご存じのはず。…あなたが率先して不正を行ってどうするのです」
「…知らぬ。私は何も知らぬ!あの男爵家が、借金に苦しんでいたから助けてやっただけだ!冒険者だったなどと、知らぬ!」
「契約書を交わしておきながら?」
「なにを…」
「金銭を援助する代わりにご息女のランク上げの手伝いをする。口外はしない、という契約書を、交わしておられますよね」
「……」
 侯爵は焦った。
 契約書はその存在自体が証拠になるものだった。
 だからこそ、多額の金と引き替えに、口封じをするのだ。
 なのに何故。
「その男爵家、一時はしのげたようですが、結局傾いてしまいました。冒険者は危険を伴いますが、こつこつ頑張れば稼げる職業です。我が国には整備されたダンジョンが存在しますからね。次女はパーティーを脱退し、一人で頑張っていたようですが上手く行かず、心が折れて冒険者を辞めてしまいました。…調査で赴いた際、契約書を買ってくれとね、ギルドマスターに持ちかけてきたそうですよ。冒険者資格を剥奪されても構わないからと」
「な…!!ありえんだろう!!」
「残念でしたね。あなたに法務大臣たる資格はありません。即時退去をお願いします」
「馬鹿な…!私は建国以来のグレゴリー侯爵家の当主である!こんなことが許されるはずがない!!」
「陛下がお許しになったので、許されるのです。免職される理由も妥当かつ当然であり、同情の余地はない」
「貴様…!貴様、代々宰相の地位を頂いているだけの無能のくせに、筆頭侯爵家の私に意見するのか!!」
 宰相は補佐官と顔を見合わせ、肩を竦めて見せた。
「私は代々宰相の地位を頂いているだけの無能ですが、代々法務大臣の地位を頂いている父祖の功績を無に帰したあなたの無能っぷりよりは、マシだと自負しております」
「な…っ!?」
 絶句する侯爵に、もはやかける言葉はないとばかりに宰相は手を叩いた。
 近衛騎士が五人入室してきて、侯爵の両腕両足を掴み、退室させるべく持ち上げて運び始める。
「貴様等、貴様等、私を誰だと思っているのだ!気安く触れるな下賤の者共が!!やめろ!!はなせっ!!」
「近衛は貴族家の者のみがなれるので、下賤ではありません。失礼ですよ」
 宰相が投げる言葉に、侯爵は怒りに眦を吊り上げた。
「筆頭侯爵家たる私に、こんなことをして、ただで済むと思うなよ…!!」
「法務大臣、今までお疲れ様でした」
 感情を乗せずに返す宰相を睨みつけながら部屋を出される侯爵は、廊下でも喚き散らしているようで、だんだんと遠のく声を聞きながら、補佐官がため息を付いた。
「…今時あんな選民思想で、よく生きていられますね」
「筆頭侯爵家だからな。上位貴族というものは、色々なものに守られているから、しぶといのだ」
「…閣下」
「いや、私も他人事ではない。…さて、陛下にご報告をして、仕事に戻るぞ。疲れてしまったがな」
「かしこまりました」
 宰相と補佐官も立ち上がり、王へと報告に向かうのだった。
 この日、多くの人々に侯爵の醜態が晒され、法務大臣の地位を追われたという噂はあっという間に王都中を駆け巡ったのだった。
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