【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清

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49.

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 グレゴリー侯爵には派閥があった。
 貴族派と呼ばれ、建国以来の貴族家が多く所属していた。
 ダンジョン攻略が進む前、先王の時代までは貴族の権力が強く、後宮も存在した。
 見目の良い娘を持つ貴族はこぞって後宮へと送り出し、王の寵を得ること、王の子を生むことを至上命題として教育していた。
 だが先王の時代、転移装置が開発されてから流れが変わった。
 ダンジョン攻略が進み、大陸中から冒険者がやって来た。
 名誉騎士を重用し、冒険者の地位向上を謳い出す。
 かつてはお荷物でしかなかったダンジョンは、王家の直轄領として最大の力を発揮することとなったのだった。
 それに伴い貴族派は数を減らし、王家派が力を増していた。
 グレゴリー侯爵家は貴族派に所属しながらも王の側近として権力を維持し続けてきた。
 付呪具の販売権を得たのは王家派であったのだが、無理矢理ねじ込んで販売権を得たのである。
 上位貴族と高ランク冒険者のみを相手にする商法は、確実に儲かった。
 他家も同じような商法で儲けていたが、弱みを握って魔術師団から卸された付呪具を侯爵家で安く買い付け、客を奪って商売を大きくした。
 媚を売ってくる使える貴族家には付呪具を卸してやり、販売することを許可したりもして派閥内での発言権を増し、今では侯爵家に逆らう家など数少ない。
 現侯爵に家督を譲ってから筆頭侯爵家となり、前侯爵夫妻は悠々自適の生活を送っていたのであった。
 その優秀な息子が助けを求めてきたのである。
 親として、できる限りの手助けをしてやるつもりで、貴族派の夜会には夫妻で参加し、茶会には夫人が積極的に参加するつもりであった。
 シーズンではない夏、貴族はカントリーハウスへと向かう為、タウンハウスは空であることが多い。
 だが転移装置がある現在、領地で暇を持て余しているご夫人達は、集まる場所さえあれば喜んで出向いてきた。
 夫人は茶会を開いてはご夫人達を招き、名誉騎士とその夫人の引きこもりっぷりと付き合いの悪さについて話した。
 最初は皆話に乗ってくるのだが、しばらくすると戸惑ったように口籠る。
「どうなさいましたの?」
 問えば、躊躇いがちに伯爵夫人が口を開く。
「いえ、英雄であるご夫妻とお近づきになりたい、というお話かと思っておりましたので…」
「え?」
「貴族らしくない、とおっしゃるのは確かにその通りでございますわね。でも貴族にふさわしくない、と言われると…ねぇ?」
 隣の侯爵夫人もまた、戸惑ったように頷いた。
「時代が変わったのだな、と感じますわ。息子夫婦は一時期、成り上がりの男爵ふぜいが、と言っておりましたのに、最近は特産品の特級アメジストをお嬢さんの為にたくさんご購入下さった、と喜んでおりますのよ」
「そういえばあの伯爵のお話をご存じ?」
