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 騎士団員と魔術師団員を先頭に、次が王太子とサラ、クリスと護衛騎士が続き、Cランクメンバーの後ろには挟むように騎士団員と魔術師団員が随行した。
 強さの問題で言えば王太子一行が先頭であるべきなのだが、彼らは頑として頷かなかったので、この並びとなっている。
 気楽に会話をできる雰囲気ではなく、誰もが口を閉ざしていた。
 光球で周囲を照らし、歩くのに不自由はしないが、ダンジョン攻略のように集中して狙われる可能性もある。
 王太子一行は油断せず周囲に注意を払いながら歩いていた。
 森の入口に到着するまで、魔獣の気配は一切なかった。
 元の森林公園に戻ったかのようである。
 先頭を歩いていた騎士団員も同じように思ったようで、首を傾げながら王太子の下へとやって来た。
「殿下、全く魔獣が襲って来る気配がございません。魔獣は潜伏しているのか、もういないのか…夜ですと確認も難しい為、夜が明け次第森を捜索したいと考えますが、いかがでしょうか」
「そうだな…」
 周囲を見て歩いていたCランクメンバーが、声を上げた。
「殿下!先程の魔獣の足跡とおぼしき大量の痕跡を見つけました」
 リチャードが地面に片膝をついて、ランプを照らしている。
 皆で集まり、足跡を辿って森を進んだ。
 鬱蒼と茂る深夜の森は、光球の及ばない範囲は暗闇であり、風に揺れる葉のさざめきや、梟の鳴き声などが不安を誘う。
 気づけばエリザベスがサラの隣を歩いており、心細げに身体を震わせていた。
「エリザベス様、大丈夫ですか?」
 小声で囁けば、そっと視線を向けてくる。
 怖いのだろうな、とサラは思った。
 周囲に人がいるとはいえ、向かっているのは魔獣がいるかもしれない夜の森である。
 戦闘になるかもしれず、どのような敵がいるかも不明であった。
 サラも怖くないといえば嘘になる。
 だが兄がおり、王太子がいる。
 この二人よりも強い敵はそうそういないことを、サラは知っていた。
 暗闇に対する恐怖であれば、光球がいくつも周囲を照らしており、歩く範囲には困らないし、何より今まさに攻略しているダンジョンで経験済みである。
 サラにとって耐えられないものではない。
 だがエリザベスはそうではないのだった。
 サラは手を差し出し、エリザベスと繋いだ。
「私では不安の解消のお手伝いはできないかもしれませんが」
 と笑って言えば、エリザベスは硬いながらも笑顔を見せた。
「とんでもございませんわ。サラ様程心強いお友達はおりません。ありがとうございます」
「ダンジョンの攻略は、順調ですか?」
 サラがあえて話題を変えたことに誰もが気づいたが、誰も私語を咎めたりはしなかった。エリザベスも少しほっとした様子で、頷く。
「日帰り、という決まりがあるから、集中して一日を過ごすことができておりますわ。進行自体は二十一階からの繰り返しなのですけれど、飽きる程通えるということは、敵を把握し、道を覚え、効率良く進行する術を学べるということですもの。今はまだ二十二階、運が良ければ二十三階までですわ。皆、焦らず行こうと言って下さるのでとてもありがたいです」
「二十一階からが本当の冒険者の始まり、と言われています。敵の配置や特徴を覚え、戦い方を考えなければ苦戦することもあるのではないですか?」
「ああ、そうなの!スライムのように見た目で耐性がわかる敵って、親切だったんだと、学んだ所ですのよ」
「そうですよね」
 地面についた大量の足跡はずっと森の奥へと続いているが、これだけの数の魔獣が森を駆け抜けただけあって、森の中は細い木々が倒され、雑草は踏み荒らされて無惨な有様になっていた。
「同時に、共に戦える仲間がいるって、素晴らしいことなのだと知ったのです。初めて掲示板でパーティーメンバーを募集してみましたのよ」
「どうでしたか?」
「二人パーティーの方を加えて六人で進行してみましたの。けれど上手く連携が取れなくて…見知らぬ方とパーティーを組む難しさを学びました」
「前衛の方だったんですか?」
「ええ、前衛二人で、二十代とおぼしき男性でした。どんどん二人で進んでしまって、敵に絡まれては回復をしろとうるさくて」
「魔法を使ったことのない前衛だと、そういう方は多いです」
