上 下
51 / 107

50.

しおりを挟む
 グレゴリー侯爵は名誉騎士の娘と交流のある貴族を調べていた。
 真っ先に目についたのは、忌々しいパーカー男爵家だった。
 西国の転移装置の独占販売権を得ている商会である。
 これのおかげで平民であったにも関わらず巨万の富を得、男爵の地位を賜ったのだった。
 最近では子爵になるのではないか、との噂も聞こえており、商会は順調に業績を伸ばしている。
 付呪具の競合相手でもあった。
 最も潰したい相手であり、転移装置の販売権を得られるならば是非とも奪いたい所でもある。
 転移装置が初めて我が国へ輸入されるとなった時、侯爵も人をやって西国の工房へと赴き、取引してもらいたいと掛け合った。
 パーカー商会よりもいい条件で契約をする、と持ちかけても相手にしてもらえず、金を持ち込んで買わせてくれと言ってもダメだった。
 ならば西国王家に直接掛け合おうと伝手を頼って宰相と会うことが適ったが、宰相は「その件については裁量権を持っていない」と取り合ってももらえなかった。
 ならば王に会わせて欲しいと願ったが会えず、他に作れる工房はないのかと探したがなく、職人に接触して転移装置の設計図を渡すよう頼んだが、工房により阻まれた。
 これまでも何度も手を変え品を変え、技術を盗めないかと苦心しているのだが、工房の機密保持能力は異様に高い。
 名誉騎士の兄がこの工房に勤めているということで接触を試みたこともあったが、「名誉騎士の兄ということで会いたがる連中が多くて困る」とぼやきながら、「自分は転移装置の開発には携わっていないから、聞くだけ無駄」とあっさり断られたのである。本当かどうかはわからない。
 誰が開発に携わっているのかすら不明であり、どのように機密が保全されているのかも謎のままである。噂では契約で喋れないよう強制的に口を封じているという話もあるが、どこからも内部の話が聞こえてこないのが不気味であった。
 各国が転移装置の秘密を知りたがっているはずなのに、だ。
 パーカー商会から販売権を譲ってもらうのが一番いい。
 そう思って交渉したこともある。
 だが「販売権は他へ移すことはできません。そういう契約なので」とすげなく断られ、終了した。
 転移装置の利権は莫大であるが、奪うには長期戦になりそうであった。
 攻めるのならば、転移装置よりは付呪具であろう。
 我が家と同じように魔術師団から販売権を得ており、こちらは身分問わず金さえ出せば販売する、というスタンスであった。
 名誉騎士の子供達はこの商会を利用しているのである。
 販売権を奪ってしまえば、名誉騎士の子供達へ打撃を与えることは確実であった。
 商会に対する信用を失墜させ、販売権を停止させればいいのである。
 依頼主が誰かわからぬよう何重にも人を介し、Cランク冒険者のパーティーを雇った。
 Cランククラスであれば一年は働かずとも食えるだけの金を渡せば、喜んで食いついて来たチンピラのような輩である。
 それらを複数雇った。
 一組は直接商会へ言って難癖をつけるように、残りは噂を流すようにと依頼する。
 最初に酒場や武具屋で「あそこの商会の付呪具を買ったが、不良品で発動しなかった」「あそこの付呪具は偽物じゃないのか」と噂を流す。
 信じてもらわなくても構わない。
 そういう噂があるのだと、頭の片隅に置いておいてもらえれば十分であった。
 そして、難癖をつけるパーティーの登場である。
 店で騒ぐだけ騒いで、騎士団が到着する前に逃げるのであった。
 あの商会はトラブルを抱えている、と知られることが重要であり、関わると面倒なことになる、と思ってもらうことが目的である。
 信用をなくし、傾きかけた所で我が侯爵家が救ってやるのである。
 さっそく商会の扉をくぐり、商品が陳列され客で賑わう昼下がりに、雇われたパーティーの男達は怒鳴り始めた。
「おい!ここで買った付呪具、不良品じゃねぇか!」
「おかげでこっちは死にかけたんだぞ!どうしてくれんだ!」
「冒険者続けられなくなっちまうだろうが!責任者出せや!!」
 ざわめく客を押しのけて、店員へと詰め寄る。
 カウンターを拳で叩きながら、男はさらに怒鳴った。
「この指輪見ろよ!ヒビ入ってんじゃねぇか!この商会じゃ、不良品を高値で販売しやがるのか!金返せ!」
「…それはこちらでご購入頂いた商品で間違いないでしょうか?」
 男の剣幕に仰け反りながらも、店員の若い女は冷静だった。
「ねぇよ!ここで買ったんだ!」
「かしこまりました。いつ購入されたか、ご記憶でしょうか」
「はぁ?んなもん覚えてねぇよ!早く代わりの品出せや!」
「ではお調べ致しますので、冒険者タグをお見せ下さい」