 別の伯爵夫人が口を出し、夫人達は興味を示す。
「どんなお話ですの?」
「冒険者嫌いで有名な某伯爵、名誉騎士等という冒険者崩れを重用するとは、王も耄碌された、と暴言を吐いていらっしゃったでしょう?」
「ええ、先王陛下のご不興を買って、領地に封じられたと聞いておりますわ」
「ご先祖様が国家に莫大な貢献をした過去がある故に、罰することを躊躇い、封じるだけで留めたという伯爵ですわね?」
「その伯爵、このたび名誉騎士に謝罪をされた、というのですわ」
「えぇっ!?本当ですの?」
「何をしたのかはわかりませんけれど、証拠を突きつけられ、王より爵位と領地を返上するか、名誉騎士に土下座するかを選べと言われて、土下座を選んだとか」
「まぁぁ…」
「二度と冒険者を侮辱しない、とも約束されたそうですわよ」
「そうなのですか」
「息子に跡を譲り、ご自身は田舎で死ぬまで幽閉されることで許された、と」
「建国以来の名家である、という強い自負をお持ちだったのに、時代は変わったのですわねぇ」
「本当に」
「お…お待ちになって、皆様」
 グレゴリー前侯爵夫人は慌てて割って入る。
「けれど皆様の領地では、私兵のみで魔獣退治を回していらっしゃるのでしょう?冒険者の力は不要だと、おっしゃっていましたもの」
「…ああ…夫人の領地では、まだ私兵のみで対処していらっしゃいますの?」
「え?まだ…?」
 問い返す前侯爵夫人に、別の侯爵夫人は頷いた。
「お金はとてもかかりますけれど、高ランク冒険者の方に来て頂いて、防御の手薄なところ、罠の仕掛け方、戦い方、訓練方法等をご教授頂きましたの。今まで強い魔獣が現れたら私兵が何人も亡くなっておりましたけれど、最近では犠牲者もなく、上手くいっておりますのよ。定期的に来て頂いて、本当に助かっておりますわ。私兵が亡くなると、冒険者を雇う以上に遺族への弔慰金や遺族年金等がかさみますもの」
「…そ、…そうですわね…」
「うちもですわ。最初は冒険者なんて、と言っていた主人も、今では冒険者頼みですのよ。私兵団の皆も訓練に力が入るようになって、戦力が向上した、と喜んでおります」
「……」
「うちは一度、強い魔獣が現れて私兵団が総崩れになったことがございます。騎士団に救援を要請しましたら、なんと名誉騎士様自らが赴いて下さったのです」
「まぁ、すごいわ」
「それで、どうなりましたの?」
「ええ、名誉騎士様が指示を出されて、騎士団はそれはもう一糸乱れぬ動きであっという間に魔獣を倒して下さいました。その後は私兵団が立ち直るまで冒険者を活用することや、防御壁の築き方、訓練方法等も教えて頂き、本当に助かったのです」
「良かったですわねぇ」
「主人はすっかり名誉騎士様のファンになりまして、冒険者も積極的に雇うようになったのですわ」
「時代ですわねぇ」
「犠牲を最小限に抑える方法があるんですもの。活用しない理由はありませんわねぇ」
「…そ、そうですわねぇ…ほほほ」
 前侯爵夫人の目論見は外れた。
 いつの間にか、貴族派の貴族ですらも冒険者に頼り始めているではないか。
 冒険者排斥、名誉騎士排斥に流れを持って行きたかったのに、全く違う方向へと流れてしまったのだった。
 