「まぁ…そうですの?」
「前衛が後衛の仕事を認識するのは、回復をもらった時なので…」
「そんな、後衛は弱体や強化、攻撃まで幅広くこなす役割ですのに?」
「それを理解している前衛は、勝手に先に進んだり致しません。…ランドルフ様やバーナード様は、一緒に行動されていますよね?」
「ええ、もちろんですわ。…ああ、そういうことですのね」
 納得したようにエリザベスが頷く。
「はい、後衛は回復だけしてろ、と言ってくる前衛に当たった時には、外れを引いたと思ってその日は諦めるのが賢明です」
 笑い混じりにサラが言えば、エリザベスは複雑な表情をしながらも頷いた。
「一期一会と言いますものね。あの方達のことは、忘れることに致しますわ」
「兄は「二度と組まないように心のブラックリストに入れておく」と表現しています」
「こら」
 兄を引き合いに出せば、兄が苦笑しながら聞き咎めた。
「心のブラックリスト…名言だ」
 ジャンが呟き、リチャードは同感だと頷く横で、ジャックが小さな声で笑っている。
「サラ様は今、何階を攻略してらっしゃいますの?」
「今は七十階を目指して、六十八階くらいまでを往復してレベル上げをしています」
「すごい…!はるか先で想像もつきませんわ!そんな方がお友達でいて下さるなんて、わたくし幸せですわね」
「私の方こそ、皆様と同じクラスになれて幸せですわ」
 雰囲気が穏やかだったのはそこまでだった。
 先頭を歩いていた騎士団員が停止したのは、狭いながらも少し開けた場所だった。
 雑草は踏み倒され、爪や足で抉られた土が見え隠れしている。
 騎士団員と魔術師団員が慎重に先へと進み、光球の数を増やす。
「これは…」
 そこには何もなかった。
 ぽかりと闇の中、口を開けたように丸く開けた空間には、地面が抉れて大量の魔獣がいたであろう形跡はあったものの、どうやって魔獣がここに現れたのかはわからなかった。
「…付近を見てみてくれ。他に通路はないか」
「御意」
 騎士団員と魔術師団員が周囲の捜索の為に散った。
 王太子一行は広場の中程まで進んで周囲を見渡し、騎士団員や魔術師団員が木々の中を窺う様子を見守っている。
 サラもまた周囲を見回してみるものの、もはや魔獣の気配はどこにもなかった。
 少し先へ歩き、地面の足跡を見る。
 魔獣はここから解き放たれ、キャンプ場へ走ったとしか思えなかった。
 スタート地点とおぼしき場所には何もないが、踏み荒らされた地面とは違ってそこは平らに馴らされていた。
 草は横倒れになり、地面は傷ついていなかった。
「…まるで大きな何かを置いたような…?」
「魔獣がここで放されたのなら、檻か何かだろうな」
 王太子と兄が横に並んで、同じように地面を見下ろした。
「檻…ということは」
 嫌な考えに、サラは顔を顰めた。
 王太子達もまた同じように不快げな様子を隠しもせずに頷く。
「誰かが魔獣を捕獲して、ここまで連れて来たということだ」
「そんな」
「…何の為に?」
 兄の問いに、王太子は顎に手をやり考える。
「普通に考えれば、私を狙って…だろうな」
「こんなに弱い魔獣で可能だと?」
「だが怪我人はたくさん出ている」
「…悪質ですね」
「全くだ」
 Cランクメンバーは顔を見合わせながらも大人しく聞いていた。
 周囲を見回りに行っていた騎士団員と魔術師団員が戻って来て、魔獣らしき気配はなく、人の気配も足跡も見当たらないと報告をした。
 王太子は頷き決断する。
「キャンプ場へ戻る。ここの調査は夜が明けてから、改めて騎士団と魔術師団に任せよう。ついて来てくれた生徒諸君に感謝する。今夜はおそらくもう襲撃はないだろう。ゆっくり休んで欲しい」
「はい」
 Cランクメンバーが一斉に頷き、魔獣の足跡を消してしまわないよう注意しながら道を戻った。
 エリザベスはCランクメンバーがテントまで送り、サラは王太子と兄が付き添った。
 サラは顔を上げ、王太子と兄に笑みを向けた。
「…今日は、パーティーメンバーとして扱って下さって嬉しかったです。ありがとうございました」
 王太子と兄は顔を見合わせ、すぐに王太子が笑顔で頷く。
「当然だろう?君はこれからもずっとメンバーだからね」
「はい!…では、おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみサラ。ゆっくり寝るんだぞ」