「…おい!!舐めてんのか!?こっちは死にかけたんだぞ!?さっさと金か代わりの品出せや!この商会は人殺しの集まりかよ!」
 女の胸倉を掴んで凄むが、女は眉を顰めながらも気丈に振る舞う。
「いつご購入頂いたものか、お調べした上で魔術師団へと連絡致します。付呪具の不具合は魔術師団へと報告する義務がございますので」
「さっさと交換して、報告でもなんでもすりゃ済む話だろうが!いつ買ったかは忘れたっつってんだよ!何度言わせんだてめぇ頭沸いてんのか!」
「…ですから、冒険者タグを見せて下さいと申し上げております。いつ、何をご購入頂いたか、当店では全て記録しておりますので、その付呪具が本当に当店でお買い求め頂いたものならば、無論すぐに交換させて頂きます」
「てめぇ、俺が嘘ついてるって言いてぇのか!」
「…タグをお見せ頂ければ、すぐにわかります。ご協力下さい」
 女が引かないと見て、仲間の男達が店内を物色しながら騒ぎ始める。
「あーあーこの店と店員はクソ揃いだなぁ!」
「冒険者を殺しかけておいて、開き直っていやがる!」
「こんな店で買うなんて、馬鹿のすることだなぁ!」
「やってらんねぇぜまったくよぉ!!」
 そして持ち込んだ指輪を手に持ちながら、商品棚に並んでいた指輪と見比べる。
「おっこれじゃん。同じ奴発見!オイ、壊れてる指輪返すからよ、こっちの指輪、もらっていくぜ」
「お待ち下さい、タグをお見せ下さい!確認してから…」
「あーもーうるせぇんだよ!!さっさと寄越せ、つってんだろ!」
 棚に並んでいた指輪を取り上げ、指に嵌める。
 壊れていた指輪を棚に置くのかと思いきや、そのまま懐へとしまい込んだ。
「おっ俺のもはっけーん!これ、もらっていくぜ!」
 逃げ損ねて店内に留まっていた客を押し退け、もう一人の男も指輪を取った。
「それは、付呪具ではありません!!宝飾品です!!」
 女が叫ぶが、男は答えない。
「おい、おまえの付呪具も探しちまえよ」
「おぉそうだな。チッ時間を無駄にしちまった」
 胸倉から手を離し、男も付呪具を物色し始める。
「お待ち下さい、勝手に持って行くのはおやめ下さい!」
 女が声を上げ、カウンターから出てくる。
「おい、帰るぞ」
「こんなとこ、長居するもんじゃねぇよ」
 すでに物品を手にした男二人は外に出ようと扉に手をかけていたが、店員に突っかかっていた男はまだ品物を物色していた。
 視界を遮るように商品の前に立とうとする女を押し退けながら商品を見る為、なかなか決まらない。
「おい!早くしろよ!!」
「うるせぇな、まだ決まってねぇんだよ!」
「もういいだろ!また来りゃいいんだから!」
 二人の男には焦りが見える。
 女の店員はカウンターの向こうへと視線を投げ、店員とアイコンタクトを交わしてから、再び目の前の男を邪魔するように立つ。
「冒険者タグを、お見せ下さい」
「うるせぇ!邪魔だ!」
「確認後、商品をお渡し致しますので」
「うるせぇ、っつってんだよ!!」
 女の肩を掴んで、後ろへと突き飛ばす。
 カウンターの方へと飛ばされた女は悲鳴を上げ、ぶつかる衝撃を覚悟して目を閉じた。
 が、何かにぶつかった衝撃はあったが、予想していたものではない。
 女は目を開け、背後を振り返る。
 背が高く、がっしりとした体格の男に支えられていた。
「おいおい、ずいぶん乱暴なことをするなぁ」
 女の両肩に手を置いて、緩衝材の役割を果たした男が呆れたように呟く。
「な、なんだてめぇ!」
 目を瞬く女から手を離し、男は一歩前に出た。
 気圧されたように暴れていた男は一歩後ずさるが、背後は商品棚だった。
 出口付近にいた男二人は逃げようとドアを開けたが、開けた瞬間地面へと倒れ込んだ。
「え、お、おいっ!!どうした!?」
 崩れ落ちる音を聞いた男が声を上げるが、それに答えるのは仲間ではなかった。
「強盗捕まえたよ」
「あとそいつだけだからさっさと捕まえてよ」
 三十代と見られる男女の冒険者が、ごつい男に話しかけている。
 この三人はパーティーだと思われたが、身なりを見るかぎり高ランク冒険者にしか見えなかった。
「おう。今捕まえるよ」
「な、な、何で高ランク冒険者がこんな所にいるんだよ!!」
「あん?冒険者が買い物に来て何が悪い」
「高ランク冒険者専用の店があるだろうが!!」
「別にどこで買おうが関係ねぇだろ。お高く止まった店は嫌いなんだよ」
「んな…っ」
「で?高ランク冒険者が来るはずもない店で強盗を働こうって算段だったか」
「ち、違…っ」
「違わねぇなぁ。ま、後のことは騎士団に任せりゃいいか。怪我したくなきゃ大人しくしな」
「ぐ…っ」
 勝てるわけがない、と男が肩を落として脱力したのを見て、後ろ手に縛り上げる。