 
 
 
 
 グレゴリー前侯爵もまた、契約を反古にしたドレイサー男爵家を調べていたが、男爵家が借金をして没落しかけている原因は、とある子爵家と特産品が被っており、そちらの値段の方が安い為に特産品が売れず、家計が火の車だという話だった。
 特産品とは小麦であった。
 手を下すまでもなく、潰れるのは時間の問題に思われた。
 侯爵である息子に資金援助をしてもらい、保存ができるように倉庫を建てたり国外へ販路を求めたりしていたようだが、どの国も小麦は自給自足できている。
 税を払って輸入してまで必要とする国はないのだった。
 前侯爵はむしろ子爵家に注目した。
 その子爵家は、名誉騎士の出身侯爵家の次男が継いだ家だったのだった。
 次男が婿に入るまでは男爵家とは仲良くやっていたという。
 だが次男が子爵となってから、小麦の生産量を一気に増やし、値段を下げて販売を始めた。
 男爵家の申し入れにも耳を貸すことなく、むしろ積極的に販路を奪っていったのだという。
 小麦の売り文句は「名誉騎士の実家の小麦」なのだそうだ。
 笑ってしまうが、それが実によく売れるらしい。
 名誉騎士の実家であるメルヴィル侯爵家の評判は良くない。
 今は王派閥に入っているが、名誉騎士がその地位に就くまでは貴族派閥に属していた。
 名誉騎士の父であるメルヴィル侯爵は貴族らしい貴族であった。
 現在の侯爵は名誉騎士の長兄の息子という話だが、あまり聞かない。実権は長兄である前侯爵が握り、名誉騎士にすり寄ってはすげなく断られているらしい。
 調査の結果、ドレイサー男爵家は勝手に潰れて行くだろう、放置が無難、という結論に達したのだった。
 こちらから手を出して、藪蛇になってしまっては元も子もない。
 グレゴリー前侯爵の友人達もまた、夏の間は領地へと戻っていたが、基本的に前侯爵くらいの年齢になれば優雅にバカンスを楽しんでいるのがほとんどである。
 避暑地へ魚釣りと酒を楽しみに来ないかと声をかければ、友人達は喜んでやって来た。
 皆貴族派閥であり、建国以来の名家であった。
 最近どうだ、というお決まりの会話から始まって、息子が法務大臣の地位を追われた件で遠回しに理由を問われ、王と名誉騎士の陰謀によるものであると訴えれば、憤る者と困惑する者が半々であった。
 後者の者達は比較的若く、領地運営に冒険者を雇うことを厭わない者だった。
「さすがに王の陰謀ということになりますと…、しかと証拠はあるのですか?」
 周囲を憚り囁くような声音に苛立つが、前侯爵は頷いた。
「王は我が侯爵家を疎んでいらっしゃる。上位貴族の子息は皆、傭兵を雇い、契約書を交わしてランクを上げているにも関わらず、我が家のみをあげつらって責めるのだ」
「ああ…冒険者が漏らしたのですか?」
「そうだ、忌々しい。契約書を交わしたにも関わらず、契約書ごと我が家を売ったのだ」
「それは運が悪かったですなぁ…」
「だが皆もしているではないか。ここ最近は特に盛んであるという話を聞いているぞ」
「そうですねぇ」
 相づちを打つ友人達の反応が曖昧で、前侯爵は眉を顰めた。
「貴公らの息子や孫も、頼んだのではないのか?」
「いやぁ、どこそこの子息が頼んだらしい、という噂話は回ってきますが、そこは詮索しないのがお約束というやつではないでしょうか」
「そうですよねぇ、ははは」
「冒険者ギルドでは禁止されている行為ですからなぁ」
「皆口が堅いですよ」
 明日は我が身ですからな。
 そんな声が聞こえてきそうで、前侯爵は歯噛みした。
「名誉騎士の娘は、まんまとランクを維持しておる。名誉騎士が手を回したのだろうよ」
「ああ、名誉騎士殿の子息は確か、王太子殿下の覚えもめでたい側近でしたな」
「殿下と共に最年少でAランクになったとか?」
「最近は兄妹でよくダンジョンに籠っていると話を聞きますな」
「おや、その話はどこから?」
「我が家は冒険者を雇っておりますからな。世間話のついでに、そういえば見かけた、というような話を聞くのですよ」
「ほう。兄妹の顔を見知っている者ですか」
「いやいや、名誉騎士殿の子供ですからな、冒険者ギルドでも中々に有名らしいですぞ」
「Aランクというと、雇おうとすれば非常に高額になりますなぁ」
「ずいぶんとため込んでいるとか。いやはや、冒険者が貴族より金を持っている、なんて時代がすぐそこまで来ているかもしれませんぞ」
「恐ろしい。我々もうかうかしていられませんな」
「全くです」
 ははは、と釣り糸を垂らしながら暢気に笑う連中に、前侯爵は頭痛を覚える。
 なんだこいつらは。
 冒険者は奴隷と同じ、と豪語していたではないか。
 思ったような展開にならないことに、前侯爵は苛立つ。
「…その冒険者達が、我々貴族を追い落とし、成り代わろうとしているかもしれんのですぞ」
 言えば、彼らは顔を見合わせて笑う。
「いやいや、そんな。具体的にはどのように?」
「名誉騎士が我が家を陥れようとしたように、冒険者を使って貴公らの家も没落に導こうとするかもしれません」
「いやぁ、我が家は冒険者とは仲良くやっておりますよ。しっかり契約書を交わし、報酬も支払っております」
「うちもそうですなぁ。最近は我が領地で冒険者支援をしようか、という話もあるくらいで」
「ほう、それはどんなことをなさるのです?」
「冒険者になる者は貧しい者が多い。冒険者として身を立てていけるようになるまで訓練をしたり、…ああ、冒険者になる為の学校のような物を作ってはどうか、と。どうやって収益化しようかという段階で止まっておるのですが」
「おお、自領でそれができれば、冒険者の確保も容易になりますなぁ!」
「そうなんです。高ランク冒険者を雇うのは絶対数が少ないのと、高額すぎて長期で雇うことは難しいですからな…」
「それはいいアイデアを頂きました。我が領地でも検討してみましょう」
「おお、もし上手い方法があれば、教えて頂きたい」
「お互いに情報交換していきましょう」
「ええ、ぜひとも!」
 話の方向が冒険者支援へと流れ、前侯爵は話題の修正を諦めざるを得なかった。
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