「はい」
 サラがテントに入ると、アイラとミリアムは休まずに待っていてくれたようで、心配そうに出迎えてくれた。
「おかえりなさい!どうでしたの?」
「ただいま戻りました。ええ、魔獣が現れた場所は突き止めたのですが、詳しい調査は夜が明けてからになるようです」
 詳細な情報は、必要であれば発表があるはずである。
 内容は濁し、だが嘘にはならない範囲で答えれば、アイラとミリアムは不安そうに顔を見合わせた。
「魔獣はもう現れないのかしら?」
「今日は大丈夫だと思います。ゆっくり休めと、殿下からお言葉を賜りました」
 ほっとした二人はイスに腰掛け、サラにも勧めた。
 アイラのメイドがココアを出してくれて、礼を言う。
「そう。じゃぁ安心ね。わたくし達は救護テントにいたのだけれど、昼間の練習がさっそく役に立ってちょっと嬉しかったの。…本物の怪我をした方がたくさんいたから、喜んではいけないのだけれど」
「アイラ様、先にサラ様には入浴などして頂いた方が」
 ミリアムの指摘に、アイラははっと気づいたようにサラを見た。
「ごめんなさい!自分のことばかり…!疲れているわよね。ゆっくりなさって」
「大丈夫です。冒険者活動で慣れていますので。浄化魔法を使えば綺麗になります」
 目の前で浄化魔法を使ってみせれば二人は驚き、感動した。
「すごい!こんなに素晴らしい魔法があるなんて!」
「話には聞いておりましたが、見るのは初めてです…!」
「Dランクの魔法なので、冒険者としてそこそこ活動していないと使えない魔法なんです」
「そうなんですのね…」
「今日はお二方も回復魔法をたくさん使って、お疲れではないですか?」
 サラが水を向ければ、二人は恥ずかしそうに照れて見せた。
「ええ、実は…。サラ様が戻るまでは、と起きておりましたが、少しだけ」
「ごめんなさい、サラ様はずっと働いていらっしゃるのに」
「とんでもございませんわ。私は慣れておりますし、体力もあります。帰りを待っていて下さってありがとうございます」
「無事で戻って来てくれて良かった」
「安心致しました」
「はい。…美味しいココアも頂いたことですし、今日は休みませんか?」
「そうね。このココアはサラ様のメイドが、疲れて帰って来るサラ様にお出ししたい、と言っていてね。わたくし達もぜひ、と一緒に出してもらったのよ」
「マリアが?」
 後ろを振り返れば、マリアは静かに一礼した。
「ありがとう、マリア」
「無事のお戻り、何よりでございます」
「ええ」
 コップを片づけるメイド達にも就寝の挨拶をして、各自寝室へと入った。
 サラはベッドに入り、目を閉じる。
 魔獣を大量に捕獲して、ここで解き放ったであろう人物の目的がわからなかった。
 それに、魔獣は飼い慣らすことができない。
 解放した人物が襲われていないことにも不審を抱く。
 檻を運んで来たのなら複数人であるはずで、解放した後はその檻を回収して帰っているのだった。
 真っ先に狙われるはずの人物が狙われず、キャンプ場が襲われる。
 不可解な出来事だった。
「…考えても答えは出ない…か」
 サラが考えなくとも、王太子や兄がいる。
 彼らに任せておけば大丈夫だということを知っていたし、信頼していた。
 協力が必要であれば言ってくれるだろうとも思っている。
 サラにできることは、必要とされた時に必要とされた能力を遺憾なく発揮できるよう、努力を惜しまないことくらいであった。
 翌日、予定通りに朝食を済ませ、帰り支度をする。
 空気はざわついていたが、教師や三年の「平常心で一日を送ること」との言葉があり、変に騒ぐこともなく、林間学校を終えたのだった。
 地面を見れば草原だった部分は抉れて土が盛り上がっていたり、魔獣が踏み荒らした草がそこら中に倒れていたりと無惨な有様ではあったが、死者はなく、怪我人も全て完治したおかげで混乱はなかった。
 騎士団と魔術師団は調査をするということで残り、生徒達は各家が迎えに寄越した馬車に爵位順に乗って、帰宅する。
 男爵であるサラと兄は最後まで残ったが、特に問題もなくキャンプ場を後にした。
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