 倒れた男二人も縛り上げ、店員の女を見れば、女は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に、助かりました」
「いやぁ、たまたま俺らが来て良かった。こいつらが持っている指輪、確認した方がいいだろう」
「はい」
 寝ている男二人から奪われた商品を取り返し、騎士団が来るのを待つ間に、冒険者タグを確認する。
「…当店をご利用頂いたことはございませんね」
 女が呟き、高ランク冒険者三名は起きている男を見下ろした。
「…か、勘違いだったかも…」
「勘違いで強盗か」
「呆れた」
「同じ冒険者と思うと恥ずかしい」
 心底呆れた様子の三人に、女の店員ははっと気づいたように顔を上げた。
「あ、申し訳ございません。お客様に賊を捕らえて頂いたばかりか、立たせたままで」
「ああ、構わない。騎士団に引き渡すまではここにいるさ。逃げられちゃ困るからな」
「ありがとうございます。すでに通報しておりますので、すぐに来てくれると思います」
 頭を下げた女店員に、男はそういえば、と声をかけた。
「ここの店、オススメだって紹介してもらったんだ。サラって冒険者知ってるか?もうすぐAランクになる」
「サラ!?サラのご紹介なんですか!?」
「お嬢ちゃん、友達かい?」
「あの、同じ学園で、子供の頃から当店をよく利用してもらってます。友人です!」
「そうだったのか。道理で」
「…はい?」
 でかい男は左目の上に走る傷跡を撫でながら、軽く笑った。
 隣に並んだ後衛の美しい女も、長い前髪で片目が隠れがちな後衛の男も、同じように笑っている。
「あのお嬢さんと同じように肝が据わってると思ったのよ」
「なるほどね」
 何故か三人に納得され、ジョナスは狼狽えた。
「あ、あの、将来私が継ぐ予定の店なので、必死になってしまいました」
「そうか。なるほどなぁ」
「後でゆっくり付呪具、見せてもらえるかしら」
「も、もちろんです!あの、サラのお知り合いの冒険者さんということは、Aランクの方でしょうか…?」
「ああ、Aランクだ」
「こ、光栄です!ありがとうございます!」
 高ランク冒険者の顧客は多くない。
 ほとんどが上位貴族が経営する専門店へと行ってしまうからだった。
「こちらこそ、なんだかいい店を紹介してもらえた気がするわね」
「この国は付呪具が有名なのに、売ってる店が少なすぎるんだよなぁ。おまけに他の所はやたらと格がどうのランクがどうのと、しゃらくせぇ」
「肩が凝るのは勘弁して欲しかったのよね」
「本当に」
 騎士団がやって来て賊は引き渡された。
 その後、三人は付呪具をその場では購入しなかったものの、希望する付呪具を告げ、また来ると言って去って行ったのだった。
 Aランク冒険者が賊を捕らえ、商会に出入りしている、という噂はその場にいた客達から瞬く間に広がり、冒険者の利用が増え、結果的にパーカー商会は潤ったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,032pt お気に入り:2,189

『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:46

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:12,326pt お気に入り:4,139

わたしの婚約者なんですけどね!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:4,170

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,029pt お気に入り:3,287

魔女は婚約者の心変わりに気づかないフリをする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:2,190

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,157pt お気に入り:5,021

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:705

わたしはお払い箱なのですね? でしたら好きにさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:29,381pt お気に入り:2,541

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,122pt お気に入り:5,005

処理中